第36話 チュートリアル:アンダーザシー

 場所は移り、同じくボス戦を繰り広げる西田たち。


「っは、っは、っく!」


 凌いだ大吾は肩で息をしながら呼吸を整えている。


「如意爆炎符! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 瀬那は遠距離からの攻撃。


「ガントレット・スマッシュ!」


 月野はモンスターの左足にヒットアンドアウェイ。


 ボスは巨大な体躯に胆力もあり、ザコの魚人型とは一線を画す規格外のパワーもある。


「噴ッ!」


 銀獅子のリーダー、獅童がモンスターの右足を攻撃。


「ウィップ・ショック!」


 パンサーダンサーのリーダー、椿が上半身に鞭を乱れ打つ。


「ランダム・ダガー……」


 ディメンションフォースのリーダー、妻夫木が鞭で打たれた箇所を沿う様にダガーで斬る。


「うらららあああ!!」


 西田メンバーが雷を纏った槍で攻撃。


「ウガアアアアアア!!」


 耳を塞いでしまいそうになる咆哮を上げるモンスター。各サークルメンバーはすでに息も絶え絶えの中、西田含む実力者たちは果敢に立ち向かう。


「ックソ!」


「全然倒れないじゃないの!」


「……傷が浅いのか」


 獅童、椿、妻夫木が横に揃って構える。


『魚人怪獣 フランダルス』


「タフネスが自慢ってか?」


 西田のメッセージ画面にボスの名前が再度映る。


 動きは遅いがそのぶん破壊力があり、鋭利な鱗と体格による打たれ強さが攻略者たちを苦しめる。


「グゥウウウ!」


 光沢のない瞳が氷の柱を睨んだ。そこには捕らわれた女性たちがいる。


 地面を砕く重い足取りで柱に向かう。各攻略者が攻撃を仕掛けるが、この行動だけは異様にダメージを負えず、必然的に柱に向かわれる。


 明らかに良くない事をする兆し。


「ガアアアアア!!」


 それを喰わせろ。邪魔だ。と、人より二回り大きい握り拳を振りかざすフランダルス。


 それを止めるのは他でもない。


「シールド――」


 梶 大吾だ。


「バッシュッ!!」


 拳と大吾の盾がぶつかり合う。


「ッグゥ!!」


 ぶつかり、衝撃波が迸る。


 重い衝撃、震える腕、緊張する筋肉、切れる血管。


 それを堪える歯ぎしり。


「ッオラァアアア!!」


「ガアアア!?」


 吼えた大吾のカウンターを受け、拳の鱗を撒き散らしながら倒れるモンスター。


「攻撃のチャンスだ!」


 獅童の号令で一斉に攻撃を仕掛ける攻略者たち。


 瀬那も月野も攻撃に参加する中、大吾は膝を着いて肩と背中で息をする。


「っは、っは、っは――」


 暴れるフランダルスと立ち向かう攻略者。耳鳴りが響き滲む視界。


(こんなに……こんなにキツイのか……)


 口内に血を感じながら大吾は思った。


 慢心はしていない。余裕すらもなかった。むしろ緊張感を持ち、気合いを入れ、みんなを、蕾を助けると心に強く誓った。


 刺違える覚悟で挑んだ。


 だが、いざおぞましいボスを前にすると足が震え、フルカウンターしきれない攻撃を受けると死にたくないと強く思ってしまった。


(覚悟決めたのに、情けない……)


 不意に、肩に感覚を覚える。


「ッ! 西田さん……」


 攻撃に参加していると思い込んでいた大吾は、心底驚いた。


「頑張れって言うつもりだったが、もう頑張ってるもんな」


 戦いの騒音が響いているのにもかかわらず、西田の優しい口調がハッキリと大吾には聞こえる。


「怖いだろ。安心しろ、俺も怖い」


「西田さんも……怖いんですか」


「ああ」


 百戦錬磨のヤマトサークル。誰もが知っている強者の一人でも恐怖心があるのだと、大吾は改めた。


「でもな、守りたい存在がある。それだけで、恐怖を感じながらも俺たちは戦えるんだ」


 氷に閉じ込められている女性たちを見て、西田は言った。


 つられて大吾も女性を見る。蕾を見る。


(蕾……)


 透明度の高い氷の中に閉じ込められている。動く胸部。理屈は不明だが、中に酸素があり、呼吸はしている。


「……彼女とヤッタ?」


「え!?」


 それ今聞く!? と目を白黒させる大吾。絶賛戦闘中の出来事である。


「どうなの」


 ニヤつく西田。


「え、いや……」


 困惑する大吾だが、西田のまっすぐでいやらしい目が答えろと言っている。


「……ッ」


「ん? なになに」


「ち、ちゅーはしました……」


 頬をほんのり赤くする大吾。西田はニヤニヤしている。


「どんなちゅ~?」


「……し、舌を……はい……」


 大吾の顔ですべてを語ったと判断した西田は、健全だなと言って暴れるフランダルスを見据える。


 大吾は直感的に感謝した。西田なりの緊張のほぐし方なのだと。


「気づいたか」


「え」


「お前のカウンターが、一番ダメージを負わせてることを」


「ッ!?」


 まさか。ありえない。と、目を見開いてモンスターを見た。


「アイツはタフすぎる。戦ったどのモンスターよりもだ」


「……」


「そしてパワーも桁違い。見ろ。俺たちの攻撃を受けているが、止まる気配が無い」


 確かに西田の見解はあっていた。大吾は己の責務を文字通り必死にこなしおり、広く見えていなかったのだ。


「大吾。お前は守護神であり、奴を倒せる矛でもある」


 西田が槍を持って姿勢を低くした。


「アイツは必ずお前の前に立ちはだかる。……次がラストチャンスだって、自分でもわかるだろ」


 大吾もフランダルスを見据えて頷く。


「気張れ!! お前ならできる!! ッフ!」


 雷を纏って駆ける西田。雷の軌跡を残し、フランダルスに斬り掛かる。


「……ふぅ」


 不思議と、大吾の心は落ち着いていた。


 体中のあちこちが痛み、血も噴き出している。


 だが不思議と落ち着いていて、血がついた白い歯を覗かせるまでに余裕もあった。


「俺が……俺が……」


 思い浮かぶ変えの効かない大切な人。長い綺麗な髪、可愛らしい声、眩しい笑顔。


 手を繋いだ温もり、甘い吐息、やわらな感触――


「ッハハ」


 甘い思い出に浸っていると、その時が来た。


「ウガアアアアアア!!」


 猛攻を搔い潜ってフランダルスが突撃してくる。


 大吾に怖さはもうなかった。次で終わる。次で決める。


 確信めいた自信がこの男にはある。


「ッ! ……そうか」


「ア゛ア゛アアア!!!」


 迫る。


「オラッ!」


 シールドのふちで地面を強打。宙高く飛翔する。


「……」


 心境に強い影響もしくは継続的な努力により、スキルが進化、または新たなスキルを取得できるケースがある。努力した分のスキルは無論強力なものとして進化するが、心境という曖昧な要素で取得したスキルはより強力なものだ。これは教科書にものっている事項だ。


「ガアアア!」


 腕どころか体全体で突進してくるフランダルス。


「カウンター――」


 腕のシールドから大きな半透明のバリアが浮かび上がる。


 接触する瞬間。


「アベンジ!!!」


 衝突した瞬間、ッカ、と強い光が辺りを包んだ。


 耳鳴りがなり、目も覆ってしまう。


 瀬那たち一行が音を取り戻し、遠くの壁にモンスターが沈み、徐々に泡になっていく光景を見たと同時に、アナウンスされた。


『フランダルス撃破』


 その文字に我が意を得たと着地した大吾は思ったが、歓喜する間も無かった。


「うわあああああああ!!」


 沈むフランダルスの壁が突如崩壊し、そこから悲鳴をあげる正体不明の何かが現れたからだ。


 黄色い鱗が特徴の何か。所々鱗が剥がれ青い血を流している。


 モンスター――


 西田たちは直ぐに気づいた。そしてメッセージ画面の名前を見ると、固まった。


嫉姫マーメイド家臣ヴァッセル フランダー』


「うぅ……うう」


 モンスターの姿から退化するように変化。人間の子供へと姿を変えた。


「た、助けて! 僕もう地上の肉食べないからぁ! 全部謝るから助けてよおお!!」


 助けを必死に求める子供。だが西田たちは動けない。あまりに異様な光景、子供がモンスターだとわかっているから。


 それと同時に震える。


「ッッ~~」


 フランダーに震えたのではない。


 壁の向こうから歩いて来る存在に震えた。


 それは武者だった。


 黒い霧を纏い、地に付くほどの頭髪をなびかせ、確かな足取りで歩いて来る。


「エーメン!!」


「ひぃいいいいい!!」


 姿をハッキリと認識すると、メッセージ画面が現れた。


幻霊ファントム家臣ヴァッセル 黄龍仙こうりゅうせん


「ッ!!」


 誰もが硬直し動けないでいるが、西田だけは槍を構えて臨戦態勢をとる。


(アレは俺が見た奴と同種だ……! 仕掛けるか……。いや、あの子供になったモンスターも気になる。どうする……!)


 思考を巡らせるも、事態は進んでいく。


「お、お前! 僕と同じ家臣ヴァッセルじゃないのかよ!! 僕たちが戦ってもしかたないだろ!!」


「語るに及ばす!!」


「ックソ!」


 しびれを切らしたフランダー。頬を大きく膨らませると、勢いよく水を噴出した。


 明らかに許容量を超えた水量。ウォーターカッターの如く嫌な音を響かせる。


 しかしそれを胸に受けても減速どころか早足で進む黄龍仙。まったくのノーダメージ。


「ッ!」


「!!??」


 刹那に加速し、子供状態のフランダーを大きな手で掴んだ。声を発する事すらできないフランダー。


「ぶらああああ!!」


 勇ましい声を雄叫びに、掴んだものを乱暴に投げつけた。


「――」


 壁に激突するフランダー。砕かれ窪んだ壁が威力の大きさを物語った。


「ぁ……ぁぁ」


 虫の息だった。人間の状態を保てないのか、顔の半分が魚人形態へと変貌している。


 黄龍仙が跳躍し、フランダーの前で着地した。


 腕に目に見える力が纏われ、フランダーを見据えていた。


「やめて!!」


 よく響いた声が発せられた。その声に攻略者たちは驚き顔を見た。


「まだ子供じゃん! 子供じゃんねえ!!」


 朝比奈 瀬那だ。


「その子はモンスターかもしれない。ボスかもしれない! でも子供だし弱ってるぅう!」


 瀬那の待ったで黄龍仙は止まり、背中を見せながら顔の半分だけを攻略者たちに向けた。


「反省して帰ってくれるかもしれな――」


 瀬那の声と同時に黄龍仙の左腕が動いた。


「ッ!?」


 その手には鋭利な刃と化したフランダーの腕があった。


 フランダーが不意の攻撃を仕掛けたのだ。


 黄龍仙は攻略者に顔を向けながら握り潰した。


 悲鳴をあげ苦しむモンスター。


 そしてツインアイが光る。


 語るに及ばない――


「ぅぅ」


 その光景に瀬那は腰から崩れ落ちた。黄龍仙の眼光に恐怖し、股から水が滴った。


「ぁぁ……」


 右手から青い血が流れるフランダー。黄龍仙は一歩踏み出す。


「ムッ」


 さらに纏った力が強くなり、蜃気楼の様に揺らめいた。


 止め。


「ぁん……だぁ……ざしぃ……。ぁんだ……」


 黄龍仙にしか聞こえない風前の声。


「ぅるあぁ――」


 瀬那が目を背けたと同時に轟音が鳴り響く。


 目を離せなかった月野は、青い血が泡立っていくのを見た。


 そして大吾のメッセージ画面に新たにこう書かれていた。


『ダンジョンクリア』


 祝福するように帰還ゲートが部屋中心部に出現。同時に捕らわれた女性たちの氷が溶けだし、流れる水に包まれるように解放された。


 しかし誰も動かない。


 動けない。


 何故ならフランダルスや突然出てきたフランダーよりも強い、暴力の権化の様な存在がまだいるからだ。


「……」


 血を振り払う仕草をしながら黄龍仙は攻略者たちに体と顔を向けた。


「!?」


 一斉に姿勢を低くした攻略者。


(なんてバケモノなの)


(冷や汗が止まらない)


(スピードなら僕が……)


 各リーダーが額に汗を浮き出させ警戒している。


(威圧感半端ねぇ! フランダルスの方がデカいはずだが、こいつはより大きく見える程のヤバさがある……!)


 西田が帯電する。妙な挙動をすればすぐに動く。その態勢をとった。


 しかし、西田はあっけにとられた。


「……え」


 頭髪をなびかせて背を向き、黒い霧に覆われて消えていったのだ。


 誰も何も言わない。言えない。


「……終わった……のか……?」


 静けさが支配したこの場で、大吾の一言がよく響いた。


 攻略者たちが救出活動に赴いたのは、それから数秒後の事だった。

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