第33話 チュートリアル:驚愕連

 萌が調査班としてダンジョンに入って少し経った頃、学生率いる西田たちはモンスターと交戦していた。


 大吾の盾が突き飛ばす。


「シールドバッシュ!」


 瀬那の符が焦がす。


「如意爆炎符!」


 月野のガントレットが火花を散らす。


「フン!」


 そして西田の槍が迅雷の如し襲う。


「うららあ!!」


 魚人型モンスターがことごとく泡に変わり消滅していく。


 その猛撃を目の当たりにした攻略者は心底驚いた。


 学生でもあんなに強いのか、と。


 ヤマトサークル所属の西田の実力は周知の実。日本で十本指には入る強者つわもの。持ち前の電撃がモンスターに大いに有効なのもあり、無双が如し所業。


 西田もさることながら、噂で広がった同行する学生。荒削りだが、今のままでも攻略者に十分な力量、動き。


「ほぅ……」


 学生なのに動けると感心する者。


「へー。やるわね」


 先を見据えて一物企てる者。


「学生って意外と……」


 実力を見せられ、胸を躍らせに駆られる者。


 救出作戦に参加する一部のサークルリーダー各々が、様々な思惑が思考された。


「フー」


 襲ってきたモンスターを倒しきった大吾たち。緊張感を少しだけ吐く息から出し、再び先の通路へ目を光らせた。


「そう気が立ってもしかたなねぇって。肩の力を抜け。じゃないと、いざという時動けないぞ」


 大吾の肩に手を置いて西田が周りを見る。そして声を大にした。


「先ほどの強襲はモンスターの挨拶だろう。幾つもの別かれ道があり、各々のサークルもそれぞれ分れた。今ではヤマトサークルは俺らだけ」


 誰もが耳を傾けた。


「……探索範囲を広げるため別れたが、道の先は同じ場所かもしれないし、行き止まりかもしれない。……正直に言うと、俺らはモンスターの策に溺れているかもしれない」


「え……?」


 疑問を浮かべる瀬那。


「俺が経験してきたダンジョンとモンスターは、絵に描いたような物ばかりだ。ダンジョンに入り、出てきたモンスターを倒し、ボスを倒して終わる。みんなも同じだろう」


 別のサークルメンバーが頷く。


「だが今回は違う。あいつらはゲートから出てきて、あまつさえ人を攫った。モンスターの中には原始的な知恵はあったが、ここの魚人型は明らかに知能指数がダンチだ」


「そうね。私は西田メンバーと同じ見解よ」


 サークル名。パンサーダンサーのリーダー、椿つばき まいが同意した。


「ダンジョンと言えば聞こえはいいけど、言い換えればここはモンスターの腹の中。馬鹿だったモンスターが知恵を持てば、策の一つや二つお手の物じゃないのかしら」


 大人の女性を際立てた妖艶の女性。露出の多い戦闘服に、持つ得物は鞭だ。


「確かに一理ある」


 サークル名。銀獅子のリーダー、獅童しどう たける


 筋肉隆々、頭髪も獅子の如し。名は体を表すに乗っ取った存在。持つ得物は己の拳。


「だが一体一体が高知能と言うのは飛躍だと俺は思う。考えられるのは、後ろで糸を引いている者が居るのだろう」


「その糸を引いているのが――」


「ボスだと俺は考えている」


 獅童の推に寄せて西田が口を開き、そのまま獅童が述べた。


「あの、僕たちは先に行きますね。喋ってたらそれこそ時間の無駄。一刻を争う速やかな救出が必要なんです。では」


 サークル名。ディメンションフォースのリーダー、妻夫木つまぶき れん


 華奢な体格だが、日本が誇るスピードスター。戦闘服は黒一色の忍者風。得物は小刀。


 妻夫木はそう言って、お供の精鋭を連れて先に進んでいく。


「あいかわらずマイペースな連中だな」


「他のサークルと違って、ドロップ目当てじゃないのは確かだな。これだから妻夫木は好感が持てる」


「あんたみたいにむさ苦しくないしね」


「フン、言っていろ」


 実力のある有名なサークル。テレビでは見れない掛け合いを見て、大吾たちは人間味があって意外だと感じた。


「西田さん……」


「ああ。俺たちも進もう」


 大吾の催促。これ以上喋っていても仕方がないと西田は首を振り、進んでいく。


 鍾乳洞なダンジョン。凸凹で滑りやすい。しかし、道は進むにつれ行動しやすい平らな道が多くなり、魚人型モンスターのエンカウントも多くなっていく。


 その度に大吾が叩き伏せ、瀬那の火球が焦がし、月野の拳でくの字に曲がる。


 そして生きた蛇の様な鞭がしなり、槍を持つモンスターを泡に変える。


「それッ!」


「ギョ!! ――」


 手刀が硬い鱗ごと両断。


「セイッ!!」


 一刀が首を撥ねる。


「ふん……」


 雷撃が複数体巻き込んで炸裂する。


「脆い脆い!」


 各サークルの精鋭も戦闘をこなすが、リーダー達の怒涛の進撃があまりにも際立ち、有り余る威力、高い身体能力に、学生三人は実力差を目の当たりにした。


 進んでいくと、ヒカリゴケがだんだんと少なくなっていく。光源が無くなり暗くなる。はずが、気温が低下していくに連れダンジョン内が明るくなり、壁にも薄い氷が付きはじめた。


「ふー……寒いな……」


 白い息を吐きながら月野が言った。戦闘で汗をかいた服。それが突然の気温差で気持ち悪くなり、げんなりとした顔になる。


「あのぉ、寒くないんですか?」


「寒いに決まってるでしょ!?」


 寒さで震える瀬那が露出の多い椿に当然の質問を投げた。


 この場の誰もが思った事をコンマの速度で言い返した。寒いのは当然だろう。誰もが口から白い息が出ている。


「ギュギュ!」


「ギョシー!!」


 かじかんで動きが悪いのもお構いないし魚人型モンスターが襲ってくる。


 平坦な広い場所で戦闘が行われる。誰もが忙しなく倒しているが、西田はモンスターを倒しながら思考していた。


(ここに居るモンスターは少し強いな……。持っている武器もザコのそれじゃない。経験則から見るに、この先に何か重要な物があるから門番の真似事をしている可能性も考えられる)


 壁の穴からどんどん這い出てくる。


「こいつら! 一匹いたらなんとやらだな!」


「フン!! 俺たちはいつから駆除業者になったんだ?」


「無駄口叩く暇あったら倒すぅ! 混撃! 爆焔雷符ばくえんらいふ!!」


 学生たちは血気盛ん。まだまだ体力は余っている様子だ。


 数十分後、モンスターハウスと違いない襲撃を乗り越えた西田たち。無論先に進んでいる。


「……了解。そのまま進んでくれ」


 ダンジョン内で使用可能なイヤホン型通信機器。それを介して別ルートに進んだサークルメンバーと話している西田。大吾たちが息を整えている間に通信を終えたようだ。


「別メンバーは行き止まりだったり道が続いていたりと複雑らしい」


「こっちもよ。収穫なし」


「俺たちのサークルも同じだが」


「僕たちは当たりを引きましたね」


 目の前には大きな穴。薄い膜が張っていて、穴の向こう側が靄で見えない。


 辿り着いた先がそう、いわゆるボス部屋だ。


「ふー。みんな、聞いてくれ」


 声を張った西田。ゲートを見つめていた全員が注目した。


「他のメンバーを待っている時間はない。だからここにいる精鋭だけでボスに挑もうと思う」


 精鋭という言葉に学生たちは息を飲んだ。今のところ足手まといとは言われてないが、他のサークルメンバーには見劣りする。


 実力が伴っていない……。


 道中危ない場面も多々あった。命懸けで挑んでいるが、相手がボスなら話は違ってくる。一つの判断が死に直結する。


 腕を組み、下に俯き、拳を震わせる。


 三者三様な反応を示した。


「ッハ! なにシケた面してんだよ」


 振り向いた西田が学生たちに言う。


「お前らの実力は荒削りだが、戦闘センスは俺が保証する」


「西田さん……」


「ここまで来たんだ、当然連れてくからな~」


「「「ッ! はい!!」」」


 誰もが認める実力者。そのお墨付きを貰い、学生たちは腕に鳥肌が立ち、やる気が沸々と沸くのを感じた。


「ッへへ! って事で! いざ中に……」


 言葉が詰まった。意気揚々に激励を述べようと各サークルに振り向き直すと、それを無視するようにゲートに向かって歩いていた。


「リーダーの撫子ちゃんならまだしも、あんたうるさいから。お先にー」


「フン、俺たちも行くかー」


「じゃ」


 蔑ろ。圧倒的蔑ろをされて、西田は顎をしゃくれさせた。


「……入ろか」


「う、うす」


 濡れた感覚、広がる波紋。慣れない感覚を感じながら、大吾たちはボス部屋に入った。


 中は氷に覆われた洞窟。輝く水晶の様な煌びやかな光景に、西田たちや先に入っていた椿たちは驚愕で口が閉まらない。


 誘惑する様な光景。西田が我に返ったのは、イヤホンに通信があったからだ。


「ミッチーか。そっちは順調……ッ!?」


 西田の反応が普通じゃない。と、誰しも思い、静観する。


「ああ……、ああ。そいつは重畳だ、すぐにでもそうしてくれ」


 うんうんと頷く西田。


「……今俺たちはボス部屋に入ったところだ。……ぇ」


 声が小さくなった。


 それから数秒通信し、終了すると引き締まった顔の西田が先を見据えた。


「皆聞いてくれ。調査班は捕らわれた人を見つけ、今救出に尽力している……」


 歓声が上がる。安堵する者、笑顔になる者が居る中、感じ取った西田の違和感に各リーダーと大吾たちは息を飲んだ。


「だが――」


 静まる。


「確認できたのは男性だけで、女性の姿は無いらしい……」


 歓喜からの落胆。誰もが不安を感じているが、その中でも大吾は悲痛な顔をし、何処に放っていいか分からない感情が、氷の壁を殴りつける形で出てきた。


「それと――」


 まだある。


「向こうにもボス部屋のゲートが確認されている」


「え……」


 誰もが冷や汗をかいた。


 混乱が支配しまともな思考ができない。それに追い打ちをかける言葉が、先に進んでいた妻夫木によってもたらされた。


「見つけたぞ。こっちだ」


 駆け足で向かう。通路を曲がると、それはあった。


「なッ!!!」


 誰が言ったか分からない驚愕する言葉。


「蕾いいいいい!!!」


 捕らわれた女性たちがいた。


 しかし、陳列される様に巨大な氷の柱の中で凍結され、意識がないようにも見れる。


 そしてソレは氷の柱の陰から現れた。


 鈍重な巨躯。魚人型だが、ザコとは比にならない鋭利な鱗に牙。長くて太い尾鰭おひれは、もはやドラゴンのしっぽを思わせる。


「ガアアアアア!!!」


 ぎらついた眼光を攻略者に向けると、けたたましい咆哮をあげた。


 攻略者は身構える。


「お前、ブッ飛ばす!!」


 ボス攻略が始まった。

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