第34話 チュートリアル:フランダー

 西田達がボス部屋に入る少し前――



「ギョギョ!?」


「ピギィ!!」


「オーラ斬り!!」


 ここのモンスターはドロップアイテムが全くでない。俺が見逃しているだけの可能性もあるが、鱗一つ落ちない。倒すとすぐ泡になって消える。


 この救出作戦は無論救出が最優先だが、参加したサークルの中にはドロップアイテムで一儲け企むサークルも実際に居る。


 俺からすればざまぁご愁傷様と言ったところか。


「お疲れ勇次郎。モンスターを倒してくれて」


「ありがとうございます」


「いやぁ採取と調査がスムーズにすすむすすむ。おかげでほら、進みすぎて俺たちだけになっちゃったス」


 他のメンバーや別サークルの調査班は数人体制、足並みをそろえて動いている。それに比べて三井さんは持ち前のスキル『アナライズ』で調査している。それが早い事。さすが調査に特化したスキルだ。


 まぁどんなスキルなのかは詳しく教えてくれないけど。


「一旦戻って合流しますか?」


「んー、このまま進むッス。だってこの先に何かあるでしょ」


「確かに」


 滑りやすい鍾乳洞進んでいくと、氷に覆われた壁に足場もしっかり踏みしめれる地面に。凍えるゾーンをさらに進むと、氷の壁が段々と赤に染まっていき、そして今ここの様に赤い壁のゾーンに辿り着いた。


 何と言うか、質感も生々しい肉質に脈動する血管の様なものも壁に走っている。グロ耐性が無ければ吐く人もいるだろう。


「うーん。こんな沙耶の唄張りに周りがグロいと、採取するのも気が引けるッスね~」


「沙耶の唄て……またコアなこと。ゲーマーの俺でも触りしかしらないです」


「見てこれ。地面に出っ張った何かだ。もうただの肉片じゃん」


 そんな会話をしながら調査に採取。ここのゾーンに入ってから、モンスターの襲撃にあっていないので、なんか嫌な予感がする。


「……行き止まりかぁ」


 ほぼ一本道の先は行き止まりだった。だんだんと天井も高くなってきて、目の前には大きな肉壁が通せんぼ。


「ちょっとまって……」


 先行していた俺を抜き、三井さんが壁を調べている。持ち前のスキルで調べているのだろう。


「オラ! ック!」


 腰に装備してるダガーを肉壁に突き立てて刺している。何回も刺して引き抜き、その度に肉の粘膜っぽい気持ちの悪い音が響く。


 その行動に、俺は疑問を投げかけた。


「何やってんスか……」


「勇次郎も手伝ってッ! この壁、他の壁と違って破れるッ! ッフ! こういった壁があるって事はッ! この先に何かあるッ! お決まりの定石でしょ!」


「そうと決まれば俺に任せて下さい!」


 三井さんを下がらせてオーラ剣を出す。出力を上げ剣先を伸ばし、突き刺す。ブチブチと壁が破ける音、肉が焦げる嫌な方の臭いが漂った。


 楕円状に斬ると、型取った肉が赤い泡になって消えていく。その気色の悪い光景を数回見ると、トンネルと化したここに、やっと道が開けた。


「君ホントに学生? 有能過ぎて他の攻略者が泣いちゃうッスよ? 俺含め」


「あの、ありがとうございます。それと、なんかすみません……」


 平謝りしながら解放された道を歩く。やはりジャブジャブ様のお腹張りに体内な景観。


 ボス倒したらハートの器とはゲットできるかな? とアホな考えをしていると、開けた場所に出た。


 そしてそこにはあった。


「……何なんスか、アレは!」


 肉の大柱がそびえ立ち、柱の底部には攫われた人たちが埋め込まれていた。口に肉の管が繋がれていて、良くない事が起きているのを想像に難くない。


 小走りで近づきながら観察していると、ある事に気づいた。


「三井さん、ここに女性の姿がありません!」


「ああ、ざっと数えて捕らわれた男性に数にピッタリ……。柱の下で固まってあるから、救出するには幸いッス!」


 肉柱は脈動していて非常に気色悪い。


「抜きますよ! ソレ!」


 埋め込まれた一人を抱える様に抜き出す。半裸の水着姿は粘膜の液でテラテラと光沢が見える。


「こちらヤマトサークルの三井! 調査班全体にコールをかけている。救出ターゲットたちを発見! 速やかに調査を中断し、三井マーカーを辿って集合! 繰り返す! ――」


 男性を地面に寝かせ、口に付いている肉の管を掴んだ。


 少し抵抗があったが、容易に引き抜くと、管の中に細い管があり、それも喉の奥からも引き抜いた。


 捨て置いた管が粘膜気質な音をたてて少し小さくなった。


「……おいおい。マジっすか」


 イヤホンに指を置いている三井さん。突然震えた声が俺の耳に入った。向ける視線に釣られて同じ方向を見ると、俺も息を飲んだ。


「ボス部屋……なのか」


 人一人が入れる渦巻くゲートが近くに開いていた。


「っは!」


 俺は急いで男性の胸に耳を当てた。聞こえる鼓動。心臓は問題なく動いているようだ。


「……西田さん、三井です。こちらで救助ターゲットを見つけたんですが、ここには男性だけでした。今調査班を招集したので、救出活動に尽力します」


 どうやら西田メンバーに通信している。大吾たちの無事が知りたいところだ。


「……え!? ……はぁそうですか。言いにくいんですけど、こっちにもボス部屋があります。このダンジョン。今までにない異様さがあります。――」


 俺は会話の内容で引っ掛かる箇所があった。「こっちにもボス部屋があります」だ。


 まだ通信しているが、察するに向こうにもボス部屋がある。どうやらこのダンジョンをクリアするには少なくとも二か所のボスを倒さないといけないらしい。


 ソウルライクなゲームならげんなりするに違いない。


「アナライズ!」


 通信を終えた三井さんが男性に向けてスキルを使った。


「……憔悴しているけど、健康状態は良好ッス。ボスは後回しで、花房くんはどんどん引き抜いて!」


「わかりました!」


 指示通りに囚われた男性を引き抜いては管を抜く。そうこうしているうちにどんどん調査班が集結。


「回復キット遅いよ! 何やってんの!」


「医療とは違うのだよ! 医療とは!」


 特別製の回復キットを持ち込んだり、ヒールスキルを持っている人が手当たり次第に行使している。


 クスクス――


「?」


 忙しなく救助、回復行為がなされる現場で俺は耳にした。子供の声を。


 周りを見渡すが、誰も気づいた様子もなく作戦通りに動いている。


 クスクス――


「……」


 また聞こえた。頭の中で反響する子供の笑い声。


 その声が小さくなっていく方向を見ると、その先にはゲートがあった。


「……俺を呼んでいるのか?」


 この肉肉しい空間に似付かわしくないボスへとつながるゲート。渦巻く中心部を見ていると、ふらっと足が勝手に歩いてしまう。


 俺の進路を調査班兼救助班が行きかうが、まったく衝突せずゲート前に辿り着いた。


 そしてメッセージ画面が出てきた。


『攻略人数 0/1』


 0/1。メッセージ通り一人しか入れないのだろう。


「……」


 冷たい感覚。考えるより先に体が動いた。


『攻略人数 1/1』


 怒号と混乱が赤い空間で飛び交うが、一人だけ姿を消した事に気づいたのは、しばらく経った後の三井さんだった。



 ゲートの中、そこは色鮮やかなサンゴ礁だった。小指程度のサンゴから人より大きなサンゴもあり、まるでサンゴ礁の中を泳ぐ魚の気分だ。


 海中に居る感覚はない。なのに上空に見えるのは水の中から見える太陽が揺蕩っている。


 進んでいくと、サンゴでできた広い平地に辿り着いた。


 そしてその中心には、サンゴに腰かける少年がいた。


「やあ、待ってたよ」


 人の言葉を話した。見た目は黄色を主体としたストライプが入ったパーカー姿。髪の色は水色寄りの青で、無邪気な笑顔で俺を出迎えてくれた。


「僕はフランダー。君の名前は?」


「……はじめ


「萌くんかぁ! あは! よろしくね!」


 サンゴから降りて少しだけ近づいて来る。何が面白いのか終始頬を吊り上げて笑っている。無邪気な少年に見えるが、ここはれっきとしたボス部屋。警戒は怠らない。


「あのね? 僕は怒ってるんだよ? プンプン!」


 頬を膨らませるフランダー。


「……」


「何で黙ってるの? 僕がなんで怒ってるか聞いてよ!」


 腰に手を当てて怒ってますよアピール。ショタショタな容姿なので、その属性を持っている人がいたら鼻息が荒くなるかも。


 話が進まないので、一応聞いてみる。


「フランダーは何で怒ってるの?」


「え~~、教えてあげない!」


「……」


 イラっときたのはここだけの話だ。


「うそうそ。嘘ついたお詫びに、教えてあげるね!」


 手を広げてクルクルとその場で回った。そして近くのサンゴに座る。


 そして頬を吊り上げ、醜悪な顔へと変貌。


「君が早く助けたせいで、種付けできなかったからさ~!」


 種……?


「まったくぅ、僕は楽しみだったのになぁ。お腹の中から食い破って出てくる同胞の産声が!」


「ッ!?」


 俺にはわかる。フランダー。こいつは少年じゃない。


「あとは種付けだけだったのに、君たちったら来るの早すぎぃー! 君たちの同胞が内側から食い破られ、悲鳴と苦悶の阿鼻叫喚を聞きたかったのにさー! 助けに来た君たちの顔も見たかったなぁ」


 当たり前だが、こいつはボスなんだ。人の形をしているが、根本的な部分が違いすぎる。


 睨んでいる俺が可笑しいのか、クスクスと笑ていやがる。


「クスクス。まぁ済んだ事だし、もうちょっと教えちゃおうかなー」


「……なんだ」


「驚かないでよ? 実はさ、君たちの扱いは――」


 こそこそ話の息遣いで、聞こえる声量で言ってくる。


「雄が孕み袋で、雌は食用で管理してるんだ。雌ってさ、肉が柔らかくて美味しいんだよ」


「食……用……?」


 こいつが何を言っているのか、一瞬分からなかった。


「うん! でもね、今壁の向こうで君たちの仲間が、僕の友達と戦ってるんだ。ッハハ! やりづらいだろうねぇ。だって目の前で食べられるの見せられるんだから!」


「……」


「そして何でここが一人だけしか入れないと思う? それはね、絶望した顔が大好きだからさぁ! 僕が一人ひとり内臓を引きずり出して――」


「はぁ……」


 言葉と重ねるように大きく溜息をついた。それが気に障ったのか、笑顔だった顔が真顔になっている。


「なんだよ、これからが面白いのに」


「どうせ俺を一番に呼んだのは気に食わなかったからだろ」


「おろ? わかってるじゃん!」


 俺は後ろを向いて来た道に戻ろうとした。


「あれあれ? おしっこかな? もしかして神様にお祈り? サンゴの隅で震えて現実から目をそらすの? それとも命乞いするの? どれかなぁ」


 立ち止まって顔だけ振り向く。


「オーラの最大出力でブッ飛ばそうと思ったけど、お前ごとき、俺が動くまでもない」


「ごとき……だって?」


 目に見えてイラついている。


 体がどんどん大ききくなり、黄色の鋭利な鱗が浮かび始めた。


「魚臭いんだよ、坊ちゃん!」


「ッ!!」


 強靭で鋭利になった爪が俺を引き裂きに襲う。


 しかし、俺に接触する直前で攻撃は防がれた。


 黒い霧によって塞がれた。


 驚くフランダーだが、続いた俺の言葉でさらに驚愕する。


「お前、家臣だろ?」


「な! なぜそれを……!」


 既に少年の姿は無いが、バケモノが驚愕を顔に出している。


「実はさ、俺にも家臣ヴァッサルがいるんだよ」


「ッ!?」


 霧から距離をとるフランダー。もはや人のソレではない体躯を低くして身構えている。


 そして霧から脚が出る。


「小便は済ませたか?」


 マッシブな黒い装甲が怪しく魅せる。


「神様にお祈りは?」


 装甲纏う腕。拳が握られている。


「部屋の隅でガタガタふるえて命乞いをする心の準備は――」


 床まで着く長い頭髪をなびかせる。


好的ハオデ?」


 俺の家臣もとい、リャンリャンの黄龍仙が黒い霧から現れた。


『チュートリアル:ボスを倒そう』


嫉姫マーメイド家臣ヴェッセル フランダー』


「え、は? なな、なんで……」


「エーメン!!」


 と言って黄龍仙は迫っていった。


 俺から言える事は、リャンリャンのトレンドはヘルシングらしい。

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