第20話 チュートリアル:激闘の果てに

不流亜々々々々々々々々ぶるぅあああああああああ!!!!」


 雷が鳴り、大気が悲鳴をあげ、地が裂ける。


 ツインアイが激しく点滅する黄龍仙。四肢の強固な外部装甲が鋭利に変化。指先も鋭利になり、後頭部から力の放出が行われ、長い頭髪のようになる。そしてフェイスガードが吹き飛ぶと、人間に似付かわしい顔がそこにはあった。


 変化は黄龍仙だけじゃない。


 空には先ほどまでになかった大きな陣が展開されていて、遠くの岩山から何かが噴射。噴射物が上空の陣を模る様に配置された。


 いったい何が起こったのか。考えられる可能性は一つ。これはリャンリャンが言っていた罠、トラップだ。悪意の顕現。つまり君主ルーラーの俺が現れたから発動したのだろう。


 遠くの方でまた何かが噴射された。上空の陣が完成されると、絶大な罠が完成され、俺に牙を向くだろう。あのリャンリャンが自信をもって施した罠だ。ヤバいに違いない。


 ならば俺が取る行動は一つ。いや、はじめから一つだ。


々々々々々々々々あああああああああ!!」


 阿修羅と化した黄龍仙。お前を倒す!!


「ッム!」


 霧の剣――幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソード。アンブレイカブルも使っていた剣。形状は違うが、幻霊君主ファントム・ルーラーのみが使える無二の剣だ。


 物質、反物質、大気から次元まで、その刀身に斬れない物は無いとされる。更に驚異的な要素として、俺、幻霊君主ファントム・ルーラーと同じ、物理による干渉は受けず、一方的に攻撃できる。


 つまりは、相手の攻撃はすり抜けて、俺の攻撃は当たるって事だ。


「ヌン!」


 俺は斬る事もせず、霧の剣を投擲した。


 雷を背景に、黒い霧を纏った剣が一直線に飛ぶ。


「!?」


 胸部を貫いた剣。頭髪の一部を斬られ、一歩後ずさったが、刺さった剣のグリップを指で掴むと、ズプズプと胸から引き抜き、霧の剣を捨てた。


 霧の様に消える剣。


「!!」


 次は俺だ。と、先ほどまでとは違う、驚異的な加速で眼前に迫った。


 物理は受けない。俺は右手に幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソードを形成。そのまま斬り掛かろうとした。


 だが俺は思い留まった。豹変した黄龍仙。その握り込んだ拳に力が宿っているのを本能が察した。


「噴!!」


「っ!?」


 霧の剣を盾にして拳を受けた。軽く吹き飛ばされるが、立て直した。


 驚愕したが、納得もする。今までは力を溜めて攻撃してきたが、あくまで物理の拳。だが、豹変した黄龍仙は、今まで溜めていた力を拳に乗せてきた。


 なんの力かは知らないが、オーラと同じ系統だと思った方がいい。現に俺はダメージを受け、体からダメージの霧が出ている。


空刃くうは!!」


 構えた。


弧月脚こげつきゃく!!」


 見知った脚技。だが威力は桁違いだった。


「デエエエエエイイ!!」


 危険を察知し脚先を避けた。


 可視化した威力の波。半透明な半円が音を置き去りにし、雲海を裂き、山を両断した。


「ファントム・タッチ!」


 手をかざす。着地した隙を狙って攻撃をしかけた。


 地面から黒い空間が現れ、そこから飲み込もうと影の様な手が無数に伸びる。


 瞬時に絡まれる四肢。そのまま飲み込まれるはずが、黄龍仙は抵抗。大きな鋼鉄の手で影が引きちぎられ、後から出てきた大きな影の手も同様に千切られる。


 この隙に斬りつける。迫った俺は剣を振りかざしたが、黄龍仙の蹴りをもらい後退。攻撃は失敗に終わった。


「!!」


「ック」


 アッパーをもらい宙に浮いた。


空刃くうは――」


「ッム!」


 力み震える拳。俺が宙に浮いた状態の攻撃は、既に経験していた。


 それに対抗する技を応用で仕掛ける。


連弾拳れんだんけん!!」


「ファントム・アーム!!」


 俺の周囲に無数の霧纏う巨椀が出現。


「破々々々々!!」


「うおおおお!!」


 一撃、二撃三撃。そして腕が枝分かれしたと錯覚する程の連打を、無数のファントム・アームが迎え撃った。


 一発当たると霧は消え、更に次の霧が拳と撃ち合う。


 霧が消える軽い音。鋼鉄がぶつかり合う重い音。その両方が入交、拳どうしが当たった空間は細かく歪む。


 豹変した黄龍仙の技はグレードアップしていて、まさに脅威。技の前に空刃と付いただけなのに、拳に刃が追随したように思える。


 だが俺も負けていない。俺の技、ファントム・アームの無限連打は、黄龍仙の技を凌駕する。


幻霊霧剣ファントム・フォグ・ソード!」


 着地。霧の剣を構えて突撃。ガラ空きの胸部を切り裂く。


「!?!?」


 スパークを引き起こしながら勢いよく飛ぶ黄龍仙。


 遠くで噴射された物が陣を着々と形成している中、雲海を抜けて別の岩山に背中から着地した。


 黄龍仙に影が覆った。


 ツインアイが空中の俺を見る。


「こいつでも!!」


 巨大なファントム・アームを出現させ、それを思いっきり、


「くらいやがれ!!」


 打ち降ろした。


「――」


 岩山の天辺から芯を貫くファントム・アーム。岩々を大きく砕き、雷に負けない凄まじい音を仙界に轟かせ、噴火する様に山を崩壊させた。


 下の浅い泉を陥没させ、地形を変える。落下する俺に泉の雨が降るが、コートとフードをすり抜けて水が下に落ちる。


「……」


 攻撃を与えたが、倒したという実感は無かった。クリアしたメッセージ画面も出ていない。それもあって油断を許さなかったが、その気構えは見事に当たった。


「仙気循環!!!!」


 辺りにスパークを撒きながら目に見える力が黄龍仙から迸る。


「不!!」


 跳躍し、俺に一撃を入れた。


「ッ!?」


「ゼァア!!」


 ゆっくり落下する崩壊した岩に、俺を吹き飛ばす。


イー!」


「ック!」


 更に別の落ちる岩に向けて攻撃。


アー!」


 同じく落下する上の岩に向ける。


サン!」


 仙気なる物を纏った黄龍仙は、金色の跡を残す。それははたから見れば、


スーウーリュウチーバー!」


 上へ上へ昇って行く、


ジゥ!」


 雷の如し。


「噴!!」


 上空に飛ばされた俺より先に、金の跡を残して先回りした。


 大きく脚を上げ、仙気を纏う。


シー!!」


「ッッッ!!」


 落雷を彷彿とさせる猛烈な踵落とし。


 音の壁を発生させる衝撃を体感した。嚙み締めた歯、遠のく音、瞳に映ったのは、衝撃波で周りの岩が崩壊する光景だった。


「――」


 泉の地盤で止まる俺。食いしばる。


 まだまだ幻霊君主ファントム・ルーラーの力を引き出せていないとはいえ、まさか君主ルーラーになっても苦戦を強いられるとは微塵も思わなかった。


 ……これは俺の慢心が招いた結果だ。大丈夫、いけるいける。その間違いが苦戦を強いた。


 だが俺は、負けられない!


「空刃・機仙――」


 空中で停滞する黄龍仙。その構えは両手を掴む様に合わせている。


「ああそうかよ!」


 あれも見た事がある。放ったら最後、絶大な威力の塊が俺を襲うだろう。


「だったら俺もやってやらあああ!!」


 両手を合わせ、前へ構えた。


孔々こぉお


「ファントムゥゥウウウ」


 二つの両手、その間に力が集まる。方や黄金。方や漆黒。甲高い音を上げ、重低音を鳴らし、エネルギーが集まって行く。


「「砲々々々々々々々々ブラスタアアアアア!!!!」」


 黒と金が引き合う様に激しくぶつかる。その拮抗している力の中心から膨張する互いの力。大地、雲海、岩山に原生生物、俺と黄龍仙をも飲み込み、世界は黒と金色こんじきに包まれる。


 何も見えない。音すら聞こえない。そんな中瞬きすると色が戻り、そいつは鋼鉄の手を向けてきた。


「「ふんぬ!!」」


 地に足を付き、互いの両手を鷲掴む。


 技、立ち回り、隙の突きあい、そんなもの、もう考える必要はない。


「っぐぐぐ!!」


「ッ!! ッ!!」


 腕の力を抜かない。手の力を抜かない。指の力を抜かない。


 支える地盤は足の形に砕け、握りあう手からは肉と鋼の痛々しい音が響く。


 鋼鉄が曲がる。黒い手袋からは霧が噴き出す。


 泉の水が滴り、風が破片を転がす。


 先ほどまでの激しい攻防が嘘のように静か。文字通り、手も足も出ない。


「っく!」


 だが一つだけ、超至近距離の攻撃方法があった。


 それは。


「オラァ!!」


「!?」


 衝撃により黄龍仙の首が後ろに伸びた。


 俺に顔を向けると、同じ攻撃を仕掛けてきた。


「!!」


「ぐあ!?」


 もっとも単純で原始的。頭のぶつけ合い。つまるところ、頭突ヘッドバットきだ。


「ぬん!!」


「!! 不流亜!!」


「ぅう、あ゛あ゛!!」


 頭突き。


「!!」


 頭突き。


「まだまだぁ!!」


 頭突き。


 ボディ全体がスパークしようが、体全体から霧が噴きだそうが、もう関係なかった。


 もう、意地の張り合いだった。


「「ッ!!」」


 額を預け合う。首から内部パーツが露出し、頭部、頭髪からスパーク。首、顔、頭から霧が噴き出して肩で呼吸。


 口からも霧を吐いている俺は、一種の心地よさを感じていた。今の全力を出して戦ったからだ。


 だが、水音の心地いい音を邪魔する大きな音が鳴った。


 それはそう、上空からだ。


「「!」」


 同時に上空を見た。いつの間にか陣が完成されていて、まさに今、謎の噴射物だったモニュメント群が形を成して降りてくる途中だ。


「不流!!」


 変化があった。それは、互いの指が結合する程に握りこんだ手を、否が応でも離そうとしている。


「は……ハハ……ハハハ!!」


 俺は黄龍仙の慌てふためく姿が可笑しくて、自然と笑っていた。


「離すか! 離すかバーカ!! タッチだタッチだ!」


不流亜々々々々々々々々ぶるぅあああああああああ!!!!」


 低い音声を悲鳴の様に轟かせる黄龍仙。いやだ、離せ。もがくが俺は絶対に離さない。


 地面から影の手が伸びる。トラップを一緒に受ける覚悟で縛り付けた。


 自分の腕部を引き千切る勢いでもがくが、不意に、首が不規則に動き、挙動がおかしくなる。


「……?」


 どうした。壊れたか。俺の予想は、大いに外れた。


「□□。□。……に、你好ニーハオ☆」


「……。……?」


 黄龍仙から出た音声とは思えない軽い口調が聞こえた


「いやぁわたしも粋な計らいを用意したものだ。まさか黄龍仙にAIを移行できるシステムを施していたとはね☆」


「……リャンリャンか?」


シー(そう)☆」


 ツインアイがリャンリャンの口調と同期する様に点滅している。


「その深く被ったフードの奥はどんな顔してるんだい? ボコボコにされて腫れてるの?」


「い、いや。いやいやいや! なんで突然お前が出てくるんだよ!? 黄龍仙はどうした黄龍仙は!」


 驚きのあまり早口になった。頭がこんがらがる。


「くぐもった声で聞きづらいね☆」


 知らんがな。


「もうすぐ罠が発動する。発動したら少年は尸解しかいもできず消滅する。で、時間が無いから端的に話そう☆」


 俺は唾を飲んだ。


「一緒に罠を壊そう☆」


 何を言ってるんだこいつは……。


「お前らが仕掛けた罠だろ!?」


「壊すったら壊すの! 打坏ダーファイ打坏ダーファイ打坏ダーファイ!!」


 駄々っ子と同じ態度だ。力強い手なのに首から上はリャンリャンの挙動そのもの。


「わかったわかった! で、どうすんだよ!」


仙術八卦陣せんじゅつはっけじんを壊すには、同じ仙術、または同等の仙気を叩きこむと破壊可能だ☆」


 仙術八卦陣は罠、仙気は黄龍仙の力の事だろう。


「それをできるのはこの黄龍仙だけだ☆」


「じゃあ手を解いて壊しに行けよ!」


「無理☆ 完全にコントロールを乗っ取るには時間がない☆」


「どうすんだよ!?」


 降り立ったモニュメントが囲む様に回転。嫌な予感しかしない。


「君が黄龍仙を乗っ取れ」


「……」


 リャンリャンの真剣な声が俺に刺さる。


「かつて悪意によって機仙が持っていかれた。乗っ取ったとは違うかもしれないけど、似た様な事は、君にもできるんじゃないのかい?」


「……」


 俺の意志と呼応する様にメッセージ画面が現れ、チュートリアル一覧が表示、選択肢による主張が目に映る。


『チュートリアル:家臣を作ろう』


 知識としてはあった。このチュートリアルをクリアするのは当分先、もしくは出来ないと思っていた。


 君主に仕える家臣。聞こえはいいが、幻霊に仕えるとは、死の淵を覗くということ。


 幻霊君主おれに染まるという事だ。


 生きながら死んだも同然。黒い霧となる。


「……俺と同じ存在になるんだぞ」


 声が震えた。


「悪意は悪意でも幻霊ファントムだ。緑の不細工になるより百倍いいさ☆」


「ふざけんなよ!!」


 指に一層力が入った。


「後戻りできないんだぞ! 肉体が崩れ落ち、魂が縛り付けられる! 俺に! 俺にだ! 人間に、幻霊ファントムになれだって……。ましてや機械になんて!! ――」


「機械だよ、この体は……」


「……ぇ」


 優しい声だった。ヒステリー気味だった俺を、落ち着かせるには十分だった。


 確かに。確かに、人や動物を家臣にするより、機械の黄龍仙を家臣にした方が精神的にまだいいのだろう。


 でもそれでいいのか。そんな道徳観で、俺はいいのか。人道を踏みにじる行為なのかも知れないんだ――


「はぁ、だから君は處男チューナンなんだよ☆」


「な、何?」


「時間ないってのにウジウジ尻込みしちゃってさ。そんなんだから童貞なんだよ☆」


「……は?」


 ど、童貞? 何言ってんだコイツは!


「関係ないだろそんなの!」


「童貞が許されるのって小学生までだよねー☆」


「はあ!?」


「童・貞! 童・貞! はい童・貞!」


 リャンリャンの野郎、首を上手いこと揺らして煽って来る。


「ぐぬぬ! こなくそ! やぁってやるぜ!!」


 ありがとう。お前なりの応援なんだろ。踏ん切りは付いてないけど、後悔するのはやってからだ!


「ファントム・シンセサイズ!!」


「!!??」


 掴んだ手から、黒い影が黄龍仙を侵食していった。



 仙術八卦陣せんじゅつはっけじん。モニュメントが発光しだし、後は発動を今か今かと佇んでいる。


 八卦陣が囲む中央は黒い霧が発ちこんでおり、その中から突如、猛スピードで上空に向かう影があった。


 長い金色こんじきに光る頭髪をなびかせ、体色ベースの黒色から霧が漏れ、金の装飾が際立っている。


「いやぁ言ってみるもんだね☆ 私はAIだけど、こうして体を手に入れたんだ。まだまだ遊んでいいのなら遊びたいよねー☆」


 軽い言葉とは裏腹に、膨大な仙気を纏い陣を睨む。


大哥ダーグァー(アニキ)にカッコいい所見せるためにも、景気づけに一発やっちゃいますか☆」


 右脚に仙気が集約。だんだんと膨れ上がり、光となって真っ直ぐ陣の中心に向かった。


「お見せしよう、これが機仙拳の奥義が一つ――」


 ――機仙 ――破滅拳


 流れ星が、陣を貫いた。


『チュートリアル:ダンジョンをクリアしよう』


『ダンジョン:機仙の仙山』


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:スペシャルギフト』

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