07話.[もう外に出ない]

「てりゃっ、とりゃっ、ほりゃあ!」

「ぷふっ、全部失敗しているんだけどっ」


 だ、駄目だ、このモグラ手強すぎる、というか叩けるだけで百円を持っていくのはどうなのだろうか。

 なんて、分かっているのにお金を入れたのは自分だ、詐欺だとか言っていても仕方がないか。


「やっぱり作るんだね」

「……京陽や城崎さんもいるんだから当たり前でしょ」

「というかよく聞こえるね、私の声が好きなのかな?」

「こんなに近くで話しているんだからゲームセンター内でも聞こえるよ」


 内田さんは彼女が私といることを望んでいるからまだいいとして、城崎さんが当たり前のように別行動をしているのはやっぱり引っかかることだった。

 なんのために連絡先を交換したのかと言いたくなる、積極的に別行動をしているからもういいよと言いたくなる。


「内田さんに言われたからって無理して私といなくていいんだよ、適当に合わせてあげるけど」

「いや、今日のこれは京陽が城崎さんを連れて行っちゃったからで」

「だから別に言うことを聞いているというわけじゃないって?」

「そもそも京陽に言われても私は……」


 言うことを聞かないから私の意思でこうしているだけ~ということなの? その割にはふたりだけでいるときもなんか中途半端だけど。


「紗弥って内田さんのことが好きなんじゃないの?」

「なんで呼び捨てで呼ぶの」

「いいから答えてよ、この前好きな子は~って言っていたよね?」

「あれは人としてだよ、あの流れで特別な意味で好きなことを吐くわけがないよ」


 勝手に無理だと諦めてしまっているというわけではないんだろう、彼女は「なに言ってるの」とでも言いたげな顔でこっちを見てきていた。

 まあ、なにかがあるならちゃんと言ってほしい、私達の間にはなにもないからそこで心配する必要もないわけだしね。

 しっかし試すために近づいてきたなんてね、一度も興味を抱かれないまま学校生活を終えることより悲しいことだと言える。


「それにまだあなたは信用できていないから」

「それなら内田さんのところに行きなよ、なに遠慮しているのさ」


 親友のために動いてあげる子なのだから親友が近づけば必ず相手をする。

 というかきっと求めている、だからこっちは放置してくれて構わなかった。

 心配しなくても帰るなんて空気が読めないことはしない、最後まで付き合うさ。

 お祭りとかには行くつもりもないし、学校登校日以外は引きこもるからいまの内に楽しむつもりでいる。

 ゲームセンターなんてほとんど行ったことがないからわくわくしているんだ、それで恥ずかしいところを見せてしまう前に離れてほしかった。


「遠慮じゃない、私は京陽のことを考えてこうしているの」

「それで付き合わされるこっちの気持ちはどうでもいいと?」

「どうでもいい、だってあなたはすぐに調子に乗るから」


 ぴんぽんぴんぽん、調子に乗ろうとしていたところだったから指摘は助かる。

 まあいいか、この子が言葉で刺してくれれば大量のお金を使ってしまって夜に猛烈に後悔、なんてことにもならないだろう。


「コインゲームやろ、こっちの方が長く緩く楽しめるから」

「でも、センスがないとすぐに終わっちゃうよ?」

「センスか……」


 硬貨をメダルに変える前に考え込んでしまった。

 すぐに熱くなってぼんぼんと投入して溶かしてしまったら結局他のゲームをしているときと変わらない。

 こういうときというのは悪い方にしか想像できない、それで他のお客さんが来たときにやっと動けた。


「はい、半分あげるよ」

「それなら払う……」

「いい、だけど終わったらちゃんと内田さんのところに行くこと、分かった?」

「……分かったよ」


 うん、話にならないぐらい手持ちのコインが少なくて終わってしまった。

 あげておきながら返してなんて言えないからゆっくり紗弥を見ていたら「あ、当たった!」とここでもうるさいと感じるぐらいの大声を上げた。


「はい、いっぱい出たからおすそわけ」

「いいよ、私は紗弥を見て過ごしているから自由にやってて」


 お? なんか滅茶苦茶喧嘩を売られている気がする、顔からそう伝わってくる。


「あなたって微妙に空気が読めないよね」

「元々空気なんて見えないから読めないでしょ」

「はい屁理屈、はぁ、それに比べて京陽や城崎さんはいいな~」


 当たり前だ、一部の対応以外は私が勝てることなんてなにもない。

 どんなに正当化しようと教室から逃げていることには変わらない、それだというのに自分が上だなんて考えていたら気持ちが悪いだろう。

 私よりも頭がよくて運動神経もよくてコミュニケーション能力も高いはずなのに彼女はアホだった。


「そんな分かりきっていることを言ってなにかが変わると思ったの?」

「むかつくっ」

「はいはい、物に当たるのはやめましょうね」


 可哀想な筐体だ、彼女に強く叩かれて痛かっただろうな。

 まあでも、これ以上言うともっと被害が出そうだったからやめておいた。

 正直、マジで怒っていて怖かったというのもあった。




「あの」

「あ、やっと紗弥をコントロールできる内田さんが来てくれたよ」


 四人で出かけていたはずなのにやっとまともに話せたっておかしすぎでしょ。

 彼女もさ、城崎さんとばかりいないでこっちの相手もしてほしい。

 一緒にいたいとか言ってくれているくせにこれだから困ってしまう、まあ、それすらも試すためにしていたのかもしれないけどさ。


「紗弥さんがどうかしたんですか?」

「ああ見えて私にマジギレ中でさ、だから内田さんが来てくれてよかったよ」

「どうしてそんなことに……」

「内田さんが意地悪して私達だけにするからだよ」

「そういうわけでは、城崎さんに頼まれて一緒に行動していただけですし……」


 ということは城崎さんは意識して離れたということだ、やっぱり連絡先を交換した意味がない。

 あとは色々嘘をつかれていて信じられないというのもあった、仮に頼まれたとしてもある程度のところで来ればいいのに来なかったからだ。


「京陽、その子と仲良くしない方がいいよ」

「紗弥、いい加減機嫌直してよ」

「嫌、もう夏休み中には会わないから」


 それはどっちにしろこっちが出ないからそういうことになるけど、謝罪をしても全く許そうとしないところは問題だろう。

 だけどこの感じだと喧嘩別れしたままになりそうだ。


「もう帰ろ」

「ごめんなさい、蒲生さんに言っておきたいことがありまして」

「じゃあ城崎さん」

「うん」


 挨拶をして彼女に意識を向ける、彼女は多分少しだけあのふたりに意識を向けていたけどこっちを見た。


「それで?」

「あなたのお家に行きたいです」

「いいよ、このまま立ったままだと疲れるしね」


 自業自得だから紗弥とのことはもういいとしても、今日も色々なお店を見て回ったりしたから足が疲れた。

 誰かといられるのはいいけど自分のペースで次へと移動したりできないもその原因となっている。

 贅沢な考えだ、ちょっと前までならこんなことありえなかったのというのにさ、だからまあ分かりやすく調子に乗ってしまっているということなんだ。


「はいどうぞ」

「ありがとうございます」


 よっこらしょっと、はぁ、足を伸ばして座れるって幸せなことだ。

 すぐに言いそうな感じもしないからこちらはとにかく待つだけだった。

 わざわざ残った理由はなんなのか、あれを見ていて紗弥には相応しくないと言ってくるのだろうか。


「自分で言っておきながら本当に自分勝手なんですけど」

「安心して、夏休みはもう外に出ないから」

「へ?」


 あ、この驚いた顔可愛いな、狙ってそうしたわけではないけど今夏のいい思い出となりそうだ。

 少し言葉が足りなかったから紗弥にはもう会わないと説明しておいた、それをしてもなお彼女は固まったままだった。

 反省しているからこその行動なのでびくびくする必要はない、これからなにを言われても冷静に対応できる自信しかない。


「え、もう出ないんですか?」

「登校日は出るけどね」

「え、それならお祭りは……」

「毎年行っていなかったんだ、姉も興味を抱いていなかったから」


 これは強がりでもなんでもなく羨ましいと感じたことはなかった。

 美味しい食べ物が食べられるとはいってもスーパーなどで買ってきて作る方が安いというのもある。

 ただまあ、誘ってくれるような誰かがいたら間違いなく行っていただろうからあまり意味のない考えではあるんだけども。


「あ、もしかして誘ってくれようとしていたの? 誘ってもらえたら行くけど」

「それもありますけど、本当に言いたいことはそれではなくてですね……」

「ゆっくりでいいよ、終わったらちゃんと家まで送るからね」


 うーむ、それにしてもすぐには言わないから焦れったくなる。

 大袈裟でもなんでもなく帰宅してから三十分ぐらいは経過している。

 しかも俯いて黙るから気になるし、ささっと言って楽になろうとかそういう考えはないのだろうか。


「自分で言っておきながら本当に自分勝手なんですけど、紗弥さんと蒲生さんが仲良くしているところを見るのが嫌なんです」

「だから自分からは行かないよ、今日のあれでもう終わりなんじゃないかな」

「……が、蒲生さんに言っているんですよ?」

「ん? え、紗弥に嫉妬的なことをしていると?」


 頷かれてしまった、なんじゃそりゃ!

 いやもう本当に今日の彼女が言えることではないけどね、積極的に別行動をしようとしていた、いや、していた彼女がさ。


「まあ、言いたいことは分かったよ」

「はい」


 重ねてこないということはいまので全てということになるというか、これ以上言われてもついていけなくなるからここで終わりにしてほしかった。

 よく分からないのはこれまでひとりでいたことによる弊害なのか、それとも、彼女が唐突すぎるだけなのか。


「じゃ、家まで送るよ」

「今日は蒲生さんと一緒にいたいです……」

「じゃあ着替えを取りに行かないと」


 急にぐいぐいくるじゃん、これも試されていると考えておこうか。

 泊まらせることになるのは全く構わないから彼女の家を目指す。

 持っていく物を取りに行っている間、リビングで待っていたけど緊張することは全くなかった。


「お待たせしました」

「ん、荷物持つよ」

「え」

「行こう」


 それでも自宅の方が落ち着くことには変わらないから彼女の家をあとにした。

 彼女のことだからしっかり連絡をしているだろうし、そういう点での不安もない。

 ただなにもないから彼女がすぐに後悔するのではないかと不安になった自分はいたのだった。




「まだ起きていますか?」

「うん、結構強いから余裕だよ」

「今日はいきなりごめんなさい」

「またそれ? いっぱい謝ればいいというわけではないんだよ」


 真っ暗な部屋でもずっと目を開けていたから慣れてきた、彼女にはベッドで寝てもらっているからいまどういう顔をしているのかは分からないけど。

 あれか、なにもすることがなくてそういうことを吐くことで気まずくならないようにしているのか。

 だけど私はちゃんと彼女の家を出たときになにもないからねと言った、そして彼女は「大丈夫ですよ」と答えてくれたからこそいまこうして一緒にいるわけで。


「今日こんなことをしているということは一緒にいたいというのは試すために言ったわけじゃなかったんだね」

「当たり前ですよ、そんなこと言いません」

「でも、紗弥のためだったんだよね?」

「最初はそうですね」


 紗弥は紗弥で彼女に言われたからではないと口にしていたけど、影響を受けているのは確かだ。

 だから続けていた、私はあの子と一緒にいることが多くなった。


「最初っていつぐらいまで?」

「五月のテスト週間までです」

「え、じゃあ結構前だね」

「はい、だから最初は、です」


 ただ、彼女はその間も紗弥みたいに来ることはなかった、そりゃまあ普通に会話はしていたけどそこ止まりだった。


「我慢していた理由は?」

「蒲生さんを困らせたくなかったからです」

「今日言ってきた理由は?」

「……そう考えていても抑えられなくなったからです」


 我慢強いんだな、そういうところも私とは分かりやすく違うところだった。

 まあでも抱え続けて自滅、なんてことにならなくてよかった。

 言いたいことがあるならはっきりと言ってほしい、こういうことなら勇気がいるかもしれないけど言ってくれないと分からないから。


「ただ、紗弥さんもあなたのことを気に入っているんですよね」

「なんだかんだ来てくれるけど」

「戦って勝たなければならないということですよね」


 私のことが特別な意味で好きなら戦うというか頑張らなければならない――いや、別に頑張る必要なんかないか。

 これからも時間を重ねて自然と仲良くなれば私も似たような感情を抱く可能性は普通にある。


「そう考えるとちょっとずるいことをしていますよね、こうしてあなたのお家で寝させてもらうなんて」

「ははは、ずるいことじゃないでしょ」

「でも、本当は紗弥さんもこうしたかったのかもしれませんよ? 今日、喧嘩みたいになっていなければ言おうとしていたのかもしれません」


 そうなったらそうなったで私はいまみたいに受け入れていた。

 彼女を特別扱いしているわけでもないし、紗弥を特別扱いしているわけでもない、ただただ私という人間がそういうことをするというだけのことだ。


「少し勇気が出なくてこのことを言えずにいるんですが……」

「言わなくていいでしょ、だって内田さんも『城崎さんの家に泊まっているから』とか紗弥に言われても困るでしょ?」

「そ、そうですね、それをどうして私に……と数時間考えてしまうかもしれません」

「そそ、だからいいの、まあ聞かれたら私は普通に答えるけどね」


 そろそろ寝ようか、いいぐらいの時間だからもったいない感じは全くない。

 今度こそ目を閉じてなにも考えないようにしていたら、次に目を開けたときには既に朝だった。

 夏休みだから早起きする必要はないのにいつも通りの時間に、自然に起きてしまって苦笑する。

 静かすぎるから一応確認してみるとベッドの上にちゃんと内田さんがいてくれて安心した。

 だって姉以外の誰かと一緒に寝るなんてこれまで一度もなかったから、それなのに夜中とかに帰られていたら複雑な気分になってしまう。


「……おはようございます」

「おはよう」


 それだけで固まってしまったから洗濯でも干そうとしたときのこと、ぴんぽんと鳴って出ることになった。


「千文」

「おお、紗弥か」


 紗弥も紗弥でよく分からないことをする、とりあえずアプリなどを使って話そうとかそういう考えにはならないのだろうか。

 ただの平日と違って忙しくはないからこの時間に来てもいいけど、便利な道具があるのに使用しないのはさあ。


「ん? 誰かいるの?」

「うん、内田さんがいるよ」

「……人を怒らせておきながら裏ではそんなことをするなんて最低だね」

「まあまあ、上がってよ」


 飲み物を渡してから洗濯物を干し始める、さすがにこれはやる気が失せたとか言っている場合ではないからだ。

 先延ばしにすればするほど面倒くさくなるため、頑張ってやっておかなければならない。


「あ、あの、これはその……」

「どうしたの? なんか京陽らしくないけど」


 その声のトーンを変えるのやめてくれないかな、なんか違和感が凄くてツッコミたくなるから。

 というかよくここまで自然にできるものだ、途中でごちゃごちゃになってしまわずにやりきれてしまうわけだからすごい。


「……さ、紗弥さんも本当はしたかったんじゃないかな……と」

「私が? 私は昨日千文と喧嘩したからねー」

「そ、その割にはこんなに早くから蒲生さんのお家に……」

「ああ、それは千文が引きこもりそうだったからだよ、だからそれだけはやめなさいと言いにね」


 残念ながらではないけどそれはできなくなった。

 今年はなにもかもが違うみたいだ、だから少しだけわくわくしている。

 家族以外に期待するということもあんまりしてこなかったから違和感というのはやっぱりあるけど、誘ってほしいのにいらないと強がっているよりはマシだと片付けたのだった。

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