06話.[分かりやすいね]
「もう終わりかー」
いいことのはずなのになんか微妙な気分だった、だからすぐには帰らずにあの場所でこんなことを何度も呟いている。
今日は他に誰もいないから寝転んで空を見ては目を細めるということも繰り返しているところだった。
夏休みになったら登校日はあるけどここには来られなくなるというのも影響しているのかもしれない。
いや別に行けるけど帰れる状態なら帰った方がいいからだ。
「蒲生っ」
「城崎さんか、そんな顔してどうしたの?」
「いや、あれから話せていなかったから……」
あれからと言うけどそんなに時間は経過していない、というか、私と彼女の場合はそれより前から会話できていなかったから言葉選びを失敗していた。
「内田さんや榎並さんと一緒に帰っていたんだけどなんか物足りなくて、それでなにが足りないんだろうと考えたときに蒲生の存在が足りないということに気づいていたんだよ」
「断ってここにいるというわけではないからね?」
「うん、内田さん達もどこに行ったのかは知らないって言っていたから」
体を起こそうとしたらその前に彼女が横に寝転んだ、それからこっちを見て「ここで寝転ぶと気持ちがいいよね」と言って笑った。
馬鹿だな、もう帰っていたのにわざわざ戻ってくるなんて、家に帰れば涼しくて汗をかくこともないというのにさ。
少なくとも汗をかいてまでする価値はない、だって会おうと思えば夏休みに会うことなんて簡単にできるからだ。
「あ、連絡先を交換しようよ」
「えー、榎並さんにしか興味がない子にはいらないでしょ」
「どういうこと?」
「演技が上手いね、城崎さんも装っているということなのかな?」
「え、えっと、ちょっとよく意味が……」
あれが全部無自覚なのだとしたら彼女は表に出しやすい子ということになる。
あれは悪い方向へ働くことではないからいいと言えばいいけど、もう少しぐらいコントロールした方がいい気がした。
「まあいいや、交換しよっか」
「うん、夏休みも蒲生と会いたいから」
交換してポケットにしまった、最後まで使用されることはない気がした。
だけど私はよく外にいるからたまたま会うなんてことがあるかもしれない、彼女は犬を飼っているから可能性は他より上がる。
次にもしその状態で会えたら触らせてもらおうと決めた、野生の猫とは違う毛の感触というのを確かめてみたかったから。
「もう七月、いや、八月になるね」
「早いね」
「こうして誰かといられているなんて四月のときは全く想像もできなかったよ」
「私だってそうだよ、すぐにここに逃げていたからね」
いま気になっているのはあれが偶然だったのか、ということだった、本当はあのときより前から知られていたのではないかと考えてしまう。
一年生のときもひとりになりたくて外に出ていたとしたら見られていてもおかしくはないから。
何度も目撃していたら誰だってなにをしているのかと気になるものだろう、だからこの前のあの子みたいに尾行をするなんてこともあるかもしれない。
「いま内田さんといられているのは城崎さんのおかげだよ、ハンカチを拾ってくれていたからさ」
「そうかな、あれがなくても内田さんは蒲生といることを選んでいたと思うけど」
「本当のところは分からないか、だけど榎並さんもいてくれているから城崎さん的にはいいよね」
「榎並さんのことは好きだけど特別気に入っているとかそういうことはないよ?」
意地でも認める気はないみたいだ。
それならこれ以上言っても仕方がないから終わらせて立ち上がる。
「帰ろ、満足できたよ」
「うん」
それと何気にしなければならないことがあった、それは実家に行くということだ。
終業式が終わったら来てほしいと頼まれてしまったから仕方がない、できることなら言うことを聞いておく方がいい。
この前は戻ることになっても構わない的なことを言ったけど、いまとなってはあのひとりの生活も気に入っているからあのままがよかった。
急に家の中に他の人がいる生活になったらどうなるのかは分からない、相手が家族といっても拒絶したくなる可能性もある。
恋人ともそうだけどある程度の距離があるからこそいいんだよ、なんて、恋人なんて一回もできたことがないんだけどと内で呟いた。
「城崎さんのお父さんは優しいね」
「うーん、だけど大人しく家にいないから困るんだよ」
「ははは、私のお父さんは寂しがり屋だけどどっちがいいんだろうね」
「家にいてくれるなら蒲生のお父さんの方がいいよ」
「だけど結構大変だよ? 部屋でゆっくりしていてもすぐに来るんだから」
それで急に釣りに行こうとか言い出したり、なにか食べに行こうとか言い出したりするんだ。
えぇとかそういう反応をしたら露骨にがっかりしたような顔をするし、二倍ぐらい歳が離れているのに子どもっぽいというか……。
「でも、そんなお父さんでもいてくれないと嫌だよね」
「うん、そこだけは変わらない」
家でぐらいそういうところを出してもいいか。
子どもっぽいままでもいいから長生きしてほしかった。
「お、生きてた」
近づいても全く目を開けないからちょっと心配だったけど全く問題なく呼吸をしていて一安心できた。
「逃げなくていいのかい、私は全く知らない相手ですが」
うーむ、警戒するどころかごろごろごろと喉を鳴らしてしまっている猫さん。
猫島の住人が相手というわけでもないんだからもうちょっとぐらいは警戒をしないと危ないぞ。
「それとも猫を惹きつけてしまうようななにかがあるのか!?」
「にゃ~」
「ほらまた――幻覚が見えてしまったからそろそろ帰って休もう」
もう夕方だから時間つぶしは十分できた、いや、それどころかしすぎてしまったのかもしれない。
疲れていなければ変なのが見えてしまうなんてこともないだろう、これは初日からやりすぎてしまったということになる。
「私の家に来るのと家まで案内するの、どっちがいいかにゃ?」
「聞こえない聞こえない、素を見せない子の声なんて脳内を素通りするんですよ」
「その割には反応していますにゃあ」
「……それ、恥ずかしくないの?」
「ちょ、ちょっと恥ずかしいかな」
はぁ、いまから人の家に行くのは嫌だから家に連れていくとしよう。
だけど約束は守ってもらう、それは他の子には教えないということだ。
聞かれたら教えるぐらいでいいだろう、隠し続けるのも疲れるからそれぐらいの緩さでいい。
「なるほど、一軒家じゃないんだね」
「うん、姉とふたりで暮らしていたから」
「え゛、じゃあご両親はもう……」
「近くに家があるよ」
「なーんだ、それなら全く問題ないね」
仲良くするつもりがない、必要がないと片付けたこの子とばかりいる気がする、私も私で無視をすることができなくてついついペースに乗せられて……。
まあ、正直に言ってしまえば別に嫌なことではないんだけど、なんかもやっとするのは確かなことだった。
「城崎さんにも素を出していないみたいだけど、どうすればあなたの素というやつを見られるのかな?」
「興味があるの?」
「内田さんも城崎さんも多少は隠しているだろうけどなにもかもを装っているわけじゃない、だけど榎並さんは違うんでしょ?」
ちょっと重ねるだけで表情が一気に変わるから面白い。
私はそれを狙っている、にこにこしているよりもよっぽどそっちの方がいい。
偽物と仲良くする意味なんかない、だから敢えて煽るようなことをするんだ。
「私に出せるのは興味がないからでしょ? そう考えると分かりやすいね」
「勝手に自由に言わないでよ」
「内田さんにも隠しているんだから内田さんが敬語を使い続けているのと同じぐらい徹底しているよね」
私と違って怖いのか、素のままでいたら離れられてしまうと不安になってしまっているのかもしれない。
疲れるとは分かっていてもひとりになりたくないからやるしかなかった、それで引くに引けなくなっているというのが現状か。
もしかしたら内田さんは自分がひとりになりたいのではなく彼女のためにああしている可能性があった、だってその割には四人とかになってもあくまで普通だからだ。
「逃げたくても逃げられないんだ、それなら協力してあげようか?」
「あなたにできることはなにもないよ、教室から逃げている人になにができると言うの? 京陽や城崎さんが来てくれるようになって勘違いしちゃったのかな?」
「会話の相手になるぐらいならできるよ、いい場所を探すのも手伝ってあげられる」
「私はそんなこと求めてない、逃げたところでなんにも解決にはならないよ」
あれは気分転換みたいなものだ、逃げるという言葉を悪く考えすぎだ。
ちょっとお昼休みに別の場所で休憩したぐらいで悪い方に変わったりはしない、結局それは恐れているということではないか。
「榎並さんは私よりも臆病だね」
「あなたみたいに逃げてないけど」
「いや、ずっと一緒に過ごしてきた内田さんにさえ出せないんだからそうだよ」
彼女になんとかしてもらうつもりができなくなった、ではなく、そんなことをする必要もなかった。
問題を抱えているのは彼女だけ、このままでは前に進むことはできない。
「でも、私には出せるんだよね、じゃあ誰にも出せないよりもマシだね」
「なに分かった気になってるの……」
「声のトーンも変わるし、なにより笑顔が減る、誰だって分かるよ」
「はぁ、面倒くさい人に話しかけちゃったな……」
面倒くさいのはお互い様だ、だからこそなんとかできるかもしれない――なんて、全くどうすればいいのかなんて考えついていないんだけど……。
しまった、ついつい調子に乗ってしまった、先程彼女が言っていたことは正しい指摘だったんだ。
「今日は解散、ちょっと歩き回って疲れちゃったからー」
「家からも逃げているくせに」
「聞こえない聞こえないー」
なんかあれだったから仕方がなく送っていくことにした。
その間もちくちく言葉で刺してきていたものの、なんか表情がすっきりしているような感じでおかしな子だねと内で呟いたのだった。
「課題、どれぐらいやった?」
「半分近くかな、私は誰かさんと違って外でうろちょろしないから」
「偉いね、私なんてやる気が出なくて……」
今日だってこうして外にいるんだから。
適当にベンチに座って休んでいたら榎並さんが来たというだけの話だった。
「内田さんとは会っていないの?」
「うん、メッセージとかもこないよ」
「なにしているんだろ」
「気になるなら行けばいいじゃん、家を知っているんだから」
「いやあのね、いきなり行ったら迷惑でしょうが」
しようとも考えていないけどひとりだからこうしているんだ、外が好きでも誘われているならここまでゆっくりはできない。
誘われでもしない限りはずっとこんな感じだ、少し気になるところではあるけど。
「行こ、連れてってあげるから」
「はい? え、なんか勘違いしていないかい?」
「私はこれでも京陽の親友だからね」
「いいよ、今日は大人しく家に帰るよ」
ここで過ごすのはやめよう、猫もいないし、榎並さんとよく遭遇するから困る。
本人から頼ってこない限りは動けないから一緒にいても仕方がない。
私がしなければならないのはそんなことよりも課題だ、いつまでも現実逃避をしている場合ではないんだ。
「ただいま」
すぐにはやる気が出ないからご飯を食べてからやることにした。
そうやって切り替えないと無理だ、テスト週間はあれだけ頑張れたのにどうしてなのかは分からない、中学生のときもここまで酷くはなかったというのに……。
これはやはり内田さんや榎並さんが影響しているのか? ふたりとも気になる子で落ち着かないという感じで。
本人に言ったら「知りません、真面目にやってください」とか言われそうだけど、自分にも原因があると分かってほしいところだった。
「ごちそうさまでした」
さてさてやりましょうか、ちょっとぐらいは頑張らなければならない。
「はーい」
「お久しぶりです」
これは確実に榎並さんのせいだ、でも、彼女が悪いわけではないから上がってもらうことにした。
お茶を渡して床に座る、なんか自宅なのに気まずかった。
「いままでなにをしていたの?」
「お勉強をしていました、それで少し疲れたので気分転換のために歩いていたら紗弥さんが『ちふみんが呼んでたよ』と言ってきまして」
「ごめんよ、あの子は言っていないこともまるで言ったかのように聞こえてしまう女の子でさ」
「ふふ、蒲生さんもそうですよね」
「ノーコメントということでお願いします」
なーにがちふみんじゃ、しかも勘違いして私を連れて行こうとするしさ。
なにかする側ではなくてなにかされる側なんだ、そこをしっかり分かってほしい。
そもそもこの子だってあの子が装ったりなんかしなかったらひとりになりたいとか思ってもいないことを口にしなくて済んだんだ。
「ところでいつ行きます?」
「あああれか、いつでもいいよ」
「明日でもいいですか? 明日は母もお家にいないので寂しいんです」
「いいよいいよ、おけおけ」
……二千円ぐらいは使わせてもらおうか、出かけたのにお金がなくて早めに解散になったなんてことになってしまったら申し訳ないから。
今回ばかりは適当ではいけない、自分から誘ったのであればしっかりやらなければならない。
「メンバーはあのときの四人でいいですよね」
「いいよー」
人数が増えればミスをする可能性も下がる、それと少し後ろを歩いているだけでいいから気が楽だった。
最初からふたりだけって選ぶとは考えていなかったからね、これで私の役目は終わったようなものだ。
難点は課題をやる気が失せたということ、それで今日ので分かったけどやっぱり変に関わるようになってしまったからなんだ。
もう少し前みたいには戻せない、一緒にいたいと考えてしまっていた。
「紗弥さんとどういう会話をしていたんですか?」
「課題がどれぐらい終わっているか聞いただけだよ、私はそれまでずっと外にいたからね」
「お家が嫌いなんですか?」
「はいすぐそうなる、外が好きだってだけだよ」
毎回毎回注意してくる親がいるというわけでもないし、なんか命令してくる兄や姉がいるというわけでもない、それなのに家を嫌うわけがないだろう。
矛盾しているけどよく外で会う榎並さんにそう聞きたいところだね、あの遭遇率はやばすぎる。
「ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「どうぞ」
「内田さんさ、本当はあれ嘘でしょ」
「私は本当に――……どうして分かったんですか?」
「発言と行動が伴っていなかったからかな」
私とだけ、榎並さんとだけ、城崎さんとだけいるならこんなこと言わなかった、人気者でもそんなことあるんだなあで終わっていた話だった。
でも、これも矛盾しているけど内田さんは内田さんなりによくできていたと思う、全ては榎並さんが理由を作っているんだ。
「前も言いましたがあなたは馬鹿にしたりしてきませんでした」
「もしかして私、試されていたとか?」
「……少し、はい」
「あの異常な遭遇率も内田さんが?」
「一緒にいた方がいい……とは何回か言わさせてもらいましたけど」
じゃああれも偶然ではなく、だけど本人からしたら仕方がなくということか。
親友から言われたから言うことを聞くしかできなかった、そういう見方もできる。
つまり、結局友達になれてはいないということだ。
誰かに言われたから、不安だったから、そういうときだけ来ているだけでそれ以外の理由では……。
「ま、細かいことはどうでもいいよ、とにかく明日は出かけよう」
「はい」
「送るよ、夏とはいってもそろそろ暗くなるから」
「すみません、お願いします」
変わり始めたところでこれは正直に言ってきついことだった。
いやでも、極端な選択をせずにああして終わらせられたことは成長していると言えるからいいか。
そういうときだけ来るのだとしてもそうやって分かっていれば問題にはならない。
「じゃ、十三時頃に内田さんの家に行くから」
「そうですね、お昼からの方がいいですよね」
「朝からだとぐだぐだになりそうだからさ」
それだけは避けたい、空気が微妙になってしまったら帰りたくなってしまうから。
あとはお金の問題だ、富豪というわけではないから使ってばかりではいられないんですわ。
「分かりました、送ってくれてありがとうございました」
「うん、またね」
なんとか問題を起こさずに終わらせられた。
明日付き合ったら課題のためにひきこもろうと決めたのだった。
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