05話.[伝わってこない]

「おお、空いてる」


 早めだからいいのか、これなら歩くだけに終わる、なんてことにはならない。

 水着も不安なところはないから何時間か楽しめればいいだろう。


「そこのお姉さん、いまひとりで来ているの?」

「ひとりじゃないはずなんだけど……」

「京陽、遅いね」

「うん」


「先に行ってください」と言われたから待っていたけど全く来ない。

 この子もこの子で時間をかけすぎだ、というか連れてきてくれればいいのにと思わずにはいられない。

 メンバーが揃っていない状態で遊びには行けないからずっと待つしかないけど、ちゃんと来るのだろうかと不安になり始めた。


「お待たせしました」

「「え、格闘していた割には普通……」」

「普通が一番ですよ。さあ、準備体操をしましょうか」


 やたらと派手な水着で恥ずかしがっていたとかそういうこともなく、あくまで健全な感じで全く恥ずかしそうな感じは伝わってこない。

 な、なんのための時間だったんだ、あの十五分の間になにをしていたんだ。


「日焼け止めちゃんと塗ってる?」

「はい、お家で頑張って塗りました」

「それならいいけどさ」


 いやよくない、先程の時間は本当になにをしていたのか……。


「おお、冷たいね」

「ふぅ、心地いいです」

「そうだね、京陽の体ももちもちしていていい感じだよ」

「やめてください、自分の体を触っておけばいいじゃないですか」

「自分のじゃ楽しくないでしょ」


 気になってそれどころではないけど、考えていても仕方がないからやめた。

 あと、後ろを黙って歩いていると監視員さんに勘違いされてしまいそうだから気をつけなければならない。

 同性を狙う人だっている、だからって勘違いで注意されるのは嫌だし……。


「もしかしてこういうところは苦手なんですか?」

「ううん、空気を読んで黙っていただけだよ」


 ちゃんとこっちのことも考えてくれている、さすがと褒めたいところだった。

 そりゃまあ人も集まるわ、私だってこの短期間で簡単に影響を受けてしまっていることになるしね。


「参加してください、それとも、手を握っていてあげましょうか?」

「榎並さんにしてあげなよ、大丈夫、私ならちゃんと付いていくから」


 城崎さんも連れてくるべきだったと後悔してももう遅いと片付けようとしたときのこと、視線を感じてそっちを見てみたら本人と目が合った。


「麗、飯買ってき――お、おい」


 ああ、逃げてしまった、別にご両親と来ていたって恥ずかしいわけではないのに。

 少し気になったから上がって近づく。


「こんにちは」

「え、あ、こんにちは」


 すまない城崎さんの父よ、だけどこうするのが一番だったんだ。

 ご両親には悪いけど連れて行かせてもらう、そうしたくて仕方がなくなってしまったから諦めてほしい。


「城崎さんと話したかったんですけど、行ってしまいましたね」

「ああ、そういうことだったのか」

「あ、私は蒲生千文と言います、あの子とは違うクラスですけど友達でして」

「よかった、ちゃんと友達がいたんだな」

「大丈夫ですよ、今日ここに来ているふたりも城崎さんの友達ですから」


 ……それならなんで娘だけ誘われていないんだとか言われたらどうしよう。

 素直に連絡先を教えてもらえていないからと吐くべき? いや、家を知らなかったからと吐くのがいいか。


「ここで待たせてもらってもいいですか?」

「全く問題ないぞ、そうだ、飯食べるか?」

「さすがにそれは、待たせてもらえるだけでいいです」


 それにしても彼女の母はあの子によく似ていてあんまり喋らない人だな。

 それで私が話しかけるべきかどうか悩んでいる間に城崎さんがあのふたりを連れて戻ってきた。


「麗、友達と会えたんだから逃げなくてもいいだろ?」

「お、驚いちゃって……」

「はは、昔から変わらないな、母さんそっくりだ」


 ふたりはコミュニケーション能力が高いから挨拶をしたうえに楽しそうに会話をしていた、対する城崎さんは恥ずかしくて仕方がないのか顔や耳を真っ赤にして縮こまってしまっている。

 両親が出しゃばって娘の自慢なんかを始めたら私でもこうなるかもしれないということでなにかを言ったりはしなかった。


「よし、せっかく会えたんだから友達と一緒に遊んでこいよ」

「う、うん、そうするつもりだったけど」

「それではこれで失礼します」

「失礼しまーす」


 内田さんと榎並さんがいてくれてよかった、今日も慣れないことをして疲れた。

 もうこうなったらこういうところでゆっくりしていよ……う?


「紗弥さんは右腕を掴んでいてください、城崎さんは左腕をお願いします」

「分かったー」

「わ、分かった」

「なにも言わずに離れる悪い子にはこれぐらいしないと届きませんからね」


 ああ、つまり怒っているということか。

 なにも言わずに離れたのは事実、たまたま見つけた城崎さんにどうにかしてほしかったのも本当のことだ。

 だから言い訳はしなかったし、そのままされるがままでいたのだった。




「どうする? もうちょっと寄り道する?」

「んー、だけど京陽も城崎さんもこんな感じだからなあ」

「じゃあ城崎さんは任せてよ、内田さんは――お?」

「京陽のことよろしくね」


 プールでは約二時間、その後は食事をしてから色々な場所を見て回っていた、だけどはしゃぎすぎて疲れたのかふたりはもうおねむのようで解散にすることにした。

 まあ、悪くない一日だった、まだ夏休みではないことが気になるけど、うん。


「じゃ家まで運びますからね~」

「ご、ごめんね」

「大丈夫だよ、それより今日は私達と来てくれてありがとう」

「いや、私が無理やり参加させてもらったようなものだし……」

「いいんだよ、一緒に遊べて楽しかったよ」


 うわあ、攻略しているよ……。

 こっちは違うからとにかくおんぶして内田さんを家まで運ぶことにする。


「じゃ、ここから別行動ね」

「分かった、じゃあまたね」

「蒲生、ばいばい」

「うん、またね」


 私に身を預けている子は挨拶もできないぐらい眠たいみたいで無言のままだ。

 それにしてもそれがどうでもよくなるぐらい軽い子だな、もしかしてこういうときのためにダイエットでもしているからここまで弱っているのでは? もしそうなら注意させてもらうしかない。

 姉もそうだけど極端にやりすぎるんだよなあ、エネルギーをどれぐらい摂取するかはもちろん管理しなければならないところだけど運動だって大事なのに……。


「着いちゃった」


 それでもすーすーと寝息を立てているだけで下りようとはしてくれない。

 軽いと言ってもさすがにおんぶし続けるのは無理だぞと不安になっていたところで

「す、すみませんでしたっ」と大声を出してくれて助かった、耳以外はだけど。


「私はなんてことを……」

「それはいいから早く入って寝なよ」


 別になにか悪いことをしてしまったというわけではないから慌てるところではないだろう。

 彼女は人に甘えるということが上手くできなさそうだ、だけどこればかりは榎並さんになんとかしてもらうしかない。


「は、はい……」

「それじゃあね」

「あ、今日はありがとうございましたっ」

「はいはーい、それじゃあねー」


 こっちはなにも疲れていないからあの場所で休むことにした。

 ここは人が普通に来るから木に登ったりはしないでベンチに座ってゆっくりする。


「お姉さん、暇なら相手をしてくださいな」

「今日楽しかったね、断らずに参加してよかったよ」

「そっかそっか、誘った側としてはそう言ってもらえるのは嬉しいなあ」


 結構お世話になっているからジュースを買って渡したら「ありがとっ」といい笑みを浮かべて受け取ってくれた、だけどこれは偽物、装っているだけらしいから本当のところは分からない。


「城崎さんは大袈裟な反応をしていなかった?」

「京陽と違ってずっと起きててくれたからね、話しながら楽しく送ったよ」

「そっか」

「そう言うということは京陽、大袈裟な反応をしたんだね」

「うん」


 家に着くまで気づかないなんて心配になる、信用できない人がいるところでは気をつけてほしかった。

 やられるときは一瞬だ、油断したら駄目なんだ。


「それより意地悪しないであげてよ、内田さんは間違いなく榎並さんと一緒に帰りたかったでしょ」

「意地悪かあ、京陽に対してそんなことをするわけがないでしょ、そんなことは最近話し始めたばかりのあなたに言われたくない」


 お、いつものにこにこした感じではなく少し素が見えた感じがした。

 これが素ならもっと関わりづらくなるところだけどどうなのだろうか。


「なんてね、冗談だよ」

「そっか、冗談か」

「だけど私は好きな子に敢えて意地悪なことをして気を引いたりはしないよ」

「それがいいよ、敢えて意地悪なことをしている時点で相手のことを好きでもなんでもないんだから」


 ただの自分勝手な行為でしかない、好きな子の困っているところを見てなにも感じないなら去った方がいい。

 とりあえず話は終わりだ、そろそろ大人しく家に帰ることにしよう。

 ひとりだけど問題はない、お腹が空いたからご飯を作って食べるだけだ。


「千文」

「あの、携帯という便利な道具があるわけで」

「連絡したのに反応しなかったから……」

「あ、それはごめん、とりあえず上がってよ」


 今日来たのは少し小言が多いときもあるけど結構心配性な人でもある母だった。

 お飲み物を渡してから床に座る、残念ながらソファなんてものはなかった。


「そうだ、この前お姉ちゃんが帰ってきたよ」

「そうなの? あの子こっちにはなにも話さないから……」

「難しいね」

「そうね」


 ひとつ言えるのは姉と不仲ではなくてよかったということだ。

 まあ、不仲なら不仲でほとんど会うことなく終わるだけなんだろうけど、その相手とだけ一緒にいられないというのは気持ち悪いからだった。

 だから両親には悪いけどそう思ったのだった。




「ふぁぁ~」

「もう三回目ですよ」

「一時間ぐらい勉強をするといつもこうなんだよね、脳が現実逃避をしたがっているのかも」

「その割にはあくび以外は真面目ですよね」

「うん、自分のためだからね」


 それでも今日はもう終わりだ、テスト本番前日までよく頑張ったと褒めてあげたいところだった。

 あとはこうして一週間付き合ってくれた彼女に感謝、というところか。


「このクッションが悪い、この前の猫を思い出してさ~」

「私が買った物なんです、それだけ言ってもらえるのであれば選択ミスはしていないということですよね」

「うん、センスがいいよ」


 こうして内田さんの部屋に入るのも慣れてしまった、何気に彼女の母とも普通に話せるようになってしまったから不思議な話だった。

 あくまで勉強ができればいいのにそれだけではないところが面白い、それと嫌な顔をしないで対応してくれるところがふたりとも大人だ。

 あ、言っておくと私の方から行っているわけではない、彼女が誘ってくるから例のあれで断っていないというだけのことだ。


「そろそろ帰らないといけませんよね」

「別にこっちは急ぐ必要はないけど、内田さんのお母さん的には気になるだろうからそうなるね」

「それなら送ります」

「駄目だよ、私はいざとなれば木に登れるから大丈夫だしね」


 あ、全く納得はできていない顔をしている。


「テストが終わったらどこかに行く?」

「それは四人で、ですか?」

「それでもいいし、ふたりだけでもいいよ」

「分かりました、それなら今日はこれで……」

「うん、また明日ね」


 毎回帰るときが一番疲れるかもしれない、教室では来ないのに家ではこうだから。

 甘えてくれているということなら嬉しいけど、この前の榎並さんとのやり取りを思い出して微妙な気分になるんだ。

 このまま仲良くできれば一番いい、だけど敵視されるようなら……。


「あ、城崎さんのお父さん」

「ん? おお、こんにちは」

「こんにちは、こんな中途半端なところでどうしたんですか?」

「ここで待っているといい存在に会えるんだ」


 いい存在、浮気……ではないよね、そんなわけがない。

 だけど気になってしまうから足を止めたら「蒲生ちゃんも興味があるのか」と言って城崎さん父は笑った。


「お、きたきた」

「あ、猫だったんですか」

「無責任に餌をやることはできないけど、それでもこいつは甘えてくれるんだ」

「いいですよね」


 足の上に登ろうとしている、その際に変に手を出したりすることはなく子どもを見ているときの大人のような表情で猫を見ていた。


「麗はどんな感じかな?」

「最近はよく榎並さんと楽しそうに話していますよ、最初は来てくれていたんですけど榎並さんの方を気に入ったみたいで」

「なんかごめんな」


 って、謝ったりしないでよ、人間関係なんてそんなものだと言って笑ってほしいところだったのに。

 まああれか、娘の友達が相手だということでやり辛さがあるんだろう、この前といいこの人のことは考えずに話しかけてしまっているからなあ、と。


「こんなことを言っておいてあれですけどいいんですよ、楽しそうにしてくれていればそれでいいんです」

「俺も同じ考えだ、だけどすぐに悪く考えちゃうからさ」


 そう考えると私ってあんまり悪く考えたりしないな、ひとりでいるくせに意外と強メンタルでいられている気がする。

 中学生のときもそうだった、ということは小学生時代に強くなるようななにかがあったのかもしれない。


「あ、今日はお父さんがお散歩してあげる日でしょ!」

「麗」

「もう、ウメはお父さんのことが本当に好きなんだか」

「おお、この猫はすごいな」


 自分より大きい犬がやってきても逃げようとしない、それどころか自慢気に彼女の父の足に座っているだけだ。

 さすがだぜ、私なんかよりも強メンタルな存在がここにいた。

 可愛いも奇麗も格好いいもたくさん身近にいるってすごい世の中だよ本当に。


「な、なな、なんで蒲生がお父さんといるのっ?」

「たまたま出会っただけだよ」


 この前といい大袈裟に反応しすぎだった、同じ土地に住んでいるのであればこういうことだって普通にある。

 しかも一度話したことがある相手であれば「こんにちは」と挨拶をするのが普通だろう、それだというのにいちいちさあ。


「お父さんと蒲生の馬鹿ー!」

「「あ、行っちゃった」」


 あの子の父は「もう行くよ」と彼女が走っていった方へ歩いていった。

 こちらも留まっている意味はないから自宅へ向かって歩き始める。

 そもそもあの子に馬鹿と言われるのは微妙だ、もう「蒲生」と来ていないくせにああいうときだけああいう反応をするから。

 いやもう興味がないなら興味がないと言ってくれた方が精神的にいい。


「ただいま」


 ご飯を作る気もなくなって床に寝転がっていたら内田さんから『もうお家に着きましたか』と絶妙なタイミングでメッセージが送られてきて返信、なんとなく携帯を持ったまま目を閉じる。

 なんとかしてやりたいと思ったり、やっぱりなしということにしたり、自然と一緒にいるようになったりと内田さんとのそれが一番順調な気がした。

 言葉で刺してくることも多かったのに謎だ、もしかして私はちょろい人間だったのだろうか。


『私は先程母が作ってくれた夕ご飯を食べました、とても美味しかったです』

『いいね、でも、なんでアプリでも敬語なん?』

『え!? そ、そう言われましても……』


 普段からそうしているからいまさら問われても困る、というところか。

 いやもう分かっているなら聞くなよという話だ、そのためすぐに謝罪をした。


『……おかしいでしょうか?』

『おかしくないおかしくない、内田さんがそうしたいならそれでいいんだよ』


 彼女は城崎さん父と同じ、そのまま言葉通りに受け取ってしまう――なんて、理由を作った人間は相手のせいにしようとしていた。

 だけどこの前の榎並さんみたいにはっきり言ってくれないと困るんだ。


『私もそろそろご飯を作らなくちゃだからまた明日ね』

『はい、それではまた、あ』

『ん?』

『蒲生さんと一緒にできて嬉しかったです』


 違うか、あんまりはっきりされても困るか。

 とにかくそれきり送られてくることはなかったから電源を消して机の上に置いた。

 ご飯は作らないけど、せめてお風呂に入ろうと溜め始めたのだった。

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