04話.[待っているから]

「ねえ紗弥、なんか隠してない?」


 トイレから戻ってきた際に知った名前が聞こえてきて足を止めた。


「最近昼休みになるとすぐに内田さんがどこかに行っちゃうけど、紗弥はどこに行っているのか知っているんでしょ?」

「さあ、さすがに全部のことを知っているわけじゃないから」

「この前紗弥も消えたよね? 雨の日なのにおかしいでしょ」

「教室以外で過ごすこともあるよ」


 うーん、彼女も彼女で苦労しているということか。

 内田さんを守るために嘘を重ねている。


「あー、榎並さん」

「ん? あ、蒲生さん」

「ちょっといいかな、できればあっちで話したいんだけど」


 私らしくないことをしている、だけど見て見ぬふりをするよりはまだマシだ。

 それに内田さんがああするようになったのは私のせいでもあるんだから協力しなければならない気がした。


「もういい? 私だってなんでも知っているわけじゃないから」

「……分かった」


 遠くまで行く必要はないから少し離れた場所で足を止める。


「それで話したいことってなに? 京陽とのこと?」

「違うよ、なんとなくしただけ」


 通りづらかったから仕方がなかった、私とはそういう人間なんだ。

 あのまま見て見ぬふりをして歩いていたら「蒲生さん」と彼女は呼び止めてきていたことだろう、そうなっていたらあっちで話したいとも言えなくなっていたからあれでよかったんだ。


「あ、もしかして助けてくれたの?」

「違うよ、だからなんとなくしただけだって」


 ふぅ、それよりもあの子に敵視されなくて助かった、敵視されていたら授業中だって気になって集中できなくなるから。


「ねえねえ、助けてくれたんでしょー?」

「違うよ、トイレから戻るときに声をかけないと通れなかったからだよ」

「嘘つきー、ふふ、優しいねー」


 城崎さんと出かけるのは昨日ではなく今日になったからなるべく休んでおきたいのにこの子ときたら……。

 だから自分を守るためにささっと教室に戻って椅子に座る、教室なら話しかけてこないから問題ない。

 そのまま授業が始まって集中、休む、集中と繰り返して放課後まで過ごした。


「城崎さん」

「……あれ、蒲生もクラスメイトになっちゃったの?」

「寝ぼけていないで早く行こ」

「あ、そうだった」


 こちらは付いていくだけだから気楽と言えば気楽だ、だけどこういうことはあまりないから少し緊張している自分もいた。


「なにを買うの?」


 ……当たり前のようにいる榎並さんからは意識をどこかにやりたいけどできない、しかも城崎さんも「服かな」とか普通に答えていた、答えなくていいのに。


「お、それなら私も買おうかな」

「それがいいよ、一緒に選ぼ」

「うんうん、選ぼう!」


 ちょっと複雑なのはあっという間に仲良くなっているということだった。

 服を一緒に買えれば誰でもいいのか、断ってくるような人間より表面上だけでも合わせてくれる子を好むのか、なんてね。

 びくびくしていないならそれでいい、榎並さん相手にも普通に話せるのであれば教室から逃げる必要もなくなる。


「む――」

「私も行きます」


 びっくりした、口を手で押さえられていたから心臓が出なくて済んだ、そのためなんとも言えない気持ちになった。

 責めることも感謝の言葉を吐くこともどっちも微妙だと言える。


「はぁ、普通に声をかけるということができないの?」

「……仲間外れにするからです、意地悪な蒲生さんが悪いんです」

「私か……」


 内田さんも誘っていい? なんて言うわけがない、本人から「行きたいです」と頼まれていたら言うかもしれないけどね。

 やっぱりこうしてやれるような人間でもなければ人気者にはなれないということかと終わらせた。


「行きましょう、これ以上留まっていると離れてしまいます」

「あなたのせいだけどね」


 赤信号になってやっと追いついたら城崎さんが驚いていた。

 まあでも仕方がない、気づいたらメンバーがひとり増えていたんだから自然な反応だと言える。

 幸いなのは心霊スポットに行ったわけではないというのと、彼女が生きているということだった。

 幽霊より生き霊の怖いって話を聞いたことがあるけどそれでもないから問題ない。


「欲しくなってしまいますね」


 目がきらきらしているように見える、彼女も服を見ているとわくわくしてしまうタイプみたいだった。

 後押ししてほしそうに見えたから欲しいなら買えばと言ったら何故か冷たい目で見られてしまった。


「悪魔の囁きです、私はいま試されているんです」

「別にいいでしょ」

「駄目です」


 こんなやり取りをしている間にもハイテンションなふたりがあれはどうこれはどうと服を選んでいた。

 寄り道して他の物にお金を使いそうだったからこちらに頼んできただけで、服屋に着いてしまえばこちらのことはもうどうでもいいみたいだ。


「そうだ、これが終わったらスーパーに一緒に来て」

「別にいいですけど」

「こういうときに買いに行かないと面倒くさいからさ、それに内田さんは私といたいんでしょ? だからいいかなって」


 無言か、今回もまた抑え込んでいるのかもしれない。

 まあいいか、付いてきてくれるみたいだから感謝しておけばいいだろう。




 もう雨が降る時期も終わる。

 そうすれば移動が楽になるし、あそこにいるときももっと休めるというものだ。

 汗をかくのもいい、授業前に滝汗のごとくかくのは微妙だけどね。


「どうぞ」

「え、私はもう食べちゃったけど」

「気にしなくていいです、どうぞ」


 りんごをくれたからありがとうと言ってから食べさせてもらった。

 うーん、甘い、フルーツを食べることは全くないから新鮮だ。


「見つけた!」


 不味い、榎並さんではない子に見つかってしまったようだった。

 あ、でもあれか、ここでも私が無理やり連れて行っていることにしてしまえばいいのか。

 敵視されたくはないけど彼女達が言い合いをするところは見たくない、またあのときみたいに廊下でやられても困るから動くことにしよう。


「内田さんは私みたいな人間にも優しくしてくれる子でね、甘えちゃっていたんだ」

「だからここにいるの?」


 お、感情的になるわけではないみたいだ、普通に話し合いができそうな感じ。

 これは少し予想外だったからちょっと固まったものの、固まっている場合ではないと自分に言い聞かせて動く。


「そう、私がついつい表に出しちゃってさ」

「そっか、内田さんは優しいからね」

「うん、そうなんだよ」


 冷たくしきれない子だから嘘を言っているわけではない、私がいてほしいと頼んだらきっと内田さんはいてくれるはずだった。

 だけどなんでもかんでも受けいれればいいというわけではない、簡単に受け入れていたら潰れてしまう。

 複数人になると無理だと分かっているいるんだからちゃんと考えて動くべきだ。


「でも、私達も相手をしてほしいんだよね」

「そうだよね」


 だからってここに来ればいいなんて言えない、友達の友達が来るなんてごめんだ。

 彼女との約束的なものがなければ新しい場所を探すところだけど、残念ながらそれはできない。

 だってこの子、いつも冷たい目で見てきたり冷たい顔をしてくるのに離れようとすると悲しそうな顔になるからだ。


「あれ? だけどお昼休みまでは相手をしてくれているよね?」

「そうだけど……」

「それだけじゃ足りないんだ? 内田さんのことが好きなんだね」

「好きだよ、だからいっぱい一緒にいたいんだよ」


 じゃあこうしようなどと勝手に言うことはできない、というかそろそろ援護してくれないと限界がきてしまう。

 こういうときに必要なのは榎並さんの存在だ、あの子はこの子よりも上手くコントロールしてくれる。

 でも、友達のことを考えて進んで来るような子ではないからな……。


「あ、榎並さん? いまから来てくれると助かるんだけど」

「いいよ、じゃあちょっと待ってて」


 結局、負けそうになったから榎並さんを呼んだ。

 ちなみに連絡先を交換するつもりは全くなかったものの、本人から何度も「しようよー」と言われて折れた形になる。

 それでも交換したからこれができたわけだし、こればかりは榎並さんのおかげと言うしかない。


「来たよー……って、あちゃあ、ばれちゃったかあ」

「紗弥はやっぱり知っていたんだ」

「しーだよ、他の子に言ったら怒るからね」


 その指摘なものからは全スルーして自分の言いたいことを言う榎並さん。

 いちいち反応していたら疲れてしまうから正しい対応と言えるけど、私にはできそうになかった。


「言うつもりはないけど、私達も相手をしてほしいんだよ」

「私も、でしょ」

「本当は……そうだけどさ」


 その割には内田さんって言っていたんだよね、仲良くなりかけていたところだったのにこれだから追いかけてしまったということなのだろうか。


「それよりもっと驚いたのが蒲生さんといたことだよ、いつもお昼休みは教室からすぐに消えていた蒲生さんがまさか内田さんといるなんて思わなくて」

「って、私のことを知っているんだ」


 というかこの子同じクラスだったのか、なんかやりづらい

 知らなかったままの方がいいということもある、もしかしたらこれは今後自分の足枷になる可能性があった。


「名字と名前と見た目だけはね、それ以外は一度も話したことがなかったから……」

「へえ、名字も覚えているとかすごいね」


 新しいクラスになった際に行われた自己紹介タイムも私にとっては無意味だった。

 いやもうね、たったあれだけで名字や名前を覚えろとか難しすぎる。

 仮に名字ぐらいは覚えられたとしても顔と一致しなければ意味がない、仲良くない人の顔をあんまり見たくない私としては詰みなんだ。


「え、な、なんで?」

「普通、すぐに消えるクラスメイトの名字を覚えていたりはしないでしょ、ねえ?」

「そんなことはありませんが」

「うん、私もそれだけで忘れたりしないかな」


 ここでも意地悪なところを出していくふたりがいた。

 こういうところではこのふたりよりも上手くやれる自信しかなかった。




「ふぁぁ~、いい天気で落ち着くな~」


 虫に襲われていない木の上でのんびりしているから今日はゆっくり休める。

 仮にあのふたりが来たとしても寝たふりをしてしまえばいい。


「にゃ~」

「おお、さすがだね」


 しかも相棒がいるから最高だった。

 その子は私の上で丸まって寝始める。

 うーん、ただ近くでごろごろごろごろ鳴っていて寝るには不向き……かなと。


「お母さん、木の上に女の子がいるよ?」

「え? あ、こっちに来なさい」


 なんともまあタイミングが悪いというか、全然人が通らない場所なのに今日に限ってこうなるという……。

 まあいいか、猫がいてくれるのであれば視線なんて気にならない。

 木に登ってはいけないなんて法律もないわけだし、のんびりとすればいいんだ。


「おーい」

「猫って可愛いなあ」

「うわーお、分かりやすく無視してくれるねー」


 仕方がないから体を起こすと「逆に目立つからやめた方がいいよ」ともっともなことを言われていまさらながらに恥ずかしくなった。

 だからそれを誤魔化すために猫を撫でていたら嫌になったのかぴょんぴょんと歩いて行ってしまったという……。


「もしかして私、GPSで居場所把握されてる?」

「ううん、全くそんなことはないよ」

「だよね、なのにどうしてかあなたとか内田さんと休日にこうして会うんだよ」


 自ら退路を断つのは馬鹿らしいけど下りて相手をすることにした。

 着地した瞬間に「ナイス」と言ってくれたけどそんなことでは変わらない、私はちょろい人間ではないのだ。


「それより今日はあっついねえ」

「そう? いいぐらいの気温だけど」


 七月になったものの、うへえとなるようなことはない。

 気になるなら日陰にいればいい、それか家から出なければいい。

 休日に出なければいけないというルールもないため、彼女は暑いと感じているのに敢えて変なことをしていることになる。


「だからさ、これからプールに行かない?」

「水着ないから」

「うん、言うと思った」


 彼女はもう着用しているらしく眩しいお腹と水着を見せてくれた、言ってしまえば痴女みたいなものだった。

 同性が相手とはいえいきなり服を捲くるなんてやばい、人がほとんど来ないところでも絶対はないのだから気をつけた方がいい。


「じゃ、ちふみんの家に行こうか」

「言うこと聞くからそれだけはやめて」

「それなら京陽の家で待っているから」

「……分かったよ」


 家を知られなければなにかが起きた際に引きこもることができる。

 夏休みなんかは特にそうだ……って、まあ大人しく家にいることが少ないけど。

 暇だからよく外にいる、あとは前も言ったように運動をすることも好きだからだ。


「水着ねえ、お姉ちゃんから引き継いだこれがあるけど……」


 胸囲が足りなくてガバガバなんてことはないものの、姉に合わせたやつだからお腹などが隠せなくて困る。

 無駄なお肉がついているというわけでもないからその点で心配しているわけではない、露出度が増えることについて私は引っかかっているんだ。


「まあいいか、誰も見ない誰も見ない」


 ちょっと付き合えば満足して解散にしてくれる、内田さんは体力がないからなおさらそうなる。

 だけどちゃんと見ておいてあげなければならない、榎並さんは意外と内田さんを放置して楽しもうとするところがあるから危険だった。


「着替えよし、お金よし、戸締まりよし、行きますか」


 それと私はあんまり断るような人間ではなかった。

 誘われて嫌なことでなければ受け入れる、少しだけでも関わった相手からの誘いならなおさらのことだと言える。


「遅いよ、本当は家にこもろうとしていたんでしょ」

「なんか行く気が消えたから帰るね」

「まあまあまあ、許してあげるから行こうよ」

「なんで私が悪いことをしたみたいになっているんですかね」


 仲良くしたい度は城崎さんが一番高くてこの子が一番低い。

 この子と話しても仕方がないから黙ったままの内田さんの手を掴んで歩き始めた、熱耐性がなさそうだから早くプールに入れてしまった方がいいから。


「まさか蒲生さんだったとは思いませんでした、てっきり城崎さんかと」

「城崎さんも呼ぶ? 連絡先は知らないけど」


 似たような榎並さんにしか教えていなかった、よく来てくれていたのにもう榎並さんと仲良くするということしか意識にないのかもしれない。

 別にいいけどちょっと寂しい、やっとちゃんとした友達ができると喜んでいたのに結局こんな結果か、と。

 となると内田さんだってあともう少しぐらい時間が経過したら来なくなる可能性があるよね。


「お家も知りませんからいいですよ、それにいきなりプールに行こうと言われても困ってしまうでしょうから」

「肉体管理がねえ、油断しているとぷにゅっとつくからね」

「そうですね、私もこの前……」


 その割には……って、どうせ榎並さんが嫌がっているのに無理やり連れてきただけだろう。


「でも、誘いを受け入れてよかったです、だって蒲生さんが来てくれましたから」

「い、いやいや、私なんて……」

「いっぱい楽しみましょうね」

「う、うん」


 いや誰これ、あ、これが七月仕様の内田さんということなの?

 笑顔が眩しすぎる、その光で日焼けしてしまいそうだ。


「そういえばいつまで手を握っているの?」

「お、もしかして嫉妬かな? 嫉妬しても譲ってあげないけど」

「うん、嫉妬しているんだよ、なんか京陽も嬉しそうだしー」

「分かった分かった、じゃあもう離す――ぎゅえ!?」


 握りつぶされるかと思った、なんで急にこんな暴力娘になってしまったんだ。

 横を見てみたら「どうしました?」とあくまで笑みを浮かべたままの彼女、嫌そうではないからまだいいけどさ……。


「ん? 急に変な声を出してどうしたの?」

「な、なんでもない、あはは……」


 分かった、気軽に触れてくれるなよと言葉で言わずにアピールしてきているのか。

 これは私が悪いから次がないようにしよう。

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