03話.[下りてきなさい]
五月になった。
GWはあっという間に終わり、テストも終わり、六月までの時間をゆっくり過ごしていた。
何気にお気に入りの場所は雨のときでも安心して過ごせるからそこにいた。
「雨だなあ」
それだというのにどうしてここまで落ち着くのか、授業がないのならずっとここにいたいぐらいだ。
さすがの内田さんも雨の中、ここまで来ることはない、そういうのもあって懐かしさがすごいというかなんというかという感じで。
「呆れます、そんなに教室が嫌いなんですか?」
目を開けたらいつもの冷たい顔が見えてこちらが呆れた。
体を起こしてじっと見ていると「無視も得意ですね」とさらに冷たい彼女がいた。
「邪魔ならどこかに行くけど」
「こちらが言っていないことまで聞こえ始めてしまったんですか、大丈夫ですか?」
「冗談だよ」
もう教室が苦手とかそういうことではなくてここが好きすぎるというだけだ。
この前の件で悪く考えすぎだということが分かったため、ここに行きたい気分ではなかったら私だって教室で過ごす。
事実、ちょっと距離があって移動は大変だしね、あとはここに残りたくなってしまうのが微妙な点だと言える。
「本当にひとりがいいんだね、ただの冗談かと思っていたけど」
「あれから分かったことがあります、複数人だと嫌だということが分かりました」
「ああ、忙しいもんね、みんな内田さんと喋りたいだろうからさ」
「同じ話題で盛り上がっているときはいいんですけど、結構忙しくて」
彼女にとっての複数人は四人とか五人のことだと思う、だってそうでもなければ私が城崎さんといるときに近づいてきたりはしない。
「でも、会えてよかったです」
「そっか」
「隣、失礼します」
雨の日でもこうして並んで座っていることが不思議だった。
無駄なことをして楽しみたいというときが彼女にもあるのかもしれない。
なにをしようが自由だからごちゃごちゃ言ったりしないけど、これだとひとりではないでしょとツッコミたくなった自分もいる。
「この前の猫さん、濡れていないでしょうか」
「ちょっと鈍くさい子だからなあ、こけちゃっているかもよ?」
「そうならないように願っておきましょう、あと、木にも登ってほしくないです」
「確かに、さすがに濡れた木に登るのは私でも嫌だからね」
「あなたにも言っているんですからね?」
登ったのに下りられなくておろおろなんてことにはならない。
はあ、やっぱり私はナチュラルに馬鹿にされているということだ。
むかついたり傷ついたりはしないけど、なんにも感じないというわけではない。
「この前寝てしまったところを見て呆れました、城崎さんだってあなたに言われたから仕方がなく言うことを聞くしかなかったんですよ」
「あー、そうすか」
いやだから私だって考えて行動しているんだ。
邪魔しないようにこの場所でも、あの場所でもない場所を探してゆっくりしようとしたのに城崎さんが無意味なものにした。
見つけたときに一緒にいたから分からなかったのかもしれないけどさ、もうちょっと考えて発言してもらいたいところではある。
「さーてと、じゃあそろそろ戻るよ」
「またそうやってすぐに逃げる……」
いや、そんなの当たり前だ、ストレス発散のために利用されるなんてごめんだ。
さっさと戻って椅子に座ってゆっくりしよう、少しずつそうやって変えればいい。
急激な変化はいらないけど変化を恐れているわけではないからこれでいいんだ。
「捕まえた!」
今日も三階に着いたタイミングで内田さんの友達と遭遇した、あと捕まった。
「残念ながら内田さんはいないよ」
「京陽に用があるわけじゃないんだ、私は蒲生さんに用があるの」
「ちなみにあんまり聞きたくないけどどうして?」
「最近京陽とこそこそしているからだよ」
ということはもうばれているということか、それでも来ないのは優しさ、かな?
知っているのに出ていくことを許可するということはその可能性が高い、それかもしくは……。
「うん、私が騙してある場所に連れて行っているんだよ」
「はは、京陽が大人しく付いていくなんて意外だなあ」
「止めなくていいの?」
「うん、止める必要はないよ」
あ、この子とは関わりたくないとすぐに思った。
だから逃げるために移動しようとしたら片方の腕を掴まれて移動できずに終わる。
「はぁ、はぁ」
「あ、京陽だ、おかえりー」
「ふぅ、捕まえてくれてありがとうございます」
「頼まれたわけじゃないからね、私は私の意思でそうしただけだから」
「それでもですよ」
この前もそうだったけどあれだけの距離ではぁはぁ疲れていたら心配になる。
運動神経も高かったはずなのにどうしてだろうか、体育のときは無理やり抑え込んでいるということ? もしそうなら逆にすごいと褒めるところだけど。
「あれ、京陽もしかして怒ってる?」
「はい」
「あちゃあ、蒲生さん頑張ってね」
関わるだけ損とはこういうときに言うべきことだろう。
これで離れてくれるのであればそれが一番よかった。
「うーん」
木を探して登ろうとしていたんだけど虫がいてやめた。
こうなってくるともうできないことになるので、大きなため息が出た。
こういうときこそ誰にも見つからないようなそんな場所で休みたいというのに空気が読めないというかなんというか……。
「おはよう!」
「わっ、って、また……」
「そんな顔をしないでよー」
もう本当に城崎さんの存在が可愛く見えてくるレベルだった、だけどその城崎さんではなく来るのは意地悪な子達だけ……。
「私は榎並
「知っていたけど」
「はい嘘、それより今日はなにをしているの?」
「木を探していたの、だけど虫がいるようだったから……」
「木を探していたのに虫がいたら嫌なの?」
木登りがしたいと説明したら「こっちに来て」と腕を掴んで歩き始めた。
こっちが待ってと言っても全く止まる気配がない、それどころか「いいからいいから」と楽しそうだった。
「はいここ、この木なら虫はいないよ」
「ほんと?」
「というか、登れるの?」
「登れる、見てて」
高すぎなければ全く怖くない、だからあのときみたいに登ったら「おおっ」と。
……まあそういう反応は悪い気分にはならないかなと調子に乗り始めた頃、彼女のではない足音が聞こえてきた。
「誰か来ているんですか?」
「あー、ううん、今日もいい天気だなって」
「それよりちゃんと声をかけてから敷地内に入ってください」
「あはは、ごめんごめん」
ある意味下りられなかった、この前の猫みたいな気持ちになっていた。
ばれたら終わる、というかなんであの子も正直に吐かなかったんだっ。
内田さんは彼女の腕を掴んで歩き始めたんだけど、何故かこっちを見た。
「なっ!? な、なにをしているんですかっ!」
「こ、降参しまーす、あと下りたくありません」
「下りてきなさい!」
おお、内田さんってこんな大声を出せるんだなと感心、なんてね。
仕方がないから一気に下りたら「大丈夫ですか!?」と心配されてしまった。
厳しいのか優しいのかよく分からない、だけど本当に心配そうな顔をしているから大丈夫だと言っておく。
「えっと、怒られない……?」
「……母はお買い物に行っていていません」
こういうときは父より母親の方が怖いから助かった。
専業主婦と言っていたしな、なんか物凄く低い確率なのに成功してしまったかのような感じだ。
「お父さんは……」
「母と私のためにお仕事を頑張ってくれていますから」
「そ、そっか、じゃあよか――」
「よくありません!」
力強いな、あと、こうなったらどうなるのかなんて簡単に想像できる。
友達を悪く言うことはできないから全部こちらが悪いということになるのだ。
そのため、この前みたいに逃げようとしたら腕を掴まれてまた逃げられなかった。
「上がってください、それと膝が赤くなっていますよ」
「え? あ、ほんとだ」
「さあほら蒲生さん行こうよ~」
逃げられなくなると分かっていても言うことを聞くしかなかった。
私の影響力なんて全くない、あれは城崎さんの意思でやったことだ。
無理やり腕を掴んで引っ張ったりもしないし、こんなことをしておきながらよく言えたものだ。
「はい、ふかふかのクッションだよ」
「あ、うん」
というかこの子はなんだ、こういうことばかりするから内田さんも急に逃げたくなったりするのではないだろうか。
それとも、人気者になるためにはこれぐらいの行動力が必要ということ? もしそうなら一生人気者になれなくていいなと内で呟く。
「どうぞ」
「ありがとう」
あのときも今日も怒りを抑え込むのが上手い内田さんだ。
だけどそれは我慢させているということだから喜べることではない。
いやもう本当に近づいてこなければそんなことにもならないというのに、勝手に来るから駄目になってしまっている、自分で理由を作ってしまっている。
その結果自滅、なんてことになって八つ当たりなんかされたら最悪だぞ。
「榎並さんから逃げているんじゃない?」
「えー、こそこそしていることが分かっても追いかけてはいないよ?」
「そうかな? あ、じゃあ榎並さんに来てほしいのかも」
「そのために外に出ているということ? 京陽がそんなことするかなあ」
「するよ、本当に好きな子には来てほしいと思うでしょ」
なんて、私がそうしてほしいというだけなんだけど。
内田さんの方を見てみたら目を閉じて黙っているだけだった。
無言は肯定の証とかいう言葉があるけど、彼女の場合は呆れているだけのようにも見えてしまう。
「紗弥さんに来てほしくて外に出ているわけではありません、あなたには理由を言ったと思いますが」
「なんで私に言っちゃったの? 私がひとりだから広まるリスクはないからということなのかな?」
「違います、あなたなら馬鹿にせずに聞いてくれると思ったからです、そしてそれは実際にそうでした」
「当たり前だよ、馬鹿にするわけないじゃん」
自分のことだから人を見る目があるなどと褒めることもできない。
なにもかもが微妙な感じ、こういうときこそ話してほしいのに榎並さんは黙ったままだった。
「それなのにすみません、私はあなたに悪いことばかり言ってしまいました」
「いや、謝らなくていいけど」
「……はっきり言っておくと私は蒲生さんといたいんです、あそこに行っている理由だってあなたに会えるからで……」
「それなのになんかごめん」
「いえ、蒲生さんこそ謝らなくていいんですよ」
なんか仲直り的なことができてしまった、あ、なんかではなく自宅だからこそか。
学校だとついつい気を張って素直になりきれない、というところか。
「うわあ、蒲生さんはどんな魔法を使ったの? 京陽がこんなことを言うなんて本当に驚いたよ」
「魔法は使っていないよ、それどころか呆れられたことが多いかな」
「なるほどね」
いや、それで終わらせられてしまうのは困る。
そこはずっと前から一緒に過ごしてきた友達としてなにかを言ってほしい。
取られたくないとか、嫉妬したとか、そういうことを少しだけでもいいからちゃんと吐いてほしかった。
「あ、でもでも、京陽にはライバルがいるよね、四組の城崎さん」
「そうですね、気づいたら一緒にいますから」
なんか勝手にライバル扱いされているぞ城崎さんや。
私にはあんまり関係のないことだから気にしないでおくことにしたけどさ。
「六月だね」
「そだね」
言い忘れたけどさすがに雨の勢いが強い日は出ることはできない。
お前の愛はその程度かと言われてしまいそうだけど、授業を受けなければいけないのに濡れるのはごめんだ。
「雨が降っているところを見ると長靴を履いているときにわざと水たまりに入ったことを思い出して懐かしい気分になるんだ」
「したした、私なんて長靴を履かずにしたよ」
それでよく母に怒られたし、父には呆れられた、ただ姉だけは「そういうことをしてこそ小学生だ」と言って笑ってくれていたっけ。
「あと傘を持っているのにわざとささずに帰ったときもあるよ」
「え、そこまでワイルドな感じだったんだ」
「そうだよ、いまからは想像できないでしょ?」
「うーん、だけど蒲生は木に登れる子だから」
「ああ、確かにあんまり変わらないか」
進んで困らせるようなことをする人間ではないとか言っておいて思い切り母にはそうしていたことになるから恥ずかしい。
時間が経過すればそんなこともあったな~と笑えるはずだったのに全くそんなことはなかった。
「そうだ、蒲生にちょっと頼みたいことがあったんだけど」
「なに?」
もうどもったりすることもなくなったから相手をするときも楽でいい。
まあこれは私が変わったというのもきっと影響している、前ほどひとりにこだわっているわけではないからだ。
「今度、お買い物に付き合ってほしいんだ、ひとりだと寄り道ばかりしてお金がなくなりそうで怖くて」
「いいよ、じゃあ今日行こうか」
「うん、よろしくね」
よかった、土曜日とかはゆっくりしたいから助かった。
ちゃんと付き合った後にお買い物に行こうと決める。
いやもうね、そういうときに買っておかないと面倒くさくて仕方がないんだ。
「ちなみになにを買いたいの?」
「あ、夏用の服かな」
「おお、ファッションにお金をかけるタイプなんだね」
「可愛い服が多いからせめてそういうのを着て楽しみたくて」
「きっと似合っているのがいっぱいあるよ」
あ、ちなみにここは件のお気に入りの場所だった、雨が強いと無理だけど強くはないから出てきている。
今日内田さんがいないのは榎並さんに捕まってしまったからではなく、他のなにも知らない子達に捕まってしまったからだった。
やっぱり相手が榎並さんのときみたいにはできないらしい、またあの作り物か本物かよく分からない笑みを浮かべて相手をしていた。
「蒲生も買おうよ、絶対に似合っている服があるから」
「私はいいかな」
「もったいない!」
「声でか……」
別に服にお金をかけたくないとかそういうことではないものの、それなりの値段がすることを考えると他のことに使いたくなる。
しかも家賃は姉、生活費は両親がという形になっているため、自由に使うわけにもいかないのだ。
私は自宅に戻ることになっても問題ないんだけど何故か姉から止められている、どんだけあの家に帰りたくないねんとツッコミたくなる。
「私は付いていくだけ、それでいいならちゃんと行くよ」
「うぅ、分かった……」
「じゃ、あともうちょっとのんびりしましょ」
あ、これまた言っておくと私が無理やり彼女を連れてきたわけではなかった。
お弁当袋を持って歩いていたら自然と合流してきたというだけ、自然とそのまま付いてきたというだけのことだ。
意外だったのは彼女が雨でも外に出ているということだった、内田さんが見たら間違いなく呆れてため息をつくと思う。
「大変だ大変だ大変だー!」
「「おわっ!?」」
「あ、そのリアクション気持ちいい! じゃなくて!」
とても内田さんの友達とは思えないハイテンションなところを見せてくれている榎並さんだけど、もう少し落ち着いてほしかった。
というかこの場所がばれているし……、え、まさか吐いてしまったのかなと困惑しているのもある。
「京陽に告白した子が現れたんだ!」
「「普通にいるだろうね」」
「違う違う、相手は女の子なんだ!」
「「まあ、最近はそういうことも増えているし」」
「はあ~、このふたりは駄目だ……」
駄目らしいから駄目らしい相棒とゆっくりすることにしよう。
「よいしょっと、言わなければならないことは言ったから休憩~」
「内田さんの友達という感じがしないね」
「装っているからね、本当の私は――おっと、仲良くなるまで内緒~」
それなら一生知ることはないだろう。
まあいい、大抵はそんな感じで終わっていくのが人生だ。
だから気にならなかった、私は私らしく接していくだけだった。
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