08話.[決めているんだ]

「おお、人がいっぱいいるねえ」

「私達のところなんてまだ可愛い方だよ」

「そうですね、昔連れて行ってもらった他県のお祭りは本当に人の数がすごかったですから」


 なるほど、だけど行きたくなる気持ちがよく分かる。

 早くも洗脳されているだけかもしれないけどただ会場にいるというだけでなんか楽しい。

 ただ、


「ごめんね蒲生……」

「いいよ、食べたい物があったら言って」


 まだ始まったばかりなのに城崎さんはぼろぼろだった、理由は今日に限って彼女のお父さんが何度も一緒に行きたいと言ってきたからみたいだった。


「蒲生って優しいよね、私と同じでひとりでいたのに意外」

「別にひとりでいるからって性格なんかが歪むわけじゃないよ」

「そうかな? 人によって違うんじゃないかな」


 まあ否定はできないけどさ、それぞれ違うのは確かだから。

 それにしても優しいとか言われ慣れていないから微妙な状態になってしまった、というかこの時点でひとりでいた弊害が出ているのではないだろうか。

 素直に喜べないところが正にそうだ、一番不味いのは自分だったで終わってしまう話かもしれない。


「あのときあの場所に来てくれてよかった、だけどそれは内田さんのおかげでもあるんだよね?」

「うん、だって逃げていたからね」


 ひとりになれなければ意味がないということで探して、一瞬で無駄になってしまったことだった。

 だけどそこから始まったわけだから悪く考える必要はない、紗弥との出会いだってそれがあったからこそなんだから。


「それで私も蒲生も内田さんのために動けたからいい話だよね」

「私は渡しただけだけど」

「私だって蒲生に渡しただけだけど」


 って、お祭りを楽しまないでどうする、こんな話は終わってからでもいつでもできるから切り替えよう。


「紗弥さんは左腕を掴んでいてください」

「任せて」


 それで私が捕まると、無視なんかできないから相手をしていただけなのにさ。

 まあいいや、悪い雰囲気にならなければそれでいい。

 それに私はこのことについてレベルが低いから経験者が連れて行ってくれるのであれば安心できる。

 腕を掴んでいるくせになるべく横を歩かないようにしているところは偉い、そこはやっぱり常識があるということなんだ。

 まるで問題児を相手にしているような対応はちょっと引っかかるものの、拗ねて帰られるよりはマシだった。


「いっぱい買ってしまいました、この雰囲気についつい負けてしまうんですよね」

「京陽はさすがに買いすぎだよ……」

「全部食べられるのでその点では大丈夫です」

「いや、それはこれまで一緒に過ごしてきたから知っているけど……」


 こちらは歩いている最中に城崎さんが色々な物をちょびちょびくれたからそれなりにお腹が満たされていた。

 歩いているだけでもそれだったから今日はずっとおんぶすることになっても構わないと考えたぐらいだ。


「うわ、お父さんだ……」

「挨拶してこようかな――って、そんな嫌なの?」

「や、やめてっ、ほら、食べ物をあげるからそんな酷いことをしないでっ」

「分かったからそれは自分で食べなよ」


 私の両親も来ている可能性はある、母は父に言われて仕方がなくという感じだろうけど。

 もし会えたら今日は実家で寝るのも悪くはないかも、夏休みぐらいは顔をちゃんと見せないといけないから。


「なにも買わなくてもこうして座っていられるだけでなんか楽しいよ」

「やっぱり微妙に空気が読めない子だね」

「城崎さんがいっぱいくれたから満たされていてね」

「どうだか、本当は最初から買う気がなくてお金を持ってきていないんじゃないの」

「あるよ、二千円」


 最後までなにも買わないで終わらせるとかそんなことはしない、買う気がないなら断って家にいる、受け入れたからには中途半端にはしないと決めているんだ。


「ふぅ、あっちに行ってくれ――」

「よう!」

「うひゃあ!? お父さんと蒲生の馬鹿ー!」

「ちょ、ちょっと待て麗ー!」


 いきなり大きい男の人が現れてこっちも驚いた、女の子だけしかいないのだからもう少しぐらい城崎さん父も気をつけるべきだと言いたくなる。

 内田さんなんて固まってしまっている、紗弥は「ふたりとも元気だなー」と今日もキャラを作りつつ反応していたけど。


「これで強いライバルがひとり減ったね、京陽」

「……別に今日はこうして美味しい食べ物が食べられればそれでいいので……」


 そうそう、そういうのはお祭りが終わってからでいいんだ。

 私はひとりしかいないけど逃げることはしない、だから焦る必要は全くない。


「その割には腕を掴んじゃっていましたけどねー」

「あれはお喋りをしながら歩いていたからですよ、あのままだと他の人にぶつかっていたかもしれませんので」


 しっかりと前に意識を向けていたからぶつかることはありえなかった、相手がいきなり転んだりとかしない限りは絶対にそうだと言える。

 結構冷静に行動できる人間だからそういうことになる、確かにいい雰囲気だけどそれで浮かれすぎたりはしないんだ。


「京陽も素直じゃないね」

「……それに本当に手強い相手は城崎さんではなく紗弥さん、あなたなので」

「私か」


 すぐにここに戻ってきてはぁと呆れた。

 本当に手強いのは食べ物のいい匂いだった。




「終わったから帰るだけだけど、花火のとき手を繋いでなかった?」

「よく見てるね」

「まあいいけどさ、いちゃいちゃするのはふたりきりのときにするべきだよ」


 急に握られたけど拒みはしなかったから言い訳をしたりはしない。

 内田さんもちょっと急いでいるみたいだ、いまだって服の裾を掴んでいるぐらいだから。


「まあ、千文はむかつくときもあるけど嫌いじゃないよ、だけどそういう意味で好きでもないから京陽は勘違いしないでね」

「本当に? 本当に素直になれないのは紗弥じゃなくて?」

「調子に乗らない、京陽を悲しませたら許さないからね」


 ここまで確認しておけば大丈夫だろう。

 彼女は私に対してだけは本当のところをぶつけていたからいらなかったのかもしれないけど。


「よかった、それなら振らなくて済んだってことだよね」

「って、もう受け入れるつもりでいたんだ?」

「あ、いや、そもそも内田さんにそういう気持ちがなかったら意味がない話だし」


 私もお祭りの雰囲気というやつに負けてしまったみたいだ、って、勝手にそのせいにするなよという話か。

 まあでも私がこんなことを言うのは内田さんがちょっと分かりやすくアピールをしてきているというのもあるんだ、そうでもなければないないと言って終わらせているところだった。

 ……気持ちが悪い発言をしたと早くも後悔している自分がいる。


「いや、そこまでされているのにないと思う?」

「分からないじゃん、お祭りが終わって寂しくて相手をしてほしいだけなのかもしれないよ?」

「ないない、千文は鈍感だね」


 結局両親とは会わなかったから大人しく送ってから帰ることにした。


「送ってくれてありがと、京陽もまたね」

「はい」


 会場からの距離的に意識するまでもなく紗弥と先に別れることになった。

 さあ、これで今日始めてふたりきりになったわけだけど彼女はどうするのか。


「着いたね」

「はい、送ってくれてありがとうございました、これで失礼します」

「うん」


 って、あれ!? な、なにもないまま帰られてしまったんだけど!

 本当になんだったんだあれは、もしかして調子に乗りすぎた私が見た夢とか?


「帰ろ……」


 まあこっちがなにかしなければならないとかそういうことではないからいいか。

 お金もあんまり使わずに済んだからその点も気にしなくていい。


「ただいま」

「千文、そこに座って」

「うん、やっぱりお姉ちゃんだったんだ」


 払うのが大変だからこの家の契約をやめる、というところかな。

 少し寂しいけど仕方がない、お金を払っていない身なら言うことを聞くしかない。


「ベッドから知らない女の匂いがするけど、彼女でもできたの?」

「彼女はできていないけどこの前泊まってもらったんだ」

「千文……」


 実家なら実家で寂しがり屋の父の相手ができるからいいだろう。

 荷物もそこまでない、だから今日出ていくことになっても構わない。

 夏休みに実行するということから優しさを感じられた。


「うわーん! 他の女にデレデレしている千文を見たくないよー!」

「え、出て行けとかそういうことじゃないの?」

「言うわけないでしょっ、それどころか私が戻ってきたぐらいだよ!」

「え、あっちで過ごすのやめるの?」

「うんっ、むかついたから辞めてきたんだっ」


 えぇ、そこでいい笑みを浮かべられても困る……。

 しかもそのまま「泊まらせた女を連れてきて」と言ってきた。

 目が笑っていない笑みってこんな不気味さがあるのか、内田さんも紗弥も城崎さんもちゃんと目が笑っているから初めて見たけど……。


「千文が夏休みの間は家にいるから連れてきて」

「あ、じゃあ明日連れてくるよ」

「うん、楽しみだな~、どんな子なんだろ~」

「優しい子だよ、あとは可愛い子かな」


 ただその前になんとなく紗弥に電話をかけた。


「もしもし? さっき別れたばかりなのに寂しがり屋だね」


 私が相手なのにキャラを作ったままだ、お祭りの後だからなのか、あんな会話をした後だからなのか……。


「実は姉が帰ってきてね」

「興味があるからいまから行こうかな」

「それなら迎えに行くよ、ちょっと待ってて」


 消して紗弥の家まで行くと玄関前に既にいてくれた。

 おかしい、けど、外によるいる子だから本当は違和感もあんまりない。


「行こ」

「紗弥、本当になにもなかった?」

「ないよ、私がいまここにいるのは京陽から電話がかかってきたからなんだ。リビングには両親がいて大事な話をするには向かなかったしね、部屋だと姉と同じ部屋でこれまた集中できなかったからさ」

「そっか」


 お姉さんがいたのか、しかも同じ部屋って意外だな。

 外から見たら普通に大きくて余裕がありそうな感じがするけどそうみたい。


「ひとりでいたくせになに自惚れちゃってんの」

「ははは、ひとりでいたからこそだよ」

「ま、私も京陽も城崎さんも優しいからな~」


 否定する必要もない、三人が優しかったからこそ私はここまで変われたのだ。

 よくない方向に変わってしまっていることもあるものの、そんな悪いところにだけ意識を向けても馬鹿らしいからやめる。


「というか京陽もアホだよね、なんで解散にしちゃうのかな」

「ふふ、内田さんに隠さないようにしたんだ」

「はは、城崎さんにはまだ無理だけどね、ただ全部言えてすっきりできたよ」


 いい顔をしていやがる、そうでなくても内田さんに負けないくらいいい顔をしているのだからもう少しぐらいは遠慮してもらいたいけど。

 最初にも言ったように私だって母の友達からよく可愛いと言われて過ごしてきたんだ、それだというのに同じクラスになってから現実を教えられてボロボロだよ。

 延々とひとりでいた私に近づいてきてくれたのは奇麗だけど試すためだった女の子だ、その後も全部同性で。

 だというのにそれを嬉しく感じてしまっているのだから不思議な話だった。


「あの声のトーンを変えるやつ、気持ちが悪いからやめてね」

「はあ!? はぁ、まあいいや、どうせなら京陽も連れて行くよ」

「あ、そうだね、それが一番だ」


 出てきた内田さんは凄く驚いたような顔をしていたからふたりで笑った、だけどそれが気に入らなかったのか何故か私達の間に入って歩き始めた内田さん。


「今日は千文さんにではなくずばずば言ってきた紗弥さんにむかついているんです、そしていまのでさらにむかつきました」

「一緒にいたいのに解散にしたアホ京陽が悪い」

「あ、アホ……」

「ああいう後だからこそ告白するのがいいんだよ、それだというのに、やれやれ」

「ちゃ、ちゃっかり千文さんと一緒にいるあなたには言われたくないですっ、しかも普段は一緒にいたいくせに敢えて可愛くないことを言ったりしてなにがしたいんですか!?」


 うーん、どっちも本当のことだから私としては見ていることしかできない。

 まあでも似た者同士ということでいいのではないだろうか、仲がいいからこそ、理解しているからこそできることなんだ。

 ちょっと違和感があるのは紗弥に余裕があるところだけど、どっちも感情的になると止められなくなるからこれでいいか。


「ただいま」

「「お邪魔しますっ」」


 で、ふたりが来るきっかけになった姉はぐがーぐがーと寝てしまっているみたいだった。


「この人が千文のお姉さんか」

「あんまり似ていないかな?」


「お姉ちゃんと一緒で可愛いわね」と言われてきた身としては考えたことがなかったけど、実は姉妹としてはそこまでではなかったのかもしれない。

 ただ私達はちゃんと血が繋がっているから姉に成分がいきすぎてしまった可能性がある。


「うん、ちょっと似てないかな、京陽はどう思う?」

「そうですね、単純に髪の長さが違うだけじゃないでしょうか」

「ああ、確かに千文も伸ばしたらお姉さんみたいな感じか」

「……うるさい……って、うわ!? なんか知らない女がいる!」


 せめて女の子と言ってほしいところだけど昔からなんかこうなんだよね。

 同性に厳しく異性に優しい、嫉妬とかそういうのでなにか嫌なことでもあったのかもしれない。


「あ、この子が前泊まった子で内田京陽さん、それでこっちが榎並紗弥」

「なんで片方の子だけさん付けなの?」

「それはまだ許可してもらっていないからだけど」


 私が勝手に名前で呼ぶわけがない、彼女のことを名前で呼ぶことになるとすれば本人から頼まれたときだけだ。

 姉はこのふたりより分かっているはずなのに聞くなんて意地悪なことをする。


「……私は勝手に呼ばれましたけどね」

「じゃあ興味があるのはこっちの子ってことか」


 正直に言ってしまうと紗弥でも全く問題なかった、だけどアピールをしてこなかったからこうなっているだけで。

 よく言い争い的なことになるけど嫌な気持ちになることも少なかったし、内田さんに負けないぐらい魅力がある子だから。


「……ます」

「お、なんて?」

「違いますっ、千文さんは私に興味を持ってくれていますっ」

「な、なかなか大胆なことを口にしたねえ」


 姉が引いてる、こんなことはなかなかないからじっと見てしまった。


「分かったよ、私の負けだ、千文は持っていきなよ」

「はいっ、ありがとうございますっ」

「「えぇ」」


 やばい存在しかいなくて今度は私と紗弥が引いた。

 ちなみに彼女には全く届いていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る