第7話 戦乙女は明確に力を証明する

 誠司の伝授した策を用い、キリエは見事に功を奏し手玉に取った。この世の終わりとも思える地獄だ、と怜一は絶望していた。

 口約束だけ済ませて彼女を先に帰らせた後、密やかに早退して逃げようとも考えたが、それを予測したのか此処に残ると言って聞かなかった。世間知らずの頭お花畑の馬鹿かと思ったら存外強かで抜け目が無かったので怜一はキリエの認識を改めなくてはならないと反省した。


「早速だが、何処へ連れてってくれるんだ?」

「知らねぇよ。お前の好きな所にでも行け」

「それだと案内にならないだろう。君の行きつけの場所とかある筈だろう? 其処でいいぞ」

「行きつけの所っつってもなぁ……」


 こっちは貴重な放課後の自由時間を潰された様なものだ。だが敗残者には拒否権は無い。またキリエが悪知恵を働かせて無駄なエネルギーを消耗させられるのだけは勘弁願いたい所だった。


「お前、何か好きな物は?」

「好きな物? ……そうだな、強者と拳で語り合う事だな」

「ふざけてんのか?」

「何がだ? 互いを理解し合う事は楽しいぞ?」

「そうじゃなくて! その、あれだ。暇な時にやる事とかだな」

「暇な時間なんて戦に明け暮れていたから余り無かったから分からないぞ」


 全然参考にならない。そりゃそうだ。世界中がドンパチしている時に生まれて戦いに明け暮れていたのだから娯楽らしい娯楽なんて知らないのだろう。

 散々悩んだが、怜一は無難にショッピングモールを一回りして今日は満足させて貰うプランを選んだ。


「怜一! 何だ此処は! 城があるぞ!?」

「城じゃねぇっての」


 二人が向かったのは全国展開していて知らない人、ましてや行った事が無い人は居ないであろう超有名な大型ショッピングセンターであった。本格的な商業施設と違って比較的リーズナブルな店舗で固めており、少々物足りなさやチープさは否めないものの、学生が暇を潰すには持って来いの場所だ。


「凄いな……! 大勢の人が行き交ってるじゃないか!」

「平日だからこれでもまだ少ない方だぞ。ほら案内してやるよ」


 中に入ってもキリエの騒々しさは絶えなかった。これ以上騒がれて変な注目を浴びられても困るので、怜一は一先ず早速入り口直ぐのペットショップに連れて行った。


 二人はショーケースで仕切られている中で動き回る犬や猫を眺めていた。怜一曰く、こっちを見て吠えたり周りの目など気にせず寝ていたりと、ペットショップの動物達はそれぞれ個性が出ているから見ていて飽きないので結構好きだ、との事。


「怜一は好きなんだな。この動物」

「……まぁな。こいつらは本能のままに動く。悪意なんて一切考えないし、裏切ろうと思って裏切ったりなんて決してしないからな」

「そうか。……私は苦手だ。特に、イヌ……っていうのか? かなり苦手だ」

「ふぅん? 意外だな」

「私の主を丸呑みにした生物にそっくりなんだ」

「そんな化け物と犬を一緒にすんじゃねぇよ!!」


 理由は共感出来なかったが、取り敢えず犬が苦手なのは分かった。キリエは少しばかり顔を顰めさせて昔の嫌な出来事を思い出していたようなので怜一は直ぐに別の店へと移る。


 次に向かったのは大音量のBGMと電子音がハーモニーを奏でているゲームセンターだ。怜一はこの爆音に慣れているから何とも無かったがキリエは面食らったらしく、耳を塞いで疎ましそうにしていた。


「何だここは……騒々しいな」

「ゲームセンターだよ。ショッピングモール内だからシケたゲームしか置いてないけどな」

「げーむって何だ?」

「何だ、って聞かれても……遊びだとしか」

「遊び? それは楽しいのか?」


 キリエには遊ぶっていう概念が無いらしい。そもそも最近は何もする事が無い手持ち無沙汰な状況を打破するべく遊んでいるのであって、今は楽しいかどうかと聞かれるとどう回答すればいいのか困ってしまう。

 怜一は言葉を詰まらせていると、キリエはとある物を見つけて、とても興味深そうに一直線に向かったのであった。


「怜一、これは何だ?」

「パンチングマシンだ。今時まだ置いてあるんだな」


 赤い円柱状のオブジェクトを殴打し、その殴りつけた際の威力や速度諸々をデータにするパンチングマシンにキリエは興味津々の様だ。流石は拳で語り合う嗜好の持ち主といった所か。どんなゲームなのかを簡単に説明すると、予想通り目を輝かせていた。


「此処は喧しいだけで存在意義が良く分からない場所だがこれは楽しそうだな!」

「でけー声でネガキャンすんなよ。……一回だけならやっていいぞ」


 暴徒達を涼しい顔で全滅させたり、跳躍力だけで大空を駆け巡ったりする戦乙女が本気で出したパンチの威力がどんなものなのか知りたいという事もあって、怜一は気前よく百円玉を投入口に入れてゲームを起動させた。


『Hi! 私はパンチマン! 早速だが強盗犯が出現したそうだ! 君のパンチで悪党を成敗してくれたまえ!』

「怜一! 箱の中に人が居るぞ!? そして話しかけてきたぞ!?」

「そっからかよ!? ……あー、これは動く絵と額縁だ」

「動く絵なのか……! 会話も出来るようだし今の時代は凄いんだな」


 液晶画面には覆面を被った如何にもな強盗犯が映し出され、浮上してきたパンチングパッドをそれに見立てて存分に殴れ、という流れだ。


「殴ってもいいのか?」

「ああ」

「本気でもいいのか?」

「……ああ」


 少し不安そうな顔でわざわざ念押しをしてくる彼女を見て、少し嫌な予感がした。だが好奇心を今更抑える事など出来ない。いくら何でもある程度の衝撃に耐えられるように設計されている装置が安全に則った正規のパンチ如きで駄目になってしまうなんて事――。


「せいっ!!!」


 彼女の放った一撃は、とても綺麗な物だった。腰を使い、一点に集中して解き放った武を極めしキリエの正拳突き。それは怜一の予想を遥かに超えていく結果となった。

 武道の達人は素早い突きから生じる風圧で蝋燭の火を消す事が出来ると聞くが、彼女のは言うなれば竜巻。こちらにも風を全身に浴びる程であった。

 老若男女問わずに本気の一撃を受け続け、時には卑劣な一撃を受け、それでもひたすら耐えて立ち上がり、挑戦者を待ち続けていた筈のパンチングパッドは、キリエの無慈悲な攻撃に敗北してしまい、根元からへし折られて破壊される。それだけなら良かった。壊れても尚勢いは止まる事を知らず、赤い円柱は吹っ飛んでいき、背後で共に支え合っていく筈だった液晶画面にめり込んでしまったのだ。


 確かに本気でやれといった。だが壊れるまで本気でやれとは言っていない。怜一は戦乙女の底知れない力に戦々恐々としたと同時に、無責任な一言で生じたこの惨劇を目の当たりにして後悔していた。


「……それで、私の拳の数値とやらは何処から出るんだ?」

「バカかお前!! 早くずらかるぞ!!」


 激しい音を立てて、見るも無残な産業廃棄物と化したパンチングマシン。故意では無いが壊した張本人は答えてくれる筈も無い残骸を呑気そうに眺めている始末だった。

 急がなくては店員が駆け付けてくる。出禁どころか、弁償を要求されるに違いない。ぼんやりしている場合ではないと察知した怜一は直ぐに彼女を引き連れてゲームセンターを後にする。懸命にキリエと共にショッピングモール内を駆け抜けていき、勢い余って店外まで逃げ出してしまった。


「お前、マジで、それで、弱体化してるって、絶対嘘だろ……」

「何を言う。本来の力を取り戻せたのならば姉様が居なくとも私一人で国を落とす事だって可能だ」


 とんだ世迷言だと思った。だが彼女の真剣な眼差しからして嘘を吐いている様な素振りは一切無かった。

 しかも確か姉も居ると言っていたな。が何人も居るだなんて想像したくなかった。


「そもそもお前の姉ってどんなのだよ?」

「姉様か? それはもう美しい私の自慢の姉だ。美しさには誇りを持っているが、姉妹の中でも一番下の私が一番醜女しこめだったな」

「お前でブスって相当ハードル上げるじゃねぇか」


 悔しいがキリエの容姿は可愛い方だ。それを自覚している彼女が卑下する程の姉がどんなものなのか気になった。少なくとも自分の姉の様なズボラで下品な女ではない事は確実だろう。


「その美貌はというとだな。枯れ果てた荒野に美しい花を咲かせ、濁り切った大河を澄み切った清流に浄化させる程だったな。私にはとても……」

「嘘つけ!! 絶対盛ってるだろ!!」

「ほ、本当だ! 嘘じゃない! 確かに小百合を姉に持つ君には想像出来ないだろうが……!」

「俺の姉と比較すんな! あんな男みてぇな女――」


 その瞬間、怜一の気道が塞がれる。今朝の誠司のチョークスリーパーが優しく思える程に絶大な力で首が締まっていく。まさか今朝の暴走族の残党が襲ってきたのか。正体を知ろうと藻掻き苦しみながら辺りを見渡すと、何と彼の隣には頬を鷲掴みにされ間抜け面を浮かべているキリエが居たのである。


「若い衆、何やら面白そうな話してるねぇ? も混ぜてよ?」


 正体は耳元から聞こえる声で分かった。背後には満面の笑みを浮かべている小百合が片腕ずつで怜一達を胸元に引き寄せていたのだ。端から見れば弟達を可愛がる姉の様に見えるが、彼女は失言をした罰で二人纏めて粛清しようとしているのである。


(話を聞かれた……! まずい……!)

「何がまずい? 言ってみろ」

「何で心の中を読めるんだよ……!」

「アンタの顔に書いてるからよ。それはそうとキリエ、怜一のお姉ちゃんが私で何が問題でもある?」

「も、問題ないでふ……!」


 意識が飛びそうになる。命乞いすら出来ない事を知ってか、二人は解放された。改めて後ろを振り返ると、いつも怜一が目にしている寛ぐ事だけに特化した格好ではなく、癖っ毛な髪を完璧にセットしてパリッとしたスーツを着こなしている姉の小百合が其処に居た。


「な、何で此処に居んだよ!?」

「何でって、そりゃあ仕事終わらせて買い物しに来たに決まってるでしょ。お母さんも居るよ」

「あら、奇遇ね。怜一もキリエちゃんも居たの」

「母上まで来てたのか。何を買いに来たんだ?」

「お母さんは晩御飯の材料。だけど小百合は服買うらしいから私もちょっと見て行こうかしら。お父さんも家帰るの遅くなるって言ってたし」


 姉どころか母も居た。最悪だ。こんな偶然あるか。絶対面倒な事が起きる。十六年一緒に生きてきた怜一には姉と母二人が一緒に居る時の危険性を知っていた。

 そもそも女の買い物は長い。女が買い物時で使う"ちょっと"は凡そ数十分位だ。そんな苦行に付き合ってられない。三人がまだ井戸端会議に華を咲かせている内に怜一が逃げようとした。しかし小百合はノールックで怜一の襟首を捕まえた。こうなってしまってはもう抵抗したって無駄だ。


「アンタは荷物持ちなさい。か弱い女子に力仕事させる気?」

「姉ちゃんがか弱い女子とか冗談だろ……」

「まだお姉ちゃんのハグが足りない?」

「ヨロコンデニモツモチマス」


 やはり産まれてくる時に性別を間違えているに違いない。怜一は渋々三人の買い物に付き合う羽目になってしまった。女が多いグループに一人だけ入れられた男というのはつくづく立場が弱いものである。


「何で俺まで……」

「拗ねない拗ねない。怜一が好きそうでキリエが似合いそうな服買うからそれもちょっと付き合ってよ」

「小百合、私はこの服一枚だけでも十分有難いからそんなには申し訳なさ過ぎて受け取れないぞ」

「何言ってんの、お金はたんまり有るんだから今更遠慮しない。アンタ見た目良いのにそんなんじゃ駄目よ、宝の持ち腐れってヤツ」

「む、そうなのか。すまない、感謝する」


 戦乙女すら圧倒するこの姉は一体何者なんだ。もしかすると人間じゃないのかもしれない。怜一はキリエ達の買い物を少し遠くから退屈そうに付き合っていた。

 この後、ヒートアップした小百合にキリエが巻き込まれ、着せ替え人形の如く弄ばれていたが、自分には無力であったので見殺しにした怜一であった。

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