第46話 サメ・ファンタジー

 ガンガンというやたら反響した”目覚まし”で意識が覚醒する。

 微睡で霞がかった頭には苛立たしいノイズだ。


「うるさいなぁ……今起きるってば……あれ、明かりが点かない……。

 あっ、あれ!? ドアも窓もない……閉じ込められてない!? 拉致!?

 うわぁぁぁ!! 出せっ!! このっ!!」


 寝起きに加え痛いほどの騒音で思考力が落ち、おまけに”普段の自室”とは違う配置の室内に気付いてパニックになった私は、”慣れた手付き”でデストロイハンドを使い周りの壁を破壊した。


 壁が消滅してできた穴からドザザッと土が流れ込み、そして小さな影が紛れ込んだ。


「グギャ…!? グギ……」


「はえ? あっ、あー……」


 視線を交わし見つめ合う私と醜い小人。

 あぁ、そうだ。そういやゴブリン抹殺イベントの真っ最中だったねぇ。


 未だ夢の世界に片足を掴まれていた私の意識は、やっと現実へと帰還した。

 自分で地下に埋まっておいて閉じ込められたとはなんとも恥ずかしい話だ。

 硬い壁に強化したとはいえ、訳もわからないまま壊した時に部屋自体が崩落しなくてよかったよ。


「グゲゲゲゲェェェ!!! ゲギョォォォ!!!」


 突然の事態に採掘姿勢のまま横たわって停止していたゴブリンも、我に返ったのか急に大きな声を張り上げ出した。

 ていうかうるさっ!! 即席の1人部屋としては十分だけど狭い部屋ではあるから音が反響するんだよ!!


「うるさいっ!!! 死ねっ!!!」


 やかましいゴブリンの脳天を力の限りクリック!!


「ギャッ!!」


 しめやかに光に還る騒音発生装置。ナムサン!



 よし、悪は滅びたね。


 目の前の害悪を滅して改めてゆっくり状況を把握する。

 昨日寝るまでの記憶も思い出したし、今日すべき事も確認した。よしよし。


 とりあえず安全に休息を取れたけれど、どうやら想定よりゴブリンの行軍は早かったようだ。

 予定では起きてから地上で迎え撃つつもりだったけれど、すでに私の簡易ハウスは囲まれているみたい……さっきのゴブリンの叫びの後からマイハウスを叩く音が一層激しくなってるし。


 今日は陣地構築をしないで新戦術を試すつもりだったからいいんだけど、まずはどう出るかなー。

 閉鎖空間だから迂闊な事をすると力の逃げ場がなくて私がダメージを受けちゃうかもなんだよね。

 よし。


「おらおらおらおらぁ!!!」


 困った時はチートクリッカー頼み一択!!

 崩落した方とは逆の壁をデストロイハンドで連打し消滅させ、地上までの道を強引に作り出していく。


 デストロイハンドは強制的に攻撃対象を存在因子リソースに変えちゃうので素材を得られないというデメリットがあるけれど、消せば土を排出する必要もないからこういう時は便利だね。



 進化し続ける脅威の連打力でしばらく掘削すれば、すぐにお天道様と再開した。


「そぉい!」


 穴を程よく広げたら跳躍し一気に穴から脱出!

 飛び出した空中で数時間ぶりの日光を浴びつつ、意識を集中してスローモーションな視界で周囲を確認する。

 強化された精神か敏捷かわからないけれどいずれかの恩恵で、動体視力と共に思考速度も非常に上がっているのだ。


 穴の周囲にはゴブリンが……というか見渡す限り地面とゴブリンがイコールになっているくらいに密集しているね。緑のカーペットかな。きもい。


 出た穴とは逆の位置にある最初の崩落箇所では頑張って穴を掘っているゴブリンの姿も見え、その近くで屹立している換気用煙突を鈍器で殴りつけるゴブリンも確認できた。お前らか迷惑な目覚ましは。お前らは確実に殺す。


 殺意を募らせながら全体を見回すとゴブリンの数もさることながら昨日は見かけなかった上位種っぽいのもちらほらいるので、精鋭温存方針が予想通りなら思っていたよりかなりスタンピードの深部にいるのかもしれない。



 ただ索敵スキルコンボでは私を超える脅威はヒットしない。

 今日の立ち上がりはグダグダだったけど、これなら安全に新戦術を試せそうだね。


 ここまでわずか0.3秒、超強化された私なら意識すれば一瞬が十分に変わるのだ。これは人間辞めてますわ。


 その超スピード世界のまま、さらにイメージを展開し魔術を構築する。

 昨日取得した【多重詠唱マルチキャストLV1】の効果もあってか、以前より意識の並列行使がすごく楽だ。スキルにはテキストには書かれていない隠し性能マスクデータもあるのかもしれない。


 さっそく自身の強化を実感しながら編み上げたのは風の魔術。


「暴虐なる風よ! 我に纏いて全てを喰らい尽くせ!

 【シャークトルネード】!!!」


 虚空から生まれたのは風を巻き上げ宙を泳ぐ無数の透明な魚群。


 うん。サメの竜巻だね。チェンソーがあればよく効きそうだ。



 さて、ここで魔術の基礎を改めて説明しよう。


 魔術をちょっと齧ったことがあるというグリンさん曰く、魔術は想像力が大事であるらしい。これはまぁファンタジーWEB小説あるあるだね。

 で、もう一つ大事なのが「現実の認識」らしい。


 魔術という非現実をイメージしつつ、現実も正しく認識してその差異を想像力で補完する。

 その相反する2つを同時に演算することは常人には極めて困難で、且つその「あり得ない超常的思考」を受け入れる精神がなければ廃人異常者コースまっしぐらなので、魔術の道は狭く厳しい狂気の世界とのことだった。


 まぁ要するにアレでしょ。シュールレアリズムが現実になるってコト。たぶん恐らくきっと。


 グリンさんから説明を聞いた私はそう理解した。そして自分が妙に上手く魔術を使えてて適性があるんじゃないかという疑問もなんとなく解けた。

 元の世界のファンタジー娯楽にどっぷり浸かって、且つそれを今実体験している私にとって、もはやどんなファンタジー現象でもぶっちゃけ全部「魔法があればなんでも現実になるそういうもの」と受け入れてるしね。


 現実は現実として認識し、しかし同時に想像との境界も曖昧。

 正気を保ちながら、正気を失っている。もはや私はそんな異常者なんだ。

 故に、スキル補正以前にこの世界の魔術適正は抜群なんだろう。



 そして更にサメだ。もっというならサメ映画だ。

 アレはもう「そういうもの」だ。


 空を飛ぶサメ、頭がいくつもあるサメ、AIサメにゴーストサメにスペースサメ。

 「あり得ない……なぜサメが?」

 「サメ映画だからさ」


 そこにある以上、受け入れるしかないんだ。サメ映画を。


 組み合わせや物理法則なんかの疑問の余地も許されない「そういうものだから」という圧倒的諦観と許容の暴力。それがサメ映画というミーム汚染カテゴリーなのだ。

 現実も想像も認識も超越する、最狂のシュールレアリズム。


 狂っているのに狂っていない。これほど魔術適性が高いモチーフもない。多分メイビーきっと。

 だから私はこれを選んだ。MPコストは発動に100、維持は1分ごとに10と激安。けれど効果は抜群。


「グギャアァァッァァァ!!!!」


 ほら、私に飛びつこうとしたゴブリンが暴風と化したエアーサメにズタボロにされてミンチになってるよ。

 小賢しくピョンピョン飛んでくる遠距離攻撃も容赦なくビシビシ木っ端微塵となり無効化されている。


 おまけに難しい指示も出してないので魔術を維持するために必要なイメージ負荷はほとんどない。考えてるのは某サメ映画の竜巻だけ。

 サメたちは自主的に私の周囲を旋回し、襲いかかる全てを食い散らしている。



 ……最強だ。最強すぎる。

 昨日までは発動を維持し続ける持続系魔術は脳の処理リソースを圧迫するので咄嗟のリスクを危惧して常用は出来なかった。

 でも新開発したこの魔術はイメージのコストが軽い上に、新たに取得した【多重詠唱マルチキャスト】のおかげで非常時でも1枠追加で魔術を使える様になったためこの戦術を採用できた。

 維持コストだって消費より回復が上回ってるので常時展開も無問題だね。


「ギャアァァァァ!!」「ウギィ!!」「ヒギャァァァ!!」


 滞空を終えふわっと着地した場所にいたゴブリンが肉片と化し席を空けてくれた。

 足元の地面にこびりついた血糊やミンチも草木ごと削り取ってキレイキレイ!


 これは凶悪な魔術を作り出してしまったな……リスペクト元に感謝の念を送ろう。思いよ届け世界を超えて。



「まぁでも強いけど……これはちょっと封印案件かな」


 当面の出番はこのゴブリン迎撃戦くらいになるだろう。

 あまりの戦果故に常時視界を赤く染める血飛沫で視認性は悪いし、なにより精神の侵食がヤバい。


 今ですら全てがサメで完結する気がしてきている。サメが異世界を制するのだ。いや待てそうじゃない。

 これを常用する頃にはもう語尾がサメになるくらいサメで意識が塗り潰されてそうだ。

 サメ映画は全てを侵蝕する。これはもう新種の異常存在アノマリーでは?


 私はまだアノマリーホルダーとして特別収監されたくないので、この魔術は今回限りにしようと決意したサメ。


 そういうものだからというサメ映画補正認識の許容のお陰で威力もMPの消費もイメージのしやすさも最高。

 ただ私のSUN値がゴリっと削られるだけで。


 便利ではあるけど便利すぎてサメに染まりそう。

 私は異世界ファンタジーを楽しみたいのであってサメ信仰クレイジーに身を捧げたい訳じゃないのだ。



「というかデストロイハンドで倒さないと取得存在因子リソース減っちゃうんだよね〜。せっかく素材が残る倒し方なのにここまで細かい肉片じゃ回収もできないし、何もかも勿体ない!!」


 撒き散らされる異常に呑まれてしばらく呆然と立ち尽くしていたけれど、このゴブリン迎撃戦の主目的はレベリングなんだった!

 【シャークトルネード】は抜群の安定感があるものの、クリッカースキルではないのでこれでゴブリンを殺して得られる経験値はクリック時の100分の1くらいになってしまう。


 ボーッとしてる暇なんてない、もっと強くなるためにガンガンクリックしていかないと!


「覚悟しろおらー!! 全員光にしてやるーーー!!!」


 近づくだけで仲間が血煙になる怪現象にも怯まず、津波のように押し寄せてくるゴブリンの大海に向かって私は突撃した。


 ゴブリンたちの“狂乱の惨劇スタンピード”は始まったばかりなのだった。

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