第44話 ゴブリン迎撃戦1日目
暗い闇の中、私の周囲を漂う光の玉で照らし出されては即座に煌めく粒子に変わり闇に溶け還っていくおぞましき怪物たち。
「ほあたたたたたた痛たたた!! このっ! 痛いってば!! 死ねっ!!
おりゃりゃりゃりゃ!!!!」
ゴブリンスタンピード迎撃戦、その1日目の戦況は膠着していた。
私が陣地構築をして上がったテンションのまま啖呵を切った1時間ほど後にゴブリンの戦闘集団と会敵した。
この待ち時間で精神に大ダメージを受けたのを除けば、戦闘開始から2時間経った今でもまだ擦り傷しか受けていない。
ゴブリンたちの攻撃は案の定私に全くダメージを与えられなかった。
物体が接触した感触はするのでちょっと違和感が気持ち悪いくらいだ。
ただたまに『
MPに関してもまとまった傷を負うまでジクジクとした痛みを我慢して【ヒール】の使用回数を抑えたり最低限の補助魔術しか使っていないため、ハーギモース噛み噛みの効果もあってか戦闘開始前は20%だった残りMPが50%まで回復している。
戦況としては、この絶望的な数量比からすると完全に抑えきっていると言ってもいいだろう。
やはり一人で戦って正解だったね。これが他の人もいたらカバーしてるうちに不意打ちや流れ弾でウィークポイントに被弾して死んでたよ。
と言う風に戦いの流れはいいんだけど、やはりネックだった私の弱さが足を引っ張ってきつつある。
「グギャギャギャギャ!!!」
「うるさい! 臭い! 死ねっ!!」
堂々とした仁王立ちの構えのまま、【
そうやって視界の隅々までひしめくゴブリンが私に指さされるたび、暖かな光の粒子となって霧散していく。
光と消えるゴブリンは死体を残すことなく消滅し、空いたスペースにまた新たなゴブリンが押し込まれてくる。
その繰り返しが途絶えることなく延々と続いていた。
「いい! 加減に! しろっ!!」
うーん、作業だなー。
前方以外を壁で覆った陣地によって敵が近寄れる範囲を制限している今、私の『能力値』ならゴブリンが密集して接近できる量よりも早く敵を除去できてしまうのだ。
対単体スキルであるはずなのにこの処理能力。正にチートだ。
たまにスルーした飛び道具で傷を負うけど、それ以外は無傷。ゴブリン本体は開戦から2時間ほど未だ私の1m以内にすら入れていない。
今のところ負ける要素はない…ように思えるけど実際はそうでもない。
まず精神面の問題。
とにかく単調な作業の連続でしんどい。
これがただの連打でいいなら気が楽なんだけど、一瞬の油断で命を落とすので気も抜けないとくると非常にメンタルにクるね。
こうして余裕を持って状況を整理できるくらいの思考の余地はあるけれど、うっかり死にたくないので気を張り詰める。
でもあまりにもヌルゲー作業過ぎて緊張の糸もほつれそうなのでそろそろ撤退も考えたほうがいいかもしれない。
そして肉体面。
痛い。ひとえに痛い。
傷口を押さえて叫び出すほどの激しい痛みではない。
でも紙でスパッと皮膚が切れたり、ちょっと硬いところにぶつけたり。
そんな地味な痛みが度々襲ってくるのだ。
痛みに慣れていないというのもあるけれど、ここまで何回も傷を負うのはかすり傷でも普通にキツい。
ジクジクとした存在の主張は意識への負担にもなるし、この弱い痛み漬けはある種の拷問だなぁ。
興奮でアドレナリンとかが出たら気にならなくなるのかもしれないけれど、あいにくとこの戦いは戦いであって戦いではないから期待はできない。
かといって飛んでくる矢や石ころ全てを撃ち落とすのも難しい。
進化した私の指さばきはゴブリンサイズならもう百発百中だけど、小さな石や指先より狭い面積しかない矢は流石に数回、下手すると数十回つつかないと当たらず、結構処理リソースを割かないといけない。
これにかまけているとゴブリンへの対応力が落ちてしまうからね。
何より、そもそもかなり近くにならないと暗くてよく見えないのだ。
いくらチートじみた反応速度になったとはいえ、闇から飛び出し照明玉の光で照らされ視認できる距離まで届いてからでは瞬きする間もなく私に着弾してしまう。
1mを踏み込むのですら二息くらいかかるゴブリンの遅さに比べれば、それの対応難度は桁違いだ。
流石に慣れてきたし、夜も更けて明るくなってきているので対応力は徐々に上がっているけれど、まだ十分に危険と言える。
正直この飛び道具への対処が一番神経を削られている気がする。
これは明日以降は要対策だね。
ちょっとしたミスで防衛体制が崩れることだけは避けたい。
今の私のチートゴリ押しでできる最効率の戦術がこれなので、現状維持は必須勝利条件なのだ。
「むっ…?」
代わり映えしない光景に一瞬だけ違和感を覚えた。
なんだ…? 今、なにかおかしなゴブリンが…。
「っ!! くんくん、そこだっ!!」
私は直感に従って【商人の嗅覚を鍛える特製鼻薬】を
すると私のすぐ側、何もいないはずの空間に他のゴブリンとは桁違いな『価値』を感知したので、とりあえずクリックしてみた。
「!? グギィィィッ!!!!」
破壊をもたらす指先を受け、不可視のヴェールが剥がれるように虚空から現れた布面積多めでちょっと強そうな黒尽くめのゴブリンが光の粒子と断絶魔の声を残し息絶えた。
私の暗殺を狙っていたであろうコイツは、グリンさんたち『サイラスの剣』を崩壊させかけた隠密スキル持ちのゴブリンストーカーというやつだろう。
そう、私は昨夜の野営時にケイさんからゴブリンに襲われた時の詳しい状況を聞いていたのだ。
ゴブリンストーカーの特異性とゴブリンリーダーによる知性的な戦術の組み合わせの危険を知っていたから、さっきの違和感に気付けたのだった。
ちらっと見えた違和感の正体、思い返せば昨日倒したゴブリンリーダータイプの姿だったように思える。
きっとそれがゴブリンストーカーに暗殺の指揮を取るため姿を見せたから、ゴブリンまみれで脳が停止しかけていた光景に危険を感じ取ったのかな。
たしかにさっきのは気付けてなかったら危なかった。
ゴブリンストーカー本体を鑑定はできなかったから『能力値』の詳細はわからないけど、個体から匂う『価値』は有象無象の雑魚ゴブリンとは一線を画す高さだった。
きっと相応に強かったはずだ。武器だって暗殺特化だろうし、意識外から急所を防御貫通攻撃されていれば大怪我、最悪死亡していたと思う。
メイン索敵スキルの【狩人の直感LV3】ではわからなかったので、【商人の嗅覚を鍛える特製鼻薬】が予想してた通りに機能してくれて助かったよ。
一応私も持っている【隠密】は索敵系のスキルレベルや知覚が一定以上の相手には効かないことが書かれていたのに対し、【商人の嗅覚を鍛える特製鼻薬】にはスキルテキストにスキルレベル表記がなく『能力値』の発動条件だけだったから貫通してくれると思ってたんだ。さすが商人、意地汚い。
私の深読み癖は外れることも多いけれどこうして博打に勝ったりもするから考えるに越したことはないね!
それにしても、ここにきてこれか。
合間合間でゴブリンを鑑定してきたが、今まで倒してきたのはほぼ全て種族【
個体の差はあれ、昨日出会った【
しかし、今来たのはいきなり数段上、それもゴブリンリーダーよりも上であろう強敵だった。
普通こういうのはもっとなだらかな差のはず。
リーダーやアサシン枠がいるのだからゴブリンナイトとかウォーリアとかメイジとかグラデーションになる中間雑魚が色々いてもおかしくはないが全く姿を見ていない。
だが今回は私の首を狙って伏せ札だった上級ユニットをぶつけてきたのだ。
もしゴブリンにそこまでの知性があるなら……これは主戦力を維持するために使い潰してもいいザコ戦力で化け物たる私に消耗戦を仕掛け、油断させたところで一撃必殺を画策したと見たほうがいいだろう。
ゴブリンが賢すぎる気がするけれど、敵を侮るより買い被って後で落胆する方がいい。いのちだいじに、安全第一だよ。
「よし! 撤退!!」
決断したら素早く意識を集中、撤退用の予備MP分以外を吐き出すため魔力を編んで大火球を作り出し、それをゴブリンの群れへとお見舞いする。
着弾した大火球は爆散し何十何百ものゴブリンを焼き尽くし、さらにその周囲にまで破壊の炎を撒き散らした。
敵陣方向は数百メートル先まで阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
『
とりあえず周囲一帯から生きた敵性存在は消滅した。クリアリングヨシ!
私を守ってくれていた壁に感謝の言葉を掛けてから天井のない場所まで移動したら、そのまま身体をかがめてからの大跳躍。おっと方向がブレちゃった。
「『エアスラスト』!! ゴブリンども! 今日はここまでにしてあげよう!! アディオス!! 『エアスラスト』!!」
弾丸ツアーの再来である。
飛翔一回で1、2km稼げるので、天然の妨害が生い茂った森林地帯では追いつけまいフハハハハ!
雑魚は結構倒したけど一般冒険者には相手が厳しいと思われる上級個体は削れてないので、ゴブリンスタンピード迎撃戦の初日は引き分けってところかな。
今日は休んで、明日は勝ちに行くよ!
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