第42話 生還までの道
「はぁっはぁっはぁっ」
あれからどれだけの時間が経っただろうか。
グリンさんが道を作りケイさんとハンスさんが側面を抑え、処理しきれなくなったら『ファイアーウォール』でリセットする。
それを二回繰り返し200mは進んだはずだ。
距離としては大したことないが、道を遮るゴブリンの密度は森に生い茂る木々よりも濃い。
たった数分間の戦闘は、しかし何時間にも感じられる濃密な経験量だった。
そして。
「前方が開けた!! 包囲網を抜けるぞッ!!」
「うおおおおおっっっ!!!! くたばれゴブリンどもぉぉぉぉぉぉ!!!」
「もうっ!!! いい加減にっ!!! 消えろぉぉぉ!!」
『サイラスの剣』が咆哮しながら気力を振り絞り突撃する。
やがて永遠に続くかと思ったゴブリンの津波が収まり、まばらに襲ってくるだけになったのだった。
「後続を引き離します! 『ファイアーウォール』!!」
横に長い炎の壁で一帯の後方を閉じ、ゴブリンたちの追撃を阻止する。
前方のゴブリンはもうほとんどいない。近寄るゴブリンを適度に捌きつつしばらく走れば、さっきまでの地獄が夢だったかのように静寂な森が戻ってきた。
「いっ、生き延びたぜぇぇぇぇ!!! ははっ、今度こそ死ぬかと思った!!」
走りながらもハンスさんが安堵の声を上げた。
「もう限界よー! 武器も防具もボロボロ!」
ケイさんは服を抑えている。
肩に掛けていた弓は乱戦の中で弦が切れ鈍器扱いされていたし、最後の方には短剣もギザギザになって刃こぼれが酷かった。
衣服に関しては補修しないとはだけてしまいそうなほどだ。
「しかし生きている。あれだけのゴブリンを切り抜けるのは俺たちだけでは不可能だった。
ミヤコ、重ね重ね礼を言う」
グリンさんは後ろの私を見ながらお礼を言いつつ走っている。
木が邪魔な森の中でよくできるなー。こういうのが積み重ねた経験なのかな。
私もスキルだけに頼らないように気をつけなきゃね。
「はい、でもお気になさらずに。きっとここからこそ皆さんの力が必要なので」
称賛は素直に受け取ろう。それが共に限界を乗り越えたこの人達に対する礼儀だと思うから。
そして、ここからが本当の戦いなのだから。
「グリンさん、このスタンピードにリーメイの街は耐えきれますか?」
私の問いにグリンさんは足を止めた。全員の足も止まる。
そのまま背を向けつつ、ゆっくりと答える。
「この数日間で新たに立ち寄ったものがいなければ、街に居る戦力は上級下位までの冒険者くらいだろう。
俺たちの調査如何で外から戦力を呼ぶか判断するところだったからな。
まだ敵の総数は確認できていないが、たかが五人の俺たちをあれだけ執念深く包囲したのだ。
情報が漏れるのを恐れる知性を感じた。最上位種のゴブリンが率いていてもおかしくない」
一息吐き、言葉を捻り出す。
「もしあの軍勢が1万以上で、そのまま街まで到達した時。
今の街の戦力ではどんなに足掻いても守りきれる確証はない」
その言葉で3人が押し黙ってしまう。
これが彼らの現実だった。このままいけば結局は死が待っているだけ。
あまりにも生と死の距離が近すぎる。それがこの剣と魔法が、そして魔物が満ちる世界なのだ。
しかし私は悲痛な沈黙で場を支配はさせなんかしないよ。
「では、もし1万以下だったら?」
「守って見せるとも。必ずな」
振り返った彼は、覚悟が決まった顔で私を見つめて応える。
彼はわかっているのだ。この状況をひっくり返すための唯一の方法を。
「では、皆さんは先行して街に戻ってスタンピードの報告を。防備を整えておいてください。
私は撤退しながら遅滞戦術でゴブリンを削ります」
「わかった。……街の総意に代わり、君の勇気に称賛と謝恩を捧げる」
私は静かに頷いた。
「え……? どういうこと……? まさか……ミヤコだけ残るとか言ってるんじゃないわよね……?
ねぇ! グリン!!」
ケイさんが鬼気迫る表情でグリンさんの胸ぐらを掴もうとする。鎧のせいで掴めてないのが雰囲気に反してちょっと滑稽だった。
けど、いいんだ。嬉しいけど、今は怒っている場合じゃない。
「ケイさん、ありがとうございます。私のために怒ってくれて。
でもそれが最善なんです。気にせず行ってください」
「いいわけないでしょ!! 絶対死ぬわよ!! 一人でスタンピードを抑えるなんて、英雄譚じゃないのよ!!」
ハンスさんは顔を背けて黙っている。納得してないのはケイさんだけかな。
「時間がないのではっきりいいます。
皆さんがいると足手まといです。私一人ならなんとかなります」
「っ……!!! でもっ……!! でもぉッ……!!!」
そうなのだ。
きっともうみんなわかっているんだろう。
私が全力を出せていないことに。
そしてその理由が自分たちにあることに。
私一人ならなんとかゲリラ攻撃を続けられるし、その間に『サイラスの剣』が街に戻って万全の体制を整えられる。それが最良なのだ。
彼らもベテランの冒険者で、ここまでの戦闘でそんなことはわかっている。
でも理性と感情は別なんだよね。
だから私が泥を被ろう。
「皆さんを巻き込んでしまうので使えなかった里の秘術を使えば大幅に敵の数を減らせます。
防御に関しても他人のフォローを考えなければどうとでもなるので大丈夫です。
それよりも早く街にこの危機を知らせてください。その方が私も助かりますので」
ずきりと胸が痛む。徹底的に突き放さないとケイさんは残ると言うだろう。それが例え命を落とすものだとわかっていても。
悲しそうな、憤っていそうな、複雑な表情が私の心を苛む。
でも、彼女の善性もあるだろうけれど、この短時間でそこまで思ってもらえるだけで私は嬉しいんだよ。十分過ぎる報酬だ。
だから、行ってください。
「…………」
「行くぞ、ケイ。ミヤコの覚悟を無駄にするな」
俯いて震えるケイさんの腕をグリンさんが引っ張る。
「なんかその言い方だと私が死にそうですね。大丈夫ですって、勝算がなければこんなこと言いません。
私も死にたくはないので」
微笑みを浮かべながら……微笑めてるよね? あんまり笑顔を作るって慣れてないから心配だ……言葉を掛ける。
これは本心だ。骨の髄までチートに染まった今の私の生存性を舐めるんじゃない。
「絶対……絶対生きて帰ってくるのよ。死んだら恨むわよ……一生忘れないんだから……」
「はい。約束です。じゃあ私からは冒険者ギルドの案内と美味しいごはんと住む場所とあとついでにお店も始めたいのでその紹介もお願いしますね」
み、味方に死亡フラグを立てさせられた……!! もうこうなったらフラグ立てまくって逆にへし折ってやる!!
「ぷっ……ふふ。なによそれ。ミヤコって意外と欲張りなのね」
「はい、欲張りなんです。だから生き残るし街も救います。
信じてくれていいですよ」
欲張りなのは確かだね。私はこの世界の隅々まで楽しみたいんだから。
だから、こんなところで死んでる暇はないのだ!
黙っていたハンスさんが前に出てくる。
「ミヤコ、俺は何も言わねぇ。お前の恩に報いてやれる言葉を無知な俺は知らねぇんだ。
でもよ、お前が帰ってくる場所はしっかり用意しとくぜ。
嫌だって言ってもギルドの野郎どもで褒め称えまくってやるから覚悟しとけ」
「あーそれは嫌なのでやっぱり街に行くのはやめておきますね」
「なんでだよ!! そこはハイって言っとけハイって!!」
「ちょっと! あんたのせいでミヤコが帰る気なくなったらどうすんのよ!! ハンスは黙ってて!!!」
「ふふ……」
みんなを取り巻いていた重苦しい空気が消え、笑顔が戻ってくる。
そうそう、それでいいんだよ。きっとそのために私はこの世界にきたのだから。
「じゃあ、私の"救援"、お願いしますね。
あ、敵の数が減っていなければ救助のために打って出てこなくてもいいので、最善の防衛策をお願いします」
「ああ、任された。がんばれよ、ミヤコ」
「死ぬんじゃねぇぞ、ミヤコ!」
「私もがんばるわ! だから……負けるな! ミヤコ!!」
信頼の言葉がうれしいね。私はそういうのが大好きなのだ。
「はいっ!!」
気力は十分。負ける気なんて微塵もない。
みんなを背に、私は駆け出す。
さぁ、やってやろうじゃないか!
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