第39話 勘違いはお約束

「いやー、それにしても美味かったなぁアレ。ヤキニクっていったっけ?

 ただ肉を薄切りにして焼いてるだけだってのによぉ」


「薄切りだからこそ火加減が肝要なのだろう。俺たちが焼いても半生か焼過ぎが多発してとても安全と物資が限られた野営でなんかできん。

 それに調理しながら食べるというのも時間を掛けるからな、忙しく働かねば生きていけない庶民には贅沢が過ぎる。

 シンプルでこそあるがただ焼いてるだけという代物ではないんだぞ」


「ねー。あんなにゆっくり食事だけを楽しんだのは初めてよ!」



 ゴブリンの襲撃という一難から逃れた私たちは焼肉を堪能した後、そのまま椅子に腰掛け食休みの雑談をしていた。

 美味しい食事は心身ともにリラックスさせてくれる。

 私にとって1日ぶりの文明的なランチは大成功だったね。



「しかし魔境の中でゆっくり調理しながら食事を楽しむ日が来るとはな。

 上級の冒険者は現地でも食にこだわり料理を作るとは聞くが……まさかここまで無警戒に食事を摂るとは恐れ入る」


 そうなのかー。

 まぁ焼肉は焼き加減の見極めが大事だから仕方ないね!


「おうおう、それよ!

 いくら見晴らしがいい奇襲されにくい立地とは言え、つい夢中で喰った後はヒヤッとしたぜ。

 そもそも魔物も全然こねぇし、さすがミヤコだな!」


 ん? そこで私?


「私がなにかしたんですか?」


「そりゃもう、スゲー秘伝のなんかで魔物を追い払ってるんだろ?」


 ???

 なんかとんでもない誤解がある?


「いえ、なんもしてませんけど……。魔物ってそんなに出るんですか?」


 ピシリ、と空気が凍った音がした。それくらい全員の動きが止まった。


「念のため聞くが……ミヤコは奥から来たよな? 魔物はどうしてたんだ?」


 これはまた難しい質問だ。

 野生動物含めここに来るまで何にも全く遭ってない、っていうのはこの流れだとすごいマズそうな気がする。

 でもこういう時正直に情報を出さないと、全員が危険になるのはお約束だからなぁ。

 私が特殊でも悪用してくるような人たちではなさそうだし、ここは正直に言っておこうか。



「あの……里を出てからここまで、皆さん以外に誰も何も遭ってないです」


「「「……」」」


 あー、何を言ってるんだこいつ、っていう顔でぽかんと見てきますねー。

 やっぱりそんなに異常なのかー異常なんだろうなー。私もそう思う。



「よし、早急に移動の準備だ。ケイ、ハンス、荷物をまとめろ、慌てずにだ」


「おう!」「わかったわ!」


 おぉう、急に皆が立ち上がってキビキビ片付けだしたぞ。

 そんなにヤバかったのか。



「あの……すみません」


 一応謝っておこう。私があれだけ強キャラアピールして変に勘違いさせちゃったからね。


「いや、気にするな。俺たちがミヤコの凄さに飲まれすぎてただけだからな。

 冒険者は基本的に自己責任だ。プロであるのに確認を怠った俺たちが悪い。食事をご馳走してまでくれたのにすまんな」


 グリンさんは優しい顔で逆に謝ってくる。うぅん、居心地が悪い。

 無限に謝り合うのも間違ってるし、ここはこの好意に甘んじさせてもらおう。


「ちなみに情報共有しておくが、この魔境中域の魔物遭遇頻度は1時間に1、2群れだ

 ミヤコが来たという深部はもっと酷いと聞く。なので大体魔物除けの道具なんかを使う」


「えぇ~……」


 これ私またなんかやっちゃいましたパターンかな?

 ここで陣地を作ってからですらもう2時間は経とうとしてるのに魔物は一切来てないっぽいし。

 そりゃたしかに私がなんかしてるって思っちゃうよね。


 それなのに深部から来てエンカウントなし、って絶対怪しまれてるよこれ。


「安心しろミヤコ。身を挺して俺たちを守ってくれたお前を疑ってはいない。

 それに危険な地域の里から子供が出ていくんだ。大人たちがこっそりと仕掛けを施していてもなんらおかしくはない」


 焦りが顔に出てたかな。

 自分の詰めの甘さのフォローまでしてもらって恥ずかしい。

 そしてここでも生きてくる隠れ里設定、ほんとグリンさんの思い遣り(と勘違い)には頭が上がらないや。



「おーいミヤコ! この肉どうするよ?

 全部持ち帰りたいならもう少し保存の効く処理をするぜ」


 ハンスさんがイノシシ肉の残りを前に聞いてきた。

 肉とちょいワルおじ、ワイルドでなぜかすごく絵になるなぁ。


「えっと……。アイテムボックス、とか収納袋、とかって普通持ってます? 見た目以上にものが入る入れ物なんですが」


 問題なければ【存在因子リソース保管術】に入れたい。

 さっき出したハーギモースの葉は採れたて新鮮な状態だったし、1日程度ならとりあえず時間経過しにくいみたいだからね。


「む……。そうだな。収納袋なら商人などは持っているものも多少はいる。スキルでも、道具でも。

 冒険者でも限られた一部が所有しているが……まさか、あるのか?」


 役に立つなぁグリンペディア!

 あるのか、よかった。隠れ里パワーでなんとかなるかな?


「あー……それの容量って……」


「モノによるがこのイノシシが入るものもある。

 木々より高い魔物を納めるものもあるが……それは流石に極めて稀有だ」


 ほうほう。そこらへんがアウトラインってことだね。

 木々より高いね。5,6m四方くらい?


「あの、実は収納袋みたいな……スキルがあって。

 これは人に知られると危ないと教えられたので、内緒でお願いしたいです」


 まぁ街で対権力者とかの安全確保できたらバンバン使うけどね!


「ああ、分かっている。大っぴらに犯罪行為をしてくる輩はいないが、裏ではわからんからな。

 用心することはいいことだ」


 ヨシ! 言質はとった!


「ありがとうございます。

 じゃあお肉とか入れちゃいますね」


 OKいただいたので遠慮なくお肉やら出した野菜やらせっかく作った調理器具やらをしまっていく。

 あっやば! そういえばこれ消える時に粒子化するエフェクト付きじゃん! これは普通じゃ……。あっ、なんかグリンさんが頭抱えてる!

 ううーん、やっぱりこれちょっと変だよね。だって今のところクリックでしか発生を見たことがないエフェクトだもん。【ヒール】もちょっと似てたけど、消えた訳じゃないしなぁ。


 そして魔法で倒したゴブやイノシシ、弾丸ツアー道中で破壊しまくった地形は光になって消えることはなかった。多分こっちが普通だと思う。

 つまり、私のクリッカー系スキルだけが特殊ってことが推測できる。


 チラッとグリンさんを見る。あ、渋い顔で頷かれた。見なかったことにしてくれるのかな?


 ケイさんは特に気にせずすごいすごい言ってるし、ハンスさんももう口癖になってそうなさすミヤを唱えている。


 よし、何もなかった。いいね?




「しかし……あの見事な風呂を置いていかねばならないとは……勿体ないな……」


 色々あって気疲れしてそうなグリンさんが、仮設お風呂を眺めてより一層うなだれている。そんなにお風呂好きなのか。


「このままにしておくと魔物が巣にすっから壊すぞ。壊せるよなミヤコ? ってかいつもの判断力はどうしたんだよリーダー」


「壊すだと!? あれがどれほど貴重なのかわかっているのか!?

 あの見たことがない装飾様式、王都でなら金貨何百枚の価値があるんだぞ!!」


 ハンスさんがニヤけながらグリンさんの背中をバンバン叩いてる。結構力入ってて痛そうだ。

 というかあのなんちゃって浴室にそんな凄むほどの価値ないよ!?


「金貨百枚単位!? 持って帰りましょうよ!! 売ったら装備更新できるわよ!!」


 ケイさんまで釣られてしまった。お金は大事だけど手間を考えようね。1トンはありそうな建物引きずって帰る気か? いや、守銭奴ならやりそうだなこわいな。


「あのサイズなら収納できそうですが……それよりあれは簡易で手抜きなやつなので、もっといいの作りますよ。

 私のセンスがそこまで価値があるかはわからないですけど」


「これよりもっと!? 本当か!? ぜひとも頼む! 風呂に浸かりながら景色を楽しむという経験は素晴らしいものだった!」


 あー、銭湯の富士山の絵をイメージしながらお風呂の壁に彫り込んだレリーフが気に入ったのね。

 たしかにああいうのっていいよね。自然=魔物の棲み家っぽいこの世界じゃ自然を眺めながらの露天風呂なんて気軽にできそうにないし斬新なのかも。


「わかりました。じゃあ簡易拠点壊しちゃいますね」


 了承を待つとまたズルズルと泣きつかれそうなので一気に攻撃性の土魔術で簡易拠点を破壊していく。地面の下から太めの土の槍を突き出す『ストーンランス』ってところかな。

 ちなみに攻撃性魔術は魔力が霧散するイメージだけで消滅するけれど、建築に使ったものは直接攻撃しないと壊せないし壊れても魔力に戻って消滅はしない。

 感覚的に魔力の密度というか構造が違うのが原因だと思ってる。攻撃性魔術は半物質、建築用魔術は完全に物質化しているような感じだ。

 魔力消費の差はこれも影響してるのかな? 建築用魔術は攻撃性魔術の数倍以上持っていかれるんだよね。


 『創造クリエイト』を介した魔術は更に頑強のようでお風呂場の破壊は地味に大変だった。

 MP消費が低く頑丈なんてすごいいいとこ取りだけど、まさか撤去にデメリットが生じるとは……世の中完全なものってのはないもんだ。


「あぁ……俺の風呂が……」


 もちろんグリンさんのではない。

 破壊されている光景を四つん這いで見つめるグリンさんはさっきまでの頼れる感が一気になくなった気がする。

 理性的で落ち着いててなんでも知ってる出来た大人って印象だったけれど、この人もやっぱり人間なんだなぁ。

 プラスポイントが大きいのでこのくらいの失点ならお茶目や愛嬌ってところかな。

 街に付いたら泣いて喜ぶようなお風呂場を作ってあげよう。

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