第38話 打ち上げといえば焼肉っしょ!(3)

 焼肉してたら料理人になった。何を言ってるのかわからないけれどとにかく新しい職をゲットしたらしい。

 焼肉……料理ではあるけれど……これで料理人として目覚めるというのはどうなんだろう……?


 ま、まぁもらったものは有効活用しよう。



――――――――


【料理人】


日々の糧をより高みの美食へと昇華させる者の職。


美味しいものは正義。


LVUPボーナス HP+30 MP+2.9 筋力+4.5 器用+8


――――――――


 美味しいものは正義、珍しくフレーバーテキストと共感できたよ。

 職業補正は普通だ。【伐採師】と同じ特殊職業枠なので、条件を満たせばいつでも取れる分『能力値』上昇は低いのかもしれない。

 得られたスキルは……。


――――――――


【調理】


それは腕一本で人々を魅了する職人芸。


食材を加工する技能、新規レシピの獲得、レシピへの理解力の向上を補正する。


――――――――


 言い回しに料理は片手じゃできないぞって突っ込むのは野暮かな。


 文章としてはすごいふんわりした効果内容だ。

 私のような未経験者に対してどの程度の補正があるのかわからないけれど、ちょっと試してみよう。



「ミヤコ、どうした? ……なにかあったのか?」


 おっと、肉を口に入れようとする姿勢のまま動きが止まってたんだ。

 変な素振りを見せたら毒とか変なこと考えちゃうよね。


「いえ、ちょっと思いついたことがあって……次はこれを掛けてみようかと」


 取り出したるは弾丸ツアー中に見つけたタムチムという柑橘類の果実だ。あ、ちゃんと事前に野菜箱に入れていたよ。

 【初級植物知識+】での説明文的にはレモンの代用ができると思われる。


 最初は可食テストで十数分待たねば分からなかった安全性も今なら一瞬でわかっちゃうね!

 しかも【初級植物知識+】はいつの間にか+が付いていて以前より情報が増えていた。


 さっきのシステムアナウンスで出ていた高級ハイクラスというようなレアリティっぽい情報も見れる。

 これが今後の新規特殊職獲得のトリガーになるかもしれないので、スキルやアイテムともども検証していかないとね。



「この果実を半分に切って、それを軽く絞ります」


 作ってあった石のナイフですぱっとカット。そして肉の上で絞る。

 昔はレモンを絞るのも大変だったけれど、今のステータスなら指先で楽々ぎゅっだ。


 はい! ここ!


 異世界柑橘ことタムチムの果汁をベストな量で肉に掛ける。

 このベストな量というのが難しい。そもそもタムチムまだ味見してなかったしね。


 でも適量が理解った。これが【調理】の力か……!!

 ふんわりしたテキストに対してかなり鋭い感覚補正があるようだ。料理ベタな私には非常に助かる。

 これなら私でも料理チートできるかもしれないな……!!


 そして果汁の上から塩を振り直す。

 塩味のバランスがまた変わっちゃってるからね、調整調整。これも適量がビビッと伝わってきた。



「ごくり……」


 果汁のお化粧と岩塩の宝石でドレスアップされますます光り輝くお肉。それはまるで豪華絢爛なパーティの主役のような美しさだ。


 その場の全員がその姿を見て喉を鳴らす。誰にとっても未知の味、しかしその姿が絶対の美味を確信させる。

 私は意を決し、そのお姫様を口へと迎えた。


「はむっ……もぐっ……もぐっ……」


 その味に思わず目を瞑り、ただひたすら噛みしめる。


「ど、どうなんだ……? 旨いのか……? ミヤコ……?」


 堪えきれず、瞑想するように味わう私へ声を掛ける誰か。そんなことは今はどうでもいいんだ。



「おいしすぎる……」


 つうっと一粒の涙が溢れ、感動の川が顔を流れていった。


 その味は生涯で食べたどんなものより素晴らしかった。


 暴力的なまでにパワフルな野生の旨さを主張する野生児のようなアングルホーン肉が、タムチムの果汁のさっぱりすっきりとした酸味と甘みで一瞬にして見目麗しく整った紳士へと変貌したのだ。

 果汁が強すぎる肉の味で隠れていた奥底に眠る旨味の別の顔を引き出し、パワフルさに見合う味のバラエティをもたらした。


 そして塩。

 肉が持つ旨味成分、それを対比させる塩気によって旨味一辺倒だった味から複雑な変化を口内で引き起こす。

 奥深さのある風味が、さらに広さを得て縦横無尽に口の中を駆け回った。


 塩味、酸味、甘み、苦味、旨味。

 五味全てのトータルバランスが極めて高い水準で完璧となり、美味の協奏曲を奏でる。それはまさに天上の調べと言える至高の味だった。



 うまい。ただその至福の感覚が私の感情を満たした。



「そ、そんなにか……!? そんなになのか!? というかお前、そんなに泣くのか……!?」


 一筋の川がいつの間にか滂沱の洪水へとなっていた。目を瞑り静かに大量の涙を流す少女。確かにビビる。

 いやでも、これはそんなレベルなんだよ。


 美味しいものを日常的に食べれていた現代日本人の私ですら感動で涙するのだ。

 もしかしたらこの人たちには命に関わるかもしれない……色んな意味で。



「わ、私にもそれ掛けてくれない? ちょっとでいいから!」


 ケイさんがおねだりしてくる。

 私は衣類の中では比較的蓄積ダメージが低いハンカチで涙を拭い、少し悩む。


 もちろん私だけ独り占めなんてことはしない……けれど。


 こわいなぁ……。この別次元のカルチャーショックのせいでこの人達一生日常食に舌が合わなくて苦労することになったりしないかな……。

 まぁ断るのも可哀想だし、ものは試しかな……なるようになれ精神でいっちゃえ!


「じゃあ今焼いてるお肉で皆さんの分も作りますね……はい、どうぞ」


 焼き網で炙られているお肉にさささっと調味を済ませて悪魔の誘いを勧める。

 【調理】は手際も良くしてくれるらしい。とても便利だ。


 焼いてる途中でレモンを掛けるのは加熱の関係で味の調整が難しくなるけれど、そこも【調味】先生のアシストで完璧だ。むしろ出来上がりに掛けるより更に美味しい気すらしている。



「ごくり……」


 3人共、肉をフォークで構えたままそれをじっと見つめている。

 まぁさっきの私の姿を見てたらちょっと躊躇するよね。


「俺はいくぜ! 旨いもんを喰うのが人生ってもんだ!」


 試食第一号はハンスさん。保守的ではないその姿勢、実にグッドだね。


「んぐ、んむ………………」


 あっ、停止した。

 人間、あまりに美味しいものを食べると行動が止まるのかもしれない。


「おい……大丈夫か……? ハンス……?」


 グリンさん、何気に失礼だな! そんなつもりはないんだろうけど!

 ちょっと美味しすぎて意識がトぶだけだよ!!


「うめぇ……なんだよこれ……俺が今まで喰ってきたモンは一体なんだったんだ畜生……」


 あっ、泣き出した。

 うわぁ、食べ物食べながら目を閉じて静かに泣く人ってこんな感じなのか。これが感動的なシーンならともかく、確かにちょっと不気味だ。


 なんか食人生を否定されてしまったみたいでショックを受けつつも黙々とお肉を味わっている。すごいへんてこな顔だ。



「……ぱくっ!」


 そしてそんなハンスさんを尻目にケイさんがお肉に食いついた。その光景を見てから食べるって勇気あるね。


「なにこれ……ここ……もしかして……天国……?」


 マジでトんで行ってしまったようだ。帰ってきて、まだそこに行くのは早いよ。

 恍惚とした表情で明後日の方を見てもぐもぐしてるケイさん。こわい。


「……俺はこれを食べてもいいのか……?」


 厳つくて保守的な感じのグリンさんはまだフォークの先のお肉を見つめてる。みんな逝ったんだし、もう行くしかないでしょ!


「周囲の警戒は私がしてるので、どうぞ」


 トリッパー3人を守護しきる任務は任せろ! グリンさんもトリップするかは知らんけど!!


「……任せる」


 背中を押されたグリンさんが諦めたようにお肉を頬張り、しばらく咀嚼して目を閉じる。グリン、沈黙確認!


 ふははは、私とお肉の勝ちだぜ! 私も負けたけどね!!




 いやぁ、素材が良いのは勿論だけど、【調理】のサポートは凄まじいかもしれない。

 たった少し手を加えるだけで、人を思考停止させるような危険なブツを生み出せるなんて。


 これは是非とも極めて、今後の世渡りに上手く使わせて貰わないとね……!



 明るい未来への展望を思い浮かべふふふ……とほくそ笑む私は、お口のリフレッシュにサイドテーブルに置いてあった野菜ボウルからハーギモースの葉を取ってお肉を挟んで食べた。


「これもおいしー!!」


 やっぱりだ! 想像通り、ハーギモースの葉とアングルホーンのお肉は最高のベストマッチだった!

 タムチムとは違う方向性でさっぱりとお肉を優しくフォローしてくれる。


 タムチム果汁掛け肉が熱烈なデュエットダンスならば、これは長年連れ添った熟年夫婦のような助け合いだ。


 決して飽きることなくいつまでもいくらでも食べられてしまいそうだね。



「ごくっ……」


 いつの間にか復帰した3人がまた私を見つめていた。


 そしておもむろにハーギモースの葉を取ってお肉を乗せ頬張る。



「「「うますぎるーーー!!!」」」






 この森の中の味覚の祭典が終わる頃、全員がぐったりと椅子にもたれ掛かることになる。


 私は食べ過ぎで、他の3人は過食と美食のカルチャーショックで。


 なお途中で出した即席タムチム果実水でまた森に絶叫が響いたのはご愛嬌である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る