第37話 打ち上げといえば焼肉っしょ!(2)


「ふーん、これで焼きながら食べるのね? 面白いじゃない」


 今回は目の前の焼き網で肉を焼き、タレを付けて食べる焼肉形式だ。これを発祥地である日本式とするか、始めた人間の国である韓国式とするかで色々物議があるけど、異世界まで来た今となってはどうでもいい話だ。美味しければそれでいいよ。


 焼肉といえばシンプルな料理のイメージがあるけれど、元の世界の歴史的にも調理と食事を並行して行うタイプの肉を焼く料理というのは近代になってからがメインだ。特に焼きながらタレにつけて食べる焼肉というのは日本の戦後に生まれた文化だという。


 昔は燃料だって貴重品だから食事はできるだけまとめて調理するのが世界の常識だったらしい。一人用の鍋で食べるすき焼きとかは江戸時代からあるんだけど、あれは日本人の食への拘りが異常なだけだと思う。それに元から火鉢や七輪で目の前でモノを焼きながら食べる文化があったのも大きいのかもしれないね。



 残念ながら今回はタレは用意できてないから塩だけだ。通は塩、というブームが流行ったけれど私はタレ派。


 何故かって? 塩自体が凄まじく美味しい調味料だからだよ。塩で食べると部分的に舌に当たる塩が強く主張しすぎて、それこそ肉本来の味を壊すのだ。


 塩そのものの味をちゃんと味わったことがある人が多くないから勘違いしてるけれど、塩だけの肉で美味しく感じてるのは実は塩なんだよね。実際のところ適量の塩というのはそれ単体だけで美味しいのだ。主役を殺すほどに。



 だから私は主役に足りない味覚バランスを整える名脇役のタレを選ぶ。まぁ人それぞれ好みでいいと思うけどね。


 塩こそ至高! っていう押し付けがましい声のでかい奴に限って塩そのものの味を知らないのだ。そんなエセグルメだけは私は認めない。



 いけないいけない、元の世界に置いてきた鬱憤が吹き出てしまった。人の食べ方にケチを付けてくる親戚の叔父さんのことは忘れて、今はこのお肉たちに集中だ!


「『ウォーム』! 『グリルファイア』!」


 火起こしもしてなかったので、魔術で石でできた焼き網台を加熱する。網の部分だけ熱伝導が良い仕様なので、周りの台に手を触れてしまっても安全だよ。この台のMPコストの大半はこの網に掛かっている高級仕様だ。


 そして網の下、通常なら炭が置かれる場所には小さな燃え尽きない火種を複数。料理に適した温度を維持する便利な魔術の火だ。ほんと魔術って便利。



「お肉をこの網に乗せて焼きます。生のお肉を取る時はこっちの食べる用とは別のフォークを使ってください」


 できればお箸を使いたいところだけど、他の人は使い慣れてないだろうしフォークだ。私だけ見慣れないカトラリーを使ってたらまた変な空気になっちゃうかもだしね。ここは我慢だ。最低限の協調性くらいはある。つもりだ。


「おぉう……また変な魔術を使ってよぉ……。まぁいいか。ミヤコだしよ」


 早くも動詞的な使い方をされ始めている。私の尊厳は一体どこへ向かうのか。




「ねぇ、まだ食べちゃダメ?」


「もう少し焼きましょう。豚、じゃなくてイノシシは雑食なので、寄生虫や身体に良くないモノを身体に蓄えている可能性がありますから」


 熱々になった網の上でじゅーじゅーといい音を立てながら魅惑的な香りを振りまくイノシシ焼肉にケイさんはおろか全員の視線が釘付けだ。

 でももうちょっと我慢して焼いて欲しい。この世界でも元の世界と同じようなリスクがあるかはわからないが、豚の生態系はそう変わらないと思うし。生焼けの豚はダメ、絶対。きちんと管理されたブランド豚はまぁ許す。


「これは結構キツい喰い方だな……。お預けされてる犬の気分だぜ……」


 まだその美味しさを知らないハンスさんは拷問か何かと思ってそうだな。

 まぁ待ちたまえ。焼肉はその待つ時間が至福の味を育むのだよ。



 もうしばらく焼いてみて、裏表しっかり火が通った感じになった。うん、多分大丈夫かな。


「今更なんですが、このイノシシって食べられるんですよね?」


 鑑定結果は知ってるけど、念のため。


「アングルホーンは旨いぞ。貴族もこぞって食いたがる高級食材だ」


 よし!


「よかったです。そろそろいいと思うので、焼けてそうなのを選んで取って食べてください。

 塩はあまり付け過ぎると舌がしびれるので、最初は少なめで試してから調整するといいですよ」


 イギリス料理は薄味になっている料理を自分で好きに調味するらしいけれど、この世界ではどうなんだろう。

 近代以前の文明度なら調味料も安くはないだろうし食べながら自分で味付けする経験はそうないだろう。一応アドバイスはしておく。


 ちなみに計画通り塩は提供してもらえた。こぶし大の岩塩を持っていたので、6分の1ほど削り取って使わせてもらった。今日だけは贅沢させてネ!

 それをソルトミルよろしく風魔術で粒子状になるまで挽いたのが本日の調味料でございます。


 それを指先で一粒掬いぺろっ。塩の小さな欠片を舌先で転がす。

 刺すような塩気が、そして唾液で塩分濃度が薄まり人間が美味しいと感じるレベルとなり甘みを錯覚する。スイカとかに塩を掛けるのと同じ原理だ。対比効果で強いしょっぱさからそれが薄まった落差を甘みとして感じるのだ。


 うん、これはいい塩だね。岩塩らしくミネラル分を強く感じる。お肉に足りない味覚である程よい苦味もあり相性バッチリだろう。私は塩味至上主義が嫌いなだけで、塩で食べるのも全然ありな人だ。


 でも私はまずは塩を付けずにお肉そのままでいただきます!



 フォークで刺してるのがなんとも締まらないけれど、お肉は最高だ。浮き出た油でテラテラと光を反射し、セクシーにそのジューシーさを主張している。

 我慢できない! 冷ますのもほどほどにお口へシュート!


「あふっあふっ! んぐっ!! うまぁ~~~!!!」


 熱を帯びたお肉を噛みしめると、旨味が凝縮された肉汁がじゅわっと溢れて口中を満たす。

 旨味たっぷりのジュースは塩を付けなくともこれだけで十二分に美味しい!


 しっかり焼かれた表面からは香ばしさと共に、牛とも豚とも違う力強い野性味溢れるコクと風味が立ち上る。これがジビエ感ってやつなのかな。

 一歩間違えば嫌なクセにもなりそうな独特の風味は、しかし絶妙にお肉の奥深さとしてその旨味と渾然一体となっている。

 一口でもかなりの充足感を得られるくらいのインパクトがあるね。


 噛みごたえも良く、歯でぶつりと噛み切る弾力感は私がお肉を食べているのだという実感を脳に刻み込んでくる。


 よく食レポで肉本来の味、という言葉が使われるけれど、これこそがお肉本来の味だと言わんばかりの重厚なお肉感だ。

 しかしそれでいてくどくない。残り香はあるが決して嫌な後は引かない。残り香がさっき食べた記憶を呼び起こし、またすぐ次を食べたくなる良い余韻を醸し出している。


 アングルホーン、最高!!



「はふぅー! これ美味しいわね! 熱くて口が火傷しそうだけど、肉が柔らかくて肉汁も溢れてくるわ!」


「うむ。提供までが早いはずのカウンターでの食事よりもさらに出来立てだな。一枚一枚加減を見ながら焼くからこその肉に余分な熱が加わっていない最高の状態の一口だ。旨いな」


「かぁーっ!! こりゃいい! 酒が呑みたくなるガツンと来る味だな!! くぅー、エールが欲しいぜ!!」


 ふふふ、そうだろうそうだろう。焼肉はいいぞ。それは異世界でも共通の真理。


 過度にカットされ表面積が増えたせいで肉の持つ旨味を含んだジュースが多く流れ出てしまうから、肉本来の味を楽しむというなら実際のところ焼肉より大きな塊のステーキ、もっと言うならローストビーフの方が適している。

 しかし網から離れた直後の肉は熱々で、炙られてもなお溢れ落ちなかったエリートジュースたちが狭い肉の中で暴れているのだ。だから噛んだ途端に肉汁がじゅわっと溢れ出してくる至福の食感を演出してくれる。



 でも、焼肉の真価はそこではない。むしろ焼肉の主役は肉汁ではない!

 お肉の大部分と言っていい広い表面全体で、お肉のタンパク質やアミノ酸などと糖が化学反応を起こしてお肉の焦げメイラード反応となり、お肉が焼けた時特有の芳しい香りと旨味を大量に生成するのだ!


 それこそが焼肉の真骨頂、お肉のポテンシャルを最大限引き出した最高の状態で食べる! それが焼肉!! 打ち上げで最も選ばれる誰もが好きな肉料理!! でも焼き過ぎにはご注意を!



 異世界に来てやっと文明的な味に会えたよ……。まぁ手づかみ葉っぱムシャムシャな蛮族ライフは1日半だけだったけど……。

 それでもキツかった。美味しいハーギモースも憎く思えるほどに。


 人は人らしく振る舞って、初めて人間に成れるのだ。

 私はこの文明の味を生涯忘れないだろう。昨日も似たようなことを言っていたけれど、アレは思い出としては別枠なのでまた違う日に思い出して浸るよ、うん。

 


 サイドテーブルに置かれたハーギモースが私を見つめている気がして涙は引っ込んだけれど、昨晩のディナーに続いて非常に感慨深い食事になったな。

 よーし、今日は思いっきりお肉食べるぞー!!

 


高級ハイクラス以上の料理を作成しました。『職業』【料理人LV1】を取得しました》


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