第35話 異世界で初お風呂

 謎の人気があるハーギモースを使い無事に街までの案内の言質を取れた凄腕交渉人宮子ちゃん。


 多分普通に街まで護送してくれる気はあっただろうけれど、ここはきっちりお互いのトレードをオープンにして確約を取っておきたかった。

 その方がお互い変に気遣いせずに済むしね。"空気を読め"なんて言葉は文明人として失格だよ。時代はコンセンサス!



 品出しと交渉も済んだことだし、私は皆さんの心遣いをありがたく頂戴しお風呂に入っちゃお!

 その前にお鍋と竈門とテーブルにまな板も出しとこっと。社会人になると引き継ぎが大事らしいからね。私は学生だったけど、この世界ではもう立派な社会人だろうから抜かりはない!


「『創造クリエイト』、キッチン!」


 どどーんと出現する石造りのキッチンルーム。今回は床だけで周りを囲う壁は出してない。

 内容は人数分のコップとナイフとフォークに大皿小皿を数枚づつ、まな板付きの調理テーブル、スープ用のお鍋と竈門、サイドテーブル付きの焼き網バーベキュー台と椅子、あと離れたところにイノシシ解体テーブル。これも全て石製だ。

 結構広範囲で作ったけれどMPの消費はさっきのお風呂よりも低い。『創造クリエイト』に慣れてきているのかな?



「……もうなにも言うまい」


 グリンさんが目元をグリグリマッサージしながら呆れている。失礼だなー。


「じゃあお言葉に甘えてお風呂入ってきますね! お肉はスープの分以外はブロック状態にまでしておいてもらえればあとでカットしますから、そこまでお願いします!」


 この世界にバーベキューがあるかはわからないので、とりあえずブロックでストップしてもらう。

 私が今食べたいのはTHE・焼肉って感じの薄く四角くカットされたお肉なのだ!


「……ああ、ゆっくり入ってこい。1時間は掛からないと思うが、この大きさを解体となるとそんなに早くもできないからな」


「はーい!」


 まだ目を白黒させてる他の人達を尻目にそそくさとお風呂小屋へ向かう。スムーズな作業進行には邪魔者は不要なのだ。





 石造りのお風呂小屋に入ると、ぱさぱさと服を脱ぎ作っておいた脱衣かごに入れ、浴槽に入る……前に。


「【クリーン】! 『ウォーター』! 『ファイアボール』!」


 他の人にはお風呂前に【クリーン】を掛けていたとは言え、流石に少し湯船が汚れているのでキレイにした。

 あと水嵩も減っていたので追加で水を足し適温まで温める。バカ高い魔力と器用で加減はバッチリだ。


 【モイスチャー】や【フリント】という同じような効果を持つ生活魔術はあったけれど、オリジナル魔術の方を使う。


 生活魔術は本当に喉の乾きを癒やしたり種火を出したりと本来の用途にしか適さないくらいのささやかな効果しかないのだ。

 MPを注げばそれなりに強化できるけど、オリジナル魔術と比べると非常に効率が悪い。本来の用途レベルだと逆に高効率なんだけどね……。まぁ適材適所ということだ。



「あぁ~……生き返るぅ~」


 温まった湯船に浸かると思わず声が出てしまう。おっさん臭いとか言うな! この心地よさの前では老若男女全てが等しいのだ。


 特に昨日から命懸けでサバイバルして今日は大森林横断弾丸ツアー(物理)に第一異世界人とファーストコンタクトを果たすという一大イベントもあったのだ。


 向上した身体では肉体的な疲労は溜らなかったとはいえ、精神的にはもう疲労困憊だ。私は社交性はあるけど社交的ではないからね。

 ともかく、無事に人間性が良さそうな人たちと接触できて街までの案内まで取り付けることができた。私としては完璧な結果と褒め称えたい。


 あとモンスターの脅威度もなんとなく推し量れたしね。


 私が助けた『サイラスの剣』は中堅冒険者パーティと言っていた。まだ差し掛かったという程度らしいけれど、それでもアベレージに近いのだろう。


 それが数十匹のゴブリンの群れに拮抗、ないし敗北するレベル。奇襲を受けたとは言っていたけれど、それは双方で発生するランダムイベントだ。

 冷たいようだけれど、"もしも"で崩れる可能性がある程度の戦力差では圧倒的とはいえない。


 ゴブリンがレアモンスターとかメチャ強いとかの可能性もまだあるけれど、『能力値』を見る限りグリンさん達よりは遥かに下だった。『能力値』のダメージ計算を考えるとあのゴブリンたちが【装備イクイップメント】を持っていたのは間違いない。

 数字を覆せる【装備イクイップメント】の防御貫通効果が強い面もあるけれど、多少のステータス差ではモンスター相手に安心はできないと見たほうがいいだろう。まだ見ぬスキルというダイスロールで大失敗ファンブルを引くことは大いに有り得る。


「つまり……この世界のモンスターは結構手強い……」


 仮に人類全体が弱すぎるとしてもそれは私には無関係だ。他人が弱くても強くても、私を守れるのは私だけだからね。いや強かったら守ってもらえるんだけどさ。



 なので私は早急にレベリングを進めないといけない。

 雑魚相手にイキって調子に乗り、いざ強敵と遭遇したらあっさり殺されました、では論外なのだ。


 今日の弾丸ツアー、ほんと強いヤツに目を付けられなくてよかったなぁ……。

 強気で行こうと決めたばかりで街にも早く行きたいと気持ちが逸り、かなりリスキーなことをしていた気がする。


 まぁでも勢いは大事だ。

 今日を逃せば『サイラスの剣』を救えなかったもんね。結果論とは言え、大当たりクリティカルを引いたのだからよしとしよう。


 『創造クリエイト』が生えたのも勢いでいいトコ見せちゃおうと思ったからだし、【インスタンスマジック】も『マナスポット』を見つけて過集中状態になってスキルを手に入れる前に使えてたし。


 やはり私は強気で生きるのが合っているのだろう。土壇場覚醒タイプとか主人公っぽくていいね!

 できる限り強気でいるために、それを支える強さをしっかり育てていかなきゃね!


 ……そういえばあれから『マナスポット』見かけないなぁ……クリッカーなら数分から数十分おきには出てくるのに。

 この世界も完全にクリッカーってわけでもないんだね。



 長風呂でお湯をちゃぷちゃぷしながら色々と考えを巡らせる。


 リラックスタイムであると同時に、お風呂は最大のひらめきスポットでもあるのだ。

 お風呂、トイレ、ベッドはクリエイター3大アイデアひらめきポイントとして重宝されている。古事記にもそう書いているかはわからないけれど、SNSやなんかでは共感が多い話題だった。


 私もよくそれらの場所でアイデアを練っていた。と言っても私はイラスト専門だったから、描きたいもののネタ出し程度だったけれど。

 それ以外のことでも悩みを悶々と思案するならそこだった。ふとした瞬間に悩みが解決する気持ちよさは脳体験として一時期ブームになっていたくらいだしね。何にしてもいい考えが浮かびやすいんだよね。




 百聞は一見にしかず、とはいうけど、ワンミスで命を失う世界だ。考えすぎるくらいでちょうどいい。


 まぁ私はクリックで解決するけどね!!



 少なくともこの調子でクリッカースキルをインフレさせ続ければ、物理的にはそうそう死ぬことはなくなるだろう。

 異世界生活2日目ですでに中堅冒険者より遥かに強いのだ。1週間で世界最強になるのも十分ありえる。


 逆にクリッカー的インフレでアホみたいに強い敵が急に出てくることも考えられるけど、それはもうどうしようもないから私は私のペースでがんばってレベリングだ!


 あとスキルの研究もした方がいいね。魔術はかなりの可能性があるし、自力で生やせるスキルも要検証だ。



 よーし、お風呂で英気を養って今後の方向性も見えてきたし、お風呂から上がって念願のごはんタイムだよ!

 やっと人間らしい食事ができる! 葉っぱだけを手づかみでムシャるのではただの動物だ! 菜食主義の否定ではないけれど、最低限文明的な食事という体は整えなきゃね!

 美味しいらしいイノシシ肉のバーベキュー、楽しみだな~!!

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