第26話 情けは人の為ならず
この世界で初めてまともな戦闘をした私は、それを華麗に撃破し鮮烈な異世界デビューを果たしたのだった。ハーギモース? あれは経験値ボーナスオブジェクトだから……。
森を出た時からさらに『職業修練』を上げててよかった。弾丸ツアー道中で結構な
さて、それじゃあ引き続きヒーロー活動を継続しましょうか。
「そちらの方は大丈夫ですか?」
実は救出した4人組のうち、意識があるのは3人だけだったのだ。
私と受け答えしていたおじさんがぐったりした女性を背負っていたんだよね。
「あ、ああ……いや、まずは助けてくれて感謝する。お陰で命拾いした。この礼は必ずする。
俺はグリン、こいつらはケイとハンスだ。
それで、こっちのアイシアだが……正直もうダメかもしれん……」
ガチムチおじさんがグリンさん、意識がある女性がケイさんでひょろくてチャラそうなおじさんがハンスさんか。
で、見るからにぐったりしてる女性はアイシアさんっていうのね。
「私は宮子です。
すみません、ちょっと怪我の具合を見せてもらってもいいですか?
多少なら私も【ヒール】が使えるので」
家名と思われかねない名字は今は伏せておこう。一刻を争うほどではなさそうだけど、「もしかしてお貴族様!?」みたいな雑談をしているほどの余裕はない。
MPに関しては『能力値』を大幅に底上げしている上にMP回復効果のあるハーギモースの葉も食べながら移動してたお陰で、結構派手な魔法を使った後でもまだまだ余裕だ。
ここは一つ人助けといきますか!
「なに、本当か!? あれだけの大魔術を使いながら治癒魔術まで……いや、ぜひお願いしたい。アイシアを見てやってくれ」
ハイヨロコンデー!
「じゃあちょっと失礼しますね……。ふむふむ……」
アイシアさんの横に腰を下ろし、【簡易鑑定】も使いながら傷口を観察していく。
うわぁグロいなぁ。R-18はともかく、R-18Gは苦手なんだよね……。でも泣き言言ってたら死んじゃいそうだし、覚悟を決めて診察だ!
見た感じ肩から背中に掛けて刃物で切られたのかな? でも傷口はスッパリではなく鈍い切れ味で抉られてる感もある。なので余計にグロい。
「俺たちはゴブリン討伐の依頼を受けたパーティなんだが、戦闘中アイシアが背後から奇襲を受けてな……。
傷が大きい上に手持ちの薬も全て使い切ってしまったから諦めていたんだが、せめて連中に遺体を弄ばれないようにと一緒に運んできたんだ……」
傷跡は肩口は酷いけど下に逸れるほど徐々に浅くなっている。きっと鈍い刃物だったせいで深く食い込めなかったんだな。
骨は見えてるけど臓器っぽいのは見えてないし、もし切れ味が鋭い武器だったら既に息絶えていただろう。
見た目酷い割に血がだいぶ止まってるのは傷薬の効果なのかな。とはいえ、決して少なくはない量の血が流れ続けているので、このままにしておけばそう時間をおかずに失血死するだろう。
止血に包帯を巻こうにも、切り口となった部分は抉れて内側に凹んでしまっているのでとても塞ぎきれそうにない。確かにこれはもう助からないね。
さて、私の回復魔法がどれだけ効くか……チートさん! よろしくお願いします!
「まだMPに余裕があるので、回復魔法を試してみます。
私もここまでの傷には使ったことがないので助けられるかはわかりませんが……」
「回復……魔法? 【ヒール】は治癒魔術ではないのか?」
あれ? どうやら齟齬があるね。この世界は魔法は魔術とイコールじゃないのか。もしかすると回復と治癒も違うのかな。
そういえば説明文もやたら"魔術"で書かれてたような……魔術に合わせるか!
「実はずっと森で過ごしてきたのでそういう世間の常識に疎くて……。外では魔術と呼ばれるんですね」
こういう時は引きこもり一族設定だ! エルフなんかも排他的なことが多いし、情報網が弱い世界なら多分これで誤魔化せるはず……。
「ああ……なるほど、そういうことなのか。いやすまない、俺も違いがよくわからないクチだからまずは試してみてくれないか?」
ヨシ! やはり頼るべきは異世界ラノベ!!
「はい。ではいきます……」
こういう時、医学知識があれば補正もできるんだろうけれど……残念ながら私は普通の文系JK。そんなエリート知識は持ち合わせてない。
ただ、私は小さい頃から趣味で絵を描いてた。高校に入ってからはセミプロみたいな状態にもなっていたので、本格的にイラストレーターの道も考えて人体の理解のためにバカ高い解剖学の本とかも読んでいたりする。
気持ち悪い人体模型みたいな解説図を読み込んでいたお陰でこの傷口の大まかな元の構造は想像できるから、イメージを具現化する技術にとっては何も知らないでやるよりはずっといいはずだ。
一応細胞とか組織回復の簡単な概念もイメージしとこ……一生無駄になると思ってた生物の教科、今こそ役立つ時ぞ!
「むむむむむむっ、【ヒール】!!」
優しい光の粒子がアイシアさんの傷口を包み込む。輝くパーティクルがその隙間を埋めるように入り込み、傷口を補うように詰まった光の明るさが増し全身までが明滅した。
おおっ、結構MP持っていかれるな……。まぁいいか、ジャンジャン持ってけ!
GOサインと同時にさらにゴリッとMPが削れ、さっきの炎魔法……炎魔術と同じくらい消費した感がでたところで光がゆっくりと消えていった。
「ああっ……!!」
「あ、アイシア……!! よかったな!!」
「ありがとう! ありがとう!」
他の3人は涙を浮かべながら喜んでいる。
その視線の先には傷一つ無い綺麗な肌になったアイシアさんの肩。
うん、無事に治ったみたいだね。肉もしっかり戻っている。周辺の血の汚れや壊れた装備、破れた服はそのままなので痛々しさは残ってるけど。
まぁ無事に回復……治癒させられたようでよかったよ。後は神経やら筋肉の癒着とかの動かした具合が気になるね。チート先輩が完璧主義であることを祈るばかりだ。
「とりあえず傷に関しては大丈夫そうですね。後遺症などはまだわかりませんが、そこは勘弁してもらえると助かります」
荒かった呼吸も穏やかなものになり、ゆっくりとアイシアさんの胸が上下している。失血死とかも免れたっぽい。造血作用もあるのかな? 検証は……難しいかな……。私は実験台になりたくない。
「失うはずだった命が助かったんだ! そこまで面倒を見ろとは言わないさ……本当に、アイシアを救ってくれてありがとう……!!」
ガチムチおじさん改めグリンさんが感極まった様子で感謝してくれた。うん、やっぱり人助けはいいね。喜んでくれる人を見ると私も嬉しくなる。
「いや全くだ! 俺たちだって川に飛び込んで一か八かに掛けるとこだったしな! アンタのお陰で命拾いしたぜ!」
悪オジ系チャラ男っぽいハンスさんも硬かった動きからすっかり肩の力が抜けている。
きっとムードメーカーだから落ち込んでみんなを不安にさせないようにとか気張ってたんだろうな、私は詳しいんだ。
でも馴れ馴れしく肩を組んできたらギルティだからね。お触り禁止です。
「アイシアを救ってくれたこと、一生忘れないわ! あなたほんとにすごいわね! その歳で実は上級冒険者だったりとか!?」
弓を肩に引っ掛けてレンジャーとか狩人って感じの装備をしたお姉さんのケイさんも興奮して飛び跳ねている。その歳でってどの歳ですか? 多分立ち振舞的にはあなたの方が私より子供っぽいと思うんですがあのあの。
まぁいいか。そういえば【
「いえ、できることをしたまでです。
冒険者ですか、森では私の一族以外の人間は見たことなかったですしそういうのを名乗ってる人もいなかったので違うと思います。
冒険者は本の中でしか知りませんでしたが、皆さんも冒険者なんですか?」
誤魔化しは忘れない。ガバガバカバーストーリーの中身はこの世界じゃ何のバックボーンもない異世界転移者だからね。
「ああ、そうだ。俺たちは『サイラスの剣』という冒険者パーティだ。これでも中堅に差し掛かった方なんだが……ミヤコの前ではただの肩書に過ぎんな。
しかしふむ……そうなるとミヤコは相当奥地の秘境の民なのかもしれん。この周辺は未調査地域が多いとは言え、外部との情報交流がそこまで無いまま単独で存続しているのは通常では不可能だ。
そういった特殊な隠れ里には一族秘伝の大魔術や奇跡の技があると聞いたこともある」
よしよし、誤魔化しを勝手に肉付けしてくれてるね。このまま乗り切れそうだ。
「あぁ、さっきの大魔術がその秘伝って言われても俺は信じるね。
あんなのが誰でもポンポン出せるって言われたら俺なんか冒険者から足を洗わないといけなくなるぜ」
「ハンスは冒険者辞めたら犯罪者になるしかなくなるでしょ。ムリムリ」
「あぁ!? 俺だって普通に働けるっての………………バーテンダーとかよ」
「ハンス、バーテンダーは接客も必要なんだぞ。修行して酒を作れるようになれたとしても、お前に礼儀正しく人に接するなんてできないだろう」
「グリンよぉー! そりゃないぜ! 確かに人に媚びうるなんて俺はまっぴらだけどさ!」
「あはははは!」
緊張感から解放されてみんな明るくなってるね。私は学校ではイジられるからできるだけ人を避けてはいたけれど、人の笑顔までが嫌いな訳じゃない。
創作の世界で誰かが幸福になっているエピソードはむしろ大好きだったし。
こうしてしがらみなく生で嬉しそうな人を見られるだけでも、異世界に来た価値はあったというものだ。
……私なんかでも人を笑顔にできる特別な力をくれた神様に祈りを捧げておこう。
私をこの世界に連れてきてくれて、心から感謝します。
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