第25話 初遭遇! 初舞台!

 いい加減森にも見飽きてきたのでやっと辿り着いた川に期待しつつ歩いてゆく。

 川、いいよね。魚とか取れるかな。


 異世界で初めての動物性タンパク質の予感にウキウキしていた私だったが、不穏な気配を感じ一気に真顔になった。


 ギリギリで川を感知した時には特に変な気配は察知しなかった。

 だが、こうして徐々に近づいていくと川の向こう岸の方も【狩人の直感】で知覚できる距離になっていく。

 そうして索敵範囲にじわじわ侵入してきた(私から近づいたとも言う)気配が10……20……なんだこれ、いっぱい小さい気配が群れてる?



「おー……これは異世界テンプレってやつ?」


 対岸が直視できる川岸の茂みから顔を覗かせると、向こう側には川辺に追い詰められた人間4人とそれを囲いつつジリジリ包囲を狭める緑の小人の群れ……いわゆるゴブリンだね、きっとそうだ!


 化け物を描いた日本画でよく見る餓鬼という表現がぴったりな生き物だ。

 小さい体躯、貧弱な四肢にぽっこり腹。ただその表情だけは日本画の超然感すらある憮然としたものではなかった。


 追い詰めた獲物を前に、下卑で凶悪な笑みを浮かべよだれを垂らしている。ぶっちゃけキモい。

 うーん、これは女性を苗床にしちゃうR-18なタイプなのかな。少なくとも理性があるようには見えないので、この状況で加担するなら人間サイドだね。


 結構切迫してそうだし、人類との邂逅に感動するのは後回しだ。とりあえず声かけてみよーっと。


 さぁ異世界初のファーストコンタクトだ! そして同時にファーストエンカウントでもある。気合い入れていこう!



「あのー、すみませーん! 大丈夫ですかー?」


 茂みから出て声をかける。

 対岸に届くほどの大声を出すのは久々な気がする、というか元の世界でも私はそんなに大声を出さないお淑やかなレディだったから、声が裏返ったりしないかちょっと心配だ。おほほ。

 せっかくのファーストコンタクト、どうせならカッコよく決めたい。


「なっ、こ、子供!? どうしてこんな所に!? い、いや、今は見ての通り危ない! こいつらがそっちに行く前に早く逃げるんだ!」


 子供ちゃうわいっ!! いや17歳はまだ子供か。異世界だと成人年齢超えてそうではあるけど、こういう時は否定するヤツこそ子供と相場は決まっているのだ。

 返事が来たのは人間側だけ。モンスターたちは新しい獲物に喜んでいるのか小躍りしてる。うん、敵だね、アレ。



「あー、危ないなら加勢しますね」


「はぁっ!? ダメだッ! 来るんじゃない!! 俺たちはいいからお前は逃げろッ!!」



 一瞬助けますね、と言いかけたが加勢にしておいた。間違いなく私は救世主になるが、プライドが高い相手だと上から目線と思われちゃうかもしれないからね。細かい気遣いは大事だよ。


 川岸に立ち、目を閉じイメージを固める。思い浮かべるのはスーパーなヒーロー。超人が……超人と化した私が25mプールほどのこの川をひとっ飛びにする姿。

 

「むむむむっ、よっと!」


 万が一にもここでミスるわけにはいかない。それは恥ずかしすぎる。

 見栄のために助走なしで石の足場を踏み切った。


 転がる石に足を取られて跳躍コースが変えられ危うく川に落ちかけたけれど、無詠唱の『エアスラスト』で高度と姿勢を整えそのまま対岸の4人パーティとゴブリン軍団の間にシュタッ!

 勿論スーパーヒーロー着地。うーん、キマったね!


 弾丸ツアーをやっててよかった。お陰でイメージ通りに身体を動かせたよ。

 着地もそれの応用だ。自力でキレイに着地できる自信はなかったので、『エアスラスト』で勢いを止め、着地した足場にはちゃっかり岩の取手を作りそれを握ってなんとかカッコいい姿勢を保っている。

 スーパーヒーロー着地になったのは地面から生えたストッパーを隠すためでもあったりする。きっとあのヒーローたちもこんな苦労をしてたんだろうなぁ(していない)。


 着地時に飛び散った石や砂埃に紛れてこそっと取手を消しつつ、ゆっくりと立ち上がる。


「私が! 来た!」



 私のあまりのカッコよさにその場の誰もが硬直し、私をじっと見つめていた。

 異世界から来たヒーロー宮子ちゃんの初登場としてはなかなかのインパクトを与えられたようだ。エンタメに溢れた世界からやってきた身としては上々な成果に思わず笑みが溢れる。あっ、ゴブが後ずさった。


「な……お前は一体……!? い、いや、どうして来たんだ! お前のその身体能力は確かにすごいが、この規模の群れたゴブリンは中級冒険者パーティでも手こずるんだぞ! 俺たちは置いて早く逃げろッ!」


 いち早く現実に帰ってきたさっきから受け答えしてくれてたガチムチ体型のおじさん……ギリギリおじさんかな。が早口で説明してくれた。

 どうやらこの世界のゴブリンはそこそこ厄介らしい。


 早速【簡易鑑定】を試してみよう。

 


――――――――



【ステータス】

名前 【レッサーゴブリン】

種族 【緑小鬼グリーンゴブリン

年齢 【3歳】


身長 【121cm】

サイズ【7級】


能力値

HP   863/1274.4

MP   12/12

筋力  43

魔力  2.4

防御  13.1

精神  1.8

器用  1

敏捷  12

幸運  4.6


――――――――



 おー、ステータスまで見えた。私より半分以上弱いことは確定だ。

 で、肝心のステータスは……うーん雑魚だねー。


 この世界で出会ったまともな生命体は生命樹ライフツリーだけだったので、もし全生物がそれ基準だったらどうしようかなーと考えてたけれど、どうやら心配は微塵もいらなさそうだ。

 【狩人の直感】索敵でも大した気配ではなかったしね。


 でも確かにこの『能力値』は低いわけじゃない。人間3人分の筋力と危険な武器を持った小人2、30人に一斉に群がられれば、如何に『能力値』の恩恵を得た異世界人冒険者といえど不覚を取るのは間違いない。

 特に武器は謎の補正値があるみたいで、極めて微々たるダメージになるとはいえ木の枝ですら堅牢な大木の防御を突破できるのは確認済みだ。補正を与える私の筋力が異常なだけかもしれないけど。


 見た感じ私の敵ではないけれど、生半可な冒険者ではキツい状況だね。



「大丈夫大丈夫。近くにいると貴方達が危ないから下がっててください」


「なっ、ちょっ!? うわっなんだこれっ!?」



 4人とも『エアスラスト』で川岸ギリギリまで押しのけた。距離が近いとフレンドリーファイアしちゃうからね。炎だけに。

 私が今回使うのは派手な炎の魔法だ。


 今の私なら普通に遠距離クリックでもこのゴブリンたちをワンパンできる。

 しかも秒間100発超えの超速クリックなので、文字通り1秒で片付けられる。1秒で届く範囲では射程が足りないので近づく移動のほうが長いくらいだ。

 

 でも、それじゃダメだ。まだこの4人の人間性を知らない。

 クリッカースキルは恐らくレア以上のユニークスキルだろう。それも彼らには全く未知のスキルなはずだ。

 なにも知らない相手に下手に見せて、後々リスクになるのは困る。


 まぁ、さっきの出会いで"助け"ではなく私を案じた"警告"をしてくれたから、すぐ見せることになるだろうけれど。



 リスク管理は念のためだ。今回炎魔法を使うのは、インパクトのため。

 と言ってもただの自己満足なカッコつけじゃない。


 未知の存在が未知のスキルを使って敵を殲滅するより、誰もが理解できるすごい炎魔法で派手に解決した方が受け入れやすいだろうからね。

 誰だって助けてもらうならわかりやすいヒーローの方がいいはずだ。世界の異物異世界人より凄腕炎魔法使い。うん、バッチリだ。



「逃げるなら今回だけ見逃すけど、どうする?」


 もしこのゴブリンたちにも知性があったらと思って通じないとわかっていても言葉を掛ておく。ポーズは重要。

 リーダー格っぽい大きいヤツ……ゴブリンリーダーか、そいつはじっと私の様子を見て警戒している。でも逃げる気はなさそうだ。


 他の雑魚は少し浮ついてきてるけど、命令を待ってるのか動きはない。ないけど、うわっなんか興奮してる……!?

 ぶら下げた汚物が腰布を持ち上げてて非常に気持ち悪い。そしてその視線は私の胸に……なるほど、なるほど。そういうことね。


 うん、これは歩く汚物だ。汚物は消毒しなきゃ。地獄の業火で塵に還るがいい。



 異世界で最初の晴れ舞台での高揚と、ゴミから向けられるコンプレックスを刺激する目線で高ぶった精神を落ち着かせ、ゆっくりとイメージを構築する。

 思い浮かべるのはダンスパーティ。絢爛なホールで舞い踊る炎たち。楽しげな、それでいてギラギラとした。

 欲望が渦巻く、炎の舞踊。性欲の塊に相応しい、狩りの舞台。


 イメージに沿って【魔術魂基マジック・デザイア】に魔力を込め、その想像願望を現実へと顕現させる。



「『火精の輪舞曲フレイム・ロンド』!!」



 その瞬間、いくつもの炎の渦がゴブリンたちの間に巻き起こり、踊るように巻き込んで餓鬼の身体を焼き尽くしてはステップを踏み、青空の舞踏会を燃え滾る赤色で彩っていく。

 優美なその光景とは裏腹に、凄絶な死がゴブリンたちを包み込んでいった。


 包囲へと自ら飛び込んできた闖入者に驚き警戒していたゴブリンたちは、結局なにをすることもできずに灰へと成り果てたのだった。



 生き物を殺める忌避感は特になかった。別に私がサイコパスだったという訳ではなく、あれは分類的にGと同列の生き物だろう。

 生理的嫌悪感はあっても、駆除することに躊躇いはない。そういう生き物だ。きっと。

 女性を襲うクリーチャーに同情する余地などないのだ。



 いけないいけない、まだ気を抜いちゃダメだ。人間は最初の印象が最も強く記憶に残るから、ダメ押しの演出で"私"という存在をしっかり認識してもらおう。

 過小評価で舐めらるよりは持ち上げてもらって都合よく、そして気持ちよく街までご案内していただきましょう。


 観客ギャラリーへの締めくくりに、舞い踊っていた炎たちを一箇所に集め大きな火柱へと昇華させてフィニッシュだ。

 人の身長ほどあった炎が一箇所で溶け合い、一瞬で数十mの豪炎の渦となって下から上空へと霧散していく。


 地を駆け回ったダンサーたちが集まり天へと昇り消えゆくのはなかなかに神秘的だ。

 はらはらと火の粉の花びらを散らしてロマンチックを演出するのも忘れない。


 エンタメオタク世界の出身者たるもの、しっかり最後まで魅せることは忘れない。さしずめ私は炎のアーティストってところかな!



「す……すげぇ……」


「これが噂の大魔術ってヤツなのか……?」


「きれい……私、この光景は一生忘れないかも……」



 うんうん、皆様ご満足いただけたようでなにより!


 私のファーストステージは大成功したみたいだ!

 ショーを盛り上げられてきっとあの性欲クリーチャーたちも満足していることだろう。私はスカッとしたよ。南無南無。

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