第21話 最初で最後の森での晩餐

 私を強化してくれる『アップグレード』の数々は胸をときめかせてくれるグッドニュースばかりだった。コストが大きいという玉に瑕があるけど、未来への希望は大事なのだ。



 そんな色々嬉しい情報を見終わってしまったので、観念してさっき木々をぶっ倒してた最中に発生して私を悩ませたアラートのログを見直す。

 そういやログ機能なんてあったんだね。全く気づかなかった。



《『総合LV』が100を超えました。【クリックマスター】がLV2になります。【ERROR:【クリックマスター】を取得していません】。神話職業【クリックマスター】を取得しました。【クリックマスター】がLV2になります。【異世界言語翻訳LV1】を取得しました》


 なんと総合LVが100を超えたことでクリッカーに相応しい職業を取得した。【脱クリッカー初心者】という実績アチーブメントも頂いた。クリッカー経験者を舐めんな! ここまで強化するのは確かにしんどかったけども。


 実績アチーブメントだけなら問題はなかった。

 でも、職業に加えエラー報告と手に入ったスキルがクリック作業に勤しんでいた私の頭を混乱させたのだ。


 神話職業、なんとも強そうでしかもクリッカーに縁がありそうな名前というのもいいけどエラーってなんだ!

 【異世界言語翻訳】! お前はなんでこのタイミングなんだ!


 もしかして私の苦労はエラーによるものだったの……?

 しかもこれ最初から街を目指してたら言葉が通じてなかったのか……。すごい危ないところだった。言葉も通じない女の子が一人でうろちょろしてたら絶対なんかの事件に巻き込まれてたよ。

 鑑定然り、なにかと必要なスキルを自力で取らせようとしてくるなぁ。地雷要素は薄いけど、システムの構造自体に地味な地雷が仕掛けてあるタイプかも知れない。クリッカースキルへの信頼が若干下がった瞬間だった。



 とまぁ伐採中に思考が巡って気分が落ちそうだったので、詳しく見るのは後にしたのだ。

 割りと重要要素っぽいけど、それで手が止まっちゃったら嫌だったしね。


 冷静になればまぁ今日はなんとかなったからヨシ! ということで割り切った。

 それに最初からチートスキルをいくつももらえるラノベ主人公が恵まれていただけとも言えるし。チートはあるけどこれは現実、神様からの配慮はあっても何でも上手くいくとは限らないのだ。

 要素を徐々にアンロックするのはクリッカーの醍醐味なので、最初にショックを受けた以降は特に気にしてない。

 まぁ一応警戒して、多段式で更にショックを受けるのは避けたんだけど。


 食事を取って一晩寝ればもし嫌なことがあっても忘れて気分もリフレッシュできるだろうからと後回しにしたのだ。

 職業やスキルの内容によってはリスキーだけど、モチベーションも大事だ。心が折れれば行動に支障をきたす。時間を無駄にすればその後の生存性もどんどん下がっていく。

 総合LV100の記念なのだから、いいことはあっても悪いことはないだろうと、多少の効率アップは犠牲にしてメンタル維持を選んだワケ。決して現実逃避ではない、いいね?


 で、その気になる内容は、っと……。


――――――――


【クリックマスターLV2】


クリックを司りし者の職。


その指先は万物を自由自在に弄ぶ。


LV1 【遊戯者の指先クリック・フィンガーLV1】を取得する。

   【ERROR:既に特殊上位スキルを獲得しています。【遊戯者の指先クリック・フィンガーLV1】を【破壊の指先デストロイ・フィンガーLV1】に統合しレベルを+1します】



LV2 【チェインスキル】機能が解放される。

   【チェインスキル】『閃光穿ピアッシング・レイ』を取得する。

   【破壊の指先デストロイ・フィンガーLV1】のレベルを+1する。

  【ERROR:【破壊の指先デストロイ・フィンガー】が既にLV2です。レベルアップ処理はされません】


LV3 ???

――――――――


 またエラーが出てた。これもしかして、こっちが本来のクリッカースキルだったのかな

 実は【破壊の指先デストロイ・フィンガー】って名前が引っかかってたんだよね。私のステータスには加護欄に【破壊神ティエルの加護】というのがあったから。

 クリックとデストロイならクリックの方がクリッカーとしてあるべき名前だろうしね。


 この破壊神というのが気を利かせて強いスキルをくれたのかな……。

 でもそうなると、【破壊の指先デストロイ・フィンガー】がない場合の0LV時には何のスキルも持ってなかったんじゃ……? いや、【破壊の指先デストロイ・フィンガー】が初期スキルの位置に割り込んだせいで押し出されたから本来の基本スキルの方が総合LV100の報酬になった……?

 真実はこの破壊神しか知らなさそうだけど、とりあえず今こうして生きていられるのも破壊神ティエルなにがしのお陰かも知れない。スキル詳細を見るに【遊戯者の指先クリック・フィンガー】は【破壊の指先デストロイ・フィンガー】ほどのチートスキルとは言えなかったからね。


 私はこの世界に連れてきてもらえてとても感謝しているし、魔境でスタートみたいなハードモードとは縁遠い平和な森に転移できて貧弱脆弱な私が無事に強くなれたことにも恩を感じている。

 クリッカースキルは若干不審なところもあるけれど、基本的には私を思いやった親切設計だったからね。心折設計だったら死んでも神殺しに向かっていたところだ。よかった、チェーンソーで切り裂かれる破壊神はいなかったよ。


 色々と便宜を図ってくれているのが節々に見て取れるので、私に干渉していると思われる上位存在に対しては結構高い好感度を頂いているのだ。世界の歪み? きっと別の知らない邪神でしょ。そういうことにしておこう。

 だからまぁ、ありがとうございますと顔も詳細も知らぬ神に返礼の祈りを捧げる。システム上は一応僧侶だしね。どの宗教のかは知らんけど。



 そして新システムが解放されたっぽい。【チェインスキル】? 詳細プリーズ! ぽちっ!


――――――――


【チェインスキル】


絶えず連なる指先が生み出すクリックマスターの奥義。


【チェインスキル】ごとの必要チェインカウントに達した状態で発動可能。


チェインカウントは同じ対象に連続でクリックをした時に増加する。


クリック間隔が1秒以上空くとチェインカウントは0になる。


――――――――


 なるほどー。弱パンチ連打型の【クリックマスター】にも多分威力の高い一撃奥義を出せる専用スキルがあったみたいだ。

 最初から使えていれば……とも思わなくもないけれど、【クリックマスター】がLV2じゃないと使えなかったみたいだし仕方ない。

 

 これからはフィニッシャーとしてガンガンお世話になろう。



 続けて【異世界言語翻訳LV1】だ。


――――――――


【異世界言語翻訳LV1】


ソーラリス大陸語の読み書きに対応。


――――――――


 ソーラリス大陸ね、ハイハイ。知らない。このタイミングで出てきたならきっとこの大陸のことだろう。

 ただ初手で街行きを選んでいたらしばらくボディランゲージ生活だったことを思うとやや猜疑心が生まれてしまう。一つお隣の大陸のでした! とかうっかりされていたらさっきの祈りはキャンセルだ。

 そういうのも外国生活感があって面白いかもしれないけど、まだ生活基盤が一つもないので自身の力なり権力なり後ろ盾をゲットしてから興じたいところ。


 そういえばさっき【見習い鑑定師】の『アップグレード』のフレーバーテキストでソーラリス大陸って見かけたような。

 魔術の教導本があるくらいだ、人を襲う蛮族の大地ではない……と思いたい。それなりに豊かに人が暮らす文明もきっとあるはず。


 明日以降の探索に希望要素が追加されたよ。

 まぁ今日一日平和だったし自然も豊かだから魔物だけが棲む死の土地、とかではないとは思ってたけどね。

 一応、そういう可能性も考えてはいた。この場所だけが限られたオアシスという線もなくはない。

 このまま杞憂に終わってくれればいいけれど……。



 全体的に警戒していたほど気が滅入る情報はなかった。検証できない疑問や謎は残ったけれど、プラスかマイナスかでいえばプラスだろう。

 この勢いのまま本日最後のお仕事【破壊の指先デストロイ・フィンガーLV2】の確認いっちゃいますか!

 

――――――――


破壊の指先デストロイ・フィンガーLV2】


『破壊不能』の『クリックハンド』を形成する。

『クリックハンド』はクリックした対象の『HP』を減らすことができる。


 クリックによって減らした『HP』を『存在因子リソース』に還元する。

 クリックによって減らせる『HP』はスキル保持者の『能力値』に依存する。



LV1 手に『クリックハンド』を装着できる。


Lv2 『クリックハンド』の到達射程を(S.LV×1)m延長する。これによるクリックのダメージは(CDMG×(S.LV×0.1%))になる。


LV3 ???


――――――――


 おぉ~~!! 攻撃距離を伸ばせるのはいいね! ダメージの減衰率が高いのは難点だけど、生命樹ライフツリー相手はともかくヒエラ草とかの低HPなサムシングにはオーバーキル気味だったのだ。しかもそういう奴に限って突くためにはしゃがんだりしなければならないため、労力が馬鹿にならない。

 2mも先をつつけるようになるならば、楽な姿勢で回収作業ができるようになるだろう。私の腰は守られたのだ。


 でも距離が伸びるのはどういう感じなんだろう。試してみよう、そいっ!

 遠距離攻撃の意識で遠くの石を突くと、着弾点に白い手袋状の人差し指だけがひゅんっと現れて石を直撃した。

 見た目はちょっとしたホラーだけど、どこぞのスタンド攻撃みたいに指が伸びるタイプじゃなかっただけ良しとしよう。


 ダメージが下がった分、取り回しなどの利便性が上がったのでこれも結構いいレベルアップだったね。

 ショッキングな情報がないかと心配してたけど、振り返ってみれば良いことずくめでよかったよ。



 ふぅー、色々安心したらお腹が空いてきちゃった。

 すっかり遅くなったけれど、ご褒美のディナータイムだ!


 と言ってもハーギモースの葉でオーランツの実とヒエラ草を包んだ生サラダオンリーだけどね。もっと言うなら器はハーギモースの葉なのでサラダロール(サラダ100%)ってところかな。うーん、とってもヘルシー。

 一日肉体労働をしたのでタンパク質とかミネラル分も接種したいけれど、今日は元々【破壊の指先デストロイ・フィンガー】の成長に賭けていた。

 目論見通り【破壊の指先デストロイ・フィンガー】がレベルアップし目標も達成できたから、おいしい夕食くらい我慢しよう。

 未鑑定の食べられそうな素材もいっぱいあるけど、印象に残っているこの3種で今日という日を締めくくりたい。



「いただきまーす」


 お口を大きめに開けてサラダロールをぱくり。噛み切った断面からジューシーなエキスが溢れてくる。


「おいしー!」


 ただのサラダだなんだと言っても高級サラダ具材のハーギモースの葉、それだけで十分美味しいのである。

 肉厚でしゃきしゃきした葉は下手な肉を食べてがっかりするよりずっと満足感があるね。

 香草代わりのヒエラ草も華やかでいい香りがしていて、旨味のあるハーギモースエキスをぐっと深い味わいにしてくれている。

 オーランツの実は初めてちゃんと食べたけれど、コリコリした食感と油分を感じる果肉はカロリーを求める身体には大歓迎だ。ほのかな甘みの奥に塩味すら感じる。これはいいアクセントだよ。


 咀嚼が止まらない。しっかりと堪能つつも、あっという間に食べきってしまった。

 空腹は最高の調味料というけれど、そんな建前もいらないくらい美味しい食事だった。

 しかもヒエラ草とハーギモースの葉は諸々の回復効果まである。これで物足りないと言えばバチが当たっちゃうね。



 今日一日、がんばってよかった。

 これから街へ行けばもっと手の込んだ料理を食べられるのだろうけれど、いつの日かこの森に囲まれ星空を見ながら食べた異世界で最初のディナーを思い出すだろう。

 私は記念すべき日のこの尊く愛しい時間を、強く記憶に刻んだのだった。

 






※作品修正※


1話「おいでませ異世界」の【破壊の指先デストロイ・フィンガー】のスキル記載を変更しました。



修正前:LV1 右手に『クリックハンド』を装着できる。


修正後:LV1 手に『クリックハンド』を装着できる。




存在因子リソース保管術】の仕様を「念じる」から「収納を意識しながらクリックする」に変更しました。




19話「因縁、決着」の【商人の嗅覚を鍛える特製鼻薬】のスキル効果を変更しました。


修正前:周囲(商人LV×1)mの範囲内にある(精神+器用+幸運)までの『価値』を知覚できる。


修正後:周囲(商人LV×1)mの範囲内にある(精神×器用×幸運)までの『価値』を知覚できる。




また微調整などが入るかもしれませんが、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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