第14話 美味しいボーナスタイム
食生活の向上を夢見て腕に葉っぱを乗せ、忙しなくクリックを繰り返す神崎宮子さんじゅうななさい。
傍から見たら奇人の類でしかないが、サバイバルから脱したとはいえまだそんな外見に気を使えるほど余裕がある訳でも無いので形振り構わず腕を動かし続ける。
黙々と茂みを除去していると、茂みが消えたことであらわになった木の根元にうろのような穴が空いていた。
そして何もなかったその空間から、突如光る玉がふよふよと浮き出てきたのだ。
私はビビビッときた。頭に生える妖怪センサーも真っ青な感度だ。
全身が粟立ち、心臓が高鳴る。ビッグイベントの予感に、身体がカッと熱くなるのを感じた。
頭が超高速回転し膨大な思考が駆け巡る。このイベントで限られた時間は僅かなはずだ。
「こんにちは、質問します。あなたに意思はありますか? あなたは妖精とか精霊とかですか?」
即座に大事なことを確認する。これがもし私の予想通りなら何が何でもクリックして消滅させないといけない。
しかし、同時に意思のある
大抵のファンタジー世界では精霊信仰とか妖精との交流とかを持つ勢力が存在し、それを蔑ろにしてしまうと"妖精や精霊を貴重な資源としか見ない都会派現地民"に対して"この世界の流儀なんて知らないから精霊や妖精を保護して一定勢力の好感度を上げちゃう異世界主人公"というあれまた俺なんかやっちゃいましたムーブから外れる可能性が上がってしまう。
希少な存在を嬉々として狩る野蛮人との違いを見せつけるのは地球出身者のマナーなのだ。なお特に保護されない希少素材は
餌付け代わりに右手の周りに初めての魔力玉(だと思うぽわぽわした光の粒)を生成して近づける。
こんなこと私にできたのかと自分のことながら驚く。どうやら私は土壇場で覚醒するイヤボーン体質も持ち合わせているようだ。
この一連の流れは謎の光玉と遭遇してから実に4秒間の出来事。異世界転移からのクリッカーライフで時間を無駄にしないよう全ての所作が早く流れるようになっているが、その中でも飛び抜けた神レスポンスだっただろう。追い込まれれば人はなんでもできる!
光を纏わせた右手をぽわぽわに差し出すが反応はなし。何らかの意思を示す様子もない。
この存在にはきっと人格的なものは備わっていないだろう。これはきっとアレだな、うんそう言う事にしておこう!!
決断を最後の一瞬まで踏み止まらせギリギリまで様子を伺うが、光の玉が現れてから10秒ほど経つと徐々に薄っすら透明になっていく。
「ちょぉりゃぁ!!」
光玉が消える直前、渾身の一突きでその消滅を私の所業のものにした。
精霊信仰者がなんぼのもんじゃい!! 歯向かうならこのスーパー宮子ちゃんが力でもってねじ伏せてやんよ!!
野蛮な覚悟完了をした私の脳内に、これまでとは違う電子音がなる。
《マナバースト! 残り50秒》
「祭りの時間じゃーーーーーーーい!!!」
やったぜ!! やっぱりアレは"ランダムボーナストリガー"だったみたいだね!!
喜ぶ暇もなく1秒も無駄にしてはいけないと、これまでで最速の動きで周囲の手軽に倒せる獲物をガンガン
その
30の虫は240に。150の枝は1200に。その莫大な
一心不乱につっつき続けること50秒。脳内で続いていたカウントダウンが消滅した。名残惜しさと共にその狂乱の宴は終息したのだった。
「ふーっ……。成し遂げた……」
いつしか疲労を感じなくなっていた腕がずっしりと重たくなるほど【
でもここは無理を押してでも頑張るべきだっただろう。
何故なら"ランダムボーナス"はクリッカーには欠かせないインフレの主要要素だからだ。
"ランダムボーナス"。それはランダムな一定時間おきに画面に現れる特殊なアイコンだ。
時に金色に輝くサムシングだったり、時に通常のクリック対象とは全く違う異物だったりと、その姿形は大きく異なるが共通することは唯一つ。
それは特別なボーナスをもたらす幸運の存在であるということだ。
ある時は通常のクリックの何十倍ものポイントを落とし、またある時は一定時間得られるポイントに倍率を掛けてくれその収益を跳ね上げる。
その他にもユニークなイベントを起こすこともあるが、基本的な役割はポイントの劇的な増加だ。
"ランダムボーナス"の恩恵を最大限引き出せれば、一瞬にして一回りどころか数字の桁がいくつも上がったりすることさえあるほど絶大なポイントを得られてしまう。
画面に短時間しか現れないそれを見逃さずにしっかりとクリックできるか。これがクリッカーをインフレさせるために必須とも言える極めて重要な行為なのである。
今回は一回のみのボーナスドロップではなくボーナスタイム系のイベントだった。これは一定時間得られるポイントが増加するタイプだ。
イベントの発生確率的にはドロップに比べれば遥かにレアな方で、その分恩恵も大きい。エルフなんかを敵に回してでもクリックしておいて本当によかったよ。
さて、効果があるかはわからないけれど一応揉んだヒエラ草を右腕に貼り付けて腕を回復させつつ、ゆっくりと成果を確認しよう。
この50秒間で得られた総獲得
私がひいこら言いながら稼いできたその総量の3倍以上を一気に稼ぎ出したのだ。これぞクリッカー。容易く数字の桁が上がるインフレ・オブ・インフレジャンルだ。
改めて身体が震える。ランダムボーナス最高。
時間が最優先だったのでランダムボーナス発見から終了まではお預けだった感慨に魂が湧き上がる。遅れてやってきた興奮と嬉しさで、転移時以来となる喜びの舞いでその気持ちを少しでも表現しようとした。
人によってはこの一瞬で全てを過去にするインフレさはイマイチなのだろう。どこぞのレビューでみたそれまでの努力を無為にされた気がするという見方も確かに一理ある。
だがしかし、この"ランダムボーナス"は単調な作業しかない画面をずっと監視し、そのうちのほんの一瞬だけを逃さず仕留めなければ得られない"真面目なプレイに対するご褒美"なのだ。忍耐もまた努力である。
それに如何に倍率が絶大だろうと、元々の強化基礎値が低ければ相応のショボさしか発揮しないのもまた事実。
むしろ平時に積み重ねた地道な努力が報われ、その真価を発揮するのが"ボーナスタイム"なのである。
あらゆる作業の積み重ねが結集し結果となるクリッカーでは、それを構成する全ての要素が意味を持つのだ。無駄な努力など一つもない。
そういえば"ランダムボーナストリガー"を突いた時に出た言葉は《マナバースト》だった。ならあれはさしずめ『マナスポット』ってところかな。
仮に精霊信仰とかがあっても「ただのマナ溜まりだと思ったんですゥ~~~」と言い訳することにして、また見かけたら漏れなくクリックさせていただこう。
よーし、数字の確認は終わった。次は
「ステータス!」
なお念じるだけでステータスウィンドウは出てくるのでわざわざ口にする必要はない。異世界感に浸りたい私の気分で言ってる。誰も見てないし恥ずかしがる必要もないよね。
――――――――
『職業修練』 消費
【無職LV25】 94.1
【見習い冒険者LV16】 128.6
【見習い狩人LV10】 537.5
【見習い商人LV1】 1464
【見習い魔術師LV0】 2500
【???】 5500
――――――――
《マナバースト》中、その効率加速度に対応するためちょこっとレベルを上げていた。右手で最速のつっつきを繰り返しながら左手で乗せた葉っぱを落とさないようにレベルアップ操作するのは結構大変だったよ。
その結果、【無職】は5、【見習い冒険者】は6、【見習い狩人】も6のレベルアップを果たした。消費
レベルが上ったことで徐々に次の消費
レベルアップ分を差し引いた残りの
色々使い道があるけれど、【見習い狩人】をLV10にしたことで出たであろう『アップグレード』をチェックする。ちなみに
――――――――
【森を畏れる心】
狩る者とは狩られる者。その掟を忘れてはならない。
【狩人の直感】のLVを+1する。【狩人の直感】がパッシブスキルになり、スキル保持者より
――――――――
うわー、これは必須ですわ。次の獲物を探す時にいちいちスキルを使い直してる現状からすれば、スキルのパッシブ化は意識外の不意打ちを防げるようになるだろうし、なにより後半の内容がヤバい。
今までの【狩人の直感】は勝てる相手の索敵と同時に、敵を分別スキルだった。スキルが反応しない相手は勝てないとわかる、という消去法的な形で強い相手を分別する判断材料になっていたのだ。
つまり、このスキルの欠点を正確に言えば"自分より強い相手は気配を察知できない"のだ。
【狩人の直感LV1】は相手の存在を視覚なりなんなりスキル外の方法で把握した上でならスキルを任意発動することで戦いを挑むかどうか調べることはできても、スキルの対象にならない格上から挑まれる先制攻撃は察知不可能ということ。
それがこの『アップグレード』によって、事前に戦いを回避できる可能性が出てくるのだ。
生理的な生命維持の問題が解決した今、私の命を最も脅かしているのは格上に強襲されることくらいしかない。いきなりなにかに呪われるとか神の気まぐれとか、そもそも理不尽なイベントは諦める方向で。
なので、その死のリスクを大幅に抑えられるであろうこの『アップグレード』はやはり必須と言えるだろう。まだ敵意のあるエネミーと遭遇してないけれど、備えは大事だ。フィーバーのお祭り騒ぎは好きだけど笑えない後の祭りは嫌い。
うーん、取得に必要な
今の
でもまー結構レベルアップしてだいぶ強くなったし、新しい獲物も狩ればすぐに稼げるかな。低木くん換算でも5体ほどだ、今となっては安い安い。
パワーアップした強気な精神に任せ、あまり悩まずにまずは『アップグレード』を取得する。ボタンをピッ!
「あっあっああああああああーー!!!」
世界が拡張される感覚がしたと思ったら【狩人の直感LV1】の時とは比べ物にならないほどの痛みが頭を襲って、私の意識は黒く塗りつぶされたのだった。
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