第4話 12月26日のいってきます
岬峠はわたしがよく使うターミナル駅だ。三車線が乗り込んでいてお店もたくさん入っているけれど、今の時間はほとんどが閉まっている。
シャッターの前を抜けて、普段は使わない改札に入った。三番線のホームを探して降りると、すでに電車は来ていた。駆け込み気味に乗り込んで、ガラガラの座席に座る。
後ろをついてきた青目の少女がわたしの横に座った。
「
呼び名がないと困るので『誰か』のことはとりあえず黑乃さんと呼ぶことにした。
「
「あ、この辺の子じゃないんだ?」
電車の扉が閉まり、動き出す。黑乃さんの青い目がわたしをじっと見つめている。
「な、なに?」
「いえ。もっと警戒されてると思っていたので、普通に話しかけてくれてることに驚いているだけです」
「警戒はしてるよ。ただ黙ったままっていうのも嫌なの。変かな?」
黑乃さんは歯を見せて笑った。
「面白い人ですね。警戒してるのに、サクちゃんのところ――『枯月』でしたっけ? そこに行くのに付き合ってくださるなんて」
「え? わたしが『枯月』に行くのに黑乃さんが付き合ってくれてるんじゃないの?」
『クピドの家』とサクちゃんに関係があるなら、わたしも無関係というわけにはいかない。サクちゃんが――正確にはサクちゃんの持っていた時計が枯月に運ばれていると知って、すぐに電車を調べた。すぐに出れば終電までに着けると知ったわたしは、すぐに家を飛び出したのだ。
自分の行動力に正直驚いている。もしかしたら、サクちゃんを警察に預けて問題を丸投げしたような、そんな罪悪感があったのかもしれない。
黑乃さんは呼んだわけではないのについてきていた。いざというときにGPSの情報を見せてもらえると思えば、むしろいてくれたほうがありがたい。
「あ、ここで乗り換えですね」
わたしよりも乗り換えを把握している黑乃さんに促され、電車を降りて別のホームに移動する。着いたホームには二両編成の電車が止まっていた。普通の電車がむくんだような少し丸っこい形をしている。
「二回乗り換えるだけで、こんなローカル線に乗れるなんて知らなかった」
「枯月が故郷なんですよね? 今の家と行き来したりしなかったんですか?」
「引っ越しのときは車で送ってもらったし、引っ越してすぐに施設と連絡とれなくなっちゃったから帰ったことはないの。新しい生活に慣れるまで帰ってくるなとも言われてたから」
「そうなんですね」と相槌をうつ黑乃さんを横目に、電車へと乗り込んだ。
電車の中に乗客は一人もいない。わたしが右端の席に座ると、いくらでも空いているのに黑乃さんは隣に座った。
「電車に関する都市伝説はたくさんあります。身近な移動手段でありながらも、自分で操作することはできない。そういった面から、どこか知らない場所へと連れ去ってしまうというイメージが――」
「やめてよ。それって今の事件と関係ない都市伝説でしょ? 怖いだけじゃん」
黑乃さんは背もたれにだらしなく寄りかかり、天井を見上げた。
「でもここから終点まで行って、そこでもう一回乗り換えですよ? 関係ない話でもしないと持たなくないですか?」
「別にずっと話してなくたっていいんだって。もしかしたら朝まで動きっぱなしになるかもしれないから、今は休んでおこうよ」
「わかりました」
黑乃さんはそのまま目をつぶった。その隙に他の座席に移動しようかとも思ったけれど、気まずくなりそうだったのでやめておく。
動き出した窓からは住宅街がしばらく見えていたけれど、ほんの数分走っただけで完全な闇に包まれた。きっと明るいうちに乗っていれば、豊かな森や乾いた田んぼなど、それなりに風景が楽しめたのだろう。
枯月に行くのは十年ぶりくらいだろうか。山の中の集落で、森と田んぼ以外は本当に何もなかったのを覚えている。子供のころのわたしにはそれで十分だった。今から住めと言われたら、退屈で死んでしまうかもしれない。
(それでも帰ったら、やっぱ懐かしいのかな?)
あまり実感がわかない。
(時間が余ったら行ってみたい場所は……?)
意外と思いつかないなと思っていたら、まぶたが重くなってきた。
もうこうなったら何も思いつかない。思いついたとしても忘れてしまうのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ほら。もうつきますよ」
その言葉の意味を理解するのに十秒はかかった。開いた目に最初に映ったのはわたしの前に立つ青い目の黒髪少女だ。
「あれ? 乗り換えは?」
「もうとっくに終わりましたよ。やっぱり寝ぼけてたんですね。ふらついてたから具合でも悪いのかと思いましたよ」
見回してみても、車両が変わったような気はしない。けれど確かに、今は左端の席にいるので座っている位置は変わっている。
『まもなく枯月に到着します。本日最終列車となりますのでご注意ください』
機械的な女性の声のアナウンスが流れた。窓の外はやはり真っ暗で、移動してきたという実感は湧かない。
ドアが開くと冷たい風が吹き込んでくる。ホームにはうっすら雪が積もっていて、降りたときに少しだけ滑った。子供のころ、一度だけ電車を見に駅まできた覚えはあったはずだけれど、今この瞬間に懐かしさは感じない。
横で光が強くなったと思ったら、運転席の扉が開いていた。そこから中年男性の運転手さんが片足だけ降りてくる。
「本当にここで降りるのかい?」
「はい。お姉さんの故郷なんです」
そう答えたのは黑乃さんだった。嘘ではないし、年末の里帰りという違和感のない完璧な答えだ。
それなのに運転手さんは首を傾げて「たしかに里帰りの時期だが……」と口の中で言葉を転がしていた。
「なにか?」
わたしがそう聞くと「いやいいんだ。気をつけてな」と言って列車の中に戻っていった。
電車が行ってしまうと明かりと呼べるものは一切なく、完全な闇の中だ。空を見上げると、欠けて消えてしまいそうな月と満面の星空が広がっている。
「あっちの方向みたいですね」
黑乃さんがスマホの画面を見せてきた。せっかく闇に慣れてきた目が一気に戻るのを
感じる。
「見てもわからないから、近くまで行ったらナビして。枯月まではたぶん行けるから」
黑乃さんのスマホから目を背けて、自分のスマホのライトをつけて懐中電灯代わりにする。改札口と思われる、腰くらいの高さの柱が三本並ぶところを見つけて、そこを目指した。
「あ、これ見てください」
途中で黑乃さんが指さしたのは駅表札だった。さび付いてボロボロになった金属板にはっきりとした印字で『きさらぎ駅』と書かれている。
「え? 枯月じゃないの? さっきの運転手が間違えたってこと?」
だとしたら最悪だ。もう電車は来ないし、こんな場所ではタクシーなんかも捕まらないだろう。
「いえ、たぶん違います」
黑乃さんはカメラを起動して、スマホを横に構えていた。
「駅表札はひどく劣化しているのに、文字だけがはっきりと残っているのは変です。きっと誰かが元の文字の上から、書くなり塗るなりしたんだと思います。あと『きさらぎ駅』という駅は存在しません」
「え? 黑乃さんって電車にも詳しいの?」
「違います。有名な都市伝説なんですよ。存在しないはずの『きさらぎ駅』に迷い込んだ人がネットで助けを求め、消息を絶つ。そんなお話です。助けを求める書込み事態は探せば見つかると思います」
黑乃さんは何枚か写真を撮ると、スマホをいじり始めた。
「探さなくていいよ! え? じゃあその消息を絶った人はみんなここに来てたってこと?」
「その可能性もありますけど、わたしたちが追っている事件のことを考えると模倣している可能性のほうが高いと思います」
それは都市伝説よりも怖い可能性だった。
「つまり、黑乃さんを殺した犯人がやったってこと?」
「可能性がある……だけですけどね」
暗くて良く見えなかったけれど、黑乃さんはおびえていないように見えた。むしろ笑みさえ浮かべているような気さえする。
(たしかに犯人を捕まえるチャンスではあるけど……)
黑乃さんが歩き出した。
「二人だけでいると危険かもしれません。サクちゃんのいるところには警察がいると思うので、とりあえずそこを目指しましょう」
「う、うん。そうだね」
改札の先に光を当てると、余計に暗くなったように見えた。
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