第3話 12月26日のおかえりなさい
晴れているはずなのに、星はほとんど見えない。スマホで時間を確認すると、20時を過ぎたばかりだった。朝まで取り調べされる覚悟でいたので、この時間に帰路についているのはなんだか拍子抜けだ。
わたしの横にサクちゃんはいない。
わたしから離れるのを嫌がるかもしれないと思ったけれど、意外とすぐに婦警さんに懐いて騒ぐこともなかった。昨晩も黑乃さんとすぐ仲良くなっていたので、人懐っこい子なのかもしれない。
(安心して預かってもらえるからいいことなんだけど、わたしに懐いてくれてたわけじゃないって思うとなんだか寂しいな)
そんな独りよがりの考えを頭から追い出し、警察から聞いた黑乃さんの事件を思い返してみる。
『最近浜辺にはいったか?』
『都市伝説には詳しいか?』
『三日前何をしていた?』
主に聞かれたのはその三つだった。
黑乃さんの遺体が発見されたのはシーズンオフの浜辺だったらしい。詳しい場所は教えてもらえなかったけれど、すぐにニュースで流れるだろう。
都市伝説に関して聞かれたのも黑乃さん絡みなら違和感がない。もちろんわたしは全くと言っていいほどその辺の知識はないので、ムラナコの話を黑乃さんから聞いたと答えることしかできなかった。
問題は最後。『三日前』だ。
黑乃さんの死亡推定時刻が三日前だったらしい。つまり、昨日の時点ですでに黑乃さんは亡くなっていたのだ。
(じゃあ、わたしの家に泊まったのは誰なの?)
実は警察でも同じ質問をした。
(たまたま『誰か』を泊めただけだったら、すぐに開放してくれるよね)
遺留品と思われる髪の毛や黑乃さんの使ったコップは回収してもらったので『誰か』の正体は意外とすぐにわかるかもしれない。
(問題は……)
遺留品を探しているときに、郵便受けの中から脅迫状と似た紙が見つかったのだ。そこには『あと七日』と新聞から切り抜かれた文字で書かれていた。
(一回きりのイタズラじゃなかった)
警察は巡回を強化すると言っていたけれど、それだけで安心できるものではない。本気の脅迫文ならわたし自身も警戒しなければ危険だ。
気が付けばもう家の前まで来ていてた。こうやってぼぅっと歩いているのも危険なのかもしれない。
玄関を開ける前に、普段なら朝しか見ない郵便受けを確認した。中には何も入っていない。
鍵を開けて家に入ると、リビングの電気がついていた。
(そういえば消してなかったけ?)
もったいないと思いながらリビングに入ると先客がいて、心臓が止まりそうになった。
「あ、おかえりなさい。結構早かったですね」
ソファーに座っていたのは黒髪で青目の少女――黑乃さん。いや『誰か』だった。
「あ、あなたは誰なの?」
いつでも逃げ出せるように膝を曲げて身構えた。黑乃さんは口元だけで笑った。
「嫌ですね。昨日名乗ったじゃないですか。黑乃ですよ。目目 黑乃です」
「黑乃さんは三日前に殺されて亡くなってるの。あなたは黑乃さんじゃない」
『誰か』は表情を変えずに頷いた。
「そうです。黑乃は殺されました。すでに死んでいます。でも、黑乃は黑乃です」
昨日の早口が嘘のように、暗くゆったりとした口調だった。
「『神残し』というお話を御存じですか?」
「知らないけど、それが何だっていうの?」
「まぁ聞いてください。これも昔話なんですけど、ある日跡取りのいないお侍さんが戦争の途中にも関わらずお屋敷に帰ってくるところから話は始まります」
ほんの少しだけ、『誰か』が早口になった気がした。
「お侍さんは帰ってきてから他の人と会わなくなり、お嫁さんと長く過ごすようになります。そしてお嫁さんはお腹に跡取りを宿すのですが、それと同時にお侍さんは姿を消してしまいます」
『誰か』が立ち上がった。
「数日後、お嫁さんのもとにお侍さんのお骨が届きます。お侍さんは戦争でずっと前になくなっていたんです。ただ跡取りがいないのが心残りだったのでしょう。魂だけ――かどうかはわかりませんが、お嫁さんのもとへ帰って無念を晴らしたわけです」
「あなたもその『神残し』だっていいたいの?」
「似たようなものだと思います。この類話は山ほどありますし、都市伝説の中にも亡くなったはずの子供が忘れ物を届けたり、亡くなっている人が事故現場を教えて人命が救われる話はよくあります。きっと怪異のなかでは珍しくないほうなんでしょう」
実は左利きなんですとか、そんなことを言っているかのようだった。
わたしは一歩だけ距離をとる。
「そんなことを言われて、信じられるわけないでしょう! 本当だったとしても、そんな化け物に手を貸す理由もない!」
「そうでしょうか? むしろ嘘だったとしても協力するべきだと思いますけど?」
『誰か』は二歩近寄ってきた。
「黑乃は黑乃を殺した犯人を探しています。それはきっと、サクちゃんを置いていった犯人と関係があります」
「どうしてそんなこと……!」
「まず黑乃は『
「ウミトニ……? また怖い話?」
「そうですね。これはある海水浴場にまつわる都市伝説なんですが、三メートルはある大柄の化け物が新月の夜に砂浜に現れるそうです。そしてその化け物は身の丈ほどの刀を持っていて――」
『誰か』は自分の首に手刀を当てる。
「砂浜にいる人間の首を切り落とします。刀の切れ味は鋭く長さもあるので、ロングヘアーの場合は髪も一緒に切られるそうです」
「それを模したってことは……」
「はい。首を切り離されて、髪も同じところで切って体側と頭側に分けて砂浜に置かれていました。自分で見に行って確認したので間違いないです」
聞いただけで吐き気がしてくる。『誰か』も好きな都市伝説の話をしているはずなのに、目は今にも泣きそうなぐらい暗かった。
「もし犯人が都市伝説を模して人を殺しているのだとしたら、虹子さんとサクちゃんの件も同一犯の可能性があります。犯人を見つけたいのなら、虹子さんは黑乃と協力するべきです」
「うん。言いたいことはわかった。でも、あなたが犯人でないという証拠もない」
『誰か』は青い目を大きく見開いた。
「黑乃が犯人? なるほど。失念していました。黑乃以外から見るとそういう考え方もできるんですね。ただ何を示せば信用していただけるかわからないので、今は信用してくださいとしか言えません」
「詩歌のスマホを見て来たっていうのも嘘なんでしょ? そんな人を信用できるはずがない」
「それは嘘じゃないのですが……」
『誰か』は背中を向けてソファーに戻ると、小さな板を手に取った。スマホだ。わたしのではないし、詩歌のとも機種が違う。
「あ……」
『誰か』は画面を見て呟いた。
「なに? どうしたの?」
「サクちゃんの持っていた腕時計あるじゃないですか? あれのベルトをGPS機能のついたスマートベルトに変えておいたんです。見た目ではわかりにくいフェイクレザーのものに」
確かにサクちゃんは腕時計を持っていた。わたしがお願いしても絶対に手を離さなかった時計だ。
「サクちゃんから時計を奪ったの?」
「いえ。サクちゃんが時計を握ったままならベルトの交換はさせてくれましたよ。それでその時計なんですが、さっきまで動いていたんですよ。結構な速さだったので車だと思います」
「証拠品だから、研究所とかの調べられるところに移動させるんでしょ? 変なことじゃない」
「黑乃もそう思っていたんですが、妙なんです。動きが遅くなったので目的地に着いんだたと思うんですけど、警察の施設があるとは思えない場所なんですよ。山の中なんです」
『誰か』がスマホの画面をわたしに向けて近寄ってきた。地形図のようなものが映っているのはわかったけれど、画面が揺れて詳細はよくわからない。
「あ、手で持ってもらって大丈夫ですよ」
気づいたら『誰か』は手の届く距離にいた。
「あ、ありがと」
『誰か』のスマホに手を伸ばす――が、触れる寸前でわたしの手は止まった。
「え……なんで?」
スマホの中央に『枯月』という地名が見えた。わたしがいた施設『クピドの家』があった集落だ。
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