第5話 モフモフの美女じゃなくてスマンな!

「我、私が神だと?」


 思わず嗤うと、狐が肩を竦める気配。


「怒らないでくれよ、旦那。

 多くの人の記憶に残るってのは、知識の根源アカシックレコードって奴に記されるんだ。」


「わからん」


「あいよ、もう少し柔らかく言うか。

 たくさんの命の中で、魂は力だ。

 その力が残す痕跡は、生きてる場所の力の1つだ。

 その力の性質ってのは、ずっとずっと蓄積されて、その生きてる場所に残る。

 神様ってのも、その蓄積された力が集まって出てくる。

 大地や風や光り、人間や動物、植物を含めての命の力だ。

 死んだら、この大きな流れ、力に戻るだけだが。

 旦那は戻らず、小さな神威が宿っちまった。

 もちろん、こんな場所に流れ着いちまった事じゃない。

 多くの生きている人間に、こうであるっていう形を造られたって事だ。

 水が飲める。

 火が燃えるってのと同じくらいに、一度に、たくさんの人間に、旦那はこうである、っていう風にだ。

 噂話だったとしてもね。

 たぶん、権威のある坊さんも、旦那を聖人もしくは善き信徒であった。と、名誉回復したのも相乗効果になったんだろう。

 時を経ても記憶に継がれるぐらいにね。

 すると、命の力に戻るだけだった旦那の魂は、形を与えらることになった。

 小さな、変化だったけどね。

 旦那は、アラガミ、荒ぶる、怖い、小さな神様になった。

 いや、なりかかったが正しいか。」


「では、神ではないのだな。

 そんな面白い冗談を、あの豚どもに聞かせてやりたかった。

 さすれば、私を焼き殺す事無く狂人として晒したはずよ。

 確かに狂人の如く真実を喚けば、もっと面白いことになったであろう。うむ、たしかに心残りであるな」


「冗談じゃないし、そういうところが変なんだよ。

 アラガミ様になっていたはずが、旦那は腐った死体で、のほほんとオヤジ臭い言動をこぼしてるってわけよ」


「それは貶しているぞ」


「褒めてますよ、ただ、おだやかだ。違いますか?」


 死を迎えれば、そうあるものではないのか?

 悲嘆、悲憤、そのような疲れる事は考えたくなかった。


「寛容か?単に、興味が無いだけぞ。死んでまで何を駆り立てて生きねばならぬ。いや、生きるとは妙な言い回しになったな」


「ほら、こんな雑談してくれる荒神様なんぞ、いませんよ。

 疫病振りまいたり、争いごとを呼んだり、それこそ死屍累々陰々滅々、側にいるだけで死にますわ」


「荒神な、荒ぶる神か。

 何に怒る事があるだろうか、己にか、何と皮肉で孤独なことよ。

 呼ばれた事で、荒神にならなかったのか」


「たぶん、呼ばれて、御子様方が憑いてきたからでしょうね」


「どういうことだ?」


「おっかねぇ気配はしますけど、一生懸命、御子様方が張り付いてますんで。

 旦那は荒神様にはならんで、ただのオジサンになっているわけですよ」


「私の妹と弟がか?」


「小荒神様の小神使のはずが、抑えの封印をしている感じですね。まぁ血縁の誼で、悪い感情を散らしているんでしょう。

 それに目隠しもしているのは、たぶん、旦那の生国の神様の思し召しって奴みたいですよ」


「神の思し召しだと?」


「えぇっと旦那の目を隠してる札に描いてあるんですがね、悪い物事を避けるようにって呪いですね。

 身動きしづらくて見えないのは、全部、思し召しって事で。

 だから、御子様方を引き剥がしたり、札を自分で剥がそうってのはしない方がいいですよ」


「神、か」


「何ですか、旦那?何か面白いんで」


 神を感じられず、神を信じられなかった。

 だが、死んで今ある。

 狂気の末か、絶命の時に見る長い夢かは知らねど。

 この地獄とも思えぬ異界にて、神を知るとは、なんと、表現してよいかわからない。

 悲しむべきか、怒るべきか、それとも己を憐れむべきか。

 しんと静まり返った心の中、この死人の中に未だに魂はとどまっているのか。それとも全てが幻か。

 不思議である。

 ともかく不思議だ。

 泣きたい気持ちもしたが、それよりも哀れに付き合わされる傍らの姿を感じ取ろうと考えた。

 すると、微かな息遣いがわかった。

 子供の、微かでせわしない息遣いだ。

 それにモゾモゾと身動ぎしては、周りを見回し何やら考える様子さえわかった。

 わかると、拘束と思えたものが、小さな手の感触にかわる。

 既に成人したはずの弟妹のはずだ。だが、感じるのは幼い者である。


「誠に済まぬな」


 声をかけると、手が握り返される。

 なんと暖かく心地よいことか。

 彼らの名前が思い出せぬのは、死んだからか。

 早く思い出さねばならぬ。


「いや、思い出しちゃならんですよ。名はここでは力ですからね。弟様と妹様でいいでしょう。

 読み取る能力の者もいるはずですからね」


「お前のようにか?」


「俺の場合は、違いますよ。

 旦那に憑いているんでね。

 それよりも、旦那。

 気になる事があるんだよね」


「何だ?」


「また、隙間があったら詳しく云いますけどね。神様の気配はしないが、黄泉の匂いがするんでさ。

 それに司祭の話を整理すると、この国はいちゃ不味い」


「それで?」


「まぁ旦那の淡白さにも慣れてきましたよ。

 忌神様ってのは、なんじゃないかってさ」


「全部か、この国全部、土地も含めてか」


「察しが良くてありがてぇや。

 まぁ察しても、どうでもいいって感じですけど。

 脅かすってわけじゃねぇけども、血肉を蒔いて刈り取るって話を聞いてから、ちょっとばかし思い出そうとしてたんだよね。あれ、何か聞いたことあるよなぁって」


「何か心当たりがあるのか?」


「俺が仕えた神様方は、けっこう寛容で大雑把でさ。

 それでも穢に対しては、絶対にゆるさねぇ。

 あの世とこの世の境もはっきりしてる。

 だから、死人様を担ぎ出すような行いは、神罰が下る。

 だがよ、俺はここにいる。

 ぽいと投げ捨てられてここにいるが、俺はそれなりに神様方のご信頼は篤いと考えてきた。」


「よくわからんが、結論は何だ?」


「神様方が俺をこっちに渡したんなら、ここもやっぱり大神様と繋がる場所って事だ」


「なるほど、だが、お前はここに神はいないと感じているのだな」


「ここにはね、いないと思ったんだよね。

 神様が不在の場所。

 偽物の何かがいる場所。

 じゃぁ神様じゃない忌神様ってのは何だ?

 でも、俺はここに寄越されたわけでさ、でも、司祭は神はいないって言う。

 じゃぁ何がいる?

 ここで、旦那と同じ理屈が当てはまるんだよ。」


「私と同じ理屈、つまり、存在しない架空の対象でも多数が信心すれば神となるか」


「条件は同じだ。

 けど、こっちは規模が大きい上に、ガチガチに条件付がされている。

 たぶん、信心しているここの臣民は気がついていないが、俺の生国で言う、エキジンなんじゃねぇかなぁってさ。」


「エキジンとは何だ?」


「病をはやらせる神、災難を起こす神、旦那の国でいうと、何になるかな、魔神か悪魔か。

 ともかく、良くない神だ」


「だが、私の知る悪魔崇拝とは違うであろう?」


「俺の宗教とは違うからね、何と表現するとぴったりくるのかわからんが、自然を崇めて神とする感じに似ているんだ。

 だから、悪いって事じゃない。

 ただ、この良くないってのの幅がな、俺と旦那の考える幅より広そうっていうか」


 その時、小部屋の先の通路から気配がした。

 狐も気がついたのか、早口で続けた。


「何となくだが、ここは腹の中って思ったんだ。

 牢屋って言えば良いのかな。

 ともかく、ここから離れられるなら、あの光ってる国の方が良さそうだって事」


「神が座す場所か?」


「旦那の考える神様ってさ」


 そこで狐は口を閉じた。

 直ぐ側まで気配が来ている。

 司祭と違う足音。

 小走りで弾む子馬のような足音だ。


「わぁすごいですぅ、これはすごいぃ〜ここ一番のですねぇ。でも、小さき守護神様が二人も頑張ってるなんて、もっともっと感動ですぅ」


 女児の甲高い声が、先の通路から早くも聞こえた。


「やべぇ、ありゃ、やべぇ。とんでもねぇが来やがった。」


シャーマンか」


「旦那の考える意味が今回は正しそうだぜ。ありゃぁ口寄せとか神憑りが得意な奴だ。厄介だぜぇ」


「厄介か」


「こっちの行動はだ」


「別段、矮小な人ひとり、神が何を思うか」


「人、ならね」


「わぁ大きな狐さんですねぇ〜尻尾がたくさんありますねぇ。でも女の人じゃなくてよかったですぅ」


「何故だい?オリザ」


「先生も知ってるでしょ?

 幸運の星をいっぱいもってる女の人だと、他の方々が意地悪しちゃいます」


「まぁそれに見合った慈愛をもっていれば、そのような恐ろしいことにはなりませんよ」


「特に、三番目のお方が抱えると、幸せが全力疾走で逃げるって話ですよぅ」


「それも本人が奢らず努力すれば、恐ろしい目には、たぶん..」


 司祭の口調から、言い訳が難しい話題のようだ。


「俺、一応、でよかった。神様あるあるだよね、美少年美少女美女美男、だいだい不幸不運のフルコースだもんね。めっちゃ怖い」


「お前、正体も狐なのか?」


「俺の親は、かのセッショウセキになった方の系列ですが、これでも一応、は人でしたね」


「セッショウ、殺生?」


「キツネ顔の男ですわ、美形はここだと神々から総スカンって事なのか?」


「違いますよぅ狐の人。

 女の人で方々に気に入られると、大変だって事です。

 美しくて、魂も綺麗だと、長生きできません。

 そして美しくて、魂が強くても、長生きできません。

 美しくて、魂が醜いと、長生きできますが、方々が喜んで色々な遊びをしかけます。」


「じゃぁ醜女はどうなんだ?」


「実はどのような姿形でも、神々は美しいとも醜いともしていません。

 美しいと人間が考えているだけです。

 そうして人間が考えて注目するから、大変なのです」


「なるほど、だが、俺が女じゃないほうがいいってどういう事だい?」


「そこの大きな人は、六番目の肝いりで、七番目の意志を宿し、八番目の方が招かれましたから」


 わからない答えに狐が絶句し、代わりに遅れて部屋に入ってきた司祭が続けた。


「番号は俗称です。六番目の神様に見初められ、七番目の神の意志をもって顕現し、八番目の神に招かれた。つまり三柱もの神に呼ばれた。と、オリザ見習い巫女が申しております」


「曲がらないのかい?」


「オリザの言葉は曲がりません。故にここでは禁忌であり、災厄と呼ばれております」


「で、どういう意味?」


「騎士ファルコは、三柱の神々に招かれており、そこに不要な女人の使い魔なぞがいれば不浄とされていただろうという事。

 守護に二人の幼き方が憑いておりますが、それは縁者。

 しかし使役される者が女人であると、六番目の方と七番目の方は特に不浄とされるだろうと」


「あぁわかった。俺の系列で女の場合、穢として消滅してたって話かぁ。それなら納得。

 俺の家系、女の場合、殆どだから。納得ぅ」


 それよりも気になる事があった。

 私は動かない右手を上げそうになる。

 だが、動かないはずが、右手の弟が補助するように片手を上げるように動かした。

 おやと思うが、ふんふんと鼻息をもって私の腕を上にあげる。

 どうやら、私が動かしたいと思ったのを察したようだ。


「おや、どうしました」


「そこな子供は、確かに私を神罰と言ったが」


 これだけは、よく意味として聞き取れたのだ。

 私に向けて、この子供は言った。


「先に一言だけ、このオリザには分別と沈黙を強いる事は無理です。生まれた時からの性質にございます。故に、責任は私に、そして寛大な心で耳を傾けてください」


「相分かった」


「オリザ、ここから移動の間に向かいますよ。向こうに落ち着いたらたくさんお喋りをしてかまいません。

 だから、ここでは貴女のお喋りでも重要なことだけ答えなさい。それから方々の声は切りなさい」


「はぁい先生」


「では、そこの騎士ファルコにご挨拶です。最初に挨拶をきちんとしないと駄目でしょう?」


 座る我々の左手、日差しが入るだろう窓から少し離れた場所から身動き、多分、挨拶の仕草をする気配。


「皆様、始めまして。東峰神殿より参りました、見習い巫女のオリザと申します。

 これよりメザシュピツナである貴方様がたのお世話を担当いたします。どうぞよろしくお願いします」


「面倒をかける、ファルコと申す。

 この通り盲目ゆえ世話をかけるが、よしなに」


「はい、ファルコ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「許す」


 それに傍らの狐がふぅと息を吐いた。


「それで、旦那と俺について何かあるんだろう?」


「オリザ、少しだけお喋りしてもいいですよ。騎士ファルコ、この子の雑談は色々意味があるので、返事はしなくとも聞いていたほうが得です。オリザ、神罰とは彼らのことですか?」


「可能性は2つだと方々は言っていました」


「2つ、わかりやすく教えておくれ」


「連邦にてたくさんのお慈悲が消えました。

 原因は、王国がもたらしたメザシュピツナです。

 これで猶予は消えました。

 今回の招聘によって最後だと思います」


「つまり、罰当たりな事を他所の国で、我々が引き起こした。

 だから、神罰として彼らが来たと?」


「本当なら、ファルコ様が交じる最後の招聘にて、怖い事がおきる道でした。

 けど、目の前のファルコ様には、とても楽しい気配がします。

 狐の人も、そこの子達も。

 今度、連邦に行ったら、遊びましょ。私、オリザ。

 得意なのはお絵描き。

 かけっこは少し苦手。

 先生は、野菜をもっと食べろって言うけど、苦いの嫌い」


「オリザ、つまり、1つの道は閉じたのだね。

 もう一つの道はどうなるのだ?」


「先生と私と、アケロンの人、ファルコ様達で旅をします。私達がいなくなったら始まります」


「私を神罰といったのは?」


 それに妹の方に話しかけていた巫女は、ちょっと考えこんだ。

 そしてウンウンと頷きながら言った。


「ファルコ様が切っ掛けで、怖い事がおきるはずだった。

 けど、それは無くなった。

 怖いことは起きないけど、救いも無くなった。」


「狐」


「あぁ何ていうか、旦那が穏やかで良かったってことさ」


「さて、オリザと共に移動の間に向かいます。そこで私達が暮らす塔へと移動し、本来なら馴染むまで居をかまえるのですが。

 どうやら、方々は猶予を残してはくださらなかった。

 最速で移動をすることになります。

 今夜はその移動の間から、東峰神殿本殿へと飛び。そこで宿泊後、明日、私が随行するアケロンへと混じります。

 その後は、連邦への道が開かれ次第移動となるでしょう。」


 そして先へと促され、彼らが来た東の方向へと通路をすすむ。

 それからは、誰も喋らなかった。

 通路には、この国の臣民らしき者達がおり、複数の気配が行き来していた。

 通路ですれ違う度に、イズラエルに礼をとるように立ち止まる。

 高位の者であるイズラエルが、どのような者かと思うも、その本人からの情報のみで、ここではなんら確証のない話だ。


 そうすべて絵空事でもある。


 落ち着いているのは、自分が死んだと確信しているし、今も炎に焼かれているのを感じるからだ。

 それすらも死の間際の幻想で、この両手を握る感覚も嘘だ。

 と、狐と称する道化が側にいるのも、ぜんぶ否定しようと思えばできる。


 だが現実は、死体であるはずなのに、息をし臭いを感じ、理解し難い全てに集中してる。

 理由?

 何もかも間違っていた、何もかも嘘であった。

 と、向き合ってきた全てを否定されると、面白く感じた。

 これまでの人生が、あまりにもお粗末と笑われたほうが、楽だった。

 死んで、楽になったと本当に思えてしまうのだ。

 怒るのが真っ当であるなら、そんな真っ当さはいらない。

 聖人でもあるまいし死後に復活し、さらに遺骸は未だに燃える姿。更には弟妹の霊までいるという。

 そして呼ばれた地獄には、奇妙奇っ怪な害獣とやらが闊歩し、呼ばれ出た者にペテンをかけようとする。

 今までの悲嘆悲痛、人の世であった苦しみが、本当は間違っていたのだと言われているようで、物悲しくも面白い。


 ただ、そんな考えを混ぜていながらも、小さな疑念と不安はあった。


 今、何かとても危険な場所で、危うい選択を迫られているのではないか?

 と、予感がした。


 危うい、そして、決定的な間違いを自分が選んで、自分以外の何かが大きく損なわれるような、とても、厭な予感だ。


 死は、訪れてしまった。


 だが、それは自分の選んだ末の事だ。

 この厭な予感は違う。


 何の関係もない選択の裏に、仕込み言葉と同じく何かがある。

 嵐の前の空の具合。

 人が亡くなる前の静けさ。

 戦で対峙した時の、あの開戦前の一瞬。

 不幸や不運、痛みや悲しみの前に感じる不安。


 死ぬ事。

 苦しむ事。


 それは既に今ある状態だが、この不安を嗅ぎ取る。


 死後、狐のいう思し召しを神から受け取ったのは、本当かも知れない。

 描線画のような視界、通路は右手が開放部分のようで、半円を描く窓が続いている。

 この浮き上がるような景色は、その思し召しなのだろう。

 ただ、人は、やはり靄のような感じで具体的には見えない。

 薄灰色の視界に線ははしり、描きかけの絵のようである。


 司祭、巫女、私、狐が並んで進む。

 天井は高く、線は途切れて消えていた。

 建物は3階吹き抜けの通路ようだ。

 構造物としてこの砦は巨大で、外殻は気が遠くなるほどの大きさなのだろう。

 さらに先程の石喰いともなれば、山が動いたという表現も間違いではないようだ。


 では、同じくペテンにかけられた者達が入った地下の街は、よほど大きな物かもしれない。


 通路はやがて北に折れ、少し上りなり、開けた場所へとたどり着く。

 円形の部屋で奥と左側にひな壇がある。

 ただ、中央は闘技場のように、何も置かれてはいなかった。


「イヤルメザで発展したのは、法陣です。

 これは呪術と魔術の組み合わせで行う、法術のことですね」


 部屋に入ると、中の者数名に声を掛けつつ、イズラエルが語りだした。


「注釈するとだ、違いは、どこから力を引っ張るかだよ」


「まったくわからん」


 狐の注釈に首をひねる。


「まぁ今はそのお話は後にしましょう。

 ここは移動する為の部屋です。

 この部屋には、目的地に向かって一方通行になっています。

 固定した場所へと運んでくれるのです。

 さて、皆さん、私の側に来てください」


 ここも石畳だが、ゴツゴツとしていて平坦ではない。

 だが、線描画の景色に、そこだけは不思議な紋様が広がっていた。

 過去、私が見たことのある堕落した者共が描いていた魔法陣なるものとは違い、精緻で難解な文字?紋様が多重の円で描かれていた。

 これは数学者の描く難解な数式のようにも見えた。

 そしてとても調和が取れ美しい物であった。


「さて、浮遊感は一瞬ですが、騎士ファルコ殿に、お憑きの方ははぐれぬように手を、まぁ御令嬢や御令息方は元より大丈夫ですが、狐の人は手を添えてください」


「狐の人呼びがが定着してなによりだよ。ファルコの旦那、触るけど殴らないでくれよ」


「誰が殴るんだ」


「剣を持ってる奴は、反射で斬ってくるし兵隊は後ろから掴むと投げるし殴るから」


 そう言うと狐はそっと右肘に手を置いた。

 想像とは違い、人の手ではなく、正しく狐の前足に思えた。


「いや、ファルコの旦那。俺を人間だと認識してくれれば、ちゃんと人の手になるよ。

 旦那の中で、どんな想像してんのか知らんけど、俺、ちゃんと人形だからね」


 そんな無駄口の途中で、体がフワリと浮いた。

 浮いたのは感覚だけではなかったらしく、次の瞬間地面に足がつくと、ガシャリと甲冑が落ちて音を立てた。


 急に森の木々に囲まれているような気配に包まれた。


「きっとを呼ばれたんですね、ちょっと楽しみです。

 でも、本当に良かった!

 これでですね、先生」






(注)荒神、アラガミとしていますが、コウジンが普通の読み方。

 また、疫神は疫病神の事。

 セッショウセキ、殺生石は伝説の狐の溶岩石?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る