第4話 牛頭、八岐、坂東の虎の共通点ってな〜んだ?

「砦って言ってたけど、旦那の国の砦とか、俺の考える砦とはちょっと違う作りだね。」


 イズラエルの後に続きながら、狐が状況を口にする。


「兵は、まぁ旦那の国の兵装に近いのかなぁ。まぁ旦那が俺の知ってる国の人だって前提だけどねぇ。

 えぇっと、石造りの砦っていうかお城の回廊だな。旦那の左手は開放部分で外が見える。

 その外には見上げるような大きな壁だ。空がちっちぇや、その壁を外殻っていうらしい。」


「誰に聞いたんだ?」


「そこで暇そうにしてるジバクレイに」


「何だそれは?」


「うぅん、染み付いた記憶って奴かなぁ。

 ここ何年も何十年も、いや、何百年かな?

 こうして呼び出し続けてる内に、ここの砦にはたくさんの記憶が染み込んだ。

 だから、ちょっと声をかけると、教えてくれるのさ」


幽霊fantasma化け物monstruo、どちらなのだ?」


「あ〜齟齬があると、その部分だけ相手の言葉で聞こえるのか。

 まぁ俺の場合、直の意味が伝わる仕様かぁ。

 違うってのがわかるから、呼ばれたのこれかなぁ。同じ言語、文化圏でもないのに、ひっぱられたしな。特殊な文化っちゃぁ、お国柄だしね」


「何だ?」


「俺の生国は特殊な文化の発展をしてんだよ。さっきのガキと似た場所かもね。だから、何がどう変な場所でもそれなりにやっていけるっていうかね。

 話は戻るが、ジバクレイってのは、そうだなぁ、死者の記憶だね」


「ふむ」


「つまり、ここで死ぬとジョウブツできないかもなぁ。」


「ジョウブツ?」


「昇天ね」


「大丈夫ですよ、との繋がりを持てば、生命の木へとたどり着き、許しを得る事ができるでしょう」


 口を挟むイズラエルに、狐がぺぺッと唾を吐くような気配。

 失礼な態度に、司祭はホホホと笑って返した。

 気安い雰囲気で、狐は司祭をそれなりに敵から外しているのか、いないのか。多分、これが化かしあいというものなのか?


「いや、ここぞとばかりにそっちの神を売りこまんでほしいから」


「忌神を信仰する者は、どうなるのだ?」


 こちらの問いに、イズラエルはため息をついた。

 そのため息に様々な意味があるように思えた。


どうにもなりませんよ無に還るだけのこと。さて、メザシュピツナは、この砦にて暫くすごす事となります。

 我らの国は、同様の砦が5つあり、それが国を囲むようにあります。

 王や臣民の暮らす王国は、この砦と外殻の内側に広がっています。

 そしてメザシュピツナから臣民になるには、一定の基準、功績が必要なのです。

 その功績をもって、臣民となり中で暮らす事ができます。」


「功績って、どんな?」


「もちろん、より多くの害獣を仕留め、神の御心にそう行いをし続ける事です」


「あの将軍は臣民なのかい?」


「臣民ではないですねぇ、特別枠ですが。」


「まぁいいや、どうせ胸糞悪くなる話だろうしね」


「よくおわかりで。さて、他の方々は、この砦地下にあるメザシュピツナの都市に入ります。

 特殊な都市で非常に便利かつ快適です」


「で、実際は?」


「力で殆ど解決できる治安状態ですので、臣民の婦女子や子供は立入禁止です」


「ほぅ」


「旦那、何で興味示すんですか。やめてくれよな」


「ですので、先程の子供達と貴方は、私の管轄に引き取ることにしました。」


「どっちもどっちなんじゃねぇの?」


「こちらは、臣民から脱落した懲役囚を纏めています」


「ほぅ」


「旦那、そう楽しみって雰囲気やめぇや。何で楽しみなのかわからんし」


「何がどう己に関わったとしても、死して滅するのなら、どうでもよいのだ。

 だが、どうでも良いとして、新たに知る事は楽しい。

 ここ数年、顔を見るのは拷問士か肥え太った愚か者だけであった。

 絵空事であろうと、嘘であろうと、知らぬ事を知るのは喜びである。

 故に、害獣とは何であるか?」


「おっ、長文饒舌に何を話すかと思えば、まぁ俺も知りたいなぁ」


 それにイズラエルは、なるほど。と、頷いたようである。


「では、寄り道を少しだけ。そしてその前に、少し語りましょうか。

 まずは、1つ。

 私が、どのように線を描いてもを持っています。

 これはメザシュピツナに対しては、定めを持っています。

 これを覚えて聞いていただけるとありがたい」


「それはが定めた事かい?」


「神の裁定は絶対ですね。

 さて、この曲る定めは、メザシュピツナを導く為にあります。

 これを汲み取って、これから話す事をよくよく聞いてください。」


「旦那、ぼ〜っとしてるけど意味はわかったかい?」


「いや、お前がおけ」


「何か、だんだん、旦那も本調子になってきたね。いつも従者とかに、良きに計らえってやってたの?

 まぁいいや。

 つまり、この司祭は神様の支配下にあるから、どうしても俺たち来訪者に不利になる言動をしてしまうんだとさ」


「ほぅ、その割に、我々には色々喋っているが?」


「たぶん、言葉だけに呪いがかかってるのさ。それを意識して婉曲に表現したり別の言い回しをしたり、そうだなぁ、真逆の表現をしたりして匂わせて喋ると良いんじゃねぇの?

 最初から時々呪言じゅごんを混ぜてるが、そういう仕込み言葉は、許されてる。

 受け取る来訪者の能力や努力次第で聞こえる、ならいいとかさ」


 それには何も言わずにイズラエルは続けた。


「メザシュピツナを、導くお話をしましょう。

 イヤルメザ王国は、大渓谷と呼ばれる巨大な渓谷を北にした南の大地にあります。


 この砦は王国の一番北側にあり、北の五番砦とよばれています。

 もう少し洒落た呼び名でもいいでしょうに。


 地理的には、この大渓谷を挟んだ北の高地にソルソンド連邦の首都があります。

 そして連邦というだけあり、多くの少国群がありますね。

 連邦の殆どが、亜人族という我々とは姿の違う人々が暮らし、独自の文化を築いているのです。

 そしてメザシュピツナに対して、彼らを敵対者として我々は教えます。」


「違うのかい?」


「神々は兄弟であり、主神は母であり、失われたのは父なのです」


「うぅん」


「どうした?」


「面倒くさい説明の仕方されるから、消化に悪いわぁ」


 ホホホと又、イズラエルが笑った。


「オクゲさんみたいや、って考えればいいのか。そうか、なるほどねぇ。

 えーとだな、ソルソンド連邦とは、仲は良くないが、戦争しているという訳でもない。

 神様的には、本当は兄弟で家族って事だ。もちろん、色々あるんだろうけどさ」


「ソルソンド連邦には、主神が眠る場所があり、その守護によって、高地全体に結界があるのです。その結界は国境ともいいます」


「そういう情報は曲がらないんだねぇ」


「真なる神々を偽ってはなりませんからね。

 さて、大渓谷のこちら側に、そのお力は及びません。

 我々は忌神空白の座を祀っているからですね。

 偉大な忌神偽神を祀る臣民盲目の民には必要がありませんから」


「旦那、わかりましたか?」


「大丈夫だ、死体で腐っていても理解したぞ」


「つまり、ここは楽園で、追い出されたわけじゃないんだよってを聞かされているんだよなぁ」


 正解だったらしく、イズラエルは肯定の含み笑いだ。


「代わりに我々は、メザシュピツナを呼ぶ儀式を行い、この赤い大地を治める事ができるのです。」


「赤い大地?」


「もうすぐ北側の景色が見える場所に出ますよ。みればわかりますが、大渓谷より此方側は、大地が赤いのです。

 土壌に金属が多く混ざっているからですね。

 この金属を抽出し、加工する技術でしていますよ」


「違うのか?」


 その疑問には答えず、イズラエルは嗤いながら続けた。


「臣民は3つの姿があります。

 私は、上級と呼ばれる臣民で、仕事収穫をしたことがありません。

 私のような1割にも満たない臣民愚者が、愚者の王の側に侍っていますが、これが上級下衆臣民あつまりですね。

 そして殆どの臣民盲目の民が中級と呼ばれる人々で、仕事収穫をしています。彼らによって、我々は生かされているのですね。

 さて、その他の臣民を下級とは呼びません。

 彼らは、忌神の恩恵を受け、眠る者です。

 長らく、この国を支えた中級の臣民が成るモノです。

 彼らは栄えある王国を支えた真の臣民冥府の民とされています。」


「仕事の意味は何だ?

 その眠る者とは何だ?

 この質問をさせる意味は何だ?」


「さて、メザシュピツナが害獣を退治した後に、糧を収穫します。

 それは、全ての臣民の飢えを満たすモノですね。

 私は仕事をしませんので、この糧を食べる事はありません。

 私の養い子や、気にかけている者にも与えません。

 何故なら、私達は働いていないからです。

 働いて、糧を受け入れ、そして神に祈ると、真の臣民となり眠る。やがて眠りから覚めた時、神を身近に感じるようになるのです。」


 イズラエルは、声を落とすと小さく呟いた。


「臣民は、収穫し糧をもって、生きて騙されています。

 私は、収穫をせず、糧を得ずに、ここにいます。

 臣民は、収穫し糧を得て、眠りにつきます。

 私は、収穫をせず、眠らずに目覚めたまま、終わりを得るでしょう。

 死者臣民は、糧を得て、死ぬことを忘れます。

 生者脱落者は、飢えて、死ぬでしょう。

 だたし、ここは素晴らしい国変化前の土壌なので、飢える殺される事はありえません。

 ここでは、誰も、飢え死にません。

 そして上級の臣民は、かの連邦の食料を手に入れているのです。」


 繋がらない意味を追う。

 どういう事だろうか?


「一応、間違っているかも知れねぇけど。

 旦那が最初に言った言葉道理、ここは地獄で、あっちが神様の国って事だ。

 ヨモツヘグイしねぇようにって警告じゃねぇかなぁ。」


「ヨモツヘグイ?」


「あ〜地獄で飲み食いしちゃならねぇって事だよ。それに仕事って言っちゃいるが、これも、まぁなぁ。

 一応、なんとなくわかってきたけど、結論だけ言えばだ、ここはやべぇ」


「よくわからぬ」


「わからなくていいんでしょうよ、わからないように喋ってるみたいだしね」


「さて、ここからだと少し外が見えます」


「おっ何か回廊から尖塔っぽい場所に出たよ。外殻より高い場所だ。ひえぇ」


「どうした?」


「赤い、不毛の土地と、地面が信じられねぇ感じで割れてら。

 青い山々が霞んでいるが、高地に緑が綺麗だ。

 どう転んでも、こっちが地獄であっちが天国だ。

 これで、臣民とやらが屁理屈こね回さなけりゃならねぇ理由がわからぁ。

 あの山の向こう、何か光ってるがあっちが神域かもしれねぇなぁ」


 狐の言葉に、イズラエルがふぅと息を吐いた。


「この赤い大地は不毛に見えますが、多彩な生き物と植物が隠れています。」


「旱魃で干上がってる景色って想像すればいいよ。まぁ地獄らしいけどさ。夕方かな、空の景色は、想像以上に違うなぁ」


「この砦と外殻が囲む中心に、臣民の暮らす土地があります。

 こちらは黒い大地と呼ばれる普通の土壌ですね。

 しかし、その黒い大地では、全ての臣民を養う事はできません。

 耕作に向かず、植物も家禽も、なかなか育たないのです。

 そこでこの赤い大地から、食料を調達しています。」


「そりゃまた、どんなテヅマなんだい?」


「害獣の血肉を蒔くと地中から実るのです」


「なんだって?」


「はい、昼の内に、害獣を始末し、土壌に蒔くのですよ」


「土に蒔く?」


「養分を蒔くと、収穫できる実が生えるのです」


「どうした?」


「旦那、今の聞きました?」


「あぁ、聞いたが?」


「赤茶けて干からびた土地に、生き物の血肉を蒔くと生えるって、怖いんだけど」


「どうしてだ?」


「説明しないと駄目なの?

 よくよく考えてくださいよ。

 つまり、この干からびた土地の下に、生き物を食らう何かが広がってるって話っすよ」


「植物の肥料ではないのか?

 生き物の糞を蒔くようなものであろう」


「あ〜違うんだよ、そうじゃねぇんだよ、旦那」


理解されているようで結構」


「どういう事だ?」


「この司祭さんのいう話をだ、そのまま聞くとこうなるんだよ、旦那。

 昼間に生き物の血肉を蒔く。

 夜に、血肉を食らった何かの実がなる。

 人々が収穫し、朝には更地だ。

 広大な地面の下に、それは広がっているんだよ。

 そして来訪者が、わき出す害獣を殺しては地面に蒔く。

 すると、そこから食い物ができる。

 何が食い物を生み出してる?

 害獣の死骸が地面に吸収されると出てくる食べ物ってなんだよ。

 もし、この赤土のところで、人間が寝たら、夜にはどうなるんだ?

 転んで怪我でもしたら、地面に吸い込まれそうじゃねぇかよ」


「ここは異界であろう?」


「旦那、それで納得しちゃだめだよ」


「あの子供らが望郷の念も父母への思いも、忘れ去っているのと同じく、我、いや、私も死人ゆえ、あまり何も思わぬ」


「あのガキどもは、呪われてんだから当たり前だって話だよ、旦那。」


「当たり前ではない。全てが違うのだ。狐よ、何もおかしくはないのだ」


「あぁそうか。そういう理屈になるか。

 でも、ここではそれ以外の選択肢は無いから、普通って事かな。

 それでも気になる事はあるんだよね。

 害獣を退治した後、実の収穫は臣民の仕事ってことだよな」


 イズラエルが首肯する気配。


「じゃぁ臣民は、夜に働いているのかい?」


「よく気が付かれました。中級の臣民は、夜に仕事をします。日没後に、ほとんどの臣民が目覚めるでしょう。

 ですので、昼間の内に、石喰いの発生した場所では、力の限り討伐をするのです。」


「昼間は来訪者が害獣を狩り、夜間は中級の臣民が実を収穫する。

 やっぱり、ここの人ってのと、俺が考える人ってのは、違うんだねぇ」


「きっと連シィ..ケス、暮らゲレティウっとな..エルデでしょう」


「あ〜なんて?」


「まぁ大したことではありませんが、話してはならないという圧が大きくなってきました。

 たぶん、貴方の神が制限を広げたのでしょう」


「どういう事だ?」


「司祭の神様より、旦那の神様のほうが力が強いってことらしいよ」


「ほとんど、お前たちの話がわからん」


「まぁいいんじゃねぇ」


 実際、余分な話だったようで、イズラエルは話をもとに戻した。


「さて、神の加護によって臣民は飢える事無く暮らしています。それもこれもメザシュピツナの方々の献身のおかげですね。

 そろそろ波が来る頃、耳を澄ませてみてください。地響きと風が聞こえるでしょう?

 先触れとして、引率者のが見えるはずです」


 イズラエルの言葉が終わるとすぐ、左手からズシンと響く音が聞こえた。そして、それに合わせるように、振動も足元から伝わる。


「石喰いは人を喰いませんが、飢えると外殻を喰らおうとします。

 その時は、メザシュピツナの中でも特に魔力の高い者に討伐をお願いします。

 ですが、本来は、この石喰いは討伐せずに歩かせます。

 この石喰いは、他の害獣の群れを集める性質を持っているからです。」


 次第に地響きは、揺れになり、建物が軋み、パラパラと何かが落ちる。

 耳から拾うのは、奇妙な生き物の巨大な気配、そして呼吸音だ。


「山だ。

 人の形をした山みたいなのが動いてる。

 ダイダラボウ、いや、そんなもんじゃねぇや。

 悪霊か魔物だな、顔は穴に歯が並んでる。芋虫みたいだな。

 目も耳も鼻もない。

 頭部にざんばらの髪が生えてる。

 下半身は毛に覆われてるが二足歩行。

 顔の穴、口からすげぇ勢いで息を吐き散らしてるが、匂いはあんまりしねぇな。

 手は、ありゃぁ何だ?

 これ人間と蚯蚓がまじってるみたいな感じだ。

 外殻、それがちょうど腰ぐらいで、とんでもねぇ大きさだが、こっちには興味がねぇようだ。」


 狐が早口で様子を説明している。

 無意識だろうが、狐は自分の背後に位置を変え、隠れていた。

 巨大な気配、それは何か自然の物に思えた。

 山と言うが、荒天の風のような、とらえどころがないのに荒々しい。生き物というより、もっと別のようにも思えた。


「後ろに続いているのが害獣ですね」


「外殻に阻まれて近くは見えねぇが、川の流れみたいに続いてる。

 獣の姿、人形、何かよくわからねぇ化け物のヒャッキヤコウだ」


「ヒャッキヤコウ?」


「大行列、化け物の大列だ。

 大将が巨人で、その後ろに多頭の大山犬に、足のある大蛇、それに人の形をした、化け物が続いてる。おっ?」


「狩りが始まりますね。

 まずは、足の早い害獣から射殺します。

 続いてメザシュピツナで歩兵種が進みます。

 余程の変異種でなければ、射殺して間引いて、止めを指すようですね。」


「変異種とは、強い個体か?」


「はい、変異種の場合は、重歩兵種、騎馬、その他、耐久力のある者が出ていきます。

 後は、あのルディック・ルマ将軍のように、単独能力の突出した者にあたらせます。

 変異種の中には、非常に攻撃的で生命力の高い個体がいますからね。

 今回の波は、普通の動物型が多いようですね。

 メザシュピツナでも下位の集団があたっています」


「下位とか上位とかあるのかい?」


「位階の判定は、オラクルを通せばできますよ」


「嘘ばっかじゃないところが、ひでぇなぁ。


 黒い鎧の集団が迎え撃ってるね。

 手際が良いや、射殺して間引いて、止めを歩兵がする感じだ。

 ただ、あの害獣の集団、波?足が早いや」


「石喰いの順路は、5つの砦を右回りで進みます。」


「害獣はどこからわくんだい?」


「赤い大地では、どこでも」


「害獣ってのは何?」


「人を食うモノですね」


「不思議な力で戦わないのかい?」


「不思議?あぁの類ですか?赤い大地では、忌神の力だけがあるので、単体での高い力は出ないのです。

 外殻を破壊されそうな時は、集団でチクチク燃やしたりすると嫌がって離れていきます。

 ですので、普通はルマ将軍のような、肉体を強く保つ力が主力になります。

 あの集団でも先頭の切り込みを担う者達を見てください」


「害獣の波に斬り込んでるのが見える。

 普通の人間のような動きじゃないね。

 あれで体は壊れないのが、それこそ不思議。

 あれって呼ばれた奴は、誰でもあのくらいになるのかい?」


「いいえ、あの程度、まだ、何も発現していない状態ですね。誰でもでは、がありますからね」


「あれ、何かひっかかるよ。旦那、何かこの人、ちゃんと説明してないぜ」


「口が重くなる話は、楽し..カメ..リィですよ。加護神の土地以外はズルゥレカィ..トゥン..我..されません」


「あれ、急に意味が変な喋りに」


「狐、先に司祭が言っただろう。と。

 つまり、重要な話なんだろう」


「了解、覚えとこ」


「石喰いが遠のきましたね。後続も少なくなってきたので、ああして囲むようにして追い込みます。」


「普通の狩りと同じだ。けっこうな死体の数だが、この土地全体に蒔くには少ないんじゃないか?」


「蒔くと云いましたが、ああして放置すれば、勝手に吸収して夜には見渡す景色程度には、実りがあります」


「何か聞きたくないけど、何が実るんだい?」


が実ります」


「訳されないって事は、俺の概念の中に無いものか。旦那も同じに聞こえるかい?」


蠢く者オゥブハァラとなるが?」


 それには構わず、それとも説明できないのか、司祭は続けた。


「目の前に広がる大渓谷は、人の力で克服できない深さと広さがあります。

 このオロドムを切り裂いていると表現しても間違いではありません。

 このイヤルメザ王国の建国記最初に、主神の怒りで大地が裂けたという記述があるほどです」


「比喩じゃないんだよね」


「様々な場所から来訪するメザシュピツナの方々の中には、神も信仰も無い方もいます。

 その方々からすると、ここの神が、実際に暮らしに影響をもたらしている事を理解するのは難しいようですね」


「いや、信仰している神があるなら、他の神を崇めよと改宗させる方が無理じゃないの?」


「改宗しなければ、ここでは人として認められませんよ」


「どういう事?」


「さて、後始末は見ていても意味がないので、戻りましょう。

 簡単に言えば、神の支配下にいないモノが、ああした害獣どもだからですよ。このオロドムの神々のいずれかに支配されていない人は、いないのです。」


「いない、ねぇ。

 旦那のところや、俺のところでも信じる宗教によって争いごとが続いていただろけどさ。ここはそういう争いとは、毛色がちがうってか」


「どういう事だ?」


「たぶんだけどさ、ここは神様が近いんだよ。人間が介在している部分が少ない」


「ふむ」


「旦那のところだと、支配層がいて、宗教団体があって、信者がいる。

 神様が直接口出しは中々しないだろ?

 奇跡があったとしてもさ、人の生活には手を出してこない。

 天罰神罰、神の啓示を受けた人間が、伝えたり偉業をするってな感じだ。まぁ怒らないでくれよな、神の不在を言ってるんじゃなくてさ、信心する人間が色々努力したり、争ったりするって意味だ」


「そう、だな」


「坊さんがいて、説教はしてくるけど、神様が直接神罰を与えはしない。

 神罰だって、言う人間がいるだけだ。

 これは神罰だって、神様が顔を出して手を出してくるわけじゃない。

 因果応報ってことはあるけれど、ある日、起きたら神様がいて、お前に天罰食らわしたらぁって事は無い。

 あったとしてもさ、それは生きてる間にお目にかからない人間が大多数だ。

 死んだら地獄行きだって、坊さんが説教はするかもだけど。

 これも神様がいないとか、不在だって意味じゃないよ。いちおう断っとくけどさ」


「別段、己以外の信心や考え方に、何も思うことはない。なにしろ死人で、ここは地獄でも見知った場所でさえ無い」


「そういう人に限って、神様への拘りとか愛に溢れてたりするから怖いの。

 俺の見立てじゃ、旦那はもっとも頑迷な信徒だ。

 まぁ今は、ちょっとばかりボケてるけどね。

 んで、何の話だったっけ?

 そうだ、ここの神様達ね。

 司祭が戯言言い出すぐらいには、干渉してくる。

 ここで争うとなると、神々が争って、人同士を戦わせるって可能性が高い。

 だけど、神を引き合いにだして、人やら異種族と戦う名目にはできない。

 隣に立つ人間のように、神も隣にいるからさ。

 そして異種族同士で並び立つわけじゃない。

 人は駒で、神は賽子を振る方だ」


「神という種族が、いると?」


「たぶんねぇ、だから、連邦とも戦ってはいない。今はね」


「死んで、聞かされる話の多い事よ」


「旦那、笑い話じゃねぇよ。まぁ目が見えてねぇから実感ねぇだろうけどさ」


 見えてはいないが、見えている。

 それを説明するのが難しい。

 目では見えていないが、今も進む通路の広さは感じ取れる。

 線で景色が描かれているような具合だ。

 もちろん、詳細な景色ではなく、ここが通路で広さと高さ、奥行きが線で描かれている感じだ。

 人の塊もうっすらと把握できている。

 もやりとした薄明るい塊だ。

 狐は、私の胸ぐらいまでの大きさで、司祭は肩口ていど。

 通り過ぎる気配も、霧のかたまりのように吹き抜け。

 先程の巨人の行列も、なんとなく大気の揺れが感じられた。

 もし、戦うと慣れば、おおよその位置取りも動きもできる。

 戦う?


「どうした?うしろのお坊ちゃんとお嬢ちゃんが困ってるぜ?」


「いや、何故か妙な事を考えていた」


「どんな事だい?」


「久方ぶりに、もし、戦うなら動けるだろうか?とな」


「あぁ、そりゃぁ御子様がたは困る話だ。旦那、そうそう戦うとか考えねぇほうがいいよ」


「どうしてだ?」


「まぁこれも後で、落ち着き先に落ち着いたらね。司祭様よ、まだ、着かねぇのかい?」


「遠征部隊は、私の塔にあるんですよ。この北の五番砦から、中継地を通って東ですね。

 中央の臣民居住地からは一番遠い場所にありますが、王城には一番近いので、上級臣民の巣があります。

 つまり、外に向けての港があるのです」


「質問、港って事は、船とかヒコウキとかあるのかい?」


「低空航路便というのがあります。

 飛行石による浮遊船ですね。

 じゃぁ大渓谷があっても自由に行き来できるじゃないか?と、なりますが。

 あの大渓谷には、結界と人が吹き飛ぶような強風が流れています。そして上空には、飛行する生き物が生息しています。

 蟲、鳥、いずれも巨大な肉食の生物ですね。

 ですので、低空で浮遊する船を利用し、連邦が寄越す許可をまっての渡航となります」


「あ〜情報量が多すぎんのと、どんだけ、大神様おおがみさまから嫌われてんだよってツッコミをしたい」


 それにイズラエルは、ホホホと笑い返した。


 ***


 不揃いの石畳。

 足元から感じられる感触が楽しい。

 そんな事を思っているが、それは暇だからだ。

 小さな個室に案内されて暫く経つ。

 イズラエル司祭が案内した個室は、石壁に石畳、石の椅子が壁際にあった。

 椅子は滑らかで彫刻が施されている。

 座る仕草をすると、両手が前に戻された。

 不自由に変わりがないが、両手は腿の両脇に固定されている。

 狐が言うには両脇に子供が腰掛けて手首を握っているそうだ。

 私が半壊した面相の死体でなければ、のんびりとした様子である。

 全体的に白い石が使われているらしく、室内は明るく、半円を描く窓が向かい側にあるそうだ。

 夕日が差し込み、実にのどかな雰囲気で、外で異形と殺し合っている風ではない。

 イズラエルは手続きがあると席を外した。

 狐が言うには飲水や果物らしきモノが饗されている。

 だが、どうも先程の司祭の言葉を聞く限り、我々、仕事をしていない者は、食す権利が無さそうである。


「権利っつーか、やっぱりヨモツヘグイだ。食い物の形はしてるが、喰っちゃならねぇ気配がする。

 旦那も俺も、正確には生きちゃいねぇが、これを食うと縛られる可能性があるぜ」


「縛られるとは、支配か?」


「まぁそうだね。ここの偽神様とやらの支配が、あのオラクルと同じく仕込まれてるって感じだな」


「ほぅ、この身も飢えるのだろうか?」


「死人は飢えないし、飢えたように感じるだけなんじゃね」


「神の罰としてか」


「神様も大変だ」


「神を理由にはできぬしな。それにしても、不思議なことよ」


「アケロンってのは、Acheron冥界の川でいいのかねぇ。どうも先の来訪者がつけた名前かな。それともこれも割当られただけかなぁ」


「なんだ?」


「耳目も減ったし、彷徨ってる奴もいないから、ちょっとだけね。

 旦那、旦那は自分が死んだって自覚あるよね」


「あぁ」


「誰か会いたい相手はいるかい?」


「いない」


「そうかぁ、寛容だね。自覚ある?」


「いや」


「俺からするとさ、旦那はとうの昔にさ、とんでもないオンリョウってのになってたはずなんだよ」


「そもオンリョウとは何であるか?」


「祟りをもたらす霊だよ」


「そも祟る意味もないのだが」


「そこが不思議なもんでさ、その見た目の有様からすれば、実に思い残す事が多々あったはずだ」


「後悔しきりであるが、今更である。後戻りできぬのが人の世だ」


「でも、敵が目の前に今いたら?」


「膾に切り刻むであろう」


「おぅ、まぁそうだよね。

 でも、いなきゃどうでもいいんだろ?」


「そうだ」


「まぁやせ我慢だとしても、旦那は、可怪しくなってはいない。

 でも、それは変なんだよ。

 どうやら、旦那は生国で有名だったみたいだね。

 信心深くて迷信深い民衆は、旦那のことを間違って覚えていた。」


「ほぅ」


「火刑ってのも、民の記憶に残る原因だった。」


「確かにな、我の処刑は、時間をかけて行われた故、見物人もさぞ楽しんだことだろう」


「いや、捨て身の冗談いらねぇ。でだ、旦那は火にあぶられても罪を認めなかった。つまり、死んで潔白を証明しちまった。

 もちろん、焼いた方は、罪人だから死んだって話だけどな。

 でも、神の僕を焼き殺す大罪を犯した。と、

 だから、それに関わった者たちが、非業の死や不運に、見舞われた。って考えた」


「どうせ、教皇側の策略であろう」


「まぁ実際の話はいいんだよ。宗教弾圧というか搾取した旦那の国は滅んだし、他の宗教国が併合したとかいう史実はどうでもいんだよ」


「どうでもいいのか?」


「旦那は結局名誉回復が死後になされたが、旦那の生国は滅びた。結果、旦那は民衆が恐れる代名詞になった。

 俺の国で言うオンリョウって奴になったわけよ」


「よくわからん」


「つまりな、嘘つきは、聖騎士ファルコがやってきてお仕置きしちゃうぞってな感じ」


「なんだそれは..」


「俺の生国ではな、死んだブショウ、えぇっと騎士とか王様が、神様になるんだ。

 一定数の民衆からの信仰とか尊敬で、死んで神様になる。

 まぁ権威付けで、その騎士や王様の派閥が神に仕立て上げるって感じだ。

 あとは、とんでもなく冷酷非道で恐れられててもだ」


「..おもしろい話だが、それが私と何の関係があるのだ?」


「ファルコの旦那はさ、小さな神様になりかかってるんだよ。それもアラガミ、って奴にさ」

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