第2話 俺?好き嫌いないよ、どんな肉でも大好きさ!

 一度耳が慣れると、女の声はいつでも聞こえた。

 時々、別の女の声になることから、複数の巫覡ふげき?という魔女がかわるがわる呪文を唱えているようである。

 ただ、その内容は、神への祈りと、呼び出された者達を供物にするというものだ。直接的な殺意はあまり読み取れない。

 むろん、供物とは生贄だ。

 殺意がないとは言い切れもしない。

 前を進む狐の気配を辿り進むと、屋外から屋内に入ったのがわかる。

 ひんやりとした冷たい空気が湿気っている。

 微かな血の匂いと黴臭さに、墓所のようだと思った。

 ざわめきは徐々に左手奥の方へ流れており、自分たちは最後のようである。

 演説はすでに終わっており、多くが待遇に関する話が続いていた。

 遍歴騎士が身売り先を探すように、売る方も買う方も大層な事を並べているのが漏れ聞こえてくる。

 多くが、自分がどうしてこんな所にいて、何故、身売りしなければならないかなど、現状のことに対して無関心だ。

 無関心。

 これが巫覡が行っている魔術、呪いなのだろうか。

 それとも、もともと、欲に踊らされるような霊が呼ばれたのか。

 まぁどちらもという可能性が一番だろう。

 己を振り見ても、自己顕示欲の強い人間だった。だから、その貪欲さをわからないでもない。

 承認欲求や支配欲、我の強く業の深い者が地獄にはふさわしいのだろう。

 さて、耳が拾う巫覡の呪詛とは別に、買い取りを考えている者達の多くが同じ事を繰り返している。


 ここでは魂の位階を測る書物があると。

 そのオラクルと呼ばれる書物に、名前を記す。

 するとオラクルを通して忌神から、力が与えられ、位階がわかるという物だ。


 大言壮語を吐く大将軍というが、さも楽しそうに喋っていたが、それによって神から人智を超えた力が与えられるのだ。

 何処までが本当かなどわからない話だ。

 そしてどのような意味を持つかもわからないというのに、その空手形しか無い言葉だけで、聴衆は沸き立つ。

 もちろん、巫覡はずっと呪い続けており、不安も疑問もかき消し続けている。


「ちょっと利口だと不幸になりそうだけど、馬鹿で死ぬよりいいよね」


 狐がボソボソ呟くが、つまり、思考能力を奪い続けているのだ。


「ここは人間の国だってことを忘れないでくれよ」


 狐には、私は余程おめでたい人間にみえるようだ。

 確かに、おめでたい馬鹿だ。

 木に括り付けられてとろ火で焼かれるぐらいには。

 そのお目出度い自分は、死後は整然とした道筋があり、単純だと思っていた。

 教えられた事が全てが間違っていたのだろうか。

 それともこれが神の裁定であると?

 だとしても、そうそう全てを受難であるとはしがたい。

 何もかも神の思し召しで片付けられるなら、争いごとなぞ、とうの昔に消えている。


「貴方が最後の方ですね。遠き旅路、お疲れ様でございます。さぁ、少しゆっくりとしましょう。先は混雑しておりますからね」


 不意に、物柔らかな男の声がかけられる。

 壮年、ぐらいだろうか。

 静かで落ち着いた口調だ。


「あれがオラクルって奴かい?」

「まぁそういう道具です。身分証明のようなものですから、最初に自分がどういう記載を望むか、きちんと考えて触れればですよ」

大丈夫かくせるだって?」

「えぇ、ですよ」


 狐の繰り返しに、男は苦笑した。


「例えば、私が触れても、見えるのは名と年齢だけです。

 多くを拒絶すれば、決して頭の中身までは、見通す事はできません。」


 男は嗤いながら続ける。


「不要な力は欲しくない。施しなどいらぬと考えれば、つけこむ隙きは見つかりませんからね」


「そりゃいい。だが、そうしたら俺たちはどうなる?」


をお探しになればよいのですよ」


神様ほんものねぇ。おっと馬鹿にしてんじゃねぇぜ。あれに認められねぇと俺達、ゴミ箱行きかってことさ」


 それに嗤っていた男は、小さな声で呟いた。


「貴方は治療が必要だとおっしゃると良いでしょう。

 痛みと苦痛でオラクルに集中できないと言うのです。

 倒れてみるのもいいでしょう。

 例えば、病の症状を訴えてもいいかもしれません。

 そして貴方は、別の場所へと促されるでしょうね」


「それで処分されたらたまらねぇんだけど」


「処分はされませんよ。代わりに連邦ソルソンドへと行くことになるかも知れません。

 特に、貴方は怪我ではなく、だと言えば確実でしょう。」


 恐れ多い我が国神えきがみに、主従れいかの行う、さいかよく善意けがれをお納めください。

 供物いけにえを万捧げ、国神ぎしんふしの王国をお守りくださること、お願い申し上げまする。


 巫覡の言葉に、目の前の男が嗤う気配。


「そうですね、貴方はその病故に焼かれ、今も神のお力によって焼け続けているとしましょうか」

「怖いなぁ」

「何がです?」

「アンタ、の神官じゃないのかい?」

「まぁそうですねぇ、

「他の奴らにも同じことを言ってるのかい?」

「まさか、声が聞こえる方で、真の信心をもってらっしゃる方だけでございますよ」


 巫覡の呪詛と人々のざわめきが、更に奥へと流れる。


「どういう基準で呼ぶんだい?」

「基準ですか?」

「アンタ、高位の神官だろ。本当は、これを取り仕切ってる役人なんじゃないのかい?」

「ほうほう」

「いや、後学のためにね。ほら、俺、このあと。この旦那と流刑なんだろ?」

「わかりませんよ。、どう見ても、違いますから」

「だからさ、どう違うのか教えて欲しいっていうかさ」

「貴方と、は、少しおとなしくなさっていれば、大丈夫かもしれません」

「いや、アンタ、アンタが怖いんだよ。普通に呪言を混じらせてしゃべんなぁや。こっちも素がでそうで、いややわぁ」

「神の下僕ならば、恐れる必要はございませんよ。それに聞こえるならば、私なぞ恐れるほどの者ではございません。それに時々貴方も返していらっしゃるじゃぁありませんか」

「その笑顔、怖いからやめぇや、で?」


 わからない狐と男の会話は、男が折れる形で続いた。


「何も特別な条件でご招待はしていませんよ。

 ただ、この国の召喚陣は、忌神の血筋によって造られているのです。そして呼ばれる者は、その写し鏡。似た者が来訪するだけのこと」


 神官は、こそと声を小さくして言った。

 悲しんでいるような声音だ。

 それに狐は、大仰にため息を吐いた。


「俺の国もな、そういう力は血統で伝わる。

 だから分かるが、そりゃぁあんまり良くないね」

「えぇだから、ご覧のとおり、こうして来訪者メザシュピツナに考える隙きをあたえない。陣の条件の1つに、死の直後の復活が含まれています。誰しも一番混乱している筈ですから」


「それで、何が良くないんだ?」


 私が口を挟むと、狐は意外そうに答えた。


「神罰が下るような話に興味あるんで?」

「もう、死んだ後だ。それに久しぶりに会話が耳から聞こえているんでな」

「まぁ旦那がわかる言葉で言うなら、このには、生贄が使われているって話ですよ。殉教じゃないですよ、の方ですよ」

「もともと悪習ではないか」

「実はね、俺の国だと、そういった生贄の方がんですよ」

「強い?」

「文化として根付いた殉死や宗教的な殉教で、死んだ時よりね。

 人柱、つまり、殺された方が

 怖い痛い、苦しい悲しい、憎いなんて恨みの感情の方が、強く残るし力を持つって奴です。だから

「最後の願いを受けて呼ばれるのが、救い主とは限りません」


 それでも神官?の男は、少しおどけた口調で補足した。


「自分が世界の中心であると信じる、をおもちで。

 己は、千金の価値があると、を守り。

 常に退屈を嫌い、であるから違いを許さず。

 心が繊細なので、を受ける事を嫌い。

 強い意志欲望をもっているので、目的の為には大胆さ。更に些細な、大義の為に、強い心で決断する。」


「無神経で共感性が無い上に、心が平坦で大噓つき。

 暴力や権力には寄生して、一見すると頭が良くて、包み紙だけ立派。

 中身は良心の欠片もない合理主義者で、つまり」


「何だ?」


「心が生まれつき病気の奴だよ、旦那。

 いくら言葉を綺麗に飾っても、合理的な判断だけで全ての行動ができるのは、普通じゃない。

 その合理的ってのも、自己中心的な合理主義って奴よ。

 あぁ旦那の時代だと、普通か。

 君主や傭兵、そうだなぁ支配層は、こういう奴が殆どか。

 でも、それも社会的に適合していた場合だろ?いやいや、時代や国によっては普通になるのか?あーやる気が失せるわぁ」

「犯罪者は呼んでいませんよ。似た者を呼んでいるのです」

「神の血筋は、そういう慈悲心とか道徳がわからない奴らで溢れているのかい?」

「だからこその、オラクルというわけです」

「..認めちゃうんだなぁ」

「オラクルは、臣民に対して如何なる敵対行動も起こせない術式が入っています。

 唯一、その臣民に対して敵対行動を起こせるのは、神に対して必要と思われる行動のみです」

「で、今、そんなお話をする理由は何だよ」


「この国が招いた方では無い。と、お見受けしたからですよ」


「笑えねぇ冗談だね」

「さて、ともかく、あのオラクルに抵抗するか、ちょっとした御芝居でごまかすか。そろそろお決めになってください。

 私のおすすめは、一度、オラクルに抵抗してから、御芝居するのがいいかと思います。

 ちょうど、あの馬鹿へんたい将軍様が、退屈を理由にそろそろ退出しそうですしね。

 アレが消えてからのほうが、良いでしょう。

 馬鹿の前で、少しでも興味を惹くと面倒です」

「馬鹿なの?風采は良さげだけど。ほら、女らが群がってるよ」


「良識の欠片もないですが」


「..まじか」

「ついでにが好きだそうですよ。あれで害獣駆除の実績がなかったら、とっくに塵として処分するんですけどね。」

「いや、大丈夫じゃねぇよ」


子供は喰われていません」


「つうことは、お前ん所以外の子供は喰ってるんじゃねぇかよ。それか女の臣民ってのは喰われてんじゃねぇかよ、早く殺せ」

「好物が子供と若い女の肉で、他の肉も好き嫌いは無いそうですが」

「いらねぇ無駄情報よこすなや」

「処分したいんですけどねぇ、アレでいて役に立つ部分はぁ..嘘はいけませんね。

 ご贔屓筋が王族で。私程度の権力だと歯が立たないんですよ」

「うわぁ、ここも宮廷が生臭いのかよぉ」


「ちょっとまた、良いだろうか?」


「なんだいファルコの旦那」

「宗教儀礼としての人肉嗜食なのか?」

「あぁ〜そこが気になるんだぁ」

「イヤルメザの臣民には、そのような嗜好はございませんよ、騎士殿。そしてそのような異端者は、死罪です」

「安心した」

「いや、ぜんぜん安心できねぇから!」

「まぁおしゃべりはこのくらいにして、やっと馬鹿がいなくなりましたね。それほど酷い様子の方は、残ってない、かな?」

「陰気なガキどもが残ってるな、何かあれ、同じ生国そうだな。服装が同じだ。つーことは集団で死んだのか?」

「ちょうどよいですねぇ、おやおや楽しい感じに仲が悪そうだ。では、失礼しますよ」

「うわ、ひでぇ笑顔、こっわ」


 男、神官?の気配が離れる。


「ファルコの旦那、今の男は相当高位の神官だ。それに他の役人がおいそれと声をかけねぇし、どちらかと言えば、皆及び腰だ。

 力も、腕力以外の力も隠してそうだし、おっかねぇや。」

「何を考えているのか」

「さぁ何か考えがありそうで、こっちに接触してきたんでしょう。ただ、嫌な気配は無いですよ」

「どういう判断だ」

「匂いが人間だ」

「ニオイ、匂いか」

「ここの臣民とやら、皆、奇妙な匂いがするんですよ。旦那は気が付きましたか?」

「殆どの感覚器が麻痺している」

「見るからに焼けてますしね。まぁ、なんつーか蝋みたいな、油っぽい感じの匂いがしてね。嫌な感じなんだよね」

「異種族だからであろう」

「それだけならいいんですけどね。まぁ、あのオラクルってのの抵抗ができるようなら、いっちょあの男の言うとおりにしてみますか?」

「利用されずにすむならよい。だが」

「妥協点は隷属回避でいいですかねぇ。多少の利用は目をつぶるって事で」

「それもあの男の話が、本当ならばな。それにそもそもお前と組んだ覚えはない」

「一応、旦那のご不自由な部分を助けますよ」

「お互い、なんら信用札がないことは確かか」

「こっちも生き残りに必死でしてね」

「どうだかな」

「無駄口相手にはいいでしょ」

 確かに。


 ***


 気配から、すこし狭い部屋だと思う。

 想像では石造りで、演壇の部屋に隣接している。

 ざわめく気配と配置された気配。

 この国の兵だろうか、それとも役人だろうか。

 巫覡の囁きは、いまだ途切れていないが、この部屋から流れ出ていく多くの気配を追って小さくなりつつあった。

 あの神官の男の声が聞こえた。

 小集団に話しかけており、彼らと自分たちが最後のようだ。

 子供、年若い少年少女の声。

 他に漏れ聞こえていた大言壮語、自分が強く賢く有能であると喧伝していた集団とは少し違っていた。

 もしかしたらと思う。

 大言壮語も巫覡が何かしているからなのかと。

 自分が王や戦の英雄であると口に出すなど、正気なら考えられない。

 酒に酔うように、巫覡が毒を流したのだろうか。

 すると、この最後の集団は、その酔いが別の形で出ていた。


「人を拉致しやがって、何が力だよ。元の場所に帰してくれ」


 男だ。すこし高い声、恐れが滲む。

 巫覡の言葉があまり影響を与えていない。


「どうやったら帰れるの、ねぇちょっと何とかいいなさいよ?」


 女、少し耳朶に響くような高い声。帰せという男と並んでいる。


「ねぇ、私、ここにいたくない」

「駄目だよ、おとなしくしてようよ」


 先に小声で少女が言い、続いてその上の方、身長差があるのだろう少年が宥めている。似た声音なので親族だろか?


「やべぇな、どうする?

 他の奴らもおかしい感じだし、こいつらもな。どうするタケ?」


 四人と少し離れた所に二人。

 一人は無言。

 たぶん、少年が二人だろう。

 どうやら、この六人はそれぞれ元から面識がありそうだ。


「おやおや、どうしたんですか?誰も説明しなかったんですかね」

 先程、偽装提案をしてきた男が話しかける。

「いえ、規定道理に」

「ですが、彼らはいまだ理解していないようですよ」

「申し訳ございません、イズラエル長官」

「謝罪は結構、それでは彼らと最後の方は私が処理しましょう。儀式場の撤収を速やかに行いなさい」

「かしこまりました」


「お前が俺たちを拉致したのか!」


「いいえ、よくよく、考えてみなさい。

 君たちは、最後に何をしていましたか?」


「うるさい、俺たちを元の場所に返せ!犯罪者め」


「それでは、君はどうです。お隣のお嬢さん。

 ここに来る前のことですよ」


「私、私達」

「黙ってろ、こいつらの言うことを聴いちゃ駄目だ」

「はい、そこの髪の長い少年、覚えているんでしょ?」

「ぼ、僕は、帰りたいんだ」


「そうですね、帰りたいですね。で、帰りたい少年の御家族かな?貴女も覚えていますね。そして後ろの背の大きな君と、ずっと黙ってる君もだ。」


 興奮している少年と宥める少女。

 帰りたいという少年にその家族の少女か。

 この四人は寄りまとまっている気配がした。

 そして少し間を開けて、大柄な少年と黙っている小柄な気配。

 なんとなく、皆、臆病な兎と同じ気配だ。

 元がどんな姿や年齢かはわからないが、気配からは未熟な子供のような印象を受ける。

 実際に、子供が呼ばれたのかも知れない。

 何故なら、イズラエルが言うどのような者が召喚されるかの条件は、少なくとも狐が言う犯罪者ばかりではない。

 未熟で自尊心だけが育った、視野の狭い子供にも当てはまるからだ。

 そして、この六人が同郷であるなら、直前に同じ時間で死者となっている。

 戦争か災害、それとも暴力沙汰に巻き込まれたのだろうか。

 己が罪で若くして死んだとも限らないが。いずれにしろ死するには早い事だ。

 ただ、罪業深い者に、年齢性別、身分の差は無い。

 生まれたての赤子や、人となる前の子ならば別だが、子供と言ってもそうそう幼い者でもなさそうである。

 子供であるから善であるとも限らず、不幸なことに戦ともなれば子供が兵になるのはよくある事だ。

 だから、地獄にいるという事は、それなりの理由もある。

 下手な同情は欠片もわかず。むしろ、疲弊した精神には、彼らの主張は耳にも残らない。

 気になるのは、そんな彼らに話しかける神官の方だ。


「本当はわかっているのでしょう?

 だから、多少、胡散臭く納得行かなくても、他の人たちと動きを合わせなさい。

 そうすれば、少なくとも生きていくことはできますからね。」


「どういう事だっ!」


「君がまとめ役かな。

 では、今までの者が言っていた事を、もう少しわかりやすく云いましょう。

 ここの国の周りには、たくさんの害獣がいるんだよ。

 国の周りを大きな塀で囲っているんだけどね、耕作地は壁の外だ。

 だから、皆を飢えさせないために、外の害獣を駆除しなければならない。」


「さっきの人たちは、戦争するって言ってました」


 すこし震え気味の少年の声。

 興奮していた子ではない。兄妹の兄の方か?

 そちらにイズラエルが顔を向けたのがわかる。きっとイイ人らしい笑顔だろうか。


「あれはね、政治的な建前なんだ。

 本当は、他所の国とも戦うと云いながら、講和を結んでなんとか折り合いをつけている。

 緊急の問題はね、戦争じゃなくて、国の周りにいる害獣を減らすことなんだ。

 だから、色々いっているが、君たちを招いたのは、その害獣を退治してもらう為なんだよ」


「それ、変じゃん。だったら、最初からそう言うはずでしょ」


 疑り深い少女の声だが、イズラエルのイイ人ぶりに落ち着いてきたようだ。


「嘘でもないんだ。その講和を結んでいる国と、争うこともあるだろう。それに、害獣退治以外にも頼みたいことがたくさんあるんだ。」


「何で、俺たちがそんな面倒なことを引き受けなきゃならないんだ」


「そうだね。でも、君たちもここで生きていくなら、仕事をしてご飯を食べなきゃいけない」


「だから言ってるだろ、俺たちを帰せって!」


 それにイズラエルは、くすっと嗤った。


「ねぇ、そこでずっと黙ってる子。君も同じ意見かい?」


 それに低い声がゆっくりと返した。


「俺、こんなと一緒に死にたくないな。おじさん、こいつら嫌なら死んだ所に戻せばいいよ。

 俺はさっさとあの本に触らせてよ。

 キヨちゃんと俺は、ここで生きていたいからさ」


「クズはそっちだろう、何言ってやがる」

「死んでまで偉そうにすんなよ。関係ない他人だろ。」

「何いってんだよ、クソタケ」

「駄目よ、こんな変な場所で仲間割れしないで」

「仲間って、友達でもなんでも無いだろ。それに何でお前らが俺たちに命令すんだよ。」

「生き残る為には協力しなきゃ」

「じゃぁお前らだけで協力しろよ。こっちを巻き込むなよ。それから巻き込んでこっちを矢面に立たせようとすんなよ。見え透いてんだよ嘘つき女」

「タケ、この卑怯野郎が、ミホに何言うんだ」

「勘弁してくれよ、もめたくないんだ。俺はタケと同意見だ」

「ちっ、わかったよ。それじゃ他の奴は、どう思う。」

「どっちにしろ、その二人とは一緒じゃないほうがいいみたいね。無理に一緒に行動しても駄目みたいだし。アキミさんとお兄さんは、どうする?イチガヤ君とタケハラ君どっちと一緒に行動するの?」


 と、いつの間にか、どちらと行動するかを残りの二人に聞いている。

 ミホと呼ばれた者は、よくいる扇動者だ。

 自然に論点をすり替えて、仲間割れを促している。そして自分たちに主導権を持たせようという姑息な性格が見えた。

 子供のうちから小狡い者はいるのだな。と、それはいいとして、耳が拾う風景は。


 怯えて反抗的な少年が、イチガヤ。

 イチガヤの仲間が、ミホ。

 黙っていた小柄な少年が、タケハラ。

 タケハラの仲間が、キヨか。

 兄の名前は不明、妹はアキミ。

 覚える必要はないかも知れないがな。


名前しばりは覚えておいたほうが良いねぇ、旦那」

「考えも読めるのか?」

「いや、旦那、口に出してるから気をつけなって」

「あぁ喋れるんだったな」

「不憫だねぇ」



「仲間割れは、後で勝手にしなさい。

 ただ、ここで生きていくには、あのオラクルが必要だ。

 先に進んだ人たちの事も十分見ただろう?

 痛くも痒くもない。そして何か首輪がつくわけでもない。

 最初に私が触れて使い方を教えよう。

 それにこう言っては何だが、君たちが多少考えた所で、この国の人間に逆らって生きていけると本当に思っているのかな?」


 クスクスと今度は、本当におかしそうに嗤う男に、六人は何も返さない。

 自分の死を認めたくないとあがいたところで、ここに来たという事は、死んだということなのだ。

 もとに戻せ、生き返らせろと言って、それが叶うと思う死人はいない。


「俺とキヨちゃんは、そいつらの所為で死んだようなもんだ。もう一度、そいつらと一緒に行動するほど馬鹿じゃねぇよ」

「どういう意味だよ、クソタケ」

「キヨちゃんも俺も、まっすぐ帰る予定だったのを、お前らが無理やり引っ張り込んだんだろ。それも荷物までとってな。

 あん時、殴ってやりゃ良かったよ。

 何が善意だよ、この悪魔。

 いつも善人きどりだけど、まんまイジメなんだよ。お前の女もそうだがよ、何が文化祭だよ。お前らが勝手に決めて、勝手に人を使おうとしただけだろ」

「何いってんだよ、何の話だ?おい、何だよ。さっきからわけわかんねぇんだよ」


 そこまでの会話で、急に反抗していたイチガヤの声がおかしくなった。


「君、落ち着いて。他の子も少し口を閉じなさい。

 どうやら、多少、ズレているようですね」

「どういうこと?」


 あのミホという少女が問う。傍らの少年が何か呻いた。


「君たちも、ちょっとだけ口を閉じてね。

 君たちは、最後の記憶にバラつきあるようです。

 だから、そこのタケ?キヨのお二人は、自覚がある。

 残り、そうですね大人しいご兄妹のお二人は、心底おびえている。大丈夫ですよ、怖くも痛くもありませんからね。

 で、帰りたいと言う君と、君の彼女。

 君たちは、落としてきてしまったようですね」


 しんと静まり返る。

 巫覡の言葉は、微かになっていた。未だに色々と喋っているが、この六人はもともと影響が少ない部類のようだ。だから、最後までまごまごとしていたのか。


「そうそう、君たちの他にも、こうしてお呼ばれしている方がいるのは見えますね。ほら、貴方方の後ろで順番をまっているのが見えますね?」


 すると、それまでの静けさは消えた。


「えっ、何、死体?」

「やだ、あれ、怖い」

「ひでぇ、ひぃい」


「失礼なガキどもだなぁ、ファルコの旦那。ちょっとシバいときます?」


 狐がコソコソと囁く。


 いや、多分、火刑のままの姿であろう。

 墓場の遺体よりも、損傷が激しいはずだ。

 つまり、見て怯えぬほうが不思議よ。


「寛大なことで。あぁ喋ってませんよ、大丈夫」


 やっぱりこいつ読んでいるな。


「さて、彼も同じく呼ばれていますが、本来は彼のような死者がここに召喚されるのです。

 ただ、呼ばれる方々は、皆、生前のお姿を、若い頃や、思い出の中で描いた姿で招かれるのが殆どです。

 しかし、苦しみ多く疫病などで倒れた方は、時折、あのように死した瞬間の姿で招かれることがあります」


半生レアでご招来だね」

「黙っていろ、神官の演技いいひとぶりが終わっておらん」

「旦那、案外、冗談好きだよね」


「貴方方は死んだのです。

 ここでは、生者を呼び出すことはいたしません。

 罪深い事ですが、死者を招来しているのです。

 確かに、奪い取ってきたと言われれば、確かにと肯定いたしましょう。

 貴方方の家族からではなく、貴方方の神からですが。

 ですから、死を望まれても、我々は手を自ら下すことはありません。

 貴方方は貴方方の新たな人生を生き、そして死ぬのです。

 戻せといいますが、もとより、戻す場所はないのですよ」


「そんな、馬鹿な話を信じられると思うのかよ」


 それでも抗弁する少年に、タケハラが鼻で笑った。


「そいつと俺達は別だから、さっさと先に進んで良いかな。俺もキヨちゃんもさ、遅れたくねぇんだよ」

「ちょっといい加減にしてよ、何でそう自分勝手なの」

「それ、まんま返すわ。俺たちは、どう転んでも選べねぇ。なら、俺たちは先に進ませてもらうし、お前たちと一緒にいると悪い方向に流れそうで嫌なんだよ」

「キヨカワ君まで」

「それにさ、タケが言ったように、原因はお前らだし、俺たちが死んだの、お前たちが無理やり連れ出したのは本当だしな。勝手に死ねとは言わねぇ。

 けど、同じ状況は作りたくねぇ。

 タケが云いたいのは、自分勝手っていう話じゃなくて、お前らの姑息な立ち回りに死んでまで巻き込まれたくねぇんだ。

 一緒にいれば物事が好転するとは限らねぇだろ?

 なんせ、俺たち、お前らの勝手で、鉄骨の下敷きになったばっかりだからな」


「何、言ってんだ。俺たちは、俺は、おれ」

「イッチー、気にしちゃ駄目よ。ねぇアキミさん達も何か言ってよ」


 それに、黙っていた兄妹の意識が動いた。


「あの、貴方を何と呼べば良いのですか?」

「私ですか?私は司祭のイズラエルと申します。

 儀式進行を総括していますが、この来訪者の招来に直接関与はしておりません。

 簡単に言うと、国の儀式で、私は事故がおきないように見て回っているだけです。

 そして貴方方のように納得のできない方や、この後ろの方のように、特別な方をお世話するのですよ」

「では、司祭様。大まかな今後の流れを教えて下さい。あの本に触れると私達はどうなるのでしょうか?」


 妹と思われる少女の声は、落ち着き始めている。

 傍らの兄の気配のほうが、怯えていた。

 女のほうが開き直りが早いとは、どこも同じようだ。

 それを見てとり、イズラエルは、他の言い争う者よりも与し易い少女に説明を始めた。

 誰かが先に進もうという意識があれば、話は早い。

 仲間割れした所で、異郷にあれば、生国が同じ人間同士離れられないだろう。


「貴方方がわかりやすい説明をしましょうね。

 服装や言葉、外見でおおよその来訪者方を、我々はわけております。

 その中でも、貴方方のような単一民族の容姿をし、同じ服装同じ言葉遣い、高い生活水準を送られてきた方には、ある事をお伝えするように言われております」


 さも重要そうに、頷く気配。

 こちらには男がペテンをかけようとしているのがわかった。

 何を誤認させる気なのだろうか。


「まぁ大体は、自分が味方だって勘違いさせるのが常套句だよねぇ」

「黙っていろ、面白そうだ」

「旦那ぁ、酷いねぇ」

「お前もな」


 イズラエルは、さも重要な内緒話を漏らすように言った。


「ここは遊戯ゲームの世界に似ているそうです」





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