人の国にて亡者が集う

第1話 地獄からコンニチハ

 注)この章から現地語を日本語、主人公の片言をカタカナ。また、主人公が理解できない言葉や概念などは現地語発音になります。他、主人公以外の視点や日本語以外の言語などもお互いに理解できている場合は日本語。意味がわからない、又は相手の言語のまま聞こえている場合はカタカナに変えています。一部分かりづらい表現になっていますが、主人公以外の場合、あえて混在している理由もあります。(ノ∀`)アチャーわかりづら(汗)


 ***


 光を失ってから久しく、灰色の闇の中にいた。

 盲目となると、漆黒の闇になると思っていた。だが、存外、視力を失っても、世界は感じ取れるし暗くもなかった。

 暗くも明るくもなく、ただただ、灰色である。

 ただ、死んでからも、その灰色のままであるとは思わなかった。

 教義は戦い死すことで天へと到れるとあった。

 だから、私が火刑の後に向かう場所は地獄である。

 故に、ここは地獄だ。

 ただ、地獄とは想像と違っていた。

 まるで城下の喧騒の中にいるようだ。

 人熱れとざわめき、気配。

 聞こえてくる言葉から、異教徒は混じっていないようだが。

 雑踏だ。

 聞こえてくる言葉は理解できるのに、意味がわからない。

 発言の内容が、おかしいのだ。

 ある若い男の声が、自分は王だと名乗り。

 ある子供は、自分が神の使いだと喚く。

 他には、家に返してくれと嘆く女の声。

 どれもこれも喚き興奮し、何かを誰かに訴えてた。

 やはり、ここは地獄であり、死神か冥府の者へと訴えているのだろう。

 喧騒から言葉を拾い上げる。

 多くが、自分が何者であるかをいい。自分が特別であると騒ぎ立てていた。

 そして残りが、帰りたいと嘆いている。

 聞き取れた限り、その帰りたい、返してくれと訴えているのはごく僅かだった。

 そして興奮して騒ぎ立てている者どもは、いずれも狂人の言動だ。

 己の偉大さや強さ、自己肥大した主張に声を張り上げている。

 自分は他者とは違い優れていると。

 何故だろうか、まるで売り込みをかける商人のようである。

 だが、ここは地獄である。

 現世の罪深い者が集められたのなら、それも致し方ない。

 人が犯す大罪の多くが、彼らのような虚言や妄想を伴っている。

 そしてそれを現実に犯し、神を欺いたのなら、その狂った物言いも当たり前である。

 そして、自分は神を信じきれず、自死を、火刑ではあるが自死を選んだ。

 これは紛れもなく罪であり、を感じているのだから当然だ。

 さても、どうしたものかと思う。

 地獄ならば、罪を償うべく案内をうけるのだろうか。

 それとも待っていれば、苦しみを与えてくれるのだろうか?

 見えぬ目で辺りを見回すが、焼け焦げ続けているので、この痛みが罰なのだろうか。だとしたら、これではあまり罰にはならない。

 もともと痛みには強く、中々、死なぬために、歯を抜かれ指を潰された。

 最後の頃になると、殆どの責め苦が行われ尽くし、人の形を残しての処刑のためにと四肢切断だけは免れただけになっていた。

 拷問士もわかっていたが、やりすぎれば痛みはなくなるのだ。

 だが、王を始め金の亡者からすれば、何としても私からの言質が欲しい。

 私の方は、如何に神を失おうとも、肉体の痛みも恐れも、嘘をつく事で自分の人生そのものを否定したくない思いが勝り。

 同じ仲間を貶める事も、異端だと彼らを売ることもできない。

 そして偽りを書かせようとする輩も、それだけは皆、恐ろしくてできない。

 彼らは私達の無実を知っていたからだ。

 そして無実の神の下僕を殺すのだ。

 自ら認めさせねば、神罰が下ると信じている。

 愚かなことに、私は信じられなくとも殉じたようにみえ。

 我らの財産を掠め盗り、借金の帳尻を合わせようとした王こそが、恐れ神を敬っていたのだ。

 最後、長い時間をかけて焼き殺したのも、私から許しを懇願させ、罪を認めさせようとしたのだろう。

 死んでみれば滑稽である。

 私は死にたかったし、神を信じることができなかった。

 彼らの言う意味の異端ではないが、とうの昔に私は信じることのできない背教者であったのだ。


 そこで、おや?と気がつく。

 舌と歯に違和感がなかった。

 やはり死後は現世の肉とは縁が切れるのだろう。

 後ろ手に縛られたままなので確かめようもないが、手足の腱も戻っている。

 歩くも手足の指があるので、体の均衡も保てていた。

 慈悲であろうか、罰を受けさせる為に戻したのだろうか。

 と、考えていると案内が来た。

 地獄の使者は横柄に告げた。


来訪者メザシュピツナよ、ここにて生き残りたければ、我らに従うことじゃ」


 意味がわからず、沈黙を選ぶと使者は続けた。


「我ら王国の臣民は、亜人族ソルソンドどもの驚異を減らすべく戦士を求めておる。よしんば有用な力があるならば、この王国にて身分と渡世の保証を約束しよう」


 再び、沈黙を選ぶ。

 なにやら、地獄も生臭い話があるようだ。


「拒否すればどうなる?」


 と、私ではなく、傍らにいたであろう若い男が使者に問う。


「この異郷にて野に放たれ生き残れるものなら、そうすれば良い。王国の守護無く生き残れるほど、ここは優しい場所ではない。

 そして、お前たちは死ぬか、ここで王国の庇護に入るかの選択肢以外はない。我々はお前たちが死のうと、何ら痛痒を感じぬしな」

「保証は?」

「それこそ笑止。我らが忌神ぎしんと契約し、力を得るが良い。力さえ得れば、自ずとそれが保証となる。」

「忌神ってのは?」

「我らの神だ。お前たち来訪者を我らの仲間にするべく、神が力をお前たちに与える。

 それを拒否するならば、お前たちは我々の仲間ではない。野に放たれ勝手に野垂れ死ぬが良い」

「力ってのは?神様が縛るなんて変だろう?」

「何をいってもな、まぁ、我らはお前たちに告げねばならぬ仕来りよ。この砦の中に神殿の者がいる。そこにて力を得るなり、外の地獄に向かうなりするがいい」

「くっそ、いつもどおり降ろされたかと思ったら、まいったなぁ〜渡しで


 つぶやく若い男の声も、使者の気配も離れていく。

 今の会話に沈思する。

 だが、思い返す。

 ここは地獄である。

 生きる必要はなく、ただ、裁きを待つのみである。

 信じられなかった身だ。

 そして地獄が証明とはならない。と、未だに疑ってもいた。

 背教者には地獄こそ相応しく、今更、縋る手を伸ばしてはならない。

 立ち尽くしていると、徐々に騒がしい人の気配が流れていく。

 使者に促されてか、人々は徐々に動き出した。

 先程から感じるに、ここは野天のようである。

 建物、四方は何か壁があり、上は野天。

 陽射しは感じられ、風が吹いていた。

 地獄にも風が吹き、大気はなんら変わりない。

 不思議と心の苦しさだけは和らいでいる。

 死す前の苦しみは耐えられる大きさではなかった。

 だが、今は、酷く平坦で、絶望や怒りは腹の底に淀むだけだ。

 さてと、罰を待つ間、先程の会話の男が、再び戻ると語りかけてきた。


「アンタ以上にまっとうなのがいなかったぜ。

 話にならねぇどころか、ありゃぁ自滅まっしぐらだ。

 いやぁ気狂いの集団とか勘弁だよ。

 って、見えてない人、俺はきつねって者だ。

 一応、今の現状を教えるぜ。

 ここはイヤルメザ王国っていう、人の国だよ。」


 地獄に人の国?


「そうだよ、人の、普通の国さ。

 俺達は、良くない場所に来てる。

 そしてさっきの奴は、良くない奴だ。

 って事は悪い訳じゃない。

 それから俺はぁ、いわゆる天啓もちだ。

 と、いっても、ぼんやり感じる第六感程度だ。

 で、なんで話しかけたかって?

 そりゃぁアンタ以外、欠片も人らしい良心が無い奴らばっかりだったからさ。

 俺だって、アンタがおっかねぇ奴だってわかってるさ。

 けどねぇ、これでも見極める目はある」


 この男が、何を言っているのかわからない。


「ここの国は、余所者を集めて戦奴(注:奴隷の兵士。暴力主義者による教育を施された兵士も含む)にしてる。って言えば、わかる?」


 やっと理解できる話になった気がした。


「たぶん、ここに集められた奴らは頭がおかしいか、人としては良くない奴らだ。

 そして集めた方も良くない。悪人とまではいかないだろうがな」

「吾、シ、ンだ、ハズ」

「おっ、喋れるのか。つまり、戦奴として通用する余所者を集めた。そのやり口がエゲツねぇ。」

「どう、いう」

「嫌なら出てけって言うが、俺たちを盗んできた。盗んだ末に戦奴にする。さらに色々何か言ってるが、死人を生き返らせて戦わせるのは、よくねぇだろ?」

「ここ、は、メイ、也」

「アンタが考える場所じゃないが、まぁ地獄っちゃぁ地獄だなぁ。

 現世は地獄と相場が決まってるってもんよ。

 でもまぁ、アンタの考える地獄じゃないのは確かだぜ。

 見た限り、人間の姿をしている奴らだ。

 それから俺たちと同じく、呼び出された奴らは、皆、キラキラしてるぜ。

 若くて綺麗な姿にしたんだろう。」

「私、は死、者だ」

「門を潜ってるのは知ってるよ。独特のゆらぎが魂に見えるからな。

 俺は、取り繕う必要もないし、もともとの姿のままさ。

 まぁ、元が紙屑と木っ端だしねぇ。

 そしてアンタは、きっと死んだ時のままだろうね。

 焼け焦げて、ところどころ酷い有様だ。

 まぁ立って歩ける程度には治ってる。

 目も塞がれてるが、手を縛っているのは、あぁそれはのほうがよさそうだねぇ。うんうん、わかっているよ。はいはい、何も言わないし敵じゃないさ」

「誰に」


 まるで、他にも誰かいるように話しかける。

 だが、狐は小さく笑って、それには答えなかった。


「この国は、戦奴として凶悪な人間を集めているようだ。

 俺が見た限り、人殺しか異常者の集団にしか見えない。

 外見は若い女や男ばっかりだけどな。

 どうせ死んだときに、外側だけとっかえたんだろう。

 よくあるのさ、理の壁を越える時にね。

 産まれ直しって奴さ。

 嘘つきで傲慢で救いようのない奴らは、外側だけでも綺麗にしたがるのさ。それとまったく異質な奴とかね」


 私が黙っていると、彼は更に続けた。


「俺も善人じゃない。だが、異常者じゃねぇ。

 それはアンタもだろう?」


 私は、罪人である。


「おっ、アンタ。やっぱり神職だろ?焼け焦げちゃいるが、どうみても古い人だ」

「古い?」

「言い方が悪かったな。

 つまり、神様の気配が濃い頃の人って意味さ。

 俺が造られた頃は、八百万の神がうじゃうじゃだったしね。アンタ、見た限り、ガチガチのおっかねぇ方のだろ。」


 また、わからない話だ。

 だが、それも分かっているのか、気にせずに狐は続けた。


「呼び出されている半数以上が、戦に従事していたような輩だ。多分、何か縛りを設けているんだろう。その他、一見まっとうそうに見える輩も変だ。

 こりゃぁ中々、業が深い。

 残りは、アンタのような奴らだな。

 いや、アンタは例外みたいだね。


 わかってるよ、黙ってりゃ良いんだろ?

 そういうなよ、聞こえてねぇんだから。

 おお、怖い、くわばらくわばら。


 まぁ話は戻るがよ、戦ばかりの荒れた奴ら以外、どこか、まっとうそうな風にみえるが、中身が歪な奴らが呼ばれてる。

 特に、臆病な奴が一番、危ないかもしれねぇ。

 賢いと思ってる奴、うぬぼれた奴もいるが、それよりもとことん、自分勝手で臆病な奴が怖い。


 わかってるよ、近づかねぇし、近づかせねぇからさ。それに化かすのが狐の楽しみさ」


 良くわからない話が続く。が、とんでもない事を狐は付け加えた。


「まぁ同じ世から呼ばれたとは思えないが、すくなくともアンタ、女を犯して、子供を焼いて食べるような事はしないだろう?」

「それはどんな悪魔だ?」

「そういう悪魔が混じってる。」


 悪魔、比喩ならばよいが。


「何故わかる」

「アンタが、違う事がわかるように。俺にはわかるのさ。まぁ信じなくてもいいさ。

 だんだんと言葉が戻ってきたね。やはり、何か別の力がここにはあるんだろうなぁ」

「別のとは」

「アンタ、神様にお仕えして長いんだろ?ここは恐ろしいほど酷い場所だってわかるだろう?」


 言われて考える。

 だが、よくわからない。


「じゃぁ言葉を変えるよ。

 アンタ、神様の気配、まったく感じられないだろ?」

「当たり前だろう、ここは地獄だ」

「いや、人の国だって」

「いや、もともと神なぞ」


 いない?

 私の中の神は死んだ。だが、神はいないと云い切れるのか? 

 私は死ぬ時に、思った。

 神は幻想だと。

 神なぞ、私が願った幻であると。

 私が知ることができなかった、愛と同じであると。

 だからこそ、私は死に救いを求め、自死を選び、こうして地獄にある。ついぞ、神の愛を感じること無くだ。


 だが?

 信じられなかったのは、己だ。

 それが神の不在の証明にはならない。

 地獄にいるのだから。

 そして何処かで思ってもいる。得られぬからと、否定はできないと。

 

 すると、その考えを読んだように、狐が笑った。


「じゃぁ、彼奴等の言う忌神とやらにお目にかかりに行こうぜ。きっとアンタは、わかるはずさ。俺も仕えてきたからね」


 ***


 辺りの気配が徐々に静になる。

 人がどんどん流れていく。

 その先からは、何やらもっと大きなざわめきが聞こえてくる。


「俺達は、奴らが一段落ついていなくなってからにしよう。

 相手方には目立つが、呼ばれた他の奴らの注目が無いほうがいい。

 とにかく、使えない無能。それかあまり使い勝手がよくないって思わせるんだ」

「どうしてだ?」

「死んでまで人を殺したいのかい?」


 不意に、狐の気配が滲んだ。

 人の気配より、重苦しく滲む。

 だが、剣呑な気配なぞ、どうでもいい。

 何より、その言葉の意味が笑えた。

 人を殺す興味も、意義もない。

 まして、そんなつまらない事を死んでまでしたくない。

 誰とも知れぬ者に命じられるなぞ、神に命じられてならまだしも。

 そして自分の中の神は死んだ。

 そんな問いは無駄な上に、冗談にもならない。

 まぁそんな冗談を言う輩を殺す事はあるかもしれないが。


「よしよし、良いことだよ。

 そうだね、倫理的な事を持ち出したら、がっかりしちゃうところだったよ」


 狐が肩をすくめる気配がした。


「何故、読める?」

「考えが読めるのは、俺が神使だからさ」

「馬鹿な事を」

「まぁ冗談だよ。これが俺の力でもあるが、アンタがまっとうな根っこをしていて、同じ土台があるからさ。

 俺が感じ取れるのは、良い香りと悪臭だけな。さて、雑談は終わりにして進むぜ。

 1つだけ覚えておいて欲しい。

 アンタは、神様にだけ、名乗るんだ。

 それも偽物や、アンタが迷うような神は駄目だよ。

 本気で、信心する。

 本気で信じる相手だけに名乗るんだ。」

「だから、お前は狐なのか?」

「ご明察。俺は狐だ。で、アンタは誰だい?」

「私は」


 考えて見るに、爵位や領地が入る名は、死後、なんら意味をなさない。

 親から与えられた名も。

 洗礼名もだ。

 そうすると自分が何者であったのか、わからなくなる。


「なんだいなんだい、そんな考え込むことかい。ちょっとした思いつきで良いのさ。どうせ偽名なんざ、目くらましさ。

 覚えやすくて、忘れないのにしておけよ。

 縛りや言質をとられなきゃぁいいんだからさ。

 嘘をつけってんじゃない。

 嘘じゃないけど本当でもないって奴をだな。つーか、アンタ、現世ではオカタイ生き方をしてきたようだね。

 もしかして、神職ってのは、本物の方だったかい?

 生臭じゃなくて、本物だったなら、何でこんな所にくるんだよ。

 えっ?まさか、よしておくれな。冗談きついぜ」

「誰と話しているんだ?」

「あぁまぁいいや。アンタは鷹でいいや。

 生国では、アンタ、鷹の大将と呼ばれてたんだろ?」

ファルコと呼ばれていたが」

「本名じゃないし、親との関わりは無い名前か?

 よし、じゃぁ鷹の、あぁファルコね。ファルコ、こうゾワゾワするね。ここの力が邪魔して何ともなぁ。

 旦那の生国の言葉で、ファルコだね。

 多分だが、強引に繋げちまってるようだ。

 俺が知ってる意味で頭に入ってくるが、微妙に齟齬がある。

 奴らの言葉を早めに覚えたほうがいいな。

 耳の中、つーか脳みそが痒いぜ」

「狐、お前、誰と」

「もしかしたらだが、旦那と俺は、まったく違う場所から来たのかもな」

「何故、私なのだ」

「正直に言っても信じられねぇとおもうが。

 鴨にしようってんじゃねぇぜ。

 旦那の目が見えていたら、俺が旦那を選ぶ理由は言わなくてもいい話さ。

 よくよく想像してくれ。

 周りが貴族連中で埋め尽くされている場所で、庶民が二人いたらどうするよ」

「どうもせぬ」

「例え話だよ、旦那、貴族っぽいもんな。

 じゃぁ、まわりが猿の群れで人間が二人だったらどうするよ」

「選びようがない」

「そうだろ、そうだろ。でな言葉ね。だ」

「魔術、の事か?」

「そうだよ。

 多分、俺の国の言葉だと、今の言い回しになるが。旦那のところの言葉になると、って感じかなぁ。

 詐欺の常套句ならいいんだがよ、まだまだここでは現役みたいだからね。

 最近は、とんとご無沙汰だったからなぁ。俺も自信はねぇや。

 だが、は、聞こえちまったら防げねぇ。

 だから、ここの言葉を覚えねぇと駄目だ。

 気が付かねぇでいると、危ない。

 ここにある言葉は嘘っぱちだ。

 旦那の周りには、まったく違う種類の人間がいるんだぜ。

 そうだなぁ、旦那がわかる意味でいえば、ここは異教徒の巣窟ってやつよ。

 その異教徒の巣窟に放おってもいいように、まじないがかかっているのさ。

 戦奴を感化しやすいようにね。

 それに他は、それぞれ利害が一致しそうな奴らで組み始めてる。

 さっき言ったろ、組めそうなのが旦那ぐらいだったって。」

「死んだはずなのだがな」

「俺だって、死んでまで苦労はしたかねぇよ。

 まぁともかく、ファルコの旦那。この後、名前やらなんやら聞かれるが、型にはめられねぇように本当の事は喋らねぇほうが良い。」

「何をどう信じろと?」

「少なくとも、旦那を戦奴にしようって奴らよりは、俺の方がマシだろ」

「どうだかな」


 とは言え、狐の言葉以外、あまり頭に入らない。

 先程の尊大な言葉をかけてきた者の言う言葉も、周囲の雑音も、あまり理解できない。

 ここが死後の世界だとしても、それが自分にどう意味を持つのかわからない。

 死んで終わりなのだから。

 ましてや、業への罰を贖う以外の事柄に、興味の欠片ももてない。

 そもそも死人が何を考えるのだ?

 死んでまで煩わしい事柄に手をとられるのは嫌だ。まぁ使い物にならぬ手だが。

 と、久方ぶりに痛みが楽だと軽口も出る。


「さて、見えないけど進む方向はわかるかい?」

「なんとなくだが」

「俺の気配はわかるかい?手の縛りを解けばいいんだけどさ。手が使えないっていう風にしておいた方が都合が良さそうだしね」

「手はどうなっている?」

「斬られた痕は残ってるが、動かせるはずだぜ。それに、多分だが、十全に体は動くはずだ。むしろ、生きてた頃の全盛期になってるんじゃねぇのかな。他の奴らも、きっとすげぇいい状態のはずだ。

 戦える状態じゃなきゃ、意味ないだろうしね」


 焼け焦げるジリジリとした痛みで、体調がいいとは思えない。それに五体の感覚は、未だに混沌としており麻痺していた。


「ファルコの旦那は、見るからに戦士だ。これで怪我や火傷や欠損がキレイになって、ブスブス燻ってなければ、奴らももっと嘘を並べて高待遇を見せびらかしたかもなぁ」

「そうなのか」

「イキリ倒してる馬鹿に、ごちそうを並べて、先に盛り上がってるぜ。

 金金金、綺麗所が接待してるんじゃないかねぇ。

 だが、俺と旦那はどうみてもね」

「お前はどうなんだ」

「俺は見るからにひ弱なのさ。もともと、口先だけで生きてるからね。で、俺の気配は追えるかい」


 灰色の世界。

 雑多な情報が、耳や皮膚から入る。

 痛みや麻痺した身体の情報の中でも、奇妙に滲んで重みのある狐の気配はつかめた。



「我が王国は、貴君ら覚醒し恐れを知らぬ闘士を求めている。

 君たちは前世にて、多くの敵対者から見下され、その頭脳を、才能を搾取され続けてきた。

 我が王国は、そんな貴君らに与えられた希望の地である。

 見下され追いやられ、その活力を使い果たした英霊の為の国である。

 そして我々が目指す、平らかなる世はここにあり、空想ではなく現実として人間の世界としてここにある。

 だが、貴君らも知っているように、我々のような者が希望を持ち生きていくためには、その良心となる英雄が必要となる。

 何故なら、人を脅かす愚かで下等な者どもがいるからだ。

 前世にもいたであろう、搾取する者どもである。

 我々のように知恵深い者をわざと貶め、まるで愚か者であるかのように扱い、富や尊厳を奪い続ける者共だ。

 それに対し、我が国はいつも人同士で繋がり、お互いを守り高めてきた。だが、そんな我々から生きるための場所や富、そして高邁な意志を奪おうと彼奴らは虎視眈々としているのだ。

 もちろん、我々も無策ではない。

 日々、そのような輩に立ち向かい血を流し続けてきた。努力し涙を流し続け、子々孫々、平らかなる日々を迎えさせるべく立ち向かってきた。

 だが、彼奴らは卑怯にも多くの資源を持つ土地を占領し、我々を貧苦に貶め、更に命を奪おうとする。

 そこで偉大なる我が王国は、並々ならぬ覚悟をし、貴君ら闘士を求めて送り出した。

 貴君らの先達は我々を哀れみ、その力をふるい続け、勝利を掴んだのだ。

 我々は、彼奴ら下等なる輩の占領した地域にて、活動する力を得た。

 だが、それでもいつ彼奴らから奪われるかわからない。

 そこで新たなる闘士を求め、ここに光を集めた。

 希望の光りであり、貴君ら英雄の事である。」



「ファルコの旦那、あれ、内容は別にして、耳が痒くなるような何かが仕込まれてるから」

「どういうことだ」

「ムズムズしねぇ?例の言葉がまじってるからさぁ」

「かわらんが」

「ほら、気が大きくなったり?」

「何も」

「そりゃよかった。ちなみに、よくよく耳をすますと、仕込まれた向こうの言葉の意味がわかる。

 3枚重ねの言葉だって最初からそう思って聴いてご覧なさいな。1枚目は旦那の国の言葉になってる。

 それを引っ剥がすと、この国の言葉だ。

 間に鳥の囀りみたいなのがそれね。

 次に、力ある魅了の言葉が下地だ。

 より分けてる奴らのところまで大分あるから、練習すると良いかもねぇ」

「お前は何故、わかる?」

「俺の生業というかがぁ化かしあいなんでね。詐欺の手口が良く分かるってわけ」

「得体が知れぬな」

「そりゃお互い様でしょう?」



「だが、貴君らも顕現したばかりであ..パゥパガギィタゥ..(鳥の鳴き声のような雑音が聞こえる)

 我々を信じるには今ひとつ理解がお互い足りぬであろう。

 そこで目に見える約束事を、貴君らの先達からもたらそうではないか。

 まず、この偉大なる王国にて英雄となり大将軍の称号を得た者を紹介しよう。

 彼者は、我が国の勇士と共に、蛮族蔓延る地..クル..スェウ拘束..ソレナ..スゼゥ..を奪還し、勇名を轟かせた戦士である。

 彼が顕現したのは、暦の上では一年前であるが、現在は王国の要となる地位に付いて..タァガ..スゥバァ..(意味が拾えるのか?)

 では、ルカ..隷属..上..ディマ将軍から貴君らへ、歓迎とともに現状を伝えてもらうことにする。」


「皆、良く来た。

 死んだと思ったら、こんな妙な場所にいて驚いただろ?」


 若い男の声だ。

 それまでは、壮年の男が演説を続けていた。

 声の位置から、ひな壇でもあるのか上の方から聞こえる。


「俺も、驚いた。

 あぁ最初に言っておくが、前世の名前も出身地も名乗っても名乗らなくてもいい。

 ここでは、新しい自分でやり直せるって事だ。

 もちろん、今までの自分が好きなら、そのままでな。

 ともかく、ここは死んだ先にある、世界だ。

 天国でも地獄でもないし、それぞれが考える宗教で説かれた場所でもない。

 まったくの異なる場所だ。

 この国は、幸いにも人間が治める場所だ。

 つまり、人間以外の治める場所もある。

 そして人間だと、ここ以外の場所で生きていくのは難しい。つまり、他の種族とは交戦状態にある。

 だが、まぁ今まで生きていた場所も、多かれ少なかれ他所の国と対立や戦争をしてきた。つまり、人間同士で纏まっているだけ、ここはいい国って話だ。

 さて、そんなことよりもだ。これから暮らすに当たり..

 ..


 女の声だ。


「俺の国で言う巫覡だな。

 不可視の術で声を忍ばせてやがる。

 まぁ命を出せって言うより、服従と反抗心を削ごうとしてる。

 広範囲で間接的だから、わかってりゃぁかからねぇけどな」

「魔女か」

「まぁ旦那の生国だと、魔女は火炙りって感じだろうけど、どうやら、ここは魔女や呪術師は普通にいるようだ。

 それに話によれば、人間以外の国もたくさんありそうだしね。

 ファルコの旦那的に、魔女は駄目だろ?」

「この世界の神とは縁がない」

「あ、思ったより柔軟だね」

「これでも領主であったし、民を預かる者だった。信仰と迷信がどのような役割であるかは理解している。

 不道徳な行いや神が定める理を犯し、為政者の敷く定め事に逆らう者でなければ、罰する必要もない。

 まして、ここは我..私の知る人界ではないだろう」


 壇上の男の声はかき消えた。

 耳朶には嗄れた老女の言葉だけが繰り返す。


「この者共の穢を祓い

 我が神の元にて清め守れ

 さきわえたまえ、幸えたまえ

 その魂の穢を祓い

 この者共を供物として備え

 千の王国の礎となす

 御祖神に供え祀れば、御祖神の御心、安らぎ給え」


 この者共のにて、安らぎ給え、安らぎ給え

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