第8話 教科書の作者、神官アリキ・モータリアって..あれ?

 物の形などが違っても、使用目的や生活様式が似ているって重要。

 目の前には書物が置かれている。

 何かの皮なのか紙なのか、それでもそれが本であるとわかる。

 書かれているのは文字だともわかる。

 すんばらしい。

 共通するパラダイムがあるならば、例え生態が違っていても何とかなる。と、思いたい。

 それから食物、栄養源を摂取しカロリーとして消化できる事。これもまた幸運だ。

 食べ物、水、陽の光、大気。

 大凡、人の生命活動に必要な物があるってのは、喜ぶべきことだ。

 まぁ前提として、環境が同じだったのか、それとも自分が適応したのか、もっと根源的な事で生きていられるのか。

 考えても正解は無いから、まぁ、ラッキーで済ませる。

 同じ生物なのか、同じ世界なのか、そもそも同じ次元なのかと考えても、もう凡人にはわからない。

 ただ、御飯食べれるし、お腹いっぱいになるし、お水を飲めば美味しいよねぇ。である。

 もう、考えてもなぁって。

 さて、色々な説明や解釈をこねても、頭が悪いので無駄だ。

 元気にお仕事して、ご飯を食べるでござる。

 そのお仕事、荷運びで穴には毎日入ってる。

 アリキと一緒だったり、別の人と組んだりしてだ。

 初日の大冒険、というか無謀なお仕事はしていない。

 あの黒い繭玉を拾って帰るだけの仕事である。

 入る人たちも地上の民っぽい普通の女子供、老人達が殆ど。

 後は、ちょっとした訓練ぽい感じの若者集団とベテランで組んでる感じかな。

 自分が組むのは、一般グループが殆どだよ。

 たぶん、こっちも初心者どころか、理由わけわかってないし。

 初日の緊張がなんだったの?って感じで、あのモンス避け煙りを炊いて、お喋りしながら繭玉拾い。

 そいで武装して気合の入ってる探索グループは滅多に見ない。実は別の穴に行くのがセオリーっぽい。

 本気武装とか、アリキみたいなコワモテ集団ね。

 なぜ初日の五人が、あの穴に向かったのかは謎。アリキがわざと、そんなグループを選んだふしもある。

 まぁ相変わらず言葉は不自由なので、それもわからない。

 つまりだ。

 初日のガチ武装のグループみたいなのとは、同行していない。

 今日も午前中は穴に入った。

 アリキとは別の犬のような人とだ。

 穴は同じで、探索するグループは毎度別。

 今日の同行者達は、三人組の若い男達だ。

 軽装で革鎧に剣を下げているが、現地民の普段着ってところ。つまり護身の武装した普通の若者である。

 彼らは気楽に雑談しながら、あの繭玉集めだけをして帰還。

 荷担ぎにもチップをくれた。

 相方の犬の人には小銭で、こっちには干し肉。

 何故に肉なんじゃ?って思ったが、勝手に奴隷にお金はまずいのかも。美味しかったよ、甘辛で美味しかったけどさぁ。

 で、装備は貧弱だったけど、笑ってしまうくらい安全だった。

 武器の扱いは素人で、戦わずに逃げる。

 ガハハ〜やべぇって感じで笑って逃げる。

 それで逃げながら臭い泥玉みたいなのを投げてはゴブゴブを散らし、お香を炊いて振り回す。

 ちょっと楽しそうだった。

 実際、この穴の上側は、一般市民の小遣い稼ぎ向けみたい。

 お手軽な副業かな。

 どのくらいのレートなのかはわからないけれど、運び屋を一人頼んでも良い感じになるんだろうね。

 そうそう犬の人ね。

 アリキが鬼の人なら、このウルズはお顔も体もフサフサの黒犬さんだ。

 二足歩行の犬な感じで、人形ひとがたではあるけれど、ほぼ犬。

 とても親切な黒犬さんで、ドクドク繭の採取方法もアリキより詳しく教えてくれた。金属の専用トングも渡されて、袋詰のしかたもしっかり教えてくれる。

 はさみ方と詰め方で、しゅーしゅークスクス喋らなくなる。..いや何か、喋るんだよ、キモい。

 その犬の人、力持ち加減も中々で、水樽五個は軽い。

 お仕事する前に、どのくらいいけんの?って確認した時ね。見本で犬の人が水樽、ここ水樽が方々にあるんだよ。それを担いで見せてくれた。(多分、水樽は防火水槽のかわりかもね。)

 んじゃぁって、五個は自分も担げた。何か重さとか物理法則が違う?もしかして、力持ちになったんじゃなくて、軽い?

 そんなキュートで怪力な犬の人、ウルズのお名前は、発音が難しくて断念した。

 アリキの発音だと、ウルズラシャだけど、本人曰く、全然違っている。

 発声器官の違いかもね。

 そこでウルズでいいとお許しが出た。まぁ自分の名前もヌガーになっちゃってるしねぇ。

 ともかく、何のトラブルもなかった。

 そして無いってなると、逆に余計なことがモヤる。

 つまり、初日の奴らの事だよ。

 弓士の腕をもぎとろうとしたのは何だ?

 あのトロタールがカミカミしたのか?

 それとも別の怖いのでたの?

 こうやって対処していれば問題ないの?

 確かに作法知らずに潜った末のペナルティだったとしても、彼らは結構戦えていたんじゃないのかなぁって思うんだ。

 自分はへっぽこで戦った事は無いけれど、弓士の双子も他三人も弱くなかった。

 それにだ。

 ここの繭玉採取は、難易度が低い。

 けどさ、繭玉の階層以降、あの絨毯の先は、また、別なんじゃないか?って事。

 安全なのはここまでで、本当は、あのトロタールみたいなのがウジャウジャいるんじゃないのか。

 本当は、本当はもっと危険なんじゃないか?

 つまり、いくら考えても無駄ってスタンスとろうとしても、不安。安全で楽に仕事をこなしていても、結局、心配は尽きないんだよね。

 何度も言うけどさ、考えても無駄だってわかってる。

 わかってても、怖い。

 で、不安を解消する手段は1つ。

 この眼の前のちしきになるんだなぁ。


 昼飯時が過ぎた午後に帰還。

 初日と同じ時間帯で、残り物らしい粥をかきこんでいると、親方、強面の主に呼ばれた。

 未だに、主の名前は知らない。

 首輪には刻まれているのかなぁ。

 主の部屋に通される。

 中は薄暗く、穴蔵のような雰囲気だ。

 壁には棚があり、そこには書類や品物がぎっしりと詰まっていた。

 雰囲気は穴蔵、巣穴のようだが、どうみても事務室である。

 もっと荒廃して酒瓶でも転がっていそうなキャラ設定なのに、部屋は書類と書物に埋もれている。

 不憫だ。

 山賊や海賊みたいな親爺なのに。

 忙しく勘定したり書類作ったりしているようだ。秘書はいないのかな。

 映画の小道具のような羽ペンに陶器のお洒落なインク壺。それを目にして最初に戻る。

 つまり、必死に常識を当てはめなくても、ここでは何がどんなものであるのかわかる。

 不幸を数えるより、ラッキーって思っておくぞ。

 さて、その雇用主が、お茶を片手に本を広げる。

 お茶だとわかるのは、緑茶らしき匂いと香りだったからだよ。

 自分がお茶を見ているのに気がつくと、主は肩をすくめてそれを差し出してきた。

 座って飲めってことらしい。

 このさい飲み残しは目をつぶる。だって、自分の飲み物をくれるってのは寛大だってこと。それにお茶なんて何日ぶりだろう?

 大きな陶器のカップに、熱いお茶が半分以上残ってる。口をつけてみると、濃くて美味しい緑茶だ。

 まぁ緑茶にしては、キラキラしてるけど。緑にキラキラ湯気が光ってるけど。

 うまうまと飲んでいると、主が開いたページを指さした。


「ヘラカーテ・ゾ・タイフェン」


 恐ろしい顔の女の挿絵。

 角、牙、褐色の肌の鬼女だ。

 それが剣と盾を構えている。


「ヘラカーテ」


 女の名前だろうか、主が繰り返す。

 文章はわからないが、挿絵を指差しページをめくる。

 女の背から後光がさしている。

 そして恐ろしい女の足元に、人々が額づいていた。

 縮尺は、女が巨人で人々は虫サイズ。

 女は、神か化け物だろう。

 続く争いの場面。

 五人の人物が登場する。

 人形ひとがたから異形まで、それぞれ姿が違っている。

 彼らもまた、人々を従えて新たな戦いをけしかけていた。

 最後には、その五人の人?と鬼女の戦いとなる。

 ここまででこの本は終わった。


「ヘラカーテ・ゾ・タイフェン ウン・ノゥズェン、エルエナ ヌガー」


 意味は当然わからない。

 だが、言葉の最後は自分の名前だ。

 次に、という感じで主は人差し指をあげた。

 待ってろよって感じ。

 お茶をずるずる啜って待つ。うまうま。

 全部飲んでいいのかなぁ、と、ぼんやり思う。

 主は奥から分厚い本、今度のは豪華な布張りの物を持ち出してきた。

 どうせ言葉は通じない。

 お互いに、意思疎通ができているかは謎。

 だから、主はその本も開くと順繰りに挿絵を指差す。

 人だ。

 この国なのかな?

 様々な人が描かれている。

 アリキのような鬼の人。

 ウルズのような犬の人。

 その他、人のくくりにある異形の姿の人々だ。

 そして主は、そこに自分、ヌガーを指さした。

 たぶん、今、自分はこの異形の人々の一人だという意味かな。

 そして何ページかとばしてめくる。

 開かれた挿絵は、祈る人々の姿だった。

 祈る姿は伏していたり、手を上げていたり、見知った手を組んでいる者もいた。

 ただ、確かに彼らは、五人の異形に祈っていた。

 つまり彼らは、神か王のような者で、人々の頂点にいる。

 今のこの国の人々は、この五人のいずれかの派閥に属しているって事かな。

 次に示されたのは、五人にそれぞれの人々が集まり暮らす姿だ。

 国を抽象的に表しているのかもね。

 そしてお前だって感じで、主がこっちを指差す。

 主は、国々の上、雲がかかる山に大きな樹が生えている。

 その樹の下で横たわる女、半眼の鬼女、ヘラカーテを指さした。

 散々、人を争わせた女は、一人、静かに樹の下で寝ている。

 そして誰もそこにはいない。

 主は、自分を指差すと言った。


「ヘラカーテ・ゾ・タイフェン、エルエナ・ヌガー アイン ディナー」


 何を言わんとしているのか、大きな輪郭はわかった。


「アインディナー、エルエヌヌガー」


 確認のためにも聞いてみる。

 主を指差してから、絵に指を向けた。

 すると主は、返した。


「ハゥプゼフィリッフィ アラ・エルエナオルザス。アインディナー バイトロ・ルナン」


 バイトロ・ルナンと繰り返してから、主は挿絵の一人を指さした。

 五人の一人、青白い肌の若い男の形をした異形だ。


「バイトロ・ルナン?」


 言って見ると、主は嬉しそうに頷いた。

 それから自分を指さして繰り返した。

 自分をオルザス、そしてこっちをヌガーと示した後。

 オルザスは、バイトロ・ルナン。

 こちらを、ヘラカーテと言った。


「貴方はオルザス。私がヌガーで、オルザスはバイトロ・ルナン。私が、ヘラカーテだと?」


 念の為に言ってみると、彼は頷いて、又、ページをめくった。

 次のページからは、五人と不思議なシンボルが描かれていた。

 今までが、神話のちょっと不気味な挿絵風だったのが、急におしゃれなテキスタルデザインになった感じだ。

 それによれば、バイトロ・ルナンは、葡萄の房のような紋様だ。

 他の四人も植物がモチーフでおしゃれ。

 なのにヘラカーテだけ蛇だった。

 まぁゴルゴンのような鬼女だしな。この世界にゴルゴンの神話はあるのかな?神話じゃなくて現物がいそうで怖い。


 ***


 一日の流れはこんな感じ。

 子供部屋で寝起き。

 年長のそばかす君が自分の子守?役のようだ。

 彼の名前はキュルブ。

 多分、もっと難しい発音。

 そして寝るたびに、ちびっこが潜り込んでくるが、入れ替わっているようで名前は覚えてない。

 毎晩、違うちびっこがガッチリホールドして寝よだれたらしている。

 鳥だったり犬だったり、角つのの子だったりと色々だね。

 皆、お行儀はいいね、かわいいし、噛まれても痛くないしな。

 寝て起きたら、大食堂でご飯。

 食えるだけ食わせてもらえる。つまり、おかわりフリー。

 でも食べ過ぎは体に悪いから、三食がっつり目だけどセーブしてる。

 ご飯食べて、仕事。荷担ぎでも一番下っ端の小僧があつまる場所で待機。

 組んでくれる人、アリキかウルズ、それかベテランぽい人に呼ばれて穴に潜る。

 あの繭玉の階層までの仕事が割り当てられる。

 そして午後になったら、自分だけ上がり。

 他の皆は、まだまだ稼ぐ。

 そして穴はあれだけじゃない。

 時々、別行動中のアリキとすれ違うと、頭をグリグリされる。物騒な人たちの物騒な仕事はわからない。まぁいずれはわかるようになるのかな。

 そして午後。

 主、顔面が怖いオルザスから何か指示がある。

 それがなければ、文字などを教わる場所へ行く。

 これ周りが幼児だけの寺子屋みたいな場所だ。異種族があつまるここで子供に言葉を教えているんだろう。

 深く考えなくてもわかる。

 たぶん、特別扱いだ。

 奴隷の扱いじゃない。

 これは牢屋、というか意識を取り戻してからの扱い全てが、特別だと思う。

 一見、人権無視の扱いにおもえる。けれど、実に優しい。

 言葉が分からぬ、素性も知れぬ異種族の大人だ。

 もっと残酷で残虐な扱いもできるのだ。

 それが飯とある程度の自由に、労働に教育を与える。労働力としても小僧共の半分も役に立っていない。

 実に手加減が加えられている。

 善意?

 文化度や倫理観は、世紀末と思しき場所でだ。

 理由はあるだろう。無いほうがおかしい。

 そしてそれを理解させようと、言葉を教える手間暇をかけている。

 その先にあるのが、自分の命と等価とは思えない。

 外では、死体が野ざらしになっているような場所だ。

 道徳とはなんぞやの世界だ。

 厚遇の理由はなんだろう?


 ヘラカーテ。


 考えない。無駄だとしながらも、答えの輪郭は手にしていた。

 単語はある程度、理解できていると思う。

 ヘラカーテと戦っていた五人は、王、または神だ。

 彼らは人間を支配し、その五人が束になっても敵わないのがヘラカーテ神だ。

 魔神か主神かわからないが、彼女は力があって怖い存在だ。

 悪いとか良いとかではなく、神という存在の頂点だ。

 五人の王は、多分、この世界だと実存して人々を支配している。

 群れのリーダーだ。

 そして人であるならば、このいずれかに必ず所属しなければならない。と、いう話だと思う。

 これはオルザスが時々、基本教育らしい本で教えてくるのだが。

 この所属した人々は、五人に守ってもらうかわりに、何かをおさめている。

 たぶん、税金とか何か。

 この部分が、いろいろ説明してもらったんだけど、よくわからない。

 まぁ王様か神様かしらないけれど、彼らは何かを納めている。

 で、そんな人々は、子供が生まれると、王様だか神様から印をもらう。

 印を受けた子供は、働ける年になると、その納税を印の神様にお供えする。

 このお供えは強制で、人間からむしり取っていくらしい。ちょっと絵面が怖かった。まぁ比喩表現だよね。体がワシッと王様だか神様が掴んでいく絵だった。

 さて、このようにこの世界では、五人のうちの誰かに所属していることが身分証明になる。

 産まれた時の戸籍がわりに記録されるのかな。

 とうぜん、行き倒れていた自分、地球産にはそんな印は無い。

 先にも述べたように、体に印があるのが当たり前。

 オルザスも肩の印を見せてくれた。

 あのテキスタイルデザインが、入れ墨みたいにあった。入れ墨と違ってキラキラしてたけど。

 厳ついオッサンに羽つき、って属性だけでもお腹いっぱいなのに。その筋肉もりもりの肩に、可愛い葡萄の印。

 美女とか美少女の腕とかにあったら、お洒落タトゥーみたいなんだけどな。

 つまり、この世界の住人は、皆、ファンシー..じゃなくて印がある。

 自分にはない。

 一大事だ。

 戸籍が無くて、記録もなく。免許証なんて無い世界の唯一の身分証明書無し。

 で、印の無い人ってのも、いる。

 この世界では、印無し=神に見放された重罪人。

 拷問刑の絵を見せられた。

 印がある事が人間の証。

 そりゃゴブゴブにもスライムにも、地底のモンスに印は無い。

 で、自分だ。

 留置所でモンス認定されなかった理由。

 オルザスの教育本で、奇妙な絵を見せられた。

 お空から光、次に赤茶けた大地にモワモワと黒い霧。

 大きな壁と巨大な都市。

 バベルの塔みたいな絵で、自分がよく知る人々が暮らしている様子が描かれていた。

 異形の部分が無い人間の国だ。

 何か、この国の人々には印は別の形ででるようだ。

 そして自分も時間を置いて印がでる可能性があったようで、暫く留置されていた。

 そしてお漏らししたんで、ゴシゴシ洗う場面で、発見。

 入れ墨も何もないはずの、背中にあるそうだ。

 ヘラカーテ。

 と、何度も言われたのは、自分の背中にその印があるって事。

 残念ながら、鏡がないので背中がどうなっているのか不明だけどね。

 まぁ心情的には気持ち悪いけど、人間認定してもらったおかげで、処刑されずにすんだ。

 そしてヘラカーテ神だったからこそ、特別扱いになったようだ。


 ヘラカーテ。


 かの鬼女神は、ぼっちだ。

 他の五人にたくさんの人々が従っているが、ぼっちの鬼女神に従う人は少ない。

 ここからはほぼ想像だけど、つまり、一番、面倒くさい神の印がでたおかげで、下にも置かぬ扱いになったようだ。

 これを殺したりしたら、鬼女神がどう考えるかわからない。

 お供えが減ったじゃん、お前ら殲滅なっ!

 とは、冗談だけど、鬼女神の所属は少ないらしい。

 オルザスが見せる教育本には、ヘラカーテの数少ない信徒?の女子供が祈っていた。次に、それに襲いかかる山賊?なのか兵士なのかが描かれ、オチの絵は、彼女や子供らに悪さをする輩は喰われていた。

 ぼりぼり喰われていた。

 怖いので繰り返しちゃった。

 あ〜って感じで見せられた絵にドン引き。

 主も、まぁそうねぇってニヤッ。

 ちっちゃな人間をつまんでスナック菓子、ぼりぼり。

 なぜかリアル絵だった。それまで絵本のファンシー挿絵が、オチだけ劇画調。最後にホラー演出すんなや。

 教育本らしい演出だけどね。つまり、ヘラカーテは怖い。

 つまり怖い神の印のおかげで、自分は奴隷というより保護されたらしい。

 これが数日かけて教えてくれた事。

 これを言葉の教育より先に、早めに教えようとした理由はある。


 ここは、王、神が実存し人々を支配しているからだ。

 もしくは、神の実存を信じているから、かな。


 ***


 面倒な事を簡単に説明するのって難しいよね。


 この世界は、太陽が2つ。

 月が1つ。

 数え方は十進法。

 単位は、まだわからない。

 一日の長さは、体感としては長い。

 時間の概念は、ほぼ同じで理解されている。

 暦と曜日、地下活動のために、逆に時の概念や暦などが発達していた。

 一週間は七日、一月七週、一年七ヶ月と七が基本数になっている。地球と同一なのか平行世界なのかは、わからない。

 さて、七が基本数なのは、神の数字だからだ。

 先に説明した王、五人の神?と鬼女で六神だから、六じゃないの?

 と思うのが普通。

 神様は六柱。


 ラーアヌエル、1つ目サイクロプスのような男。

 ソンエルラビニ、牡鹿の角をした老爺。

 バイトロルナン、肌の色以外は若い男、ただし尾が爬虫類。

 ホルスレギグ、鳥のような姿の女。

 ナニグルイグノ、皿のような両目の大きな黒い塊。多分、中身がある。

 ヘラカーテ、鬼女で巨人。


 この六柱に死したる神が加わり、七柱となる。

 失われた神には名前が無い。

 その代わりに、赤い一日という意味らしいナハトローツと言う。


 ラー、ソン、バイ、ホル、ナニ、ヘラ、ナハトで曜日と月を表す。

 ラーの月、ラーの曜日、何日ってなる。

 そしてナハトの日が休日。

 これは絶対的で、何もかもが停止。

 だから、ナハトの休養日ではなく、停止日。赤日ナハトローツって言うんだ。

 穴に入るのも停止。

 兵士以外は活動しない。

 病人が出ようと、人が死のうと、最低限の動きしかしてはならない。

 では、悪行が蔓延るのか?というと違う。

 人と呼ばれる者、つまり神の印のある者は、活動ができないのだ。

 自分にはわからない何かの要因で、活発な活動、動いたり考えたりする事ができなくなる。

 動けなくなって、意識が低下し、動きは緩慢となる。

 文化や宗教的な理由じゃないんだ。

 ヘラの日が終わった瞬間から、ナハトが始まると人々は座り込み、身を潜めようとする。

 それは深夜から徐々に昼間にかけて悪化する。

 そして又、日が沈んだ頃から徐々に薄れるのだ。

 七日ごとに人は、この国の人々は活動ができなくなる。

 ナハトは、夜が赤くなり昼間は曇りと変な雰囲気になる。この周期と体にある印は関係があるようで、印の無いモンスは影響がない。

 その制約がない者は殺しても良いモノとなる。

 この決まり、ちょっと怖い。

 人の驚異になる異形は殺すべし。

 の、意味の中に、神の印の無い者も含まれるって事だ。

 活動が衰えるけれど、まったく動けないわけではない。しかし、動かぬほうが良いから動かない。

 もっと穿った見方をすると、怖い発想がいくらでもできる。

 だから、主オルザスも最初に教えようとする。

 七日目は休んで寝てろってね。

 話は戻る。

 七日目がある限り、人はなるべく害獣や異形を減らすのがつとめだ。

 そして穴の中の異形が活発になる。

 穴には入らず、ゴンドラは動かない。

 本当はどういう意味なのか、詳細はわからない。

 けど、ナハトは安全な場所で休む。

 これがいちばん重要だ。

 なのでオルザスは、数の概念や暦、時間をわからせようと色々な絵や書物を広げた。

 物知らずにもわかるように、真剣に繰り返した。

 今、何月何日、何曜日の何時で、自分が何処にいるのかを忘れてはならない。

 穴に入ったら、ナハトになる前に出る。

 地上にいるなら、建物の中へ。

 七の曜日の絵は、赤い空に目玉が描かれていた。

 又もホラーな絵だった。

 やってはならない、してはならない事をオルザスは最初に教えたかった。

 このおかげで気がついたことがある。

 食堂や受付、人の多く集まる場所には、暦が必ずあった。

 また、受付や出入り口に下がる木札は、今日が何月何日の何の曜日であるかだった。

 柱のそこここには、振り子時計と覚しき物も。

 無学であろうと文盲であろうと、大変わかりやすい絵が文字盤にあるのだ。

 これならば、地下の世界でも今がいつなのか、いつでもわかる。

 ちなみに、今目についた柱時計は、ソンの日で牡鹿の角の絵だった。振り子じゃなくてからくり時計か。

 昼と夜を区別する盤面に矢印。

 ソンで午後の時間帯で、日没までには時間がある。

 思い返すと、今までもナハトの日はあった。

 留置所でも静かな一日があった。

 あれがナハトの日だったのだろう。

 ちなみに正式名称がナハトローツだけど、ウルズはラドって言っていた。

 色々な言い方があるようで、言語理解への道は遠い。

 地道に単語の意味を覚えて発音していくしか無いよね。


 ***


 世界オロドムには、神様が七柱。

 女神とその夫、そして五人の子どもたち。

 世界オロドムには、生き物が七種。

 それぞれの神様が守護しています。

 女神は命の樹と共に、世界オロドムを見守っています。

 ある時、女神の夫は眠りにつきました。

 守護する生き物の望みを叶え続けて、疲れてしまったからです。

 眠りについた夫はロプの卵になりました。

 眠りは深く、女神の夫は目覚めません。

 さらに気がつけば、そのロプの卵には虫がついていました。

 このままでは、オロドムの大切な約束が壊れてしまいます。

 どうしてこんな事になったのでしょう。

 女神がちょっとよそ見をしたすきに、五柱の神と夫の守護する生き物が欲をかいたからでした。

 もっともっと楽しく長く生きたいと欲をかいたからでした。

 女神の夫は、そんな彼らを守り諌めました。

 けれど、神の子達は今より力が欲しいと駄々をこね。

 彼の作った生き物たちは、神と同じく永遠が欲しいとわめきました。

 もちろん、摂理神様女神の夫は、そんな事をゆるしません。

 そこで彼らは、主神の女神が目をそらしたすきに、神の盃に眠り薬を注ぎました。

 夫婦神の盃に、を注いだのです。

 女神は命の樹と共にあるので、すぐに目がさめました。

 そこで目にしたのは、醜い醜い有様でした。

 五柱の神は、夫婦神の力を掠め取ったために、半ば力にすり潰されて化け物に成り下がりました。

 大きな力に耐えられなかったのです。

 そして永遠を求めた生き物も、知恵を失いただただ生きるだけに成り下がりました。

 そして五柱に守られていた生き物達は、路頭に迷い苦しんでいます。

 夫は目覚めずロプの卵になり、そんな醜い者共が未だに取りすがっている。

 女神は彼ら全てに天罰を下しました。

 まずは五柱から、権能をすべて奪うべく彼らを一度殺しました。

 死を与え、神にあるべき永遠を取り上げました。

 次に、守護を与えた神に仕えるという約束を破った生き物に呪いをかけました。

 彼らは、欲しいものが分からなくなりました。

 いつも、間違えるようになりました。

 正しい答えは得られない。

 ずっとずっと罪人のままです。

 それからロプの卵となった神との間の絆を断ち切りました。

 これで女神の夫と守護する生き物の命脈は切れ、愚かな生き物が神から力を得る事ができなくなりました。

 そこで夫が守護していた生き物は、今の亜人連邦ソルソンドの高地から大河を渡り、今の人族王国イヤルメザに落ちました。

 引き止める他の生き物達の手を振りほどき、彼らは自ら落ちていきました。

 そこに命の樹の根が無いので、女神の呪いが届かないからです。

 そしてイヤルメザにたどり着くと、彼らは、新しい神を探しました。


 女神の呪いは、いつも間違いを選ばせます。


 だから、本当は悔い改めて神に祈れば良いのでしょうが、彼らは自分たちの欲を元に選びます。

 神の印を奪われ、力を得られなくなった。ならば、自分たちで神をつくろうと考えました。

 ロプからいつも奪っていた力を取り戻し、また、願いを叶えてもらおうと考えました。

 そこでとりあえず新しい神様を自分たちから選びました。

 彼らはその偽物を、八番目の新しい神様忌神だとしました。

 女神は嗤いました。

 許しを乞わずに偽りを申し立て、神を名乗る何かを作ったからです。

 女神様は、そんな彼らを更に呪いました。

 二度とイヤルメザに落ちた者は、ソルソンドの高地へと戻ることはできません。

 さて、女神に死を与えられた五柱は、彼らに従う生き物への慈悲によって、下神として蘇りました。

 彼らに仕えていた生き物たちが、ずっと祈り続けていたからです。

 そして仕える五柱が下神となっても、女神の罰で烙印を押されても、彼らは女神にずっと祈り許しを乞い続けていました。


 そこで女神は約束させました。

 二度と目覚めぬ夫の子、新しき八番目の神を育てる事を。

 本当の八番目の神様を育てる事を。

 約束させて、女神様は夫の側で寝ることにしました。

 命の樹の根元にて、うたた寝をしながら待つことにしました。

 誰かが嘘をついたり裏切ったりする事を、愚かにも間違うことを願いながら、うたた寝をしています。

 そうすれば、夫と自分の眷属の仇を討てるからです。

 そうです。彼女が守護していた生き物は、彼らが絶やしてしまったからです。

 オロドムには七種の生き物、七種の人が暮らしていました。

 けれど、愚かにも欲を諌めた女神の眷属を、邪魔に思って殺してしまったのです。

 女神の盃に毒をもる前に、邪魔な眷属を殺したのです。

 異変に気がついた女神が目をそらし、そのまま盃を煽ってしまった。

 女神は誰も許しません。

 夫の眷属が一番悪いですが、それを許してしまった他の五柱の神も、その眷属も同じです。

 だから、オロドムには五種の人と、罪人しか残っていません。

 だから、私達は祈らねばならないのです。

 もしも、女神が認めた者を見つけたら、彼らは許しなのです。

 許さぬ女神が溢した慈悲なのです。

 もし許すとすれば、彼らが増え、八番目の神様が産まれた時でしょう。

 だから、皆、眠った神様のナハトロークには、祈りましょう。

 このオロドムに生きている事を。

 いつか許されるように祈りましょう。

 命の樹が、女神様を慰撫しているうちに、心を改めて生きましょう。


 そして、女神の印が現れたなら、善き道へと導きましょう。善き道へと導き、女神へと慈悲を乞いましょう。


(ソルソンド連邦指定教本・幼児教育用資料より抜粋)

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