第6話 定めを変えるは無知の知なり(ギナ好きの神官・談)

 背負子にその辺の木切れや棒を通して拡張。縄で袋を二段に積む。

 下3つ上3つ、縄で器用に背負子に縛り付ける。

 よく見てろよって感じで手元で縄の掛け方を見せてくれた。

 もちろん、アリキがだ。

 手際が良いので、あっという間に出来上がった。

 で、バランスを均等にして背負子だけで自立できる感じにする。

 実際、背負子の素材は木だけじゃなくて、何だかわからない素材だ。カーボンとかじゃない自然素材っぽいけど、金属だけでもない。

 そんでギシミシするような重量をアリキは片手で持ち上げて、バランスを見た。

 良いらしい。んで、背負ってみろって言われて、肩に紐を通す。

 しゃがみ姿勢から荷物を背に乗せてみる。

 それから立ち上がったみた。

 うし、大丈夫。

 バランスオッケー、腰オッケー、重さは...相変わらず感じない。

 んで、先輩オッケーっすって感じで頷くとアリキも頷く。

 んで、にっこり。

 二人は仲良し〜、笑顔は異界でも共通のボディランゲージで良かった良かった。うむうむ。

 ここまでは順調。

 けど、再び、三人と二人が何か口論。

 あっ、これわかる。

 たぶん、アリキが示したのが、この黒い奴を拾って帰るコース。

 んで、双子はこっから更に数階下に向かうコース。

 そして馬鹿は、もっと下だ。

 たぶん、この黒い奴だけ上に一旦運び出そうって感じのことを双子が言った。

 蒸し返すなよ、早く下行こうぜって馬鹿が言う。

 身振りでこの袋を指差す双子。

 あながち間違いじゃない。

 きっと慎重に行こうぜ、この物だけでも一旦運び出して、下に行こう。もしくは、自分とアリキに荷物を運び出させてから下に行こうって感じかもなぁ。

 で、馬鹿三人が何かアリキに言った。

 アリキはちょっとそれに考え込んだ。

 何を言ったかわからない、けど、アリキは彼らの質問に、ため息混じりで返した。

 そして続行。

 何となく、ホラーとかパニック映画のセオリーを踏襲しているなぁって思う。

 フラグがたった、フラグがたったよ!

 とか、茶化しているが、内心、自分的にはあんまり良い感じじゃない。アリキの様子が、何だかおかしいからね。

 さて、この階、小部屋の小道の先は、壁が崩れた部屋に行き当たる。

 いかにも行き止まりって感じ。これは正規ルートじゃないんだろ。その床にある竪穴がショートカットになるんだろうねぇ。

 んで、この竪穴、拡張した背負子のままいけそう。

 入り込めなきゃいいのにね、残念。

 竪穴は瓦礫が段になっているので、階段の要領で降りた。

 結構深くて、多分、二三階層突き抜けて降りてるかも。

 そしてその階段、というか瓦礫は半回転するように方向が変わる。方向感覚を狂わせる感じで薄暗い通路に出た。

 連結部なのか、ちょっと広い空間に無数の支柱と各階層と部屋に続く階段が方々に見える。

 お城やホテル、迎賓館などの施設みたい。

 天井がなければ、別の建物との間にある庭かな。ガゼボに高低があって植物というか奇妙な雑草が点々とある。

 この薄暗さで植物とか、植物なのかなぁ。

 まぁそれとは別に、なんだろうか、大きくて立派なんだよね。

 自分たちが降りてきたのは、その通路の連結部の端っこ。

 壁に備えられた噴水跡みたい場所の天井が抜けて降り積もった瓦礫のところだ。

 薄暗いが、闇ではない。

 やはり建材自体がうっすらと青白いのだ。

 降りた男たちが散開するのを他所に、アリキと自分は瓦礫ぞいにゆっくりと進む。

 新しい空間に降りる時は、彼らとは距離をとっておくのがいいようだ。

 何だろう、この空間は初めてなのに、どこか見覚えがあるような気がするね。

 いつか何処かで見たような気がする。

 そんな訳無いのに。

 所々に、張り出した露台みたいなのもある。

 舞台装置、そうだね。オペラとかやる劇場にも見える。野外劇場とかでもいい。雰囲気いいなぁ。


「ヌガー、アインフィング」(アリキだ。呼ばれた?)


 まぁちょっと気が抜けていたのか、気を張りすぎておかしくなっていたのか。ぼんやりとしていたんだと思うよ。

 普通さ、ホラーとかSFとか、ファンタジーなお話の映画やテレビ番組、それからネットの映像作品だけの情報じゃん。

 え、何がって、化け物、クリチャー、なんだろう敵対生物?の話だよ。

 ゴブゴブやスライムに遭遇していて今更だけどさ。

 敵性敵対生物って、別に効果音も無いし匂いも無いし、足音も気配も無いんだよね。

 近寄れば、足音も生き物の匂いもあるし、唸り声だってあるんだろうけどね。

 捕食対象や攻撃対象に、気合をいれて咆哮あげるとか、本当は無いんだよね。

 ほら、前置き長いって?

 いや、だってさ、ガゼボをボンヤリ見てたらさ、いつの間にかとんでもないデカい何かがいたのよ。

 この薄暗い場所に黄色って、とんでもなく目立つ色でさ。

 本当なら、気が付かないはずないのよ。

 そんでそれがさ、推定三メートル以上のクラゲみたいなので、もう、目の前にいるわけよ。

 蛍光色の鱗粉みたいのまきちらして、シュコーって音がするのよ。でもさ、これ、今、瞬間移動したみたいに目の前にいるわけよ。

 で、とっさに叫ぶ前に、アリキのデカい手がガボって、顔を覆ってきた。

 口を塞いで背負子の帯を抑え込まれる。

 喋るな動くなって事だ。

 いやぁガクガクして、アリキを横目で見る。

 パイセンは、まったく平常心。

 なんてこと無いって感じだ。

 うひゃぁってなってた自分も落ち着く。

 その間に、そのキラキラ輝く粉を撒き散らしていた黄色いクラゲは、脚?をゆらめかせてこっちに伸ばしてくる。

 これ、痺れたり火傷しない?って思うも、足がふわーっとこっちに流れてきた。

 さわさわさわさわ。

 感触は猫じゃらし。

 動かんでやりすごしたら、クラゲ?は離れた。

 この間、他の奴らはっていうと、双子は気がついたらしく柱の影に隠れた。

 で、三人は、馬鹿みたいに騒いだ。お約束ぅ。

 脊髄反射の馬鹿がやることって言ったらね。

 槍の男が短刀を投げたのだ。

 いや、それ助けじゃないよな。

 こっちに直線コースだよ。ワシの頭が爆散するコースだぞ、アイツ、ワシの敵確定。

 こ奴ら三人は、散開してたはずなんだが、こんな時だけ素早かった。

 しかしアリキは、もっと素早かった。

 馬鹿が投擲フォームをした途端、背負子の大荷物な自分を一番近くの折れた支柱に押しやる。ぽいって感じ。

 そうしておいて、アリキは段差の瓦礫を挟んで反対側に滑り込んだ。その間、短刀がやっと手から離れたって所。つまり一瞬。

 そしてその一瞬の動きに、クラゲは無反応。

 何しろ、注意は飛んでくる短刀にある。

 そして短刀はクラゲに..これまた刺さらんかった。

 ぺいっ!

 ぺいってした!

 クラゲ、推定だしね。足、触手?が思うより素早い。

 飛んできた刃物を掴んで、ぺいって投げ返す。

 コミカルな動きなのに、正確無比に掴んで返す。

 それも槍の男の顔を狙って打ち返すおまけ付きだ。すげぇ怖い。

 黄色いクラゲの色が変わる。

 真っ赤になると半透明だった姿が、全体的にどす黒くなった。そして振り撒いていた鱗粉が固まると、おたまじゃくしみたいに変身。

 オタマジャクシだよ、カエルのね。

 尾があって空中に浮いて泳いでる。けど、口があるね。ちっちゃい口。

 それがナイフを飛ばした奴に向かって群がった。

 スプラッタかよっ!

 手に汗握ったけど、酷い事態は回避できたみたいだ。

 まぁ何だ。

 柱の影から見ていたけれど、何だろう、緊張したのが馬鹿みたいな感じの戦いになってる。

 ビッターンってクラゲが足で三人を叩く。

 でも音の割に攻撃力はないのか、見た感じは本当にバチバチ平手打ち程度のダメージ。それよりも大変なのは、無数のオタマジャクシに集られて、武器を使う余裕がないって事。

 それでも集られたまま三人が攻撃するけど、クラゲはヒョイヒョイ避けるので当たらない。

 攻撃されても当たらなければどうということはない。フフって感じで、馬鹿にしたようにビッタンビッタン三人を叩く。

 装備に歯型がつく頃、三人が疲れて膝をつく。すると満足したのかクラゲは再び黄色くなった。

 それからアホめ〜って横揺れしながら一頻りクラゲがフヨフヨ。満足するまで不思議な踊りを踊ると、優雅に浮かび上がって天井へ。

 これって、つまり..。

 瓦礫の影からアリキは出てくると、膝をつく三人の頭を殴った。

 ビッタンじゃなくて、ガスゴスって感じで。多分、クラゲより痛そう。

 刺激しなきゃ攻撃してこないし、攻撃してきても温厚な生き物のようだ。

 つまりモンスターよりの普通の生き物かもね。

 やっぱり帰ったほうが良いんじゃないかなぁ、こいつら。


 ***


 クラゲはよくよく見ると、天井付近に数体浮かんでいた。

 時折、下降してきて草むらでわさわさ蠢いてる。何か食べてんのかな?

 双子はこの広間全体を探索している。

 馬鹿三人もだ。

 アリキの制裁を受けてから、三人はこっちと距離をおいてコソコソ動き回っている。

 アリキは、自分と一緒につまらなそうに、そんな彼らを見ていた。

 ただ、アリキは時々、聞き耳をするような仕草をする。

 まぁ多分だよ。

 そして、そっとあたりを見回す。

 これは自分がアリキを見ているからわかる話で、他は誰も気がついていない。

 たぶん、言葉がわかれば、アリキの方で色々説明してくれるんだろうなぁ。残念。

 それでもアリキは、ちょっとしたジェスチャーをしてくれる。

 アリキは、三人を指差す。

 もちろん、相手が気が付かないようにね。

 それから、指を上にむけてクルッと回す。

 手のひらを下に向けて振る。

 三人、穴全体かな。

 で、自分も、三人を指さして、ここかって感じで下を指す。

 それにアリキは一言。

「トロタール」

 と、言った。

 トロタール、どういう意味だろう。

 そして三人を指差す。

 じゃぁ双子はどうよって感じで指差すと、違うって動作。

 なるほど、三人はトロタールかぁ。わからん。

 でも、それがあんまり良くないって意味なのはわかった。

 そしてアリキは何だか気になるし、ちょっと注意している。

 そしてこんなベテラン無双っぽいアリキが気にしているんだから、重大な事態って、ありえるんじゃないかな。

 うむなるほどぉ、と頷く。すると、何故かアリキがニコニコして頭を撫でてきた。

 まぁなんだ、ギスギスするよりはいいのか?

 そんなやりとりをしていると、双子の一人、少しツンケンしてる方が何かを見つけた。ツンケンしてても意地悪じゃないよ。ツンケン、三人組に食って掛かっているって意味。つまり、こっちにはツンケンしてない。

 皆で移動してみると、崩れた壁の側に、少し隙間ができていた。

 覗き込んでみる。

 通路だ。

 赤い敷物だねぇ、絨毯、傷んでない感じ。

 どうやら、ここから入り込むつもりらしい。

 でも、背負子の自分は通れないぞ、入り口は歪んで狭いのだ。

 それがわかっているのか、双子は何やら、こっちを指さしている。

 そして口論再び。

 まぁ良いんだけどね。

 と、そこでアリキが何か提案した。

 それに三人組がヤイヤイ言っている。

 でもアリキが黙らせた。

 まぁ凄い顔で睨んだら、三人と双子がドン引きして黙った感じ。

 ぶっ殺すぞテメェら、とは言ってないんだろうけど、そんな感じ。

 で、どうも、五人だけで進んで、アリキと自分はここに残って待つようだ。

 ゴソゴソ五人が隙間に入っていくのを見送る。

 双子だけ振り返って、ユニゾンで手を上げる。

 いってらっしゃいなのさ。

 暫く、隙間から彼らが中を探索している様子を見ていたが、その姿も見えなくなる。

 彼らはこのまま下に向かっていくのかなぁ。

 なんて考えていると、アリキに呼ばれる。

 どうも、他の五人といるときより、表情が厳しい。

 自分を呼び寄せると、隙間が見える露台に移動。

 散乱する瓦礫、その一つ、倒れた石像の影に座る。

 ここは入ってきた段差と、五人が消えた隙間が見える位置だ。それでいて露台を囲む大きな手すりと、崩れた石像によって姿が上空以外だと見えにくい。

 隠れたのかぁ、隠れる必要があるんだぁ。と、アリキを見上げる。

 言葉にしたわけじゃないけれど、アリキはそんな自分に話しかけてきた。

 トロタールってね。

 トロタールって言って、入ってきた方向を向くと腰を下ろした。

 そして口元を抑える仕草。

 つまり、黙って静かに待つ。

 どのくらい待つんだろうか?

 疑問に思っていると、アリキはフッとため息をついた。そして水と携帯食を取り出す。

 つまり小休止。

 言葉が通じれば色々聞けるんだろうなぁと、再び思う。けど、まだまだ、ここに来ての初めての事ばかりだ。焦ってもね。

 はぁって息を吐く。

 何とか自分の知っている事柄に当てはめて、類推しようと藻掻いてる。

 色々、不安で考えるけど、正解は無いし、正解を知る事もできない。

 でもさぁ、ここで辛いと認めると、何だか負けな気もする。

 楽しくとまではいかないかもだけど、おもしろいって思えたら良いよね。

 確かにハードだけど、生きてるし、不安だけど、まぁ普通に生きてても不安は尽きないしねぇ。

 それに未知との遭遇ってさ、何も全部がホラーじゃないと思うんよ。というか、思いたい。

 見上げるとクラゲがフヨフヨ漂っている。あれ、本当になんだろう、不思議生物だよねぇ。

「クゥ・ザイジザツァー」

 思うんだけどね、やっぱりアリキとかが喋る言葉は、言葉って感じで頭に入るんだよね。

 これが三人組になると、ピヨピヨとかキロキロキロっていう微妙な音になっちゃうんだ。

 人種によっては、虫の音が雑音にしか聞こえないって話も聞くし、これも異人種って事かなぁ。でも一番、人間型だったのになぁ。

 お水を飲んで、あの黒砂糖みたいなのガジガジして、アリキのおやつの豆を食べて。

 その辺の草むらで用足しして、それでも五人は戻ってこない。それにここで変化もない。まぁ下のどの辺まで行くのか知らんからわからんけど。体感にして一時間ぐらいかなぁ。

 クラゲがけっこう、人間に興味をもって近づいてくるのがわかったよ。

 ただし、こっちは接近されたら動かない。もしかしたら、からかいに来るのかな。動いたらベシベシビタンビタンするのかな。でも、攻撃しなきゃやられないのかな。

 なんて考えていると、あっちこっちでフヨっていたクラゲが一斉に天井の隅に固まった。

 そしてアリキが再び、口を閉じてろって仕草をした。

 もちろん、自分の耳には何も聞こえないし、目にも異変は見当たらない。

 五人の入っていった隙間に変化なし。

 クラゲが隅に固まっているのだけが、見える変化。

 荷物は下ろしてあるので、その荷物と手すりの間に寄りかかっていたんだけど、静かに動かずにいた。

 どのくらいそうしていたかなぁ。

 五分はたったかなぁ。

 気がついたのは、部屋が暗いってこと。

 この連結部分の大きな空間全体が暗いんだ。

 元々薄暗いけれど、全体は青白いかんじで見渡せるていど。

 クラゲが光っていたのもあるかな。

 それが一気に松明や角灯がなければ、見えない闇になった。

 それも濁って降り積もるような暗さだ。

 天井のクラゲも明滅する鱗粉も息を潜めたようにくすんでる。

 そして気温。

 場所によっては湿気っていたり、肌寒かったりもした。でも、大凡が一定の温度だったから、気にもしてなかった。

 それが寒い。

 湿度の高い寒さだ。

 急激に湿って冷たくて、体が重苦しい。

 無意識に体を小さく丸めた。

 薄着じゃないけど、防寒着が必要な寒さだ。

 息が少し白く見えるのは、見間違いじゃない。

 で、少し目が慣れてきて視界が取れるようになる。暗闇でも、形は見えるぐらいかな。それに側のアリキの顔は見えた。不思議だけど、光源を失っての闇じゃなくて、何か煙のように闇が漂っているような具合なんだ。

 だから、側にいるアリキの表情は見えた。

 彼は、自分の目を指さしてから瓦礫の階段の方を指さした。

 で、見てみる。

 瓦礫の輪郭が見える。

 こちらからはガゼボを挟むようにしての景色で、途中には倒れた支柱もあった。

 だが、瓦礫の階段に奥の壁が闇の中でも形として見えた。

 目が良くなったのか何なのか、粗いキャンバスに黒いコンテで書きなぐったような具合だが見える。

 よくよく目を細めて見れば、それはゆっくりと這いずり降りてくる。

 煙?

 何か灰色のガサガサした塊が蠢いている。

 時折細長い枝?が突き出しては引っ込むを繰り返しているが、大きさは大型犬ぐらい。

 中心に赤いザクロのような玉がグリグリと蠢いている。

 それがゆっくりと段差を這いずっているのが見えた。

 ガサガサといったが、目に映るソレが、不定形で歪な塊なのとベチャベチャと湿った音がするのに、固そうだったからだ。

 不思議で気持ち悪い物。

 目を惹くが、見てはならない。

 マズいものだって、わかる。

 アレは生き物なんだろうか?

 ゆっくりとソレは段差を降りきると、あぁ疲れたという感じで撓んだ。

 それから、ヌルっと言う感じで縦に伸びる。

 緊張して力が入っていたから、動かずにすんだけど。ちょっと驚いた。

 それは細い二本足でボロ布を纏った人の姿になった。

 顔貌はわからないが、二本足で歩くガサガサした人形になった。

 赤いザクロのような玉は、心臓のあたりにある。

 ベチャベチャとした音もした。

 背中から時折色々突き出しては消えている。

 近くで見れば、背中がどうなっているのか見えそうだ。

 何だろうか、さっき、未知との遭遇はホラーじゃないとか言ったからか?

 どう見ても、背中から時々突き出しては消えているのは、人間の一部だった。

 ホラーじゃん!


 ***


 それは辺りを見回すと歩き出した。

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

 こっちへ近寄らないかと不安になる。

 幽霊みたいな見た目の割に、そのフラフラに、又も既視感。

 テケテケテケ、ソワソワソワ、チラチラ。

 子供の散歩、じゃないなぁ。なんだろう?

 二足歩行になったら、ズルズルしなくなってるぞ。

 如何にも地獄から来ましたみたいな歩き方じゃなくてさ。

 ホラーな徘徊というより、もっとこうアレだよ、アレ。

 烏?じゃないなぁ。

 雉とかでもない。

 鳥類ってテンテン跳ねたり、タカタカ小走りってイメージ。

 犬?

 犬っぽくはないけど、哺乳類?

 マーキングして匂い嗅いで、それから...。

 散々、この広い空間を彷徨ったあと、立ち止まるとじっとりと壁を見つめた。

 ヒョコって頭だけ傾けてるなぁ。

 ボロ布の影で目線はわからないし、そもそも目があるかもわからない。けれど、それはあの崩れた壁の隙間を見ると、喜んだ。

 喜んだと思うよ。

 わーい、見つけたぞー!

 って感じで、皆が消えた隙間に近寄る。

 中に入っていくのかなぁって見てると、ソレは動きを止めた。

 距離はあったけど、感じた。

 ソレがこっちを認識したってね。

 ゲームだったら、頭の上にピコーンってフラグがたった感じ。

 でも、現実だと怖いだけ。

 ゆっくりとソレが身を捩る。

 確実に意識を向けられるのがわかった。

 おわーって叫ぶのを我慢。

 こっち見んなって思ったのが通じたように、見られた。正確にはローブに隠れた頭がクリっとこっちを向いたからね。

 アリキの体に力が入るのを視界の隅で捉える。

 恐れと言うよりも、さっきのクラゲと同じく反応をしないように気配を消そうってしてる?

 これももしかして、怖がるモノではないのか?

 何か灰色の砂煙のような、実態が薄暗くてよく見えないソレ。

 トロタール?

 目があるのかわからないけれど、ソレは正確にこっちを認識してる。

 よいしょと体も向き直る。

 正面から見ると、あのザクロのような玉が、こっちを向いて明滅していた。

 静かに対するアリキの様子。

 トロタールはちょっと首を傾げた。たぶん、首があればだけど。

 そうだね、まるで野良猫みたいだ。

 通り過ぎる野良に、ミーちゃんって呼びかけたりすると、こんな感じで首を傾げる。

 まぁそんな可愛いもんじゃないよ、威圧?わからんけど、凄い怖いや。

 で、これ喰われるとか、そういう事なの?って漏らしそうになってるところ。

 突然ソレは、みょみょんって感じで四本脚になった。

 ローブ姿の人みたいだったのが、ローブ姿の四足動物って感じ。

 頭部のフード部分にも耳ができてる。三角耳だ。

 相変わらず背中がズモズモグロい感じだし、全体はガサガサ灰色の砂煙だけど。

 で、テケテケテケって感じで露台に向かってきた。

 人形は不気味だけど、完全に生き物じゃない雰囲気の奴が向かってくるとか、どうすんだよぉ。でも、歩きかたは妙に可愛い。余計不気味なんだよ。

 そんでデカい。

 思ったよりもデカい。

 馬とか牛とか実際に見るとデカいよねってアレだ。

 何いってんだ?

 いや、正体不明の異形がテケテケ近寄ってくんだよ。冷静なわけ無いだろ。

 おまけにアリキを無視して、何故か一直線。

 猫みたいだけど猫じゃなし、怖いから怖いから。

 って背後に置いた荷物に仰け反る勢いで後退る。もちろん、これ以上後退る場所はない。つーか、見えない位置取りのはずなのに、一直線って視界以外の認識能力があるのか。

 あっという間に目の前に来て、隠れ場所にしてた崩れた石像に前足を乗せていた。

 クラゲの時と一緒で、口を閉じ、ガン見。

 近くで見ても、頭の部分、顔は砂煙で見えない。

 胸の赤い部分は、赤いゼリーみたいに柔らかそうだ。

 緊張の時間が続く。

 けれど、トロタールは何もしない。

 あれ?

 これもクラゲと同じ?

 でも、時間がたつごとに、色々気がついた。

 トロタールから沢山の気配と小声の会話が聞こえる。

 相変わらず言葉はわからないけれど、いろんな人の声だとわかる音が姦しく聞こえた。

 囁きと会話と、ハミングかな?

 でも、微かな呟きだから、近寄らないと聞こえない。

 そしてそれとは別に、ネコ科の動物のゴロゴロ音だ。

 いや、猫みたいって思ったけどさ。

 猫じゃないよね。

 さっきからローブを揺らしてるの、何か紫色の煙っぽいし。

 いやいや、違うでしょ。

 ちょっと、何、その前足、前足っぽく今、形が変わったよね。見間違いレベルじゃないんだぉ。

 錯乱していると、更にゴロゴロ音が大きくなる。

 猫のゴロゴロは意思表示が多くて、機嫌が良いときや病気の時、他にも色んな意思表示に使われる。

 で、ちょっと高音のゴロゴロ。

 まさかね。

 と、思って見上げる。

 相変わらずの異形が微動だにせずにいる。

 紫色の煙?燐光を放ってるのは気のせいじゃない。

 そして恐ろしげなローブから四本足以外に黒い影みたいな尻尾が。

 尻尾..いつ生やしたんだよ!

 その尻尾が立っておられる。

 ちょっと先っちょが曲がってる鍵しっぽであらせられるぞ。

 まてや、今、お前、急に前足が猫の感じにメタモルフォーゼでフサフサになったぉ。

 機嫌がよろしいのか?

 よろしい?

 じっと顔がわからないけど見つめ合う。

 で、五分以上見つめ合って観念した。

 ワシ、犬派で猫は飼ったこと無いっす。

 とか思いつつ、何となく、ちょっとグローブサイズの前足を指でつついてみた。

 何と、手触りは毛皮であった。

 どうみても、実体があるのか謎の灰色なのにだ。

 そっと手を置いてみる。

 トロタールは動かない。尻尾も動かない。

 さわさわ撫でてみる。

 トロタールの頭がギュインと近づいて匂いを嗅がれる。

 逃げそこねた。

 でも、齧られなかった。

 フンフンされる。

 もしかしなくても、これ、動物?つーか猫?

 恐る恐るフードの方へ手を差し出す。

 ノシっと手のひらに、毛皮の感触。

 猫で言う顎下。

 でも、視界的には闇のフードに手が溶けてる。怖い。

 しょうが無いのでコショコショ顎下らしい部分を撫でてみた。手触りはいいのよ。

 しばらく撫でまくると、ゴロゴロが爆音に。

 すると、囁き声が止んだ。

 代わりに、轟くような鳴き声を一声。

 ニャーじゃなくて、獅子とかの咆哮なアレ。

 真正面から咆哮を受け、驚いて手を引っ込める。

 だが、トロタールは石像から身を退くと、グイッと伸びをした。

 四足の異形が、灰色のローブを纏った黒い生き物っぽく姿がまとまる。

 それまでガサガサ歪で奇妙な姿と、グロテスクな異形の部分が黒く纏まって、毛皮の獣のように形が整う。

 相変わらずフードの中身は闇で、胸元の赤い玉はそのままだが。

 で、トロタールは尻尾を振り立てたまま、隙間に向かう。

 中途半端に手を伸ばした姿で固まる自分。

 隙間に消える黒い尻尾を見送ると、同じく隠れていたアリキが目を手で覆っていた。

 片手で目を覆い、もう一方で脇腹を抑えている。

 パイセンは爆笑してのたうっていた。

 それから彼は言った。

「コゥスバァハイロゥ、ヌガー、シィトロッタル。シィトロッタル」

 意味は分からなかった。

 けれど、彼は繰り返した。

「ヌガー、シィ、トロッタル」

 トロタールとトロッタル。

 同じような言葉だ。

 そしてアリキは片手を胸に当てると、微笑んで頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る