第5話 素手で触ると産まれちゃうんだよね(何が?)
休憩後、通路に戻る。
先頭の三人、双子の弓士、アリキと自分。
歩きながら、もっと周りに注意しようと思った。
三人が初心者以下のアホの可能性を考慮すると、逃げ道と危険回避に順路の把握と周囲への注意が必要なのは明白。
そして、双子が徐々に三人に対して距離を置いているのも、内心不安に感じていた。
まぁアリキは欠伸しながら、鼻歌交じりだ。
多分、彼はアホはアホだと思ってるし、この双子は自己責任。それに彼なら一人で帰れそう。
つまり、不安だけど、アリキの側が安全。
そんな事を考えていると、通路は右側に薄暗い下り階段、左側には小さな扉があらわれた。
小さな金属の扉に、木札が下がっている。
中から物音がしたが、今回はそれを無視すると下り階段へと曲がった。
あのゴソゴソした気配は、ゴブゴブだろうか?
何となく気になるが、後に続いて降りる。
青白い階段を降りると、小部屋に出た。
左手には扉があり、部屋には木材や壊れた石材が散乱していた。そしてその左手の扉の横には、丸い板がかけられてる。
模様、多分、文字だろうか?
丸い板に焼き付けられている。
形をよく覚えておこう。
丸と三角が組み合わさった模様。帰り道の印にする。
剥げかけているが、焼き付けた後に色を乗せているのか、緑と赤の色が薄っすらと残っていた。
そのせいか奇妙に模様が目に残る。
その扉を開けて先に進む。
ここの回は石と煉瓦のような造りだ。
少し暖かいような感じもする。
そして何処からともなく、規則正しい音がした。まるで時計の針が、音を刻むような感じかな。
目がなれてくると、三人の灯りの外が、薄っすらと青白い。
松明は無くて、光源は見た限りなかった。
どうやら建材がすこし明るく光っているようだ。
更に進むと、奇妙な景色が広がる。
ホテルのロビー?
不意に奇妙な既視感。
中央には木の根のような巨大な物が天井を貫いている。
ホテルのロビーのような調度に開けた空間。
そこに観葉植物ならぬ、巨大な植物の根っこが上下を貫いていた。
天井も床も破壊されて大穴が開き、そこに槍のように根っこが貫通してる。
それが中央にあり、左手にはロビーのカウンター。崩れた石のテーブルに、床には奇妙な円が描かれた絨毯?
金属の奇妙なオブジェが、これまた円を描いて右手に並んでいた。
奇妙なオブジェの中心には、薄気味悪いブヨブヨが見える。目玉みたいなのとやはり冒涜的宇宙生物みたいな奴だ。
ブヨブヨって形だけで、これも又、泉と同じ彫刻である。
前衛的なダストボックスかもしれないので、それを見ないようにしてあたりを見回す。
やはり印象は壊れて瓦礫やホコリにまみれているが、ホテルのロビーみたいだった。
木の根の向こう側、正面は半分壁、半分瓦礫。
瓦礫部分は上部が崩れて巨大な石柱が数本交差するように刺さっている。その石柱の隙間からは、このロビーとは別の空間が見えた。
そうして崩れていない方の壁、左側半分には巨大な額が立て掛けられている。
額、絵画、自分の知識にあるキャンバスに描かれたアレだ。
素材も形状も異なっていそうだが、それは額縁に収まる絵画に見えた。
ただし、吹き抜け三階以上の壁面に立て掛けられた巨大なオブジェで、朽ちて煤けているが。
圧倒される景色には、様々な要素が混在していて、漠然と恐怖を感じる。
自分より大きな物には畏怖を覚えるし、その絵画と覚しき物が無駄に文化的なのに、このような荒廃した場所に打ち捨てられている事が、不気味、だ。
まして、カタストロフィの残滓ともいえる破壊跡だ。
ドロドロのオブジェも、ホラーだし。
そんな景色に飲まれていると、アリキに促された。
他、五人は木の根本でなにやら討論を始めている。
そんな五人を他所に、アリキは部屋の隅にある段になっている瓦礫に座った。
その隣に自分も腰を下ろす。
相変わらず、奇妙な音が聞こえる。
規則正しくカタカタキリキリ、そして時折、ガツンっと何か大きな地響き。
奇妙な背景に、何か討論して揉めている五人を眺める。
不思議だなぁ。
何で、三人のアホの言葉は鳥のさえずりみたいなんだろう。
双子は何となく、アリキと同じく外国語って感じで耳が拾うのに。
それにここは何なんだ?
最初は坑道かなぁって思った。
でも、下に降りるほどに、色々な構造物が目に入る。
地下都市って感じ。
もしくは遺跡かなぁ。
ゴブゴブは、その古い都市の跡に住み着いた害獣?
それにここは何だか、とんでもない破壊が過ぎたみたいだし。
何が理由?
天変地異?
まぁそれよりも、言葉を先に覚えたいなぁ。けど、鳥の囀りみたいなのは無理だなぁ。
ぼんやりと眺めていると、相変わらず三人と双子の意見は、お互いに齟齬と反発を繰り返しているようで、態度と表情、音と言葉が刺々しくなっていく。
すると双子の片割れ、すこし愛想が良くて優しい感じの赤い耳飾りの方が、木の根元にある石の置物を動かした。
置物、彫刻に見えていたが、それは低い稼働音と共に震える。
男たちはそれを囲むと覗き込んで、再び、ワーワー会話を再開した。
なんだろ、あれ?
そんな彼らの向こうには、巨大な絵。
何が描かれているのかって?
肖像画に見える。
薄汚れて黒く変色していたが、所々に纏う服の色が残っていた。
華やかな模様の服に、不思議な形の扇のような物を構えた婦人像だ。
美女?か、高貴な人の肖像画かなぁ。
冒涜的宇宙生物とか、正気が削られるようなグロ絵ではない。よかった。
ただし、彼女はファンタジーで言うところのサイクロプス。1つ目の女性だ。
現地人の肖像画かな。
薄汚れて朽ちているが、元絵はきっとロビーに相応しい華やかな色彩の婦人像だったんだろうね。
今は、黒く変色して真ん中から縦裂きになっていて、すごく怖い雰囲気だ。
怖い雰囲気は、反対側の儀式場所みたいな方もだ。
円を描く石柱は自分の腰位の高さで、それぞれ何か生き物の形をとっている。
自分が見た限りでは、鳥や猪や馬に似た生き物や海の生き物っぽい。
それの中心にアメリカ発祥の古典SFホラーっぽいブヨブヨが鎮座している。
もちろん、石像なのでモノホンではない。よかった。
でも、排水溝に蛍光色スライムが繁殖しているのだから、実在のモンスター、いや普通に生態系に参加しちゃってるかもしれない。
やだなぁって感じで、薄目で見ていると、傍らから大きなため息が聞こえた。
アリキを振り仰ぐと、気がついた彼は自分を見下ろして少し笑った。戯けたように眉を上げ下げすると、彼は立ち上がった。
自分も立ち上がろうとすると押し留められる。
それから彼はゆっくりと口論を続ける場に向かった。
どうやら話の決着が見えない事に、アリキは呆れたようだ。
近寄って、口論の輪を断ち切ると、彼らが弄っていた石の置物に手を置いた。
その時になって、初めてその手元がはっきりと見えた。
石の置物の上部は石版のようで、その石版の上を指でなぞる。するとフォログラムのような映像が、石版から浮き上がった。
ちょっと待てや、何で急にSFなん?
***
立体映像だ。
立体地図だ。
時々、ノイズを走らせては、地図が回転する。
アリキは、それを指さして他の五人に何か説明していた。
文明、科学技術の発達具合がわからないよ。
驚くより、居心地の悪い何かが腹にたまる。
嫌な予感。
そのフォログラムは地図だと、何もわからない自分でも理解できる物だった。
ざっと遠目に見ただけだが、十ぐらいの上部フロアと、そこを分けるような通路があり、そこから下へ広大な数十層の構成に見えた。
現在位置が点滅している光点だとする。
多分、その分ける通路がここのロビーだ。
上部フロアは十も降りた記憶が無い。だとすれば、どこかでショートカットしているはずだ。
ただし、人が作ったシンメトリーな構造ではなく、不規則に張り出した階層構造、やはり蟻の巣のように見えた。
上部フロア、一番上にある通路がゴンドラへ至る横通路だろう。
このフォログラムは、我々が入り込んだ通路のみの地図になるのだろうか。
だとすると、元々ゴンドラが発着してた場所の穴の数を考えると、超広大な地下空間が広がっているかもしれない。
彼らの目的は何かわからないが、多分、目的地でもめているんだろう。
大凡の意見の違いは、彼らの様子で読み取れた。
三人は下の方へ行きたい。
双子は、行っても半分ぐらい。
アリキは、ここからすぐあたりで良いんじゃないかって感じかな。
たぶん、アリキ的には、こいつらこの辺ぐらいの実力だろうって場所を指定。
双子は、ここまでなら行けるって感じかな、目的があるのかな?
三人は、もともと深い場所に行くつもりだったのかな、だから怒ってる?
いや、最初から意見のすり合わせをして集まったんじゃないのか?
もしかしたら、三人か双子どっちかが、その最初の目的地から変更を迫っているのかも。
そんで経験豊富そうなアリキがダメ出し。お前ら、無理だから。ってところかなぁ。
で、だんだんアリキと三人組の議論になった。
きっとアリキの言う事を、双子ももっともだと納得したのかな。
二人は議論の輪から離れた。手持ち無沙汰になったのか、弓の手入れをしたりし始める。
自分はといえば、興味津々、フォログラムに近寄った。
誰も咎めないので、アリキに触っていいかと身振りしてみる。
ちらっとこっちを見て何も言わないので、石版をぐりぐりしてみた。
石版は奇妙な模様がつけられてて、その模様の線が溝になっている。
指を置き、それをなぞるとフォロの向きが変わる仕様。
ふぉぉってなりながら、グリグリ。感覚的な操作でいいようだ。
ならばと、グリグリ上下左右回転させて、じっくりと観察。
不規則な仕切りが階層の部屋部屋を断絶している。
単純に階層の位置は、上部フロアから、二階から五階で西、八階で南、十一階で東、多分、十四階で北、十七階で西に戻る。
覚えにくそうでいて、規則正しい位置に階段があるぞ。
方向さえ間違えなければ、一直線にゴンドラまでいける。ただし、これショートカットが無い。
自分たちはショートカットして降りてきているはずだ。これは元の地図かもね。
こんな風に壊れてしまう前の地図。
この階段の位置以外にも不規則に階段らしき物を見かけている。
でも、基本構造をしっているのは強いぞ。
二十で南、二十三で東、ゴンドラが北向きにあり、そこから階段を降りてからの、二階から西向きで始まるから、規則性がないように見える。そこさえ踏まえておけば、道を覚えるのもできそうだ。
方位磁針のような物が手に入れば、さらにイケそう。でも、そもそも地軸とか色々な基本常識が一緒とは限らんけどね。
グダグダ考えていたが、他にも地図で覚えるべきことは無いだろうかとフォログラムをイジる。
背後では、揉めて議論が口論になりつつあった。
さて、このすきに更にフォロをグリグリする。
どうしても定石のゲームを考えてしまう。
オートマッピング機能があればいいのにとかね。
敵の位置とか罠の位置とか、動体検知機、SFやん。
奴隷キャラ設定の時点で、アナログだってわかってるもん。そんなオート機能は無い。筆記用具も奴隷には無いっす。
暫定奴隷は、記憶力の限界に挑戦するっすよぅ。
とか、本当にどうでもいい戯言をたれながら、フォロを目に焼き付ける。するとアリキが声をかけてきた。
どうやら話はついたらしい。
アリキが半笑いで、フォロの下部を指さした。
背後で男たちが何か会話している。だから、アリキの表情は、自分だけに見えた。
呆れたように、そして面白そうに、その顔は笑っている。
半笑いってのは、何だかとっても皮肉そうに口元が歪んでいたからだ。
自分がそれに不安そうな顔をしたのがわかったのか、彼は笑顔を消すと頷いた。
大丈夫って事かな。
何となく、思った。
奴隷の主が頼んだ相手だ、損を出さないために、アリキがいる。つまり、やっぱりアリキをよく見て、行動しようって改めて思った。
***
どうせ休憩するなら、話し合いをするロビーで良かったんじゃないの?つーか何で出発前に話し合わんのや。
まぁ三人が予想以上にポンコツだったからか、それとも初めてのチームなのかな。それでもさぁ。
との疑問を抱きつつも、一行は立て裂きの絵画の横に回り込んだ。
崩れた瓦礫と残った壁の間に通路ができていた。
裏側は、ロビーと同じく元は凝った作りの部屋だったみたい。壁紙は剥がれ、支柱の装飾も欠けて崩れていたが豪華。
天井は崩れた石材で歪み粗方崩落していて、見ていると不安になる。
そしてその押しつぶされひしゃげた部屋の先、薄暗い通路がある。元々は両開きの大扉だったようだが、大きさは半分ほどに潰れており、その間には硬い岩のような物が食い込んで隙間を作っていた。
男たちは躊躇いなく進む。
だが、アリキに背負子を抑えられた。
前の男たちに見えないように、少し速度を落とされる。
何々?って見上げると、再びアリキは口元を手で覆った。
静かにって事?
静かにって言われたが、壁を跨ぐと、カチコチという音が大きくなりガリガリと何かが擦れる音が響き渡っている。
どうして息を潜めるのか?
との疑問もすぐに消えた。
壁をまたぎ、残骸まみれの空間を進む。
するとその残骸に薄灰色の毛羽立ったモサモサしたものがまとわりつきはじめる。
足元はひび割れた石床だが、視える限り、綿埃と言うか何かがべったりとくっつき覆い隠していた。
そして耳が痛むような機械音と、今では爆音のようなカチコチという音がする。
壁一枚、それもひび割れた壁を越えたところで、この音だ。
あのロビーの裏にまわり、轢き潰された小部屋が歪んで抜け道のようになった先。
薄い緑色の光りが見えた。
轢き潰された小部屋は暗く、みっしりと瓦礫が両脇に詰まっていた。
その抜けた先、少し広い空間が見える。
轟音はそこからだ。
この小部屋もギシギシと揺れ蠢き、パキパキと小さく軋む。
潰れるんじゃないかと走り抜けたい気持ちを抑えて、アリキがその通路で立ち止まるのに合わせた。
三人と双子はさっさと先に進んでいる。
小部屋から抜けるというところで、武器を構えた。
何かいるんだろうし、何かするんだろう。
傍らのアリキを見上げると、もう一度口を抑えた。
それから小部屋からそっと先を覗く。
構造上、ここは向きが変わるフロアだと思う。
南向きに変わって、多分、奥に見えるのがフォログラムでいう正規の下り階段だ。
だが、その階段の前には、巨大な歯車が塞がるようにあり、轟音と共に回転していた。
何の為の歯車かわからない。
それはあの木の根っこと同じく、この構造物を貫いていた。
元からあったわけではなさそうで、建物の上下を破壊している。
その巨大な歯車は縦横斜めと複雑に噛み合って回転していた。
つまり、あの木と同じく元々の構造を破壊しているので、正規のルートが使えない。
ショートカットできるだけならいいが、こうして立ちふさがって邪魔にもなるわけだ。
そして、その歯車には蟲が巣を食っていた。
歯車の隙間は大きくて、通路として通り抜ける分には余裕だ。
だが、蟲が巣を食って盛大に繁殖していた。
もちろん、あの薄灰色のモサモサを吐き出した本体で、歯車からは莢豌豆のような物が無数に垂れ下がっている。
ウム、蜘蛛みたいなのである。
真っ赤な複眼に、本体から無数の黒い毛羽立った脚が飛び出している。
奥地からは牙と糸が吹き出してくるね。
多分、無数の莢豌豆は卵か獲物かなぁ。うわぁ。
先に静かにと注意がなければ、気持ち悪さに叫んでいたかも。
恐ろしいとも思うが、不愉快さを先に感じる造形だ。
昆虫なのか爬虫類なのか、蜘蛛としたけど、似ているかも位の話。
この灰色のモサモサは、蜘蛛の巣の網ではない。
半透明のゼリーっぽいネバネバの泡が歯車の奥にあって、そこが巣みたいだ。
三人は武器を振り回し、双子は火矢を飛ばした。
キシャーッて蜘蛛が威嚇して、モサモサを飛ばしてくる。
わぁやだ、人との対比で大きさがよくわかった。
あの蜘蛛、三階建のビルぐらいあるかも。
蜘蛛を火で追い込み、武器を叩きつける。
蜘蛛は粘液を飛ばし、男たちの装備を焼く。
蜘蛛の尻の方は蚯蚓みたいで、その蚯蚓から粘液が砲弾みたいに飛んでくるのだ。
異臭と怒号が混じった中での殴り合いだ。
怖くてピルピルしてたら、アリキがやたら大きなため息を吐いた。
見上げれば、耳穴を穿りながら、戦う男たちを呆れたように見ている。
呆れた、表情だと思う。
自分の視線に気がついたアリキが、ありゃぁ駄目だという感じで頭を振った。
スライムに用を足した男の時と同じく、馬鹿だろう?って感じ。
ビビりあがって、歯を食いしばっている自分の頭に手を置くアリキ。
大丈夫という感じで笑う。
それから暫くは、ワーワー騒いでいる男たちを眺めた。
やがて、蜘蛛が奥の巣に引っ込むと、ジリジリと歯車の隙間に向かう。
ポンと背負子を叩かれて、アリキが促す。
どうやら通って良いらしい。
ゆっくりと緊張もせずにアリキが進む。
こっちはビクビクしながら、巨大歯車の回転からくる風に煽られ小走りだ。
で、その巨大な威容に近づいて気付く。
蜘蛛のモサモサが歯車に絡みついているから、ここが通れるのだ。
もしなかったら、この歯車の下は、たとえ隙間があっても通れるような場所じゃない。
いまのノロノロとした回転でさえ、風圧と音で吹き飛ばされそうだ。
ふと、これ爆弾?
って浮かぶ。
天からか地下からかわからないけれど、これは建物を突き抜いていた。だから、蜘蛛が巣を食っているけれど、そのままにしているのかも。
この蜘蛛の巣が、上と下の分け目なのかなぁ。
蜘蛛はいないと通れないから、退治はしない?
他の道は無いのかなぁ。
色々思うけど、アリキに促されて先へと進んだ。
階段を降り、向きを確認する。
石壁の通路だ。
上のロビーとは違って特に目につくものは無い。
ただ、通路が青白く明るい。
自前の灯りは必要がなさそうだ。
通路の石材が光っているから、視界は保たれている。
足元は砂だ。
砂を蹴ると岩肌がある。
塵も瓦礫も無く、やはり人の手が入っているようだ。
気温は低くなり、少し肌寒い。
匂いは感じられず、空気が相変わらず何処かへ吹き抜ける。
新鮮な空気、外へと何処かに通気孔があるんだろうか?
それとも他に外への通路があるのだろうか。
フォログラムに描かれていたのは、あのゴンドラの竪穴だけだった。
あのゴンドラが故障したら、他に外に出る手段はあるのかな。
あの長大な竪穴を登る?
でも、ここに取り残されるのもゾッとする最後だ。
でもでも、アリキの様子からすると、ゴンドラの安全性やゴブゴブの危険度よりも、馬鹿な人間の方を警戒してそうだ。
変化のない通路で、そんなことを考えていると、不意に傍らのアリキが足を止めた。
何ぞ?と振り仰ぐ。
彼は首を傾けて耳に手を当てていた。
そして自分を見ずに口を片手で覆う仕草。
ちょっと黙ってろよ、かな?
黙ってアリキを見る。
耳を澄ませても、自分には何も聞こえない。
前の男たちとの距離が徐々に開く。
と、アリキは手を下ろすと頭を振った。
何だかよくわからないが、再び歩き出す。
アリキの表情を読もうとジッと見つめる。すると、彼は歩きながら、表情を顰めた。
わざと自分に見せるようにだ。それから前の男たちの背を指差す。
それから口を抑えるジェスチャーと一緒に、背負子に手を置いた。ゆっくりと後ろに引く。
つまり、黙って静かに距離を取れ、だ。
頷いて少し歩調を遅くする。
そうして結構間隔をとった。
どういう事だろう?
この通路にはゴブゴブはいないようだ。
かわりに、大きな鼠が出る。
この鼠、けっこうな大きさで、先頭の三人組は蹴り飛ばしたり武器で切りつけたりしている。
いずれも、死骸には目もくれない。
食べたりしないのかな、それとも食べられない鼠かな。
毒があったりするのかなぁ。
と、死骸を跨いで通り過ぎた時、たまたま後ろを振り返った。
この通路、両脇の壁が高く、気がついていなかったが、天井付近は吹き抜けで開いていた。
その天井付近から、蛍光色のアレがドヨドヨ滲みだして死骸を包んで持ち去っていく。
その場で消化じゃなくて、包み込んでズルズル引っ張り込んでいた。すげぇ怖い。
それを一緒に振り返ったアリキが、大丈夫だ、いつもの事だって感じでチョイチョイと指を振って先に進むぞって指し示す。
いや、この通路の両脇、どうなってんの?
もしかして、これ正規ルートじゃなくて、隠し通路にいつの間にか入ってたとか?
いや、あのフォログラムで言うと、正しい道のりだとおもうんじゃが〜。と、天井が気になってキョドって歩く。
するとグイッと頭を抑えられて前を見ろってされた。
ちょうど次の下へ向かう階段が見え、今までとは違って彫像が向き合った芸術的な入り口だった。
彫像は向かって右側が両生類。
左側が魚類。
やっぱりホラー風味の奴だった。
友人の一人が、テーブルトークRPGでよく題材にしてた奴だなぁ。っていうか、本当にこれ、神話とか偶像じゃなくて、本当にいたら発狂しそうな造形である。
自分は詳しくないが、もしかして有名なトールキン先生じゃなくて、イアイアな方の設定なのか?とか、考えたが、まぁどっちだろうとあまり人族はいい目を見そうにない。
でも、もしかしたら現地民からすると大変尊い神様かもしれないので、あからさまに失礼な態度はしないようにしなきゃ。
と、ウムとか頷いてから彫像を再び見上げる。
うわぁグロい。
思わず、わぁって表情をしてたら、アリキが笑った。
そんで、魚類のようなキモイ彫像のマネをして目をむいて舌をだらっとしてみせた。うわぁ似てる、怖いけどオモロイ。
思わず親指を立てる。
意味は通じなかったようだけど、ニヤッとこっちも笑ったら、向こうも真似して親指を立てた。いや、アリキ先輩って、こうなんだろう、ノリがいいよね。見た目はヤクザみたいなのに。
なんてくだらない事を二人でしていると、先に進んでいた男たちとの距離が更に開いた。
でも、迷うような横道も無いので、気にせずゆっくりと階段を降りた。
だが、数十段の階段の中程で、アリキが又、足を止めた。
再び耳に手を当てて、考え込む。
こっちは口に手をあてて立ち止まった。
どんどん彼らと距離が開く。けど、従うのはアリキだし、彼の側が安全だ。
と、彼は耳から手を話すと、深刻そうな顔になった。
そして前を行く男たちを見て目を細めた。
どうしたんだろう?
同じく耳を澄ませたが、こっちは何にも聞こえない。
男たちの足音と通気音ぐらいだ。
階段を降りた先は、前の階層とは両脇の壁の高さが違った。
飛び跳ねると両脇の壁の向こう側が見える位。そして壁はその向こう側から蔦が生い茂っていた。
ただ、この階層の通路も一本道で、先は少し傾斜をしおり薄暗くて見えなくなっている。
通路だけなので、収穫物も化け物もいない。
時々、鼠が出るだけだ。
考えてみれば、鼠ぐらいしか出ない階層なら、三人の男たちが更に下へ行こうと思うのはわかる。
ただ、それは危険が無い、邪魔するモノが鼠ぐらいだからと突き進んで、良いわけが無い。
さっきの通路だって、スライムだらけだったんじゃないかな。あの壁の向こう側が排水溝と同じくスライム部屋で、とんでもない量のスライムで巨大なゼリーになってたら怖い。
そんで今度の通路が安全だと言えるか?
やがて通路は途切れた。
薄闇の降りる広間へとたどり着く。
たぶん、アリキが提言していた階層だと思う。
その部屋には崩れかけた家具が放置されていた。
青白い蔦の通路には瓦礫一つなかったのは、例の蛍光色の奴らが食べちゃったのかもしれない。ここは彼らの縄張り外なのかな。
広間はアーチを描く天井に、色あせた織物が壁に残っていた。
装飾は元が金箔が使われた豪奢な物だったのかな。
正面には2つ、通路が続いていた。
右はすぐ入り口のところに建材が散乱している。
左は建物の廊下という体裁が残っており、小部屋が続いているようだ。
男たちは、その左の通路に入り、小部屋を片っ端から調べ始めた。
自分はアリキに引き止められると、広間の入り口のところにとどまった。
どうやら、もっと下に向かう前に、ここを漁るようだ。
五人の男たちは手際よく小部屋を次々と開放し、何かを調べている。
アリキはそんな彼らを他所に、何か考え込むような感じで周りを見回している。
ちょっと不安になった。
ずっと自分の背負子にアリキの手がある。
抑えていると言うより掴んでいて、何だかちょっとあれだ。
まるで、何かあったら引っ張られそうだ。
いや、何かって何だ?
いやいや、まさかね。
そんな危険な話じゃないよね。
と思うんだけど、気楽なアリキの雰囲気から徐々に、ちょっと妙だぞって感じになっていく。
別段、アリキが怯えているとか、興奮しているわけではない。なんて言えば良いんだろう。
ちょっと変だぞ?って考えてそうだってこと。
まぁ考えてそうだなぁって予想だけどね。
そんな微妙な雰囲気の中、男たちは小部屋から何か黒い物を運び出してきた。
黒い繭玉?
運び出しているのは、奇妙な黒い繭玉だ。
実なのか、生き物の卵か、それとも作られた物なのか。それを運び出しては山にしている。
結構な量を運び出し、持参していた布袋に詰めている。
自分も手伝おうとしたが、背負子を掴まれて座らされた。
駄目なの?
駄目らしい。
自分を座らせたアリキは、そのまま彼らの方へ行くと、運んできた彼らに何かを言う。
どうやらアリキは手伝うようだ。
何か言って布袋に入れるのはアリキ、運び出すのは五人となったようだ。
手伝わなくて良いのかなぁって思っていると、五人が小部屋に散ってから、こっちを振り返った。
すごく嫌そうな顔をしながら、腰の鞄から手袋を取り出すアリキ。
自分の手袋を指し示してから、広間の瓦礫から棒のような形の物を持ってくる。それを器用に半分から曲げた。
それでちょいちょいっと繭玉を拾っては布袋に放り込んだ。
あぁなるほど、トングだ。
アリキは即席のトングをつくると、黒い繭玉を挟んでは袋に詰める。
素手で触っちゃ駄目ってことかぁ。
それにしても何なんだろう。
そうしてパンパンに詰まった布袋(南米の珈琲豆の袋ぐらいの大きさの)が6つ出来上がった。
アリキは手に持っていたトングを投げ捨てる。それから自分をて招くと背負子を叩いた。
やっとお仕事の時間のようだ。
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