第35話 『取り残された黒猫』
白昼に現れた白衣の彼女は学舎の最上階から地上を俯瞰していた。
以前の姿とは異なる華奢な身体、それを纏い尽くすが如く長く伸びた衣服とコントラス
トする毛髪。言わずもがな仮面も装着していない。
彼女を包む衣服が風を受けてはためき、髪も同時に靡く。
「ふぅ…… フフフ」
「清き学び舎の屋上で一体全体何故貴殿は奇声を上げているのか問いたいのだが…… 」
「何故?それは—— うーん、何でだろうね?」
「質問に質問で返すのは止めて欲しいな。より一層狂気の深淵に迫ってしまいそうで恐ろ
しい」
黒猫は距離を取ってから、深く深く嘆息した。
「それより、クロ殿は未だそれを持っているんだね」
「ああ、仕方なくというだけなのだが。貴殿こそ今日は本物のようだな」
「もう隠す必要も無いからね」
「ほう、私に明かした所で危険は無いと?」
「いや、クロ殿を軽んじている訳ではなくてね。ヒントは超能力の条件だ」
「普通に考えれば貴殿が言うところの『心域観測』に関する事柄だろうが…… まさかそんな致命的な欠陥が?」
まあ僕も最初に知った時は疑ったけどね。概ねそういうことだね」
「成程。声を荒げたことを謝罪しよう」
「いいよ、別に。そんなことよりもっと大事な用があったのでは無いのかい?」
「では単刀直入に。彼は一体何処へ消えたのだ?」
「『消えた』か…… 僕にしてみれば『還った』という方が適切だと思うんだけど」
先程まで上機嫌だった彼女の顔が曇り始めた。
その曇りは相手にも伝わったようだ。
「それはどういう意味だね…… ?」
「うーん、説明するの面倒なんだよなぁ…… アカウンタビリティもとい説明責任がある訳
でもないし」
彼女はその問いかけへの応答を拒否しようとするが、黒猫の恐ろしい形相、逆立った体毛を見て溜息を吐いた。
「まあ、クロ殿も関係者だから良いんだけど。結論から話すと彼は普通の人間じゃない—— ってそれは超能力者である時点でそうか。そういうことじゃなくてつまり—— 」
「—— 超能力そのものなんだよ」
「何?」
「まあこれといった証拠がある訳じゃ無いんだけどね。超能力と同時に消えたのだからそ
う考えるのが自然だろう?」
「それはそうだが…… いや、そもそも何故忽然と超能力が消えたのだね?」
「それに関しても単なる推測に過ぎないけど…… 聞くかい?」
「貴殿は何か勘違いしているようだが、私は事実というより納得のいく推理を求めている
のでな。多少現実味が無くても問題ない」
「なら、良いんだけど。というか僕を作家か何かと勘違いしていないかい…… ?」
「そんな大層なものだなんて思ってやいないが…… 百歩譲って妄想家だろう?」
「酷いなぁ…… 本当揃いも揃って。超能力者っていうのはみんなこうなのかい?」
「コホン。じゃあ論述を再開するよ。超能力の消失について語る為にはその誕生、顕現についての条件について考えなければいけないんだけど、僕はその条件を膨大な負の感情を持っていることと予想した」
「何やら漠然としているが…… 」
「しょうがないだろう、それぐらいしか共通点がなかったんだから。話の腰を折らないで欲しいなぁ」
「まあその件はいい。続けてくれ」
「全く。そして、それが超能力者が生まれる条件だとするなら、それが失われる条件は—— 」
「—— 明るい感情の拡散か…… 」
「そういうこと。今ある情報だけだとそう結論づけるしかないんだよ」
「では、私が還らないのは私が幸せでないということか…… 」
「というより未練があるからじゃないのかい?」
「私を幽霊、化け猫扱いするな」
「だって彼女のことが心配だからだろう?」
「うむ、それは否定しないが…… 」
「全く何処の世でもつくづく面倒見がいいようだね」
「貴殿、まさか私の前世を知って—— 」
「さあね。じゃあ、僕は失礼するよ。この世界だと授業に出ないといけないから」
そう口にしながら、彼女は薄汚れて色褪せた携帯電話を翳してそこを後にした。
「さて私も彼女の元へ戻るとするか…… 」
唯一の話し相手もいなくなって、黒猫は歩みを進めて独り言ちた。
「超」能力研究論 四季島 佐倉 @conversation
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