第34話 『元通りの世界』

 眩しい朝日が昇り、窓から日光が差し始める。


「うう~ん、あと三分…… 」


 瞼の僅かな隙間から入り込む光とけたたましい時計の叫びで彼女の意識は中途半端に覚

める。

 その音と光から逃げると今度は大きな衝撃が体全体に走り、そのなんとも言えない痛み

が漸く眠り姫を覚醒させる。


「学校かぁ…… グゥ」


 そして再度深い森へ迷い込む。

そしてそれと同じ時、学校では。




「何か違和感があるのよね…… 」

 ポケットに入っていた怪しい機械を握りしめながらふと呟く。


「ん、棗どうかした?」

「いや、何でもない。それで何の話?」

「だからさ—— 」


 また別の少女は首に違和感を覚えながら、頭の中がすっきりしたような快い感覚がする

という何とも奇妙な体験をしていた。




「ごめんね、円福寺さん。片付けに手伝わせてしまって」

「いえ、これも委員の仕事ですから」

「それにしても、『写真同好会』なんて団体あったかしら。円福寺さん知ってる?」

「…… ?」

 その名前に心当たりがあるような引っ掛かりを感じた彼女だったが、顧みても聞いた覚

えがない為小首を傾げる。


「円福寺さん?」

「あ、そうですね…… 私も聞いてないです」

「そうよね。もしかして情報伝達が不十分だったのかしら—— 」

「『写真同好会』…… 」

 その単語を反芻しながら彼女はせっせと働き始めた。

 

 


 一人の青年が所謂不良に囲まれている。

「「オラァ!」

「うるせぇ」

「グフッ」

 絶望的な状況であったにも関わらず、彼は一人で六人をあっという間に捩じ伏せてしま

った。


「ったく、無駄だって言っただろ」

 嘆息しながらパンパンと手の汚れを軽く落とす。


「おい、大丈夫か—— って問題ないみたいだな…… 」

 駆けつけた仲間も溜息を吐く。


「昼飯でも買いに行くか」

「お、おう…… 」




「夢野ちゃん、今度の週末空いてる?」

「あ、ごめんなさい。その日はどうしても外せない用事があって…… 」

「そっか、じゃあまた今度!」

「はい、また今度です~」

 典型的な男子高校生達が去っていくと、彼女の面持ちは一気に暗くなる。


「はぁ…… 本当に煩わしいったらありゃしない。そもそもあの程度で私を誘おうだなんて吐き気がするんだけど」

「茜、相変わらず裏表が激しいよ~」

「今度から出来るだけ会わないようにしよ」

「いっそ、バッサリ切り捨てちゃえばいいのに」

「そうすると、揉め事になるかもしれないし、関係ない奴がでしゃばってきたりするでしょ…… 努力が水の泡になるの」

「大変そうだね~」

「全く他人事なんだから…… 」

「そりゃ私はおモテにならない人間、ですから~」

 彼女もまた長いこと悪夢を見た後のような心持ちがするのだった。



「う~終わったー‼」

 授業終了の鐘と共に小柄な男子生徒は伸びをして雄叫びを上げる。


「おい、あんまり騒ぐな。俺まで白い目で見られる」

「じゃあ、お昼を食べに行こう。屋上に!」

「行くのはいいが、またカップルと出会して気不味い時間を過ごす羽目になるのは嫌だからな」

「その点は心配ないよ。火曜日と木曜日は確率低いから!」

「おい、その確率はどうやって調べ—— 」

「よし、じゃあ早速行こー」

「人の話を聞け、というか、その前に手を洗えー!」


 


 静寂に包まれた図書室で彼女は一人読書に没頭していた。

 背中をピンと張り、視線は書に貼り付いたまま離れず、頁を捲る音だけが彼女が石像でないことを気づかせてくれる。

そんな厳かな雰囲気が漂っていたにも拘らず、誰かが彼女の隣に座る。室内の視線がそこに集中する。


「その本、面白いよね~」

 眼鏡の少女は不機嫌を顔に表して、自らの聖域を侵す者を睨みつける。


「主人公が優柔不断で最初は何だかなぁって思ったけど、徐々に成長していって最終的に

は凄い尊敬できるような人になって。面白いなぁって」

 

 注意も無視して捲し立てる彼女に傍観していた図書委員も焦り緊張する。

 しかし、予想に反して彼女は感心の声を上げた。


「そうね…… 」

 凍りついていた空気も少しずつ融けて和やかになったのであった。






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