第30話 『災厄と甦る悪夢』

「うわ…… 嫌な予感はしてたけど、こんなに凄まじいとはね」

「メイドって、何?」

「ここで言う下女みたいな物じゃないか?」


 例の三人が入店すると異なる意味で店内が騒がしくなってくる。


「流石二人とも有名人」

 嘲って言う廻神に怒号するどころか、二人は笑う。


「本当にね。全く下らないことをいつまでも引き摺る連中ね」

「そろそろ煙も立たなくなっていると思ったが、まだ燻ってたのか」


 あーでも目は笑っていないなぁ。これは静止しないと殲滅する猛獣の眼だ。


「皆さん、いらっしゃいませ」

「ん?何で円福寺まで、その奇妙な装いなんだ?」

「そうよね。てっきり接客はやらないものだと…… 」

「私も当初はその心算だったんですけど…… 人員が不足してしまって」

 お盆を抱えながら小刻みに体を揺らす。


「ぐっ…… 何たる破壊力」

「あの…… どうかしました?」

「いや、こっちの話」

「—— ふざけんな!」

 

 廻神がふざけたことをやっている中、外から大音量の罵声が響いてくる。

 思わず廻神がビクッと飛び上がり、円福寺から歪な声が漏れ出る。


「きゃ⁉」

「この雰囲気、何だかきな臭いわ」

「ちょっと見物に行くか」

「え、二人共⁉」


 僕が止めようとしてもその前にフライングしていくのが正にあの二人だ。

 慌てて僕ら三人も後を追う。


「さっきから視線が痛いんですけど…… 」

「その格好なら当然。素晴らしい宣伝効果!」


 走りながら会話を交わしていると、例の現場へ辿り着く。


「五月蝿い。黙って」

「生意気な—— 」

「おい、どうした。何とか言え」

しかし、男Aの口は閉ざされたまま。


「ったく、癪な女が!」

「塵芥どもに付き合っている暇じゃない。勝手にやり合ってなさい」

「…… !」



 するとAがBを殴打。

 にも関わらずBは自身の拳を一瞥して首を傾げる。

 Aも同じような行動を取って、ずっと繰り返される。

 突然どうしたんだろう。仲間割れかな?


「そんな訳ないでしょ。何度もやってるんだからいい加減察しなさいよ…… 」

 呆れて嘆息する深水。えっと、仲間割れじゃないんだったら、もしかして——

「そう、超能力絡み面倒事 」

「やっぱり、そうか…… 」


 二人の表情が徐々に深刻になる。

辺りを見回しても例の彼女は見当たらない。      

 既に姿を消したようだ。


「え、じゃあ五十嵐さんも—— 」

「ええ、超能力者である確率は高いでしょうね」

「またか…… 」

「もう、うんざり…… 」


 皆で輪になって暗い面を見せ合っていると、再び大声が廊下を駆け抜けてくる。。


「ちょっと!聞いてるの⁉」

指導者的な女子生徒が他の生徒を率いて五十嵐を取り囲む。

四方八方から睨まれても、彼女は面を上げず別世界へ飛んでいる。

その態度により憤怒は加速していく。

周囲は如何に巻き込まれないようにするか必死で、結果的にその場から誰も動けずにい

る。


「前々から気に入らなかったのよ。無愛想で態度悪いし、頭がいいんだかしらないけどずっと偉そうにして、都合が悪くなるとすぐ無視して」


 取り巻きより上がる賛同の声。

 その波は部屋全体を覆い尽くしたと思うと呆気なく消えた。

 五十嵐が遂に口を開いたからだ。


「五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い、うるさいうるさいうるさい、黙れ‼」


 とうとう教室内は凍りつき勢い盛んだった彼らもその威圧に思わず仰反る。


「本当に下らない…… 一切合切消えて無くなればいいのに」

その直後大地が揺れ、机と生徒達が悲鳴を上げる。


「おい、これはまずいぞ…… 」

「早々に止めないと大惨事になりかねないわね」


 僕らが暴走した五十嵐を止める方法を考えていると、突如眩い光が視界を奪う。

 漸く視界が戻るとそこにはいつかの丸腰パーカーと光線銃ヘルメットが五十嵐へ攻撃を

仕掛けていた。パーカーは超能力を消そうと頭を掴みにかかるけれど、彼女はそれをギリギリで躱してまた叫ぶ。


「吹き飛んで」

 そう口にした刹那突風が起こり、色々と飛んでくる。


「危ねぇ…… 」

「真面に食らったら御陀仏」

「全く無茶苦茶な力ね…… 」

「うぅ…… この服じゃ動きづらいです」


 でもパーカー自身には全然効いていない。僕の『時間停止』も破られたし、一体何者なんだろう。


「何で…… ⁉」

 高飛車な態度から一変、効果が無いことに面食らった五十嵐に静かな一撃が襲い掛かる。


「くっ、落ちろ!」


 その言葉を意に介さず突っ込むパーカーだったが、残念ながら今度の対象は天井の照明

らしい。

 咄嗟に横へ跳んで避ける。電灯の割れる音が室内に喧しく響き渡る。

 反撃に出ようと試みる彼女へヘルメットが光弾を発射。


「っ…… 邪魔!」

一直線に進んでいた弾丸は方向転換して、パーカーの足元へ。

迸る光が場を包んだかと思うと、その幕の向こうから机や椅子が突撃してくる。

現在僕らは辛うじて残っている壁の裏で教室の中の様子を窺っている。


「藤原、ゴー」

「おいおい、あんなのに無策で突っ込めと?」

「『不老不死』で無限コンティニュー。問題なし」

「それもそうね。超能力の詳細を探れるし、無駄死にという訳でもないわ」

「はぁ…… 分かった。ちょっくら鉄砲玉の如く突っ込んで—— 」


 藤原が戦場に赴くことを決意したその時、パーカーが吹っ飛んできた。

 その衝撃で素顔を覆い隠していたフードが外れて、面が露わになる。

 僕は『時間停止』が起きた訳でもないのに、動きを止めてしまった。

 円福寺も覚えていたのか、表情が硬直したまま言葉にならない声を漏らす。


「お、尾崎…… ?」

「あ~これだけじゃやっぱ甘かったかぁ…… まあ、バレちゃったのは仕方ないよね」

「何で超能力者—— 」

「あ、申し訳ないんだけど、話は後。彼女の暴走を止めないと…… 」

「う、うん…… 」


 僕の疑問を全て押し流して、荒れ狂う眼鏡少女と対峙する。


「へぇ…… 成程ね。何とも面白い展開じゃない」

 事情を察した深水が他人事だと思って微笑を浮かべる。


「まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。私が知りたいのは一つ、敵か味方か将又どちらでもないのか、ただそれだけ」

「え、えっと…… 今は一応共通の敵がいる訳だし、味方という位置づけになるんじゃないかな。多分」

 

 深水の眼力に気圧されて、尾崎は目を逸らしながら曖昧に回答する。


「そう、まあいいわ。裏切っても私の脅威には成り得ないし」


 事実として深水は二体一の状況で圧倒的勝利を収めているから、単なる思い上がりという訳でもない。改めて深水の最強っぷりを確認させられる。


「じゃあ、そろそろ応戦して—— 」


 踵を返して戦闘再開しようとした時、廻神が周囲の異変に気が付いた。


「む?なんか異様に静か…… 」

「これって、まさか…… 」


 眠りに落ちている生徒達を目にして、僕ら三人の頭に同時に過ぎるものが。

 その覚えのある気配はゆっくりと確実に近づいてくる。


「あれ~?何でまだ起きてるのかなぁ?」

「夢野、茜…… 何で」

「今そんなことはどうでもいいわ。こっちも早々に排除しないと」


 両者が対面して、睨み合っている中、夢野の方へ机が飛んでくる。

 しかし、彼女は全く焦る素振りも見せず、そこら辺に転がっていた如何にも頑強そうな生徒を使い受け止める。


「もう、危ないなぁ。私に攻撃してくるなんていい度胸だね…… 」


 夢野の目は五十嵐へ向いて、敵愾心を燃やし始める。


「捻り潰して」


 夢野の指示と同時に操り人形達が突撃していく。

 けれど、五十嵐は全く動じることなく先程同様吹き飛ばす。

 突撃しては退けられてと、一進一退の攻防が続いている。

 完全に一騎討ちの状態で僕らは見事に蚊帳の外。あたかも劇を鑑賞しているかのように

隔絶されている。どうしたものかなぁ……


「おい、どうする…… ?」

「休憩、休憩」


 廻神が僥倖に感謝してべたりと座り込む。相当気が張っていったのだろう。


「そうね、もう精神的にヘトヘトだわ」

そう弱音を吐きながらも見張りを続ける深水。

「ふぅ…… あ、佐伯もう正体暴かれてるからヘルメット取りなよ」

「それもそうだ、なっと…… 暑苦しい」


 案の定ヘルメットの方は佐伯だった。流石にもう驚かないというより、驚く程の気力も残っていない。あの二つの脅威があるうちは肩の力を抜けなさそうだ。


「やっぱりかぁ…… まあ、そうだよね」

「何だその微妙な反応は…… いや、別に意図的に正体を明かした訳じゃないが…… もっとこうあると思ったんだがな」

「まあしょうがないよ。僕の顔が破れた時点で普通予想出来るし」

「却って安心したよ。結構驚いたけど」

「よく言うぜ。見せた反応といえば口を半開きにしただけじゃねえか」


 それはまあ、状況が状況だからね……

 場の空気が和み始めた頃、また狂気を帯びた叫びが水を差す。


「もう面倒臭いなぁ!」

「それはこちらの台詞。—— っ、貫け!」


 もう一時間以上は経ったと思うけれど、一向に戦況は変化ぜず勝敗は尽きそうにない。全くの互角、なのかな?


「さあね。こちらとしてはその方が都合がいいけど」

「どういうこと?」

「そこの二人と考えてることは同じだと思うわよ」


 そして、尾崎と佐伯を指差し鋭い眼光を浴びせる。あれ、味方なんだよね…… ?



「やっぱりお見通しかぁ…… 多分そうなんじゃないかなぁと思ってんたんだけどね?」

「お前の見栄張りはどうでもいいんだが、同じってことはあんたも?」

「ええ。端的に言い表すと『漁夫の利』って所ね」

「流石、陰湿狡猾女。その手のことになると右に出る者なし!」



 廻神が誉める振りして盛大に毒を吐き出す。思わず円福寺と藤原が苦笑い。少し後ずさる。


「喧しい。相手が相手なのよ。これでも足りないわ…… 」


 深水は静かに怒っていた。その矛先は廻神ではなく、あの二人に向けられていた。

夢野の悪夢を見せて人間を操るという非人道的な行為や五十嵐が文化祭を滅茶苦茶にし

たことに関しては僕も少なからず業を煮やしている。

 だから恐らく、些かペシミティックな深水もそういう悪事を不愉快に感じているんだろ

うと思う。


「そうなると取る方法はただ一つだね。一箇所に集めて双方の超能力を同時に消去する」

「じゃあ私たちが囮になるわ」

「そうだな—— は?」


 「私たち」の中に含まれているのは最近扱いが雑な藤原。これも『不老不死』の運命——だと思うよ。多分。


「廻神とそこの男は離脱に備えて待機」


 因みにそこの男というのは佐伯のこと。最早名前すら覚える気もないんだなぁ……

 特に役割を与えられなかった僕と円福寺は重要な任を負う尾崎の補助に回された。僕は

 兎も角、円福寺もこっちに付けて良かったのかなぁ。

 僕の不安の理由については察してほしい。


「重要な役割で緊張されていると思いますが、頑張って下さい!」

「はい、全身全霊を以て任務を遂行します‼」

「尾崎…… 」

「大丈夫、大丈夫!ちゃんと仕事はするから!」


 その若気た面で宣言されても説得力ないなぁ……


「じゃあ、作戦開始」

「くっ、いつもの如くそんな役回りなんだな…… 」

「恨むなら自分の超能力を恨むことね」

「そんなのとっくに済んでるだがな」


 合図を出して深水は五十嵐、藤原は夢野へ突撃する。

 背後からの攻撃を簡単に防ぎ、中央へ回避する。

 前門の虎、後門の狼。二人の前から深水と藤原が攻撃を仕掛け、真後ろには互いの背中。


「ふざけるな…… 」

「本当に忌々しいなぁ…… 」


 夢野の人形たちは藤原に蹴り飛ばされ、五十嵐は何か唱えようとする前に深水に腹へ膝蹴りを入れられる。

そして、次に取る行動は……


「今よ」

「了解だ」


深水の合図で佐伯が彼女らの真横の床へ光弾を発射して退路を塞ぐ。

 深水曰く、この時点で—— 「チェックメイト」

 物陰から尾崎が飛び出し、頭を掴みにかかる。未知の超能力者を警戒して両者同時に攻撃の構えを取るけれど、そんなことをしたら背後がガラ空きだ。

 待っていたとばかりに深水の容赦ない一撃。無理矢理抑え込んで倒れ伏させる。

 藤原も続いて一撃を叩き込む予定だったのだけど、その破壊力を間近で見て必要ないと

判断したらしい。

 同情や憐れみのような表情を浮かべた後、愕然としていた尾崎へ指示をする。


「今だ、早くしろ!」

「言われなくともっ!」


 頭に両手を当てると尾崎の超能力が発動する。皆の溜息が重なって異口同音。


「「終わった~…… 」」


 重荷が無くなった筈なのに、身体は重く、微睡み深い眠りに落ちた。

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