第28話 『束の間の饗宴Ⅰ』

 それから数週間が経ち、遂に文化祭の幕が上がった。

 高校生最大のイベントだけあって、凄まじい盛り上がりだ。


「あ、一年一組で焼きそばだって。食べに行こうよ」

「別に焼きそばなんていつでも食べられるだろ?」

「もう分かってないな。文化祭で食べることに意義があるんだよ」

「そう、なんだ…… 」


 文化祭こそ至高と豪語する尾崎に半ば引き摺られている僕と佐伯。

 あの三人とは真逆。円福寺と同じ意見って告げたら小躍りしそう。

 普段はあまり気にならなかったけれど廊下が少し狭く感じる。

 呼び込みや雑談の声が飛び交っていて、いつにも増して騒が—— 賑やかだ。


「にしても人が多いな。まるで別空間だ」

「まあ、これだけ盛況なんだから、良いんじゃない?」


 尾崎が親指と人差し指で円を作る。高校生の文化祭でそんな現実的な話をしたくはない

なぁ。


「おい、ここって…… 」

「あ~…… 」


 その教室の前に着いた僕らは何となくその魂胆を悟った。

「メイド喫茶」噂には聞き及んでいたけれど実際に自分の学校で見ることになろうとは。

 てっきり文化祭の熱気に影響されたんだと決め付けていたけど、個人的な企みからだっ

たなんて……

 確かに僕も些か気にならないことはないけど……

 敷居がベルリンの壁並みで乗り越えるのが困難。興味より羞恥心の方が勝る。

 尾崎は…… そうでもないみたいだ。


「おい、本気で入る心算か?」

「当然。ここまで来たら野となれ山となれだよ」

「来たらっていうか、お前に騙されたんだけどな」


 尾崎は態とらしく恍けるように外方を向いて、気乗りしない佐伯と僕を急かす。


「ほら、折角並んだんだし。後ろも支えてるしさぁ」

 振り返ってみると後続の男子たちと目が合う。その無言の圧力は相当な物。


「ふぅ…… 」

 佐伯は観念して深呼吸。僕も尾崎の後に付いて、その時を待つ。

 扉が開くと接客担当の生徒が軽くお辞儀して、席へ案内する。


「うわぁ…… 想像以上に凝ってるなぁ」


 メイド服に圧倒されてとても不思議な感覚に陥る。学校なのに学校じゃないような違和

感がメニュー選びを邪魔する。


「どう?」

「いや、どうと言われても…… こういう方面には疎いんだがな」

「反応が薄いなぁ…… 高校生ってもっとこういうの喜ぶんじゃないの?」

「そうなの?」

「うん、じゃあまあ、いいや。何頼むかパパッと決めよう」



 三人とも意外に一分ぐらいじっくり考える。

 その時近辺にいた生徒が声を掛けてきた。


「御注文はお決まりですか?」

「すみません、まだ決まってま—— 」


 あれ、この声聞き覚えが……

 はっとしてふと顔を上げる。


「え、円福寺…… ⁉」

「え⁉なんで…… 」


 互いに驚いて固まっている所に尾崎が感激の意を述べる。


「やっぱり、話は本当だったんだ!」

「話って何のだ?」

「予想外の大盛況で円福寺さんも接客に駆り出されたって、同志からのリークがね」

「無駄な情報網だな」


 尾崎と佐伯が二人で歓談している傍ら、僕達は擬似的時間停止に陥っていた。

 確かに一年一組とは聞いていたけど、円福寺までウエイトレスだったなんてとてもじゃ

ないけど想定していなかった。

 確かに楚々としてスタイルの良い円福寺に似合わない訳はないけれど、実行委員だから

全体を見回って管理するのかと思っていたし……

 もしかしてリーダー自ら最前線に立って導くという彼女の意図なのかもしれない。


「あの…… どうして、ここに?」

まあ、尾崎に連れてこられて…… 」

「そうですか…… 」


 格好一つでここまで気まずくなるんだなぁと実感する。

 顔から出火しそうになっているのを見て、こっちまで羞恥心が芽生えてくる。


「やっぱり知り合いだったのか…… 」

「いや、前にもそう伝えたと思うんだけど」

「ぶっちゃけ全く信じられなくてな…… まあ無闇に言いふらさないことだ」

「あの…… 私またご迷惑を?」

「いや、あんたの所為ではないが…… あんたが関係しているというか…… 」

「どういうことでしょうか?」

「円福寺さんは有名人ですからね。でも、いざとなれば僕らが守ります!」

「『僕ら』って俺を勝手に巻き込むな」

「まあまあ、こんなに光栄なことはないでしょ?」

「はあ…… 」


 諦め顔で佐伯は頷く代わりに嘆息した。

 僕もこうなった尾崎が止められないことは知っている。


「えっと…… よく解りませんが、有難う御座います」

「いいんですよ~これぐらい朝飯前—— 」

「では食事も終わったことだし、退散するぞ」

「え⁉ちょっと待って!もう少し拝ませて!」

「知らん。そんなに拝みたきゃ神社にでも行け」


 放っておくと何時間も居座りそうだった尾崎を佐伯が連行していく。


「じゃあ、僕も」

「あの、ちょっといいですか?」

「?」


 内密な話なのか急に円福寺が接近して耳元で囁く。


「後でまたここに来てくれませんか?」

「どういうこと?」

「三人も呼んで集まろうと思うんです」

「うん、分かった」

「あ、後もう一つ…… 」

「なに?」

「メイドってこんな感じでいいんでしょうか?」


 うーん、僕もよく知らないけど…… 文化祭なんだし、見栄えよければ全て良しって尾崎も言ってたし、十分だと思う。


「うん、良いと思う」

「そうですか…… 」

 ほっと胸を撫で下ろし、彼女は恭しくお辞儀をした。


「ご来店ありがとうございました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る