第27話 『嵐の前の──』

 僕は階段を上っている途中で、行き先を間違えていることに気付いて、進路を変更する。

 身体が勝手に向かってしまっていて、いつの間にか習慣になっていたんだと実感する。

でも今日からは別の場所。これでこそこそ集まる必要もないし、悪天候でも集合出来る。

 円福寺の些細な悩みの一つである部活の勧誘も無くなるだろう。

 他の三人が帰宅部なのは納得なんだけど。


「ごめん、ホームルームが長引いて—— 」

「あ、こんにちは」

「うん…… 他の三人は?」

「急いで文化祭展示用の写真を撮りに行きました。すみません、勝手に舞い上がってしまって考慮していませんでした…… 」

「いや、それは承知の上だよ。それより、態々待っててくれたの?」

「はい、リーダーを任されたからには同好会のメンバーを大事にしなければいけませんか

ら」

「やっぱり円福寺をリーダーにして正解だったよ。他の誰にもあの個性的な三人は纏めら

れないし」

「それは買い被りすぎですよ。そもそも同好会である前に私たちは—— 運命共同体ですか

ら…… 」

「…… 」


 僕は驚きで暫し思考が止まってしまった。そして、円福寺には悪いけれど笑いが漏れ出そうになってしまう。


「え、私何か変なこと言いました…… ⁉」

「ごめんごめん、円福寺もちゃんと僕等を仲間と認めてくれてるんだなって」

「それは当然です。どうしようもない私を救ってくれましたから」

「にゃー」


 かなり久しぶりの黒猫。その姿は変化を失ってしまったかのように全く変わりない。

 自身の超能力は変身、博士風に言うなら『千変万化』だというのに、ちっとも変わっていないなんて何か可笑しい。


「なんでクロがここに?」

「折角なのでクロの写真を飾ろうかと思うんです。同好会のマスコットにしようかと」

「にゃ⁉」

「あ、ちょっと待って~!」


 あー羞恥心のあまりクロが逃げ出してしまった。自分の写真がでかでかと展示されるの

は相当メンタルにきそうだ。中身が人間?のクロがエスケープするのは当たり前かもしれ

ない。

 こんな展開になろうとは黒猫も予想していなかっただろう。どうか頑張って欲しい。僕はそうエールを送ることしか出来ない。健闘を祈るよ。




 文化祭が近付き、校内は益々活気付いていく。

 僕はその空気の流れに乗れるどころか、呑み込まれてどんぶらこと流されつつある。

 僕らも一応準備中。一枚一枚壁に貼り付ける 作業は単純労働であれど、案外大変だ。


「それにしても、こんな場所に来客なんてあるのかしら…… ?」


 旧校舎にも文化部が集まっているから、人はそれなりに来ると思うけど……

 矢張り一番奥の端っこというのが少し気になる。

 深水や藤原はそういうことに拘らないけれど、円福寺はやる気だ。


「確かに…… では、ポスターを作成しましょうか」

「まあ、無難だな。誰が作る?」

 藤原の問いかけの後、各自の視線が辺りを彷徨う。


「じゃあ、取り敢えず全員で絵を描いてみましょうか」

「うん。誰が上手いのかさっぱり分からないから賛成」

 

 お題として挙げられたのは、案の定クロだった。

 ただ本人不在の為、皆記憶を辿ってゆっくりと鉛筆を走らせる。


「完成」

「私も出来たわ」

「僕も」

「俺もだ」


 そして互いに見せ合う。


「廻神のは…… 悪魔か?」

「むーどう見てもクロ…… !」


 あれ、猫ってこんな悍ましいというか邪気を帯びたものだったっけ。

 夜に背後から接近して人間を喰ってしまいそうな、そんな異類の獣。

 上手下手という次元を超越しているようなそんな画。

 畢竟全くクロには見えないけれど。


「藤原は…… 何かカクカクしてるね」

「お前のは何というか普通だな」


 図形と線を組み合わせた幾何学模様。猫と言われれば確かに猫だけど、クロでは無い、よね……

 僕の中途半端な画力はほっといて頂きたい。


「円福寺は、写真?」

「いや絵だな。妙にリアルだ」

「今にも飛び出してきそうだなぁ」


 もう少しメルヘンチックというか可愛らしい感じなのかと予想していたけれど、その遥

か上を行くような写実的な絵。特に穴が空く程に鋭い目付きがそっくりだ。


「うん?どうしたの、深水」

「いや私はやっぱりいい。何か上手くいかなかったから…… 」

「それは不公平。存分に笑われるべき」

「あ、ちょっと!」


 頑なに見せようとしない深水から紙を分捕ると、口をポカーンと開ける。

 その反応に引き寄せられて、僕と藤原も後ろから覗き込む。

 そして、一斉に同じ単語を口にする。


「「可愛い…… 」」


 細い線、柔らかいタッチ、淡い色彩、丸みを帯びた輪郭に円らな瞳。

 白黒とは思えない暖かさをしみじみと感じる。


「だから、変になったって…… 」

「いえ、とても良いと思います。では深水さんにお願いしてもいいですか?」

「え。本当に?」

「はい。これなら目を引けそうですね」

「そう…… あなたがそういうならいいけど」


 萎縮しているせいか深水がとても小さく感じる。声もまるで蝿の羽音。

 でも、次の瞬間には僕等を睨めて開き直るように言う。


「見た目に似合わない絵で悪かったわね!」


 どうやら三人の考えていたことは一致していたようだ。

 その後文句を垂れ流しながらも、深水はせっせと掲示物の作成を始めた。


「漸く完成したわね…… 」

「お疲れ様です。では早速検閲担当の生徒会へ行ってきます!」

「ええ、お願い」


 一仕事終えて露骨に肩の荷が降りたのを表すように机に突っ伏す深水。まるで廻神みた

い——ふと片隅で思って慌てて胸の内にしまっておこうとしたけれど、既に深水は眠そうな眼を細めてギロリと蛇になる。

 須臾そうしていたけれど、気がつくと針のような視線は無くなってすうすうというか細

い息音だけが耳を通り抜けていく。


「あれ、寝ちゃった」

さぞお疲れだったんでしょう。まだ最終下校まで時間ありますから、私が待ってましょうか?」

「いや、どうせ暇だからな。最後まで付き合うさ」

「激しく同意。それに、こんな無防備な姿を晒しているのに何も仕掛けないと言うのは却っ

て不作法」

「いやいや、普通に悪戯する方が失礼でしょ…… 」

「矢張りここは王道の油性ペンか…… いや擽り—— 」

「あの…… 廻神さんは一体どうしたんでしょう?具合でも悪いんでしょうか…… 」

「大丈夫だ、心配ない。敢えて言うなら性格が悪い」

「ははは…… あれ廻神の声が途切れ—— 」

「—— 完全にご就寝だな」

「仲良しですね」


 結果的に深水と廻神が近くで一緒に眠っているという光景が出来上がった。本当に仲が

良いんだか悪いんだか。


「この光景に凄く既視感があるんだが…… 」

「だね…… 僕達どうしようか」

「では大変申し訳ないのですが、部室の片付けを手伝って頂けますか」

「「慶んで」」


 その後藤原が「正確には同好会室だけどな」と指摘を入れて起きている三人は黙々と掃除を開始した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る