第25話 『夏の終わり』

 日没寸前に大勢集まる人。

浴衣を纏った人々の行列を眺めていると、一昔前にタイムスリップしたかのように感じ

る。

 その行列から外れた街角に待ち合わせる僕等。

 御三方は意外にも浴衣、僕と藤原はやっぱりTシャツ。


「全員揃ったな」

「では、夏祭りへ突入です!」

「「おー」」


 どうして夏祭りが最後になったかというと理由は簡単。開催が八月だったからだ。


「えっと…… 先ずは食事にした方が良いでしょうか」

「いいんじゃない?なんか美味しそうな匂いでお腹空いちゃったし」

「俺も同感だ。廻神も落ち着きが無いしな」


 藤原の言う通り廻神は彼方此方キョロキョロ見回しては、涎を啜って屋台へ突進してい

こうとする。


「りんご飴、たこ焼き、チョコバナナ、綿飴…… 」

「あんたこの間から食欲剥き出しね…… 」



 全てのラインナップを言う前にじゅるりと涎が垂れてくる。

 因みに夜で人も多く、別の用があるということでクロは付いてこなかった。

 廻神の主張があまりにも激しいため、散策しながら適当に目についたものを買って食べ

て済ませた。

 腹拵えを終えると、廻神が大人しくなった代わりに、円福寺がソワソワし始めた。

 どうやら満腹になってアクティビティを求め始めたらしい。


「金魚掬いですか…… 懐かしいです」

「美味しい?」


 金魚は食べても美味しくないと思うよ。

 そんな訳で円福寺達と金魚の戦いの幕が上がった。


「てい」

大物を狙う廻神。しかし、水の中でとっくに破けている。


「えいっ—— やっぱり難しいですね…… 」

 円福寺も金魚を乗せた所でポイが破れてしまった。

そんな時、二人の真ん中に割って入る厳格な雰囲気の人間がいた。深水だ。


「え、深水さん…… ⁉」

「な、何という覇気…… 」


 目にも止まらぬ手捌きで、一匹また一匹と器に打ち上げられていく。

 完全に獲物を虎視眈々と狙う鷹の眼だよ。


「こんな所ね……」

 十数匹捕って獰猛な肉食獣の狩猟は終了した。

 愕然とする周りを気にも留めず、その中から三匹を選び出す。


「はい、取り過ぎたからあげるわ」

「えっと…… ありがとうございます」

「うぬ…… 」


 二人も驚きで理解が追いつかない様子。僕も深水がこんなに金魚掬いが好きだなんて知

らなかったなぁ。

 残り全ての金魚を放って、すぐに深水は歩き出す。


「あれ、どこ行くの?」

「決まってるでしょ。射的をやりに行くのよ」

 決まってるんだ…… 深水ルールは存じていないんだけどなぁ。

 その後も深水は出店を一つ、また一つと攻略していく。

 もしかしなくても一番楽しみにしていたのは深水だったっぽい。


「深水って案外子供っぽいな。正直恐ろしい印象しか無かったんだが」

「噂のこと?それなら藤原も大して変わらないじゃない」

「それもあるが…… 何より初対面のが相当堪えた」

「あー…… 」

「他人事みたいにしてるが、一応お前にも脅迫されたからな?」

「確かに…… あの時のことは謝るよ」

「いや、別に謝罪を求めた心算はなかったんだが…… 」

「終わり良ければ全て良し!」

 

 ヒョコンと眼前に廻神が現れる。超能力じゃなくてただ単に気配を感じなかった。


「うわ、びっくりした…… 」

「ん、円福寺と深水はどうした?」

「逸れた」

「えぇ…… 」

 廻神を差し置いて迷子になるなんて、相当気分が盛り上がってるんだなぁ、あの二人。

何かこの状況既視感があるなぁ。気の所為かな。


「花火始まっちまうし、早急に捜すか」

「そうだね。捜索対象が廻神じゃないのが凄く不思議な気分ではあるんだけど」

「む。失礼。私もそんな常日頃から迷子になっていない」


 どの口が言うんだろうなぁ。二日に一回は迷子になっている気がするんだけど。

むすっと不機嫌な顔の廻神を連れて、彼女らを捜して群衆の波に飛び込んだ。


「間に、合った…… 」

「すみません御手を煩わせてしまって…… 」

「私も悪かったわ。自分勝手に何処か行ったりして」

「うんうん」

コクリコクリと頷いて咎める廻神。君も大概だと思うけど。


「よかったな。何とか花火の前に集合出来て」

「本当に。予想以上に人が多くて、焦ったよ…… 」


 そんなか細い声に覆い被さるようにドーンと花火の爆音が大地に轟く。

 一瞬の閃光と遅れてやってくる雄叫びに人々は歓声を上げる。


「たまや~」

「凄い迫力ですね…… !」

 夜空に咲き誇る花々に感嘆する円福寺とは裏腹に、深水はヘッドホンを耳で押さえて蹲

っている。


「どうしたの、深水?具合でも悪いの?」

「違うわよ。ただ音が—— 」

「音が?」

「大きい音が嫌いなのよ。喧しくて敵わない…… 」

「情けない、下らない」

 廻神がせせら笑う手前で、馬鹿にする。


「ぐっ、あんたねぇ…… 」

また勃発した、のかな。喧嘩という程でもないから放っておこう。


「あの…… 仲裁しなくていいんですか?」

「大丈夫、大丈夫。円福寺が来る前はしょっちゅうだったから」

「お前も意外と苦労してるんだな…… 」

「ははは…… 」


 藤原が同情と憐憫の情を僕に向ける。

 断片的でも理解してくれて嬉しい限りだ。

 三人して花火とその小競り合いを交互に眺める。

 しかし、その争いも四尺玉の迫力によって治められる。


「綺麗」

「ええ、そうね…… 」


そして深水が僕等の方へ振り返った。

表面まで出掛かった心の声をしっかり聞き取ったらしい。

それを全力で否定したことを示すように此方へ眼を飛ばした。

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