第23話 『海辺の休息Ⅰ』
ザァーと波が騒めく。僕達は現在鉄板の上で汗を流している。
その汗すらこの猛暑で乾かされてしまいそうだ。
「よいしょっと」
「この辺でいいだろ。店前に比べると人も少ない」
「はぁ…… 」
「意外と重かったな、このパラソル。円福寺の方が適任だったじゃないか?」
「確かにそうだけど、女子に運ばせるのもどうかなって」
「あの三人を世間一般の女子と十把一絡げにするのは些か無理があるような気がするな…… 」
「それは流石に失礼なんじゃ…… 」
「だが、化け物じみた体力の円福寺、敵を二対一で瞬殺する深水、痩せの大食い廻神だぞ?」
何か廻神だけ説明が主旨からずれているような。
「超能力抜きにしても女子高生というには違和感がある気がするんだよな」
「藤原、後ろ後ろ」
「何—— 」
「あ」
予感した通り藤原は無言ながら凄まじい剣幕の深水に蹴飛ばされて、激しい水飛沫を立
てながら海へダイブ。
暫くしてぷかーと浮き上がってきた。
「本当に失礼ね。少し頭を冷やしなさい」
「あれ、あとの二人は?」
「飲み物を買いに行ったわよ。心配しなくても四人の好みは知っているから大丈夫よ」
知らない間にそんなことまで…… 声が丸聞こえっていうのは時が経っても慣れないなぁ。
「あ、クロ。すっかり忘れていたわ」
「猫の姿とはいえ私も一応ここの一員。どうか忘れないように頼む」
「すみません、留意しておきます」
クロから視線を外すと、もう一つの忘れていたことに気付く。
「それにしても、深水が水着を着るとは思わなかったよ」
「何?私が着てたら変?」
「いや、良いと思うよ。ただ想像がつかなくて、新鮮だったってだけ」
「そう…… 正直私には似つかわしくないかと不安だったけど、あなたが言うなら大丈夫そうね」
安堵からか貴重な笑みが零れる。いつもそうしてれば接し易いと思うんだけどなぁ。
「余計なことは言わなくていい」
一瞬間のうちに真顔に戻る。まだ時間が掛かりそう。
「あの…… 」
横から声がして首を動かすと、例の飲み物を持った二人が眉を傾けて立っている。
「戯れてないで、準備」
「「はい…… 」」
そういえば藤原が飛ばされたままだった。助けに—— いった方が良いのかな?
「平和だな…… 」
「楽しそうだね」
女子三人がビーチバレーをしている間、僕等二人はくたくたになって座り込んでいた。
「調子に乗って泳ぎ過ぎたな」
「本当に。羽目を外し過ぎなような」
あの夢のような出来事が現実なら、今は果たして夢なのか現実なのか。
超能力に関わってからオカルトを作り話だと笑えなくなった気がする。
「いいんじゃないですか。折角海に来たんですから、浮かれても良いと思います」
揃って茫然と真上を眺めていると、すぐそこに円福寺が座り込んでいた。
「どうかしたか?」
「あの、そろそろお昼にしようと思うんですが、どうでしょう…… ?」
「そうですね。僕が買ってきましょうか?」
「いえ、私が言い出したんですから、私が行ってきます」
輝く太陽に負けなくらいの眩い笑顔。以前と全く異なる性質のそれに僕は目をぱちくり
させる。
「私も行くわ。廻神ももう駄目そうだし」
「ふにゅ~」
本当だ。アスファルトに零れたアイスクリームみたいにドロドロになってる。
早く日陰に運び込まないと。
「恩に着る!」
ペットボトル一本の水を僅か十数秒で飲み干してから、珍しく元気一杯に親指を立てる。
はぐれになりかけていた身体が輪郭を取り戻し、目もしっかり開いている。
いつも通りの廻神—— ではないけど、無事そうで良かった。
ぐうぅぅぅ
三者のお腹がほぼ同時に鳴る。
「それにしても遅いな。迷子にでもなったのか?」
「様子を見に行った方が良いかな?」
「行くべき」
「どうして?」
「行かないとご飯に有り付けない気がする」
いや、昼食じゃなくて先ず仲間の心配をしようよ……
やっぱりいつもの廻神だなぁ。
「じゃあ、僕ちょっと行ってくるよ」
「私も」
「分かった。俺が留守番をしてるから、直ちに捜索してきてくれ」
店の方角へ進むにつれて人口密度が増していく。
「凄い人…… うぷっ」
「大丈夫?二人は何処に…… 」
耳を澄まして暫く人混みの中を揺蕩いながらも必死に進んでいくと、一筋の声が水面を
揺らす。
「いえ、結構です…… 」
「いやいや絶対楽しいからさ。俺達と遊ぼうよ」
「ですから…… 」
助けに行かないと。でも、どうやって……
「兎に角助けないと—— 」
僕が考え無しに突っ込もうとすると、廻神が少し口元を綻ばせて静止した。
「助けは必要ない」
その瞳の先には勇ましくも恐ろしい憤怒した深水がいた。
「だから、楽しいって‼」
男の一人が円福寺の腕を掴もうとする。しかし、天衣無縫の天使は汚されずに済んだ。
鬼—— 守護神深水がそれを叩き落としたからだ。
「痛ぇ、何しやがる!」
本性を現し深水の細い肉体に殴り掛かる。
当然記憶している。怒った彼女がどんなに恐ろしいかを。
男の拳を容易く受け止めて腕を捻り、白い砂浜に叩きつける。
「この女ふざけやがって!」
残る二人が同時に襲い掛かるが、彼女にとって赤子の手を捻るようなもの。
腹へ一突き。
圧倒的戦力差の前に三人組はコテンパン。
おまけに蟹に群がられ、痛めつけられる始末。
ボコボコにやられているけれど、とても哀れむことは出来ない。
円福寺を傷つけようとしたんだから、当然の報いだ。
「私たちも早く戻ろう」
うん」
円福寺と深水が駆けていくのを確認すると、急いで僕等も拠点へ帰った。
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