第22話 『遊山、登攀』

 順番的に行き成り海水浴はハードルが高いということで、最初にハイキングに行くこと

になった。今になって気付いたけれど、山の服装の基本は長袖長ズボンだから、尋常じゃないくらい暑い。


「暑いわね…… 」


 ミンミンミーンという夏を象徴する爆音が耳を刺す。

 強烈な日差しに堪え兼ねて、皆帽子を被ってきたようだ。

 早くも廻神は背負った荷物に潰されそうになっている。


「うにゅ~」


このまま融けて蒸発してしまいそうな程にぐでーんとしている。

今回は止めておくように忠告したけれど、頑として幼児のように「行く」と言って聞かな

かった。

 意志は固いようなのだけれど、それを覆う外装が心許ない。

 いつの間に同行していたクロがこちらへ問い掛けるように首を傾げる。

 変身して助けるべきか提案しているのだろう。でもまあ、本人が珍しくやる気だから、もう少し様子を見てもいいと思う。

 首を横に振って返答する。

 すると、クロは「そうか」という風に、円福寺の後ろに付いていく。

 出会った当時からは想像もつかない程にノリノリの円福寺は率先して皆の先頭を歩く。

 殿は勿論蝸牛の廻神、と言いたい所だけど、流石に最後尾だと行方不明になってしまいそうで僕が殿となった。

 森は緑一色、生い茂った叢を掻き分けて道無き道を円福寺隊は歩いていく。

 他の二人はというと深水が三番目、その後ろが藤原で、深水はクロを肩に乗せてひそひそと何か話し合っていて、藤原は唸り声を響かせる廻神を気にしてちょくちょく振り向く。


「かなり辛そうだが、大丈夫なのか?」

「のーぷろぶれむ」


 あ、これは少しまずい。普段全く使わない英語で喋っているのが特にまずい。

 危険の予兆を感じ取り、クロを手招きする。

 クロは少し迷って、白黒に巨体へ変身した。そう牛である。

 廻神を背に乗せて牛はのっそりと出発進行、忽ち異様な集団の出来上がり。

 名も知らぬ山の頂に辿り着く頃には隊員の殆どが精疲力尽、例外的に隊長と牛だった黒

猫は余裕そうにゆったりと眺望して楽しんでいる。


「はぁ…… 本当にあの子元気ね」

「あれは…… 超能力じゃあないよな」

「エア、コン…… 」


 案の定廻神は草の上に倒れて変な跡を残そうとしている。

 藤原でもこんな状態なのに、一体全体彼女は何者なのかと博士程ではないけれど、ふと疑問に思った。


「昼食にしましょう!」


 一足先に大きなレジャーシートを敷き、待てをされている犬の如く朗らかに立派な弁当

箱の前に正座している。

 待たせる訳にもいかないと、疲労の溜まった身体を可能な限り早く動かして、五芒星を描くように円く坐する。

 中心で皆の昼食を物色するのは召喚されたクロだ。もしかすると逆五芒星だったりして。

 案の定円福寺から餌を与えられている。その様子に僕達は唖然として黒猫を見つめるけ

れど、クロが鋭い眼光で一瞥すると四人の目線は散り散りになった。

 呼吸が漸く整ってきた僕等はもぐもぐと持ち寄ったランチを食し始める。


「はむ」


廻神が小動物のようにむしゃむしゃアンパンを食む。どれ程食べる心算なのか、次々とパンを取り出す。もしかすると中が4Dだったりするかもしれない。

 藤原は御握り三個とサラダで廻神と比べずともかなり少ない。

 深水はたまごサンドとハムレタスサンド。廻神の喰いっぷりにやや引きながら、黙々と齧る。

 そして、最も目を引くのは二段重ねのクロに負けず劣らずに黒い重箱に似たお弁当箱で

ある。


「その量を一人で…… ?」

「いえ、違います!誰か忘れても良いようにと…… 」


 それにしてもこれは多過ぎるような。というか、こんなに重そうな物を抱えていたのに、苦しい顔一つしないなんてとんでもない体力だ。

 スピリチュアルな面でのか弱さが目立って隠れていたのか、フィジカルな面においての

彼女の逞しさが現れる。イメージが百八十度引っ繰り返った気分だなぁ。


「あの、良かったら要ります…… ?」

「あ、じゃあお言葉に甘えて」


 こんなに空腹になるのは想定外で、軽い食事しか持ち合わせていなかったから、正直とても有難い。


「美味しいです」

「そうですか…… !沢山作ってきたので遠慮なくどうぞ」

「あの…… もしかして、これ全部作ってきたんですか…… ?」

「はい、勿論!」


 さっきの言葉に更に修正を加える必要が有りそうだなぁ……

まあ、それは兎も角僕だけ賜るというのも悪い気がする。

 先程から廻神の羨望の眼差しもひしひしと感じているし。

一瞥せずとも目を輝かせている姿が目に浮かぶ。


「あの、僕だけというのもなんですし、皆で頂いてもいいですか?」

「そ、そうですね!では皆さんどうぞ—— 」

言い終わるのを待たずして、廻神が僕等の眼前に飛び込んでくる。


「これは美味、大いなる感謝を」


 栗鼠のように超スピードで咀嚼して飲み込むと、五体投地、そして両手を伸ばしながら、上半身の上下を繰り返す。廻神曰く「美味しい食べ物をくれる人は皆神、つまり私も神」なんだそう。

 あれ、僕も彼女に朝食を御馳走させられたと思うんだけど…… 遠回しに不味かったと批判しているのかな。


「そうなんじゃない?というか、そんなことがあったのね」

 一切合財聞いていたのか、深水が視界の外から話しかける。


「あなたってもしかしてお人好しと天然のハイブリッドなの?」

「え、どういうこと?」

「いや、解らないならいい。私の認識が間違っていたわ」

「あ、そう…… 」


 卵焼きをもぐもぐと食べながら、深水は目線を逸らす。

藤原は廻神と深水の勢いに押されて、貰い損ねている。

 クロはというととっくのとうにお腹を満たして、丸まって喧騒の枠外ですやすや眠って

いる。

 そうして藤原と僕は試食程度しか口に出来ず、女子三人( 主に廻神) がすっかり平らげてしまった。

 廻神に至っては殆ど動いてないのに、一体何処に吸い込まれていってるのだろう。

 リュックが四次元なら、持ち主の胃袋はまるでブラックホール。


「それに関しては激しく同意ね」

 えっと、君も大概だと思うけど……


「そんなこと…… ない」


 自身の腹を見つめながら、言葉とは裏腹に自信無さげに呟く。

一方廻神は黒猫同様、満足した様子でリュックから取り出したマイ枕を置いて、陽だまり

の中幸せそうに寝息を立てる。


「私ももう寝ようかしら…… 」

 深水も後を追うように寝転がり目を瞑る。


「二人とも寝てしまいましたね」

「よっぽど疲れてたんだな」

「僕達はどうします?」


 そう尋ねると思い出したように箱同様光沢のある高価そうな鞄から存外庶民的な物を取

り出した。


「「トランプ?」」

「はい、機会があれば皆さんで出来るかと思い、もう少し気の利いた物を用意出来ればよかったのですが、とどのつまりこれになってしまいました」

「いえ、そんなに気を遣わなくても」

「じゃあ、暇だし三人でやるか?」

「そうですね、二人もまだ起きそうにないですし」

 

 その後二人が目を覚まして、麓に着く頃には陽は落ち始めていた。

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