第20話 『消えぬ悪夢』

 私は元からこんなに暗かった訳では無かった。今そう訴えても寝言にしか聞こえない。

でもまあ、夢でも過去でもそう大差ない。現在と一切繋がりの無い話なのだから。

そんなフェアリーテイルじみた記憶を只今呼び起こそう。




「あ、深水さん。おはよー」

「うん、おはよう」

 中学時代私は校内でもトップクラスの人気を誇っていたらしい。( どこぞの物知り眼鏡の証言より)

 実際褒められるのは凄く気分が良かったし、優越感に浸っていなかったと言えば嘘になる。

 無事に高校にも入れて順風満帆な人生に鼻歌を歌いそうになっていた時、それは天罰の

ように現れた。加護の振りをしたバグプログラムのように。


「それでさ—— ってどうしたの、棗?」

「う…… あぁぁぁぁ!」


頭を抑えながら私は蹲った。

クラス中の視線が一点に集中する。


( え、どうしたの)

( 大丈夫か?)

( 頭おかしくなったのかな)

( うげ、なんか気持ち悪い)


 五月蠅い。喧しい!

 数十人分の情報が一挙に飛び込んでくる。


「私、保健室行ってくる」

「う、うん…… 」

( うわぁ、もしかしてヤバい奴?関わるの止めようかな)


 反射的にその女子生徒を睨め付ける。

 愚かで醜く汚らわしい。超能力こいつにそんな現実を突き付けられた。

 めくらの方が幸せなんじゃないかと、洗面所に吐瀉しながら思った。

 翼を灼かれて私は真っ逆さまに穢土へと叩き落とされたのだと意識が残っているうちに

独白した。

 正確には意識が無くなったんじゃない。自己防衛の為に思考を停止したんだ。


( 何あの子。ずっとあんなの付けて。気味悪い)

( 不良でもボッチじゃねぇよな( 笑))

( 幾ら見た目が良くても、あれはねぇな)

( あーあ、かわいそ)

 

 何も感じず、何も思わず、何も考えず。

 精神は死に、肉体だけが無様に生きている。

しかし、あの一言を聞いただけで、私の時間は滔々と流れ始めた。


( 超能力かぁ…… 未だに信じられないなぁ)


 耳を澄ましてその声を追う。

 一縷の希望が目の前に垂れ下がってきたような感じがした。

 唯一の理解者が見つかった。歯車が回り始め、錆び付いていた心が動き出す。

 あの時言ったことも虚言でなかったような気がしてくる。


「珍しいな。君がそんな年頃相応の笑みを浮かべるなんて」

「悪かったわね、無様な醜態を晒して」

「別にアイロニーを含めた心算は無かったのだが、そう聞こえたのなら謝罪しよう」

「もしかして、ずっと監視してたの…… ?」


 尻尾をメトロノームのように揺らしながら、黒猫は首肯した。

その途端彼女は顔を火照らせ、モノローグの展開の後、煩悶する。


「にゃー」

猫は若気る代わりに、恍けるように猫へと戻る。


「今更、気を遣おうとするんじゃないわよ…… 」

斜陽の差す日向の異なる丸が色付いた。

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