第19話 『深水棗』

 あの件から数日後、僕は深水に呼び出しを食らった。

 矢張り背負って帰ったのがまずかったんだろうか。それに関しては女子高生の思考に通

じていないから是非を判断するのが難しいけれど。

 こちらにも尋ねたいことがあったから好都合だ。

 いつもの場所じゃないということは内密にしたい話なのだろうか。


 校舎から少し離れた体育館の裏、ほぼ一日中日陰になっているため、じめじめと暗い印象を受ける。

 体育館内はシームレスに人が入れ替わって稼働し続けているけれど、ここに来る人間は

そうそういない。

 校舎に沿って体育館側へ向かって行くと、陰が濃くなって闇に変貌し、その中に一人寂しく佇む少女を何かに反射した光が浮かび上がらせる。


「来たわね。じゃあ、早速だけど—— 」

うーん、もしかして行き成り怒られたり。


「なんで、私があなたに憤らなきゃいけないのよ…… 何か後ろめたいことがあるの?」

 あ、違ったようで安心した。


「この間のはむしろ感謝してるぐらいよ。ちゃんと礼は言った筈だけど…… 」


 そういえば、そうだったような。極度の疲労ではっきり聞き取れなかったのかもしれない。


「そうじゃなくて、あの博士とかいう人のことよ。ずっと訝しんでたんだけど、折が悪くて」

 といっても、僕も大したことは分からないんだよなぁ。結局あの人の顔も見れなかったし。


「え、あなたそんなどこぞの馬の骨とも分からないのと、協力してたの…… ?」

まあ、情報は正しかったし…… 疑ってる暇もなかったしなぁ。


「全く、もっと慎重に動こうとは思わないのかしら…… 」

叱責するというより心配してくれているようだ。案外反応が柔らかくて違和感を覚える。


「それは、どういう意味なのかしら…… ?まあ、事実そうなんでしょうけど」

 うん、案の定目付きの鋭さも鈍っているし、発せられる言葉も切れ味が悪い。

 

 僕は自分の中で予測を立てて手を伸ばす。


「ねっ、熱はないわよ!」


 その手を避けて横に飛び退く深水は焦燥に駆られて早口で僕の予想を否定する。

となると、矢張りあの超能力者達のことが絡んでいるのかな。


「そんな所。かなり強力な超能力者らしいし、何より正体が掴めていないっていうのが最悪」

「本音が聞こえたんじゃ?」

「それが…… 何も聞こえてこなかった」

「え」

「この超能力の限界、条件があるみたいね」


 ここに来て制限があったなんてとても驚きだけど、心の片隅で安堵する自分がいる。

それこそこんな人智を超えた力がアンリミテッドだったら、たった一人で世界を崩壊さ

せられそうだと思ったから。

 陳腐な想像の域を出ないけれど、これが実現する可能性が少しでもあるという事が何よ

り恐ろしい。


「やっぱり、そうなんだね」

「でも良かったわ。欠陥が見つかって」

「どうして?」

「あなたと大方同じ理由。私の所為で世界終焉シナリオに入るなんて死んだほうがマシよ」

「—— 兎も角、あの二人については厳重警戒が必要」


 それは僕も同感。深水や藤原はまだ何とかなりそうだけど、僕と廻神、それに円福寺は秒殺間違いなし。気を引き締めないと。


「話は終わり。帰り道に気を付けて」

「あ、ちょっと僕からも一ついい?」

「私も聞いてもらった訳だから、別にいいけど…… 」


 僕がその話題を頭に浮かべた時、彼女の顔色が徐に悪くなった。


「あー…… その事ね。今まで問い詰められなかったのが不思議だったけど、まさか全く知らなかったとはね」


 多分知っていたとしてもそれを気に留めなかったと思うけど。


「どうして、そう言い切れるの?」

「人伝の話より自分の眼を信じる質だから、かな」


 彼女は耳を塞いでいた蓋を取り払い、首に掛けて不器用に口角を上げながら言う。


「あなた、本当に変ね。それでいて—— とても面白い」

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