第18話 『藤原匠』
中学時代、俺は日夜喧嘩をして過ごしていた。
所謂不良って奴だ。
売られたもんを買い、その仕返しをした奴を叩きのめし、その敵討ちに来た奴もまた潰す。
仕返しが繰り返されるうちにその抗争は収拾が付かなくなっていく。
そんな中その人は俺の前に現れた。
普通は屈強な大男を想像するだろうが、俺の恩人は紛うことなく女である。それなのに、そこらの男より格好良かった。
端的に言うと、俺はその人にボコボコにされた。嬲るように手加減して何発にも分けて。
今思うとそれは身体というより、心をズタズタに引き裂く為にやっていたんだと思う。
現に俺の下らないプライドは粉砕された。
寡黙なあの人はただ一言「強く生きろ」という抽象的な言葉だけを独り言のように言った。
まるで枯れた草花を憐れむように。
それから一年程度、頻繁に交流していた。
といっても何をする訳でもない。ただあの人の散歩に同行するだけだった。
商店街を潜り抜け、街道を辿り、夕日に向かって。
目的地など無い、放浪と称して差し支えない、小旅行のような散歩だ。
しかし、そんな日常は突然崩れ去った。
「嘘、ですよね…… ?」
彼女のシタイが目の前に転がっているにも拘わらず、全く信じられなかった。
彼女と認められない程に原形を留めていなかったから無理もない。
そう言い聞かせたが、そうではない。これはもっと精神的な疑念。
一週間ほど引き籠った後、彼女から貰った箱が眼に入った。六桁の数字を入れないと開か
ないという代物で、すっかり明けるのを諦めてしまったのだ。
当の彼女は何も教えてはくれなかった—— と思っていた。
だが、答えはとても単純だった。そう、あの人はそれ以外で殆ど口を開こうとはしなかっ
た。
少し無理矢理ではあるが、割と雑な人だから十分在り得る。
「249196」
中に入っていたのは箱より一回り小さい綺麗な封筒に入った手紙。
『このようなことを面と向かって言う度胸が無い為、私は文面にて自らの意志を綴る。この
手紙を君が見ている頃、私は前にいないだろう。前述した通り私には度胸が無いから。君は
私のことを勇敢だ格好良いと褒め称えるが、そんなことは決してないし、寧ろ真逆だ。
前置きが長くなってしまったが、言いたいことはたった二つ。今まで私のような只の社会
不適合者の端くれと付き合ってくれたことに感謝する。有難う。
もう一つは、常に口にしている通りだ。お前は私と違ってまだ引き返せるし、遥かに優秀
だ。これからは強く誠実に生きてくれ。それが君への最後の願いだ。
こんな時に私はどういう言葉を送っていいものか分からない。だから、笑殺してくれ。
頑張れよ、匠』
奇しくも涙は溢れ出てこなかった。俺はきっちり三つ折りに畳み直して封筒に仕舞い、封をしてポケットに仕舞い込んだ。
箱にはもう一つ如何にも使い古した手帳があった。俺はパラパラと捲って最終頁で目を
止めた。
『願わくは普通に学校に行って、普通に友達と遊び、普通に恋をして、普通に幸せになりた
かった』
上から黒鉛で塗り潰されていたものの、筆圧が強くあまり意味を成していなかった。
あの人の真の願いを初めて知り、自分の無力さに再び落胆する。
そして課された約定を守る為、弔いとしてあの人の意思に従うと決心した。
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