第16話 『黒と白』

「にゃー」

「おや、彼らと共に帰ったのではなかったのかい、クロ君。いや、クロ殿とお呼びした方がよろしいかな?」

「矢張り、感づかれていたか。貴殿、只者ではないとお見受けしたが」

「敬語は止めてくれ。とてもむず痒いし、第一あなたは僕のことを微塵も敬って等いないだろう?」


 仮面越しでも感じ取れる凍てついた視線に黒猫は鳥肌が立つ。


「不快な思いをさせたのなら謹んでお詫び申し上げる」

 黒猫は恭しく四十五度頭を下げる。


「猫に謝られるのは何とも不思議な気分だ。それで、僕に用が?」

「用というほどの事では無いのだが、少し貴殿の正体が気になったのでな」


「——ハッハッハ!『正体を暴く』なんて、真面目な顔して随分突拍子もないことを口にするんだねぇ」

「そこまでは言っていないが、まあそんな所だ」

「——私の目の前の貴殿と今話している貴殿両方の、だが」

「行き過ぎた諧謔は興覚めだよ」

「冗談ではない。私の目の前にいるのは差し詰め分身、人形と言った所か」


「面白いね。君は以前小説家だったのかい?」

「いや、解らぬ。私には前世の記憶がないのでな」

 黒猫は大きな黒目を光らせて、彼を見つめる。

「それより、僕が人形とはどういうことだい?」

「だから、声の主ではなく、私の前方に居る貴殿のことだよ」

「参考程度にそう思った理由を訊いても?」

「特に根拠は無いのだが。強いて言うならそれが一番安全に彼らとコンタクトを取る方法だから、という所だろう」

「そんな人形があると本気で思うのかい?」

「いや、この問題の本質はそこには無い。貴殿が極めて慎重という所にある」

「そりゃあこんな事態に巻き込まれれば誰だって慎重にならざるを得ないよ」

「貴殿の一番のリスクは敵に討たれることでも、素顔を見られることでもなく、彼女に謀略を知られることだろう?」


「これは、誤魔化せないね」

「貴殿の思考は客観的な分析に基づいている為に、極めて単純だ。よって、頭の弱い私程度でもそのくらいは予想出来る」

「だから、人形か……まあ、当たりだね」

 彼が仮面を外すと現れるのは真っ新の面。

 その無と対面しながら、黒猫は沈黙した。

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