第15話 『無生物契約』

 校内に侵入するのはそれほど難しいことでは無かった。しかし、超能力の存在を考えると七不思議という非現実的なものも在るような気がしてきて寒気がした。


「どこにいくの?」

「うーんと、博士の所かな……」

「はかせ?なんかすごそう!」

「うん、凄いんじゃないかな。多分」


 凄いと言えば凄い。僕達の動向を殆ど把握しているし、超能力の知識もかなりのものだ。

 あれ、説明しようと思い返していくと、益々彼(彼女)が何者か予想も付かず、大いなる謎を放置していたことに吃驚する。


「にゃー」

 夜の闇に紛れてうっかり忘れてしまいそうな黒猫が居ることをアピールするように通常より大きく鳴く。

夜中くらい白猫になってくれればいいのに。

 クロに後方を警戒してもらい、僕等は慎重に確実に約束の場所へ近付いていく。

 横開きのドアをそっと音を立てないように開くと白衣に仮面を着けた、変人がいた。

 いや、勿論超能力を研究している時点でそんな気はしていたのだけど。


「やあ、待っていたよ」

 変声機を使って喋るという徹底ぶり。その胡乱さは益々増していく。

 警備に発見されたら躊躇うことなく不審者認定で通報されそうな勢いの怪しさだ。

 僕とクロも思わず身構えてしまった。


「ずっと電話を介していたからね、初対面、という訳だ」

「あの……僕は顔が見えないんですけど」

「まあ、そこは飲み込んでくれよ。僕も割と敵が多いんだ」

「敵?今までそんなこと一言も……」

「個人情報は明かせないからね。代わりに情報を提供しようかなという話だよ」

「成程?」


「にゃー」

「だれ、このへんなひと?」

 

 足元で待たせていた少女と黒猫が一斉に声を出す。


「さて、早速取り掛かろうか」

「あの、どうやって能力を調べるんです?」

 僕が尋ねると博士はポケットをゴソゴソと探って、小さく奇妙な形の機械を取り出す。


「じゃじゃーん、超能力者判別機~!」

「どうかしました、博士……?」

「おかしいなぁ。効果音を出すのが鉄則だと思ったんだけど」

「それはいいとして具体的にどんな機能が?」

「主に判るのは二つ。『超能力者かどうか』、『超能力の名称』。但し——」

「何か問題が?」


「——超能力名のセンスが独特で全容が把握出来ないんだ!」

「それは致命的な欠陥なのでは……」

 

 当の博士に独特なセンスと言わせるとはどんな代物なのだろう。

 どうしてか意気軒昂な様子の白衣仮面はその機械を少女の額に付ける。

 暫く経ってピピピとタイマーのような音が響く。


「えーっと、矢張り超能力者のようだね。名称は——『無生物契約』?」

 確かに博士のネーミングが霞んで見えるぐらいの斬新な名前だ。さっぱり内容が伝わらない。


「にゃー?」

「難問だね~」

「いや、意味不明ですよ。まだ『無生物』の部分は思い当たる節がありますけど、『契約』って一体」

「さあ。僕に分かるのはそこまでだね、残念だけど」

「そうですか、じゃあ、失礼しま——」

「もう少し早く帰った方が良かったかもしれないね」

「急に何を言い出してるんですか?」

「僕の敵が来てしまった。予想より数日早いご到着だ」


 その言葉の直後、聞き返そうとした矢先に背後から恐ろしい気配を感じた。

 狂気、殺気、瘴気その他十数種類の負の要素が練り固められたような相貌。

 形自体は人間そのもの。只のパーカーを着た青年にしか見えない。

 この恐怖は、戦慄は、単なる危機回避の為の無根拠な警鐘では無さそうだ。

 言うなれば、超能力者の勘。あれ、益々信憑性が薄くなった。

 ずっと無言の敵と思しきパーカーは一気に博士へ迫る。


「僕は非戦闘員だからね。申し訳ないけどお願いしようか」

 博士が飛び退くのと同時に入れ替わるようにクロが前に出る。

 今度は狼だ。

 どうやら相手は丸腰。それは安堵させる直前に「それ程腕に自信があるのでは」という不安を呼び起こす。

 すばしこく狼はパーカーの周囲を駆け回り、攻撃を回避して、反撃を繰り返す。

 けれども、両者の攻撃は互いに当たることがない。


「善戦とも苦戦とも判断がつかないね」

 博士が策士のような冷静な声で戦況分析する。


「そろそろこの子の出番かもしれないね」

 博士はいつの間にか眠っている少女の頭に手を置く。その意味ありげな仕種で僕は少なからず彼女の超能力の仕様を理解した。

 そう、超能力の発動条件は本人が眠っていること。

 予想通り窓ガラスを突き破って無生物の軍勢が到着する。

 今更だけど大丈夫なのかな、こんなに窓割っちゃって……

 僕が変わり果てた窓の方を一瞥していると、堪らずパーカーは逃走する。


「ふふふ、間抜けだなあ。飛んで火にいる夏の虫、実に愚かだ」

 もうこっちが悪者にしか見えない。いや、味方と決まった訳でも善人だという証拠がある訳でもないけれど。

 狼は走りながら器用に馬に変身し、追跡し続ける。よく考えずともクロは僕なんかよりも一億倍優秀なんだなと今一度思う。

 つくづく自分が情けない。

 いけない、自己嫌悪になっている場合じゃない。

 パーカーは階段を上り、上へ上へと逃げていく。


「何か策があるんでしょうか?」

「それよりも……この校舎の構造を知り尽くしているのが気になるなぁ」

「もしかして、この学校の生徒ですか⁉」

「断定をするにはまだ情報が不足しているけど、恐らくは」

 それが本当ならこの学校だけで六人も超能力者が居るということだ。

 こういう状態をカオスというのだろうか。


「ヒヒーン!」

 屋上へ辿り着き、馬は観念しろと言わんばかりに嘶く。

 再び狼へ変身すると吠えて威嚇。

 しかし、相手は狼狽える気配がない。

 その答えはすぐに分かった。

 もう一人居る。


「おっと、仲間が駆けつけるなんて想定外だなぁ……」

 その仲間はバイク用のヘルメットを被っていた。二人揃って完全な不審者だ。

 ヘルメットは掌から光弾を撃ち出す。銃弾のような超速ではないけれど、躱すのはかなり骨が折れそうだ。

  ヘルメットは応戦する無口な兵隊たちを次々と破壊していく。まずい、防衛が突破される。

 無力だと知りながらも、強敵と対峙する。

 博士の忠告も耳に届かなかった。

 『時間停止』は依然として呼びかけに応えるどころか、動き出す気配がない。

 光弾が放たれた瞬間、僕はヘルメットの懐目掛けて飛び込む。些か肩に掠った気がするけれど、意に介している暇はない。

 何とか腕を封じられたと思ったら、完全に手遅れの超能力が発動する。


「本当にいつも肝心な時に……」


 使い勝手の悪い、役立たずなそれに堪え兼ねて悪態を吐く。

 でもまあ、結果オーライ。

 呆けている暇はない。何せいつ切れるのか僕自身も全く予想がつかないのだから。

 先ず少女を避難させようと、抱き上げて運搬を試みていた時のことだった。

 突然固まっていたかに見えたパーカーが動き出した。


「そんな……」

 意味が解らない。今までこの「時間停止」中の世界で動けたのは所有者の僕だけであった筈なのに。

 思いも寄らない非常事態に僕はパニックを起こす。

 パーカーは少女へ狙いを定め、殴りかかる。一応僕が彼らに代わって護衛を務めているけど、「時間停止」以外何の取り得もない、一介の高校生の僕では力不足だ。

 僕が抱き抱えているにも関わらず、その足を潰さずパーカーは少女のみを標的にしている。

 そろそろ僕も体力の限界。パーカーが再度照準を合わせ襲い掛かる。

 漸く僕は勇気を振り絞って、背を向けて彼女を庇った。

 その拳はかなり痛かった。けれど、もう一つの感覚も同時に身体へ駆け巡った。

 その後、少女が寝言を言い始めた。


「ふふ~はじめてのおともだち~」

 ということは。「時間停止」が終わった、というより破られた気がした。

 ヘルメットは的を見失って、素早く周囲を見回して、クロはそこへ突撃、博士はその飼い主みたいに指示を出している。

 軍勢も復活し、邪魔者を排除しようと一斉に攻撃を仕掛ける。

 それを身一つで容易く受け止め、撃滅する。

 

 身体能力の強化かと予想していたけれど、さっきのパンチは痛い程度で済んだ。

 そうだとすると、一体敵は何を企んでいるのだろう。

 そう黙考していると、不意に足元へ光弾が飛んでくる。

 跳んで躱すと、それを待っていたとばかりにパーカーが襲い掛かる。

 僕の手から少女を分捕ると、十秒ほど額に手を当てる。

 するとどうだろう、あの軍勢は動きを止めて、只の廃棄物の山になってしまった。


「なっ……」

「これは驚きだね」

 僕の予想は掠ってもいなかったようだ。パーカーの超能力は超能力の封印か、或いは——


「超能力の消滅……」

 それは願ってもないことだけど……糠喜びであるような気がしてならない。

 パーカーは荒々しい戦闘ぶりから一転、少女を床に優しく下ろす。

 そして、少女は目を覚ましたようだ。


「あれ?なんでこんなところに……あなたたちだあれ?」

 これは……最も恐れていたものかもしれない。いや、そうに違いない。

 そう夢野茜の一件で明らかになった、超能力と同時に超能力者の時の記憶が喪失するという事実。

 当然と言えば当然なのかもしれない。そんな奇想天外で荒唐無稽な出来事を覚えていたら不都合が生じる可能性もある。

 でも消えるのは超能力に関連することではなく、超能力を持っていた間のこと。

 何の関係もないこともすっかり忘れてしまうのだろう。


「あやしいひと……」

 少女はその不審者たち(多分博士も入っている)を目にすると一目散に逃げていった。

 至って当然の反応だ。僕等との記憶も忘却していると見て間違いない。

 少女の無事を確認すると僕は再び敵に向き直る。

 両者睨み合って膠着状態に。

 そんな中闖入者——じゃなかった。救世主が現れる。


「はぁ、はぁ……漸く見つけたわ」

 息を切らした深水が戦場の中に姿を現す。

 そして、敵と味方を一瞥。


「そいつは、味方なの?」

 僕に問いながら出所の分からない木刀を博士に向ける。


「勿論、そうだよ、ね?」

「えーっと……厳密に言うと味方では無い気が……」

「え、酷くない⁉」

「じゃあ、切る?」

 博士へ敵意を剥き出しにしながら、正眼の構えを取る深水。


「でも、今の敵はあっち」

「そう……」

 心の声が聞こえている筈なのに、疑わし気に僕と博士を交互に見る。

 博士がそんな不審な恰好しているから悪いんですよ。

 

 木刀を手にパーカーへ猪突猛進。パーカーは返り討ちにしようと、拳を突き出すけれど無意味。

 彼女は難なく技を避けて、脇腹へ一撃。

 パーカーはよろけながらも横へ飛び、攻撃の隙を狙ってヘルメットが光弾を放つ。

 でも、それも残念ながら当たりはしない。

 その隙を衝いて深水は距離を詰め、又もや横っ腹に強烈な一撃。

 僕達が一進一退の攻防をしていたのが馬鹿らしく思えてくる程に一瞬。

 僅か数秒で敵二体に大打撃を与えた。

 流石に分が悪いと悟ったのか、潔く退却していった。

 あれ、追いかけないのかな。


「スピードはあっちの方が上よ。一直線に逃げられたら到底追いつけない」

 成程。

 彼女は侍の如く木刀を収め、溜息を吐く。

 矢張り対人では凄まじい強さを誇る。

 もしかしなくても深水は世界最強なのではと思えてくる。


「あなたは私を恐れないの……?」

 勇ましい姿から一転、しんみりした様子へと変わる。

 急に改まって、彼女らしくないなぁと感じる。


「寧ろ頼もしいよ。深水がいなかったらとっくに壊滅してたと思うし」

「そう……それを聞いて安心した」

 言葉の通り安心したのか、木刀を杖代わりにして、力が抜けたように危なげに立つ。

 そして、俯せに倒れる。


「深水!」

「大丈夫だよ、寝ているだけだ。相当疲れたようだね」

 良かった……

「では、面白い事も判明したことだし、僕は失礼するよ」

「——あ、そうそう」

「?」

「これは君にあげるよ。今回敵を追い払ってくれた礼のようなものさ」

「僕は何もしてませんから。深水に渡しておきます」

「まあ、君がそうしたいならそれでいいけど」

 

 そうして白衣の仮面は一足先に退場する。

 去り際まで不思議な空気を纏っていた変人を見送ると、クロがタイミングを計っていたかのように喋り出した。


「何とも不思議な人物だな。一体何者なのだね?」

「さあ……僕も今日初めて会いました。だから名前も素顔も知りません」

「よくそんな人間と関わっているな……君を疑う訳ではないが……大丈夫なのか?」

「善悪を見極めるのは厳しいですが、少なくともこれまで情報を提供してもらってましたから……」

「ふむ……ところで」

「他にも何か?」

「彼女については如何様に致そうか」

「あ……」

 

 地面に倒れ伏している深水を一瞥して、少し対処法を考える。


「私が運搬するのは吝かではないが……夜でも人目はあるのでな」

「はい、僕が責任を持って運びます」

 

 クロが猿になって、僕の背に彼女の肢体を乗せる。

 廻神なら何回かあるけれど、深水では訳が違う。

 全体的に緊張するというか、この状態で目を覚まされると色々と困った事態になり兼ねない。僕の勘がそう告げている。

 黒猫と共に幸せそうな寝顔の彼女を背に、僕はゆっくり歩き出した。


「うん?頭——はっ!不審者共は……」

 あ、起きた。

 街灯の光で目が覚めたようだ。矢張り元気そうだ。

 現在、僕はクロの案内で深水宅へ向かっている。彼女が覚醒したのはその最中。


「息災で何より。急に倒れたから心配していたのだが」

「それはごめんなさい。というか今私……」

「ああ、彼が負ぶっている」

「え⁉もういいから、降ろして!」

 焦りを露わにして只管懇願する。

 しかし、降ろした直後よろける。本人は「何でもない」と連呼するけれど、これは相当だ。


「じゃあ、せめて肩を貸すよ」

「いや——ええ、ありがとう……」

 斯くして深水を家に送り届けると、クロが居なくなっていることに気付く。

 心配するだけ野暮だけど、何処に行ったんだろう。

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