第14話 『博士』

仮称「ポルターガイスト」の超能力者を調査する為、僕たちは真っ暗な夜の街へと集った。

「全員集まったわね」

「にゃー、にゃー」

「何でクロがここに?」

「勝手に付いてきたみたい」

「何言ってる、クロも我らの一い——」

 廻神が口を滑らしそうになったため、深水が手早く塞ぐ。

 円福寺以外がふうっと安堵する。


「どうかしましたか?」

「「いや、なんでも」」

「?」

 そんな時、カツンと遠くで音がする。


「何の音だ?」

 皆が辺りを見回していると、それらしき物を見つける。

「椅子?」

 足の一本折れた木椅子が目の前を通り過ぎていく。

 そして、こちらに気付いたのか、一直線に円福寺の方へ。

「え……?」

 しかし、急な突風でその攻撃は逸れて藤原に直撃。


「うむ、少し痛いな」

「大丈夫?」

 何か体の各所に木片が刺さっているけど……

「ああ、この程度問題ない」

 さっさとそれらを抜くと、すぐに傷口が修復される。

 でも、瞬きをするともう終わっているから、どう治っているのかはよく分からない。


「痛くない?」

「言い忘れていたが、こういう身体になってから何度も重傷を負っているから、怪我は慣れているし、超能力とやらの副作用で痛覚は殆ど無い。剰え触覚も鈍くなってきている」

「そう、なんですね……」

「別に悲観的になることじゃない。御陰で何も怖くなくなったしな」

「なら、いいんだけど」

 彼はそう得意気に語るけれど、僕にはとても暗い表情に見えた。

 

 そう話していたら、段々響いてくる音が多くなってきた。

 今度は木だけじゃなく、金属の冷たい声やプラスチックの喧しく騒ぎ立てる声が耳に入る。


「夥しい数の敵勢ね……」

 例外なく汚れたり、壊れたりしている所を見るに、多分ごみだ。

 それにしてもこの数を操るなんてどれだけ強大なんだろうか。

 確かに夢野も学校内のほぼ全員に悪夢を見せていたけれど、実際に一度に操っていたのは近くの十数人。

 対して今回のは数えるのも面倒になるぐらいの数。

 

 先程は突然だった為に攻撃を受けそうになったが、円福寺は結構運動神経は良い方だ。

 だから僕より全然強い。よって円福寺と藤原が前衛、余り戦力になっていない僕と廻神、そして深水が後衛。

 深水は対人戦こそ無類の強さを誇るけど、相手が物ではどうしようもない。

 廻神は知っての通り、一人気ままにのほほんとぐーたら生活を送っているため、運動能力は微塵も期待できない。

 僕もそれなりに運動はしているけれど、矢張り普通。超能力の恩恵もほぼ無に等しい。

 以前に僕が言った(深水が言わせた)通り、衆寡敵せず。数の利すらも向こうにある。


「さて、どうしたものか」

 先の陣形で街中を突き進んでいるけど、指揮官を発見する前にこちらが力尽きてしまいそうだ。

「切りがねぇ……!」

「分が悪すぎます……」

 早くも二人が弱音を吐き始めた。

 しかし、そこであることに気付く。

「あれ、クロは?」

「あ、戻ってきたわね」

 深水の視線の先には一匹の猫、ではなく一頭の鷹がいた。

 鷹はこちらに一直線に飛んでくると、途中で猫に姿を変え着地した。


「え?」

「は?」

 僕ら二人は成程と感心していたけれど、無知の二人は目を丸くして須臾固まっていた。

 変身については隠さなくてよかったのかな。

 藤原に関しては説明の機会が無かっただけなんだけどね。


「クロが、鷹?」

「黒猫から鷹?」

 あ、二人の頭がオーバーヒートしそうだ。


「だから、隠すだけ無駄だって言ったでしょ」

「にゃー」

 あくまで人語を操れることは伏せておく気らしい。

「それで、本体は見つけた?」

「にゃ」

 街から少し離れた山を黒猫は指し示す。

「了解」

 

 大方事情を知っている僕ら三人は瞬時に走り出すが、唖然としていた円福寺と藤原は少し遅れて追いつこうとスタートを切る。未だに懐疑の念で頭に靄が掛かっているようだ。

 十分程山を登っていくと大樹の根元に座る人影。


「漸く見つけたわ。観念しなさい」

「……」

 しかし、応答はない。よくよく見ると眠っている幼気な少女だ。

 間違えたのだろうか。

 脳内で疑問符のゲシュタルト崩壊が起きかけた時、喧しい物音が近付いてくることに気が付いた。

 彼らは彼女を守護するように周りに並ぶ。これで彼女が核であることは確実となった。

 けれども、この難攻不落な要塞をどう打ち崩せば。


「それなら手は考えてあるわ。クロ、頼んだわよ」

「にゃ」

 アイコンタクトを取ったと思うと、慇懃無礼な黒猫は巨大で屈強な獣、熊に変貌する。

「ゴォォォー‼」

 雄叫びを上げながら、敵を次々払い除けていく。

「は……?」

「えーっと……?」

 再び二人の脳は思考を停止する。


「総攻撃」

 どうしてだか廻神が先陣を切って大軍の中へ突っ込んでいく。

 彼女を追いかけるようにして僕ら四人はクロ(吾郎)の切り開いた道を駆け、中枢へと迫っていく。


「ぐっ……」

「本当に煩わしいわね……」

 しかし、藤原はテーブルに体当たりされて後方に飛ばされ、深水も踏ん張った甲斐なくロープに引き寄せられ拘束された。

 残った三人で目前に迫るけれど、巨大な結集体が行く手を阻む。


「これは、面倒」

「困りましたね……」

 大振りな攻撃を避けながら、悩んでいると廻神が思い出したように拳を掌に打ち付ける。

「とう」

 先程まで一緒に周囲を駆け回っていたのに、今度は一直線にその巨大な無生物に抱き着いた。というよりは捕まえたと表現した方が彼女の主観に沿っているのだろうけれど、一見そうは見えない。

 彼女の唯一の技である。

 十秒ほど経って待ち望んだ現象が発生する。


「有難う御座います、廻神さん」

 ほっとしたのも束の間、さっきと同一人物、いや同一物と思われる椅子が又もや円福寺目掛けて飛んでくる。

「きゃ⁉」

「危な——」

 あれ、何か既視感が。

「——ぐふっ」

 予覚した通り疾風が吹いて僕の腹へ直撃する。


「大丈夫ですか⁉」

「それより、その子を……」

「解りました……!」

 女の子を抱え上げると群れは円福寺を取り囲み、一斉に襲い掛かる。

 しかし、お忘れではないだろうか。彼女が如何に幸運かを。

 彼らは連携が不十分だったのか、互いに衝突して停止した。

「一体、どうしたら……」

 それでもまだ数え切れないほどの物が詰め寄ってくることに変わりはない。


「——うーん、おねえさんはだれ?」

「あ、良かった……今は兎に角ここから逃げ——」

 その言葉を言い掛けた時、先程までの戦場が閑としていることに気が付く。

 全て例外なく機能停止。夢でも見ていたのかと思う程に辺りに物が散乱しているだけ。


「なんでにげるの?」

「——いや、何でもないよ。ごめんね」

 考えられる要因は一つ。この子が起きたからだ。

 地面に俯せで力尽きていた藤原は文字通り復活を遂げ、深水は拘束が急に解けて尻餅を打つ。


「終わった、のか?」

「痛っ!はあ、散々な目に遭ったわ……」

 そして円福寺の側に集まる。一斉に少女を覗き込むが、少女は臆することもなく笑い掛けてくる。

「やっぱり、この子の意志では無いようね」

「無意識発動か?」

「えーっと、そもそも彼女が原因とは限らないと思います……」

「確かに。一体どうすれば——あ」

 

 取り敢えずあの人に相談してみよう。そう思いついた瞬間、深水の視線が少し鋭くなった気がした。




「——うーん……無意識な超能力発動に関してはよくあるけど、超能力者かどうかも認知していないなんて珍しいね」

「まだそうと決まった訳ではないんです。だから、こうして相談した次第で」


「成程。なら僕の所に連れてくればいいよ」

「え⁉今からですか?」

「当然。場所は君達の学校の化学実験室」

「はい、分かりました」

「あと傍らで『心域観測』の子が眼を光らせていると思うけれど、君一人で具して来て欲しい」

 深水は多分拒否されるとは思っていたけれど、あの二人もというのは些か理由が解りかねる。


「は、はあ……」

「但し人間以外は別に制限しない」

 その点クロはオッケー。一体博士は何を?

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