第10話 『不老不死』

「ぐふっ……」

 腹に何かが落下してきて目が覚める。

 おかしいな。そんな落ちてくるようなものは無かった筈……

 僕の記憶は正しかった。何故なら僕の胴体に腰掛けてその体勢でも目を開けない少女が目先にいるからだ。


「何でまたこんなところに……」

「すぅー」

 質問しようと思ったけど、彼女の眠りが深かったため、今のは独り言ということで。

 二度寝しようかと考えたけれど、衝撃で目が冴えて夢の続きは見られなさそうだ。

 その後、支度を整えていつもより早めに出ることにした。

 一応廻神も連れて行こうかと思ったけれど、そう案を出した時には視界から消えていた。


「ふぅー」

 朝早く出発したからか、人通りが少ない。毎日通っている筈なのに目新しく映る。

 暫く足を動かしているともう目的地に着いた。

 校門を潜る所までは良かったのだけど。

 校舎に近付いていくと、僕たちの主な会議場所(屋上)に人影が。

 離れていても制服は分かるし、体格で男だと読み取れる。

 こんな早朝に一体何をしているのだろう、と不思議に思っていると驚いたことに柵を越えた。


「これは、マズいよね……」

 特に何が出来るわけでもないのに、僕は彼の真下へと駆け出す。

 そうだ。時間停止。全く肝心な時に全然役に立たない。絶対欠陥品だ。


「あっ……」

 屋上から飛び立とうとした鶏は飛べる筈もなく垂直落下、地面に叩きつけられる酷い音がする。

 時間が止まった。気の所為じゃない。既に手遅れなのに。

 暫しの停止の後、世界は再生される。

 人間とは奇妙なもので、そこにあると解っているのに、つい確かめたくなってしまう。


「あれ?」

 確かここら辺に落ちた筈なんだけど。

 そうして辺りを捜し回っていると、近くの茂みからガサガサと音がする。

 じっと睨んでいたら見覚えのある頭が顔を出した。

 そう、先程の自殺少年Aだ。

 あんな高さから転落して生きている訳がない。ということは……


「出た……!」

「え、何が出たんだ?」

 恍けるように自身の背後を見回す。

「君だよ!」

「何を言ってる。俺はこうして今生きて動いてるだろ」

 え、そんな筈は——あれ、足がある。身体はどこも腐ってないし。


「え?」

 僕は混乱した。これは幻の類なのかな。

 あれれ、おかしいな。

 頭を捻っても眼を瞑ってもその青年は消えない。では、あの落下を目撃した記憶が幻?

 ああ、訳が解らない。

 頭を抱えて僕は呻る。


「大丈夫か――」

 彼が僕を不思議そうな顔で見て、肩に手を置くと本日二度目の停止が起こる。

 一日に二回なんて前代未聞。最も恐れていた事態がそこまで這い寄ってきている気がする。

 一先ず彼から少し距離を取って、矯めつ眇めつ観察する。穴が開くほどに凝視する。

 やっぱり只の人間だ。

 一体あの時僕が見た光景は何だったのか。

 体内時計で三分程経つとそれは解除される。

 彼は置いていた筈の肩が無くなって虚空を掴む。


「ん?」

 僕は一息吐いて単刀直入に質問する。

「君、さっきあそこから飛び降りなかった?」

 まあ、そんな訳が——

「ああ。確かにあそこから落ちたが、それがどうかしたか?」

「——だよね、そんな訳……あれ、今なんて?」

「だから、屋上から飛び降りたのは事実だ」

 


 一瞬彼の言葉が理解出来なかった。この台詞を使うのはもう何度目だろう。

 飛び降りたのが事実だとしたら自ずと正解は出る。

「話は終わりだ。また今度にしてくれ」

 朝の鐘が会話に終止符を打った。




 例の如くあの人から着信だ。最早ここまできたら僕でも監視していることぐらい分かる。

 それにしても一体どこから……まあ、今は一旦置いといて。


「相変わらずタイミングがいいですね……」

「その様子だとろ——四人目に遇ったようだね」

「そこに更に一匹含まれますけどね。それで、何か知ってるんですか?」

「うーん、教えてもいいけど、君も大方目星がついているんだろう?」

「それはまあ。信じ難いですけど、それぐらいしか候補が浮かばなくて」

「では、答え合わせだ。彼の綽名コードネームは『不老不死』。実に在り来たりで、最強だな」


「やっぱり、ですか……」

「その様子だと君の見解も同じだったようだね」

「まあ、飛び降りて何事もなく生きてるんですから、それぐらいしかないですよ」

「どうやって蘇ったんだい?」

「いえ、その時に丁度見失って分かりませんでした」

「そっかぁ……残念だ」


「そういえば——」

「何か他に起きたのかい?」

「時間が停止しました。しかも二回」

「二回⁉それは驚きだけど、解明の糸口になる気がするなぁ」


「聞くのを忘れていたんですけど、博士は僕の超能力のこと何か知りませんか?」

「うーん、何しろ君のは『時間停止』だからね。調べるのは至難の業だよ」

「そうですか……」


「だからこそ、君が解くしかないんだよ。君自身の謎を」

 そう真面目に告げて、後で「格好良かったかい?」と尋ねてきた。台無しだなぁ。

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