第9話 『勉強会』
今日僕達が集まっているのは定例の会議の為ではない。
今差し迫っている重要な大問題について対策する場だ。
「ですから、ここはこの公式を使って、文字に代入するんです。それで——」
「ああ、成程。そういうことですか」
そう廻神の成績が壊滅的なことを受け、円福寺が提案した勉強会だ。
僕も人のことをどうこう指摘できる立場じゃないんだけど。
ずっと勉強なんて一人ですればいいと思ってきたけれど、目の前に教師のような存在がいれば話は別だ。
その名は全教科満点の超人円福寺麻妙様だ。
一時間黙考しても一ミリも解けそうになかった問題が見る見るうちに片付けられていく。
とても爽快な気分だ。
「改めて考えても凄いですよね。全教科満点って」
「そんなことないですよ。今回は偶々運が良かっただけで」
そう謙遜する割には得意気な表情と口調だ。恐らく少しは自信が持てるようになったんだろう。
「ふにゅ~」
廻神の頭が鉄球に圧し潰される音だ。当然の結果だ。全然授業聞いてなかったし、しょっちゅうどこかへテレポートしていたんだから。
「ほら、さっきからちっとも進んでないわよー」
「……」
廻神が何か言いたそうにぎろっと深水を睨む。
「へぇ、私に喧嘩売るなんていい度胸ね」
どうやら名前通りの心理戦を繰り広げていたみたいだ。
この二人は本当にどうしようもないなぁ。
「まあまあ、お二人とも落ち着きましょう……?」
見兼ねた円福寺が諍いを収める。
彼女を受け入れることがデメリットだと少しでも思った自分が情けない。
成績優秀、穏やかで優しく、常にお淑やか。こんな優秀な人材滅多にいないなぁ。
つくづく超能力とは残酷だなと感じた。
「はぁ~疲れた……」
「僕も流石に頭が……」
問題をすらすら解けるようになったのは嬉しいけど、今日一日で何問もやったから、脳が破裂しそうだ。我ながらお恥ずかしい限りです。
「では、休憩にしましょうか?」
「全くだらしないわね。精々一時間ぐらいしかやってないわよ?」
今だけは深水が羨ましいというより妬ましい。
それは廻神も同じようで、目線がぴったりと合う。
そして、無言のまま拳を合わせるのだ。
「なーにを結託してんのよ」
「仲がよろしいんですね」
その後僕たちは各々の求める本を求めて、巨大な棚の迷路の中を進む。
ただ、歩き出したのはいいのだけれど、今までそんなに本を読んだことがないから、選択肢すら浮かび上がらない。
目的もなく放浪していると、円福寺の姿を目にする。如何やら高い位置の本を取ろうとしているみたいだ。
うーん、僕なら届くかな。彼女よりほんの少し高いくらいだけど。
その本に手を掛けると結果的に彼女の手にも当たる。
「はぅ⁉」
その瞬間彼女から耳を疑うような声が漏れ出て、自らの足に躓いた彼女は目の前の本棚に激突する。
鈍い音がして衝撃で彼女はよろけて後ろへ倒れる。
間一髪の所で倒れる彼女の肢体を支えて一息。しかし、本棚から先の衝撃で本が雪崩のように崩れ落ちてくる。
咄嗟に本棚に背を向けて、覚悟を決める。
でも、僕は忘れていた。彼女が超能力者だということを。
「あれ、何ともない……」
そうだった、彼女に触れていれば不幸が幸運に上書きされるんだ。
あ、もう一つ忘れていた。円福寺を起こさないと。
「おーい、大丈夫ですか?」
「ううーん、私は一体何を——!」
「あ、大丈夫そうですね」
「は、はい……へへ平気ですっ!」
本当に大丈夫なのかな、少し顔が赤いような。
独りでに右手が動いて、彼女の額に触れる。
「熱は——無いですね。顔が赤いけど大丈夫ですか?」
「うぅぅぅ……」
あれ、段々声が小さく。
「何やってるのよ」
背後から突き刺すような深水の鋭い声。
「あ、もう大丈夫です。本当に大丈夫ですから」
「まあ、それならいいんですけど……」
彼女は今まで気絶していたのにも拘らず俊敏に立ち上がる。
「あ、私はこの本を片付けてますので、お二人はどうぞ戻ってください」
「いや——」
「そんな放っておく訳ないでしょ。どうせ私は勉強しないし暇だから手伝うわ」
「あ、僕もやるよ」
深水が率先して彼女を手伝うなんて。案外優しいのかも。素直じゃないなぁ。
そう思っていたのが伝わったのか、深水が僕の方を睨む。
けれども、その目はいつもより丸みを帯びていて、尖った視線の先も削られていた。
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