第7話 『猫被りの黒猫』

「超能力会議」(廻神が勝手に付けた)の後、いつの間にか勝手にいなくなっていた猫を捜すことになった。中は深水(と廻神)が捜している。

 僕は外へ。

 そう思って昇降口に来たら、偶々捜索中のものを見つけた。


「にゃー」

 いた!

 猫は落ち着いた様子で一鳴きすると、校舎裏方面へ逃走。

 僕も見失わないよう、一心に追いかける。

 こんなに走ったのは久しぶりだ。御陰でこの短距離でも息が切れる。

 苦しさを覚え始めた時、不意に猫が止まった。


「にゃー」

 何かに反応して、また声を上げる。

「え?」

 そこにいたのは先の議題の人物だった。

「あ、どうしたの、クロ?」

 

 間一髪隠れた。いや、何で隠れているんだろう、僕は。

 茂みに入った音で少し怪しまれたけど、大丈夫そうだ。

 さて、この場からどう立ち去ろうか……

 考える暇も与えず、彼女は話始める。


「私の友達は君だけだよ……」

 黒猫を撫でながら彼女はしんみりと語る。

 そんな筈はない。だって彼女はこんなにも完璧なのに……

 そう思いかけた所で先程深水が言っていたことを思い出す。

 彼女の周りで禍が立て続けに起こっているという何とも酷く嘘くさい噂だ。

 そんな下らないことで彼女は苦しめられているというのだろうか。


「皆笑顔で優しい。でも——」

「——皆私と距離を取ってる気がするんだよ……!」

 猫に一通り伝え終わると、彼女は俯いて音も立てずに星のような涙を流す。

 凄くまずい場面を見ていることに改めて気付いた僕は瞬時にその場から姿を消そうとした。でも、却ってそれが事態を悪化させた。

 そう、例によって小枝を踏み折ってしまった。

「にゃー?」

「——誰ですか……?」



「すみませんでした!」

「もういいですから。態とではないんですよね?」

「断じて。この猫を捜していたらここに辿り着いて、それで……」

「何故、この子を捜していたんですか?」

「屋上で見かけて。何となく気になって」


「その黒猫は円福寺さんの猫ですか?」

「いえ、違います。この辺りでよく見かける野良猫です」

 てっきり名前を付けていたぐらいだから、飼っているのかと。

「それと……大丈夫ですか?」

「何がですか?」

「ほら、さっき泣いて——」

 その直後思い出したように顔が赤くなる。


「そそそれは、忘れて下さい‼」

 まあ、僕なんかが力になれるなんて傲慢、余計なお世話か。

「私は皆が思ってるような大層な人間じゃないんです。見てくれが多少いいのは親の御陰だし、テストで一位だったのは偶然なんです。だから……」

 戻ろうかと思っていた矢先、彼女は本心を打ち明け始めた。

 殆ど知らない僕に。

 彼女は何か慰めや励ましを欲しがって言っている様子ではなかった。

 ただ単に吐き出したかったのだと思う。だから、全然関係のない僕を選んだ。要するに都合が良かったんだろう。

 

 僕は何を言おうかという以前に、口出ししていいものか迷った。さっきの通り僕は彼女のことを三ミリ程度しか理解していない、所謂モブだ。

 でも行動しないとこの気まずい空気に飲み込まれてしまう気がして、仕方なく言葉を発した。

「そんなことないです。円福寺さんは自分で思っているより遥かに素晴らしい人間です」

「そんな、素晴らしくなんて……」

「もっと自信を持って下さい。折角の才能と美人が台無しですよ」

「び、美人……」

 何とか紡いでみたけれど、結局在り来たりで情の無い文章になってしまった。

 けれども、一応彼女を手助けすることは出来た、と思う。

 

 彼女は涙をハンカチで拭って、クロを撫でながら僕に向き直った。

「すみません、見苦しい姿を見せてしまって。でも、もう大丈夫です」

「そうですか」

 

 黒猫の欠伸を合図に、彼女との会話は終わりを告げた。

「では、また」

「はい……」

 彼女は笑顔で校門の方へ去っていった。

 その姿が見えなくなったのを確認すると、僕は大きな溜息を吐いた。

「はぁ……」

 

 緊張が解けてへろへろと座り込んでしまった。女子と二人きりで会話するのも苦労するのに、相手は俗にいう美少女。緊張するなという方が無理だ。肩がやっと軽くなった気がした。


「戻ろうかな……」

 猫の無事を報告してさっさと帰ろうと計画していると、誰もいないそこから不意に声が聞こえた。そう、そこには一匹しかいないのに。


「待ちたまえ」

 聞き間違いじゃない。確かに今声が。

 ゆっくりと固まった首を回して、後方を見る。

「聞いているのか?人が話している時はへそを向けろと教わらなかったのか?」

 当然耳には入っている。しかし、全く内容は入ってきていない。

 だって自身の正気を疑っているんだから。


「——おっと、私は今猫だったな。失敬、失敬」

 お察しの通り、僕の正面には喋る猫がいた。言語は標準の日本語、声の高さは先程とあまり変わらない。

「そう警戒しないでくれ。何も危害は加えない」

 見知らぬ人、いや猫をどう信用するというのだろう。


「あの、質問が」

「何だね」

「どうして猫が喋ってるんですか」

「私にも解らぬ」

 えぇ……

「本当に解らんのだ。ただ——」

「何ですか?」

「——恐らく元は人間だったと思うのだが」

 でしょうね。

「じゃあ人間から猫に変身したと?」

「いや、最初気付いたときは鳩だった」

 鳩って。ってことは鳩から猫に?


「じゃあ、鳩から猫に?」

「いや、私は人間以外なら殆どの生物に変身できるらしい」

「え⁉殆どの生物にですか?」

「ああ、ただ条件や制約はあるらしいのだがね。例えば陸地で魚に変身できない」

「厳密に言えば、出来ないことはないが途中で生命の危険を感じる」

 さっきまでの話を聞いていると、その現象に心当たりが出てきた。

 そう僕たちと同じ「超能力」だ。


「あ、済まない。こんな話を行き成りされても混乱するだけだったかな?」

 気付くのが遅い。猫に話しかけられた時点で僕の頭はパニック状態だ。

「いえ、信じますよ。同じような人間を知ってますし」

「それは……先の女子高生達も私同様に——」

「いえ、変身はしません。ただ不思議な現象に悩まされているという共通点があるというだけで」

「事に依ると君もそういう人間か?」

「はい、そうです」

 

 即答すると猫は「そうか……」と俯いて、長考の末僕に尋ねた。

「君はどういう目に遭っているんだね?」

「一言でいうと『時間停止』、ですかね」

「その顔から察するに、冗談ではないのか。全く笑えない話だ」

 

 僕も全く笑えませんよ。こんな数奇な運命に弄ばれるなんて思いもしなかったし。

 笑わない猫は彼女たちのことも合わせて尋ねたが、僕は教えなかった。

 この黒猫が悪い人、もとい悪い猫だったら困るから。


「そうか……ではこれから信頼を勝ち取るとしよう」

 残念そうにしょんぼりする。

 その様子に罪悪感を感じて、他の超能力についての話をした。

「ほう、君達はこの呪いのようなものを『超能力』と呼んでいるのか。私のイメージとは正反対だな」

「呪い」この猫もそう感じているんだ。僕と似た見解を聞いて少し親近感が湧く。

 

 そう嬉しく思っていると、思い出したように猫が呟いた。

「では彼女のそれもそうなのではないか?」

「彼女って、円福寺さんのことですか?」

「ああ。私が黒猫のクロとして出会ったのはここ最近だが、以前から自分は疫病神だったと自嘲していた」

「そうなんですか……」

 もしそれが本当に「呪い」なんだとしたら、僕の超能力に対しての評価が更に塗り替わることになる。只でさえこの前夢野茜の一件でその恐ろしさを沁み込まされたというのに、因果律すら改竄するとなったら、一体超能力こいつらは何をしたいのかと疑問を深めることになる。


「仮に超能力者だとしても、僕らにはそれを確かめる術がないんですよ」

「それもそうだな。超能力かそうでないかは然程問題ではない。だが——個人的に明らかにしてほしいとも思う」

「どうしてですか?」

「超能力者と解れば、彼女が君たちと共にいる口実になる」

「……」

 

 最初僕には猫が何を言っているのか解らなかった。

 でも、彼女の涙や猫の話を聞いて漸く自分にとっての答えが出た。

 一つ、彼女は人気者ではあるが、孤独でもある。

 これは僕の勝手な憶測、推定かもしれないけれど、涙の御陰でその信憑性は高まった。

 無学な僕にも一つだけ確実な答えがある。


「人が涙を流すのは大抵悲しい時だ」

 もう一つ気付いたのは猫が意味深に発した言葉の意味。

 要するに猫は僕たちに彼女を支えて欲しいと思っている。

 だから、「超能力者だった場合当然仲間として迎え入れるのだろうな?」と、義務感や使命感、罪悪感に訴えかけた。それはもう半強制的に彼女を保護させるために。

 これが超能力を無しにした話なら、僕も快くOKサインを出していただろう。

 しかし、仮に彼女が不運の超能力者で、仲間になるとした時、そこにはリスクしかないし、マイナスにしかならない。廻神のような迷惑とは違う。確実に被害を齎す可能性のある禍根を僕たちは背負おうとしている。そして、その莫大なリスクを誤魔化すために猫は彼女を仲間にしてくれれば、自分もなってやるという風に匂わせた。

 

 さもリスクとリターンが同等だと遠回しに欺こうとしたような気がしてならない。

 僕の考え過ぎだといいんだけど……

「少し君に依頼があるんだが、いいか?」

「何ですか?」

「なに、大したことじゃない。一日に一回以上彼女に接して欲しいというだけだ」

「え……」

 

 その刹那また猫が何を言っているのか理解に苦しんだ。

「む無理ですよ、そんなこと!」

「いや、そんなことはない。私の見立てでは昼休みと放課後は会えると思う」

「何を根拠に……」

「彼女は決まって昼休みと放課後はここに来る。私を気にしてな。だから、その時なら容易に接触できる」

「あ、確かに……」

 大半の時間は土星の輪っかみたいに生徒に囲まれているけど、その時ならちゃんと話せそうだ。


「そういうことだから、どうか宜しく頼む。出来る限り私もサポートしよう」

 

 猫は柔軟な体を生かして地面に頭を擦り付け、懇願する。

 今まで威厳のあった猫が只の猫に戻ってしまった。

 今一猫と彼女の関係がどうなっているのか脳の処理が追い付かない僕は、その真剣な眼差しに押され、情に流された。

「分かりました。僕で良ければ引き受けます」

「その言葉を待っていた!」

 すると水を浴びた乾燥若布のように背筋を伸ばして立ち上がり、元気よく跳ねる。

 その賢しらな黒猫は計算高く、猫を被っていたようで、仁王立ちで高笑いを始めた。

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