第5話 『悪夢傀儡』

 どうしてこう僕は凡人なのか。この前彼女の事についてしっかり決めておくべきだったのに。

 今更ながら後悔の煙を立てる。

 あれから本当に何も起こらず、いつも通り尾崎と佐伯としょうもない話題で盛り上がり、廻神は一日中午睡して、夢野さんはクラス内外を歩き回る。

 そんなある日、事態は急に動き始める。

 現在昼休みに入り、廊下も教室も騒々しくなっていると思いきや、皆俯いて眠っている。

 即ち、トイレから戻ったら生徒たちが一斉に寝ていた。

 試しに尾崎を揺すってみる。


「何があったの⁉尾崎、起きて!」

「ぐぅ……」


 駄目だ。全然動かない。


「何かあったの……?」

 むくりと廻神が起き上がった。

 どうやら無事のようだ。


「皆眠ってるんだけど……何か知らない?」

「知らない。もしかして——」

「心当たりが?」

「——今は昼寝の時間!じゃあ、おやすみなさ——」

「ボケてる場合じゃないわよ」

 本気で就寝しようとする廻神の耳に鋭い声が突き刺さる。


「この前の女か……」

 これは僥倖ぎょうこう。向こうから出てきてくれて好都合だけど……

 こんな状況を放っておく訳にもいかないし、こっちが優先かな。

「どうしたの?こんな所で」

「他に起きている生徒を探していたの。そしたら——」

「——起きているのが私たちしか居なかった。ということ?」

「そう。じゃなきゃ態々出向く筈ないでしょ」

 

 珍しく廻神の頭が正常に回っている。もしかすると彼女は三年寝太郎なのかも。

「どうすれば起こせるんだろう?」

「それは簡単。犯人を潰せばいい」

「え、犯人?」

「そう、この事態を生み出した張本人。つまり、能力者」


「やっぱり」

「分かってたの⁉」

「いや、勘」

 ええ……

 僕も深水も揃って唖然とする。


「要するに、犯人を捜せばいいの。手伝って」

「待った」

「何?」

「それには条件がある」

「条件?」

 条件って廻神がそんな大層な交渉術が使えるとは、評価を改めなければならないかもしれない。

「ふざけないで」

「まだ何も言ってない」

「聞かなくても聞こえてるわよ。『私の僕にする』って」

「廻神……」

 思った通り全然状況を把握していなかったみたいだ。

 このままではいけないと訂正する。

「じゃあ、『今後暫くは僕たちと協力する』でどうかな……?」

 深水は少し考える素振りを見せた後、静かに口を開いた。

「仕方ないわね……」

 よし。これで心配の種も取り除けたし、味方も増えて一石二鳥だ。


「別に無理してならなくてもいい。居ても居なくても変わらない」

 また、余計なことを……

「何その言い草は。大体あんたの方が役に立ってないでしょ!」

 紛れもない事実だ。そもそも殆ど活動しないし。

 しかし、廻神は悪びれる様子もなく、あっけらかんとしている。

 高校生にしては肝が据わり過ぎている。


「二人ともその辺に……」

「「五月蠅うるさい」」

「失礼しました……」

 まさかこの二人がこんなに悪い組み合わせだったとは。先が思いやられるなぁ。

 一先ず喧嘩は保留され、犯人捜索が開始された。




 あってもこういう肝心な時に役に立たないのが超能力である。

 僕に至っては発動条件も解らないままだし、第一リスクが高過ぎる。

 廻神は学校内を練り歩いている間も何処かに瞬間移動、実質二人で校内の場所全部を廻ることになった。


「見つかった?」

「いえ、三階にも四階にも居ない」

 僕も一階と二階を隈なく探したんだけれど、一向に見つからない。

 丁度行き詰まった所で救いの手かどうか定かではない手が差し伸べられる。


「携帯、鳴ってるわよ」

「あ、ちょっとごめん」

「もしもし」

 少し深水から離れ、通話ボタンを押す。


「やあ。そろそろ大変なことになっている頃だと思ってね」

「何故それを?」

「『神出鬼没』の彼女が学校の方へ走っていくのを見てね。もしかしたらと思って」

 まあ、確かにいつもなら飛ばされても戻ってくるどころか着いた先で昼寝をしている。

「一つヒントをあげようか」

「?」


「何か無意識に除外していないかい?」

 僕はその言葉の意味を暫く考えて、やっと謎が解けた。

 実に単純だ。寧ろ気が付かない方がおかしかったのかも。

「成程ね」

 




 僕たちは直ちにそこへ向かった。というより戻ってきた。振り出しに。

「さあ、犯人さん。とっとと正体を現しなさい」

 彼女がそう叫ぶと、周囲の生徒たちが藻掻き始める。

 苦しそうな呻き声を上げて。


「一体、何が起きてるんだ?」

「どうやら只の集団催眠ではないようね。普通に考えれば悪夢?」

「ん?悪夢……」

 そういえば僕もそれらしき物を見た気が……

 回顧していると一人の候補が浮かんだ。

 しかし、とても信じられなかった。単なる思いつきだし。

「下らない茶番は早々に終わりにしろ、夢野茜」

 突然出現した廻神が後方から代弁する。


「あーあ。やっぱり雲隠れの方法をもっと考えるべきだったかぁ~」

 何かつい先日同じような光景を見たような。

 デジャヴを感じ、ちらっと彼女を見る。

 僕の視線にも気付かぬ程、刺すようにその犯人を睨めている。

 先程正体についてとても信じられなかったと言ったが、確かにそれならば彼女の不可解な行動も説明がつく。

 恐らく夢野の能力は「触れた相手に悪夢を見せる」だろう。

 それはほぼ間違いないのだが、僕が気になっているのは潜伏期間、即ち発動までの時間だ。

 僕の時は約半日後だった。問題はこの時間が操作できるのかどうか。

 出来るなら僕たちの超能力のイメージが根底から覆る。

 何せ僕たちは力を持っているだけで恣意的にそれを行使出来ないのだから。

 出来ないとしても、半日前に全員に触るのは至難、差を無くすのは到底不可能。


「そうよね。一度に校内全員に悪夢を見せるなんて、驚きだわ」

「どうやって、そんなことを」

「言う必要も無いよ。だって君たちはここで終わりなんだから」

 夢野がそう宣言すると、周囲の眠っていた生徒たちが暴れ出す。

 目に光は灯っていない。真の狙いは傀儡にすることだったのだ。


「人間操作……おぞましい」

 最低最悪の戦法にして、理想的な戦い方だ。

 人形は矛でもあり盾でもある。幾らでも替えは利くし、実に忠実で従順。奴隷よりも都合がいいだろう。

 四方八方から迫りくる敵に苦戦する。それどころか真面に戦えてすらいない。


「切りが無いわ……」

 箒で軍勢を振り払いながら、深水が呟く。

 僕たちは背中を預け合い、其処ら辺に落ちていた武器とも呼べないもので必死に凌いでいる。

 発動している夢野は机に腰掛け、余裕の表情。こちらが圧倒的に劣勢。歯が立たない。

 そんな中奇妙なことが起こる。

 目を瞑った直後、全く違う場所に立っていたからだ。


「え……?」

「どうなってるんだ?」

 僕も深水も状況が呑み込めていないが、廻神だけは落ち着いた様子。

 ということはつまり、彼女の超能力が発動したということなのか。

 今まで全く使い物にならないだろうと思っていただけに度肝を抜かれた。

 出た場所は体育館裏の茂み。かなり近くに出たものだ。

 でも、ここなら見つかり難そうだし、取り敢えず九死に一生を得たのだろうか。

「助かったよ、廻神」

「私にかかればこんなもの、えっへん」

「偶々でしょ……けど感謝するわ」

 これで少しは仲良く——


「当然。頭が高い盗聴女」

「な……本当に頭に来るわね!」

 ——ならなかった。こんな状態であの魔王を倒せるんだろうか。

「一体どうする心算なの?」

 廻神と取っ組み合っていた深水が動きを止めて尋ねる。

「どうにか悪夢から目覚めさせないと……」

「それは無理。大きな音でも殴り飛ばしても意識はなかった」

「取り敢えず取り巻きを引きつけて本体を叩くしか無さそうね」

「やっぱり、そうなるかぁ……」

 超能力の詳細が判明しない限り、効果的な策は練れなさそうだ。

 僕たちは愚かにもまたその地獄へと戻った。


「あれ?てっきり死んじゃったと思ってたのに。まーだ、生きてたんだ~」

「勝手に殺されても困るわ」

 強がりを言ってみても、彼女の顔色は一切変わらず、終始見下しているような視線が向けられる。

「さあ、始めよっか」

「くっ……」

「なめられたものね」

 僕と深水は剣道部で見つけてきた竹刀で屍のような軍勢を薙ぎ払う。

 それでも肉体のリミッターを解除したそれらはかなり強力でギリギリの戦いを強いられる。


「あれ、もう一人は?」

背後から廻神が急襲する。

「成敗!」

「面白くないなぁ~」

 焦る素振りを微塵も見せず、廻神の頭を鷲掴みにする。

 数秒経つと眠らされてしまった。

「なっ……」

 僕たちは愕然とした。僅か数秒で眠らせられる等想定していた中でも最悪のシナリオだ。

「取り押さえといて」

 操り人形達が廻神に覆い被さり、完全に包む。

 まだこれで終わりでは無いけど……成功するかは完全に運任せだ。

 夢野が余裕の表情を見せたその刹那、廻神が消える。大量の傀儡と共に。

 これで大幅に数が減った。まだまだ戦況は厳しいが、敵の意表を突けたのは大きい。


「これで本体を叩けるわね」

 得意げな顔をしながら猛スピードで一直線に超能力者に狙いを定める。

「調子に乗らないで……!」

 迎え撃とうとするが、恐らく無駄な事だろう。

 何故なら深水は「心の声が聞こえる」のだから。


「甘いわ」

 全ての手を潰し、箒を思い切り振り被る。

 その瞬間また停止したような気がしたけれど、きっと心持の問題だろう。

 決着はついたようだ。

 ゾンビのようになっていた人々は一斉に倒れ伏し、数分後目を覚まし始めた。


「終わったわね……」

「それはそうなんだけど……彼女はどうするの?」

 床で気を失っている夢野を一瞥する。

 また襲ってくる可能性もあるし、放っておくのは非常に危険だ。

「ずっと拘束しておく訳にもいかないし、処理に困るわね」

 難しい顔をして話し合っていると、夢野が起き上がった。


「あれ?何で私こんな所で眠って——君たちは誰?」

 僕たちを見るなり首を傾げ、幼児のような純粋な反応をする。

「一体、何がどうなっているんだ?」

 隣に目をやると青褪めた表情で深水が立ち尽くしている。

「全く、嘘をついていない……⁉」

 それを聞くなり僕も並んで唖然とした。

 深水の超能力が正常に機能しているのならば、夢野は記憶を喪失したということになる。

 それはつまり、超能力の事も覚えていないに相違ない。

 奇妙な事態に混乱した僕は少し賭けてみることにした。


「もしもし」

「やあ。超能力者の鎮静ご苦労様」

「どうして、それを⁉」

「何を今更。簡潔に述べると『壁に耳あり、障子に目あり』。この一言に尽きるよ」

「はぁ……それでその件に関連している問題で——」

「超能力者の記憶が消えたのかい?」

「はい、何か知ってます?」

「あくまで僕の見解だけど、恐らく超能力を暴走させたことによる反動だと思うんだよね」

「反動って、そもそもどうすると暴走するんですか?」

「具体的には解らないけど、精神的なものじゃないかな。ほら、負の感情とか」

「僕の考えでは暴走自体に記憶喪失の直接的原因がある訳じゃないと思うんだ。多分超能力者同士の闘争が関係しているのだと思う」

「博士でも分からないんですね」

「君からそんな言葉が出るとは意外だな。というか変だ。名前も顔も知らない人間をそこまで信用するなんて」

「失言でした、撤回します」


 通話が終わって僕は溜息を吐いた。

 超能力を持つことの危険性を改めて思い知らされた気がしたからだ。


「あ、もうこんな時間だ。早く次の授業の準備しないと!」

 夢野を筆頭に昏睡していた生徒たちが慌ただしく動き始めた。

 日常が何事もなかったかのように戻ってきた。

「じゃあ、私も戻るわね」

「う、うん……」

 彼女も顔色一つ変えず、至って冷静だ。


「それと——一応私も後で手伝うから」

「え?」

「あの女捜すの」

「あ、ああ……ありがとう」

 すっかり忘れてた。

 僕はまたもや呆れの息を落としそうになったけれど、今回の彼女の活躍は大きかったということもあり、それは内奥へ引っ込んだ。

さて、今日は何処でお休みになっているのだろう。かの眠り姫は。

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