第4話 『人間の闇』

 あれ以来彼女とは一度も出会っていない。

 恐らく一早く僕を発見し、心を読んでルートを調整しているのだろう。

 これだけで彼女の力の恐ろしさの片鱗が垣間見える。

 

 このことはまだ廻神えがみには話していない。

 意図的に伝えていないというのもあるけど、そもそも言おうとしたところで聞く耳を持つとは思えない。

 今日も健康的に睡眠学習らしい。

 羨ましい。僕も何も考えないでいいなら、ずっとそうしていたい。

 そんな煩悩を頭を振って払い除けると、忘れ去っていた存在を思い出した。

 信頼できないが、信用はしている。


「こっちから掛けたことないけど……」

 一回——二回——三回目で出た。


「もしもし」

「いや~びっくりしたよ。君の方から掛けてきてくれるなんて!やっぱり僕がいないと駄目なようだねぇ~」

「切りますよ……」

「まあまあ、それで?聞きたいことがあるから電話したんだろう?」

「はい。三人目と接触した、というかさせられたんですけど……」

「三人目というと……『心域観測』だね」

「まあ、ネーミングはいいとして、『心の中が分かる』らしいんです」

「ふーん。その言い方何か引っ掛かるなぁ……」

「特に妙な点は無いんじゃ……」

「解らないかい?『分かる』という言い回しが不自然だと言っているんだよ」

「そんなに変ですか?」

「普通そういうのって『心が読める』とか、『本音が見える』とか表現すると思ってるんだけど」

「そんなの個人の自由では?」

「まあ、その一言で片付けられるけど……他に彼女に変わった点は無かったかい?」

 

 変な点……

 態々ラブレターを送ってきたこととか、偽の告白をしたこととか、更にもう一つの告白をしたこととか……


「あ!」

「何かあったのかい⁉」

「いや、そこまで重要か解らないけど、強いて言うならヘッドホンを首に掛けていました」

「——やっぱりか。これで何となく超能力の詳細が見えてきた」

 何故ヘッドホンが決め手になったのかすら理解できず、博士の言葉を待つ。


「彼女は——」

 僕は声を発さずにそれを黙って聞いていた。




 僕はもう一度彼女に会いたいと思った。

 しかし、普通の方法では見つける前に逃げられてしまう。

 だから、今思い浮かぶ唯一の方法を取ることにした。

 不穏な足音が地面を通じて伝わってくる。

 来た。


「何?この酷いラブレターは⁉」

 怒りの口調で不機嫌そうにがなり、殺気を帯びた眼光を浴びせてくる。

 怖い。軽率な行動だったかな……

 でも、目的は達成したからよしとしよう。


「いや、この方法しか思い付かなくて」

「はあ……仕方ないわね。特別に話を聞いてあげる」

 僕が心の中まで戦慄しているのを悟ったのか、急に彼女は落ち着いた様子になった。


「あの、質問なんだけど、君の能力って——」

「あーそれで大体合ってる」

 一を聞いて十を知るどころか、言う前に分かっているのだから何とも接しづらい。


「私は本音とか魂胆が見えるんじゃない。自然と聞こえてくるのよ」

 やっぱり、ヘッドホンはそれと関係が……


「まあ、そうね。普通の音と心の声が同時に入ってくると五月蠅うるさくて敵わないし」

 彼女はそう愚痴を零しながら、溜息を落とす。

 けれど、そういうことなら何故今は着けていないのだろう。あ、僕一人しかいないからか。


「それは違う」

 どれが違うんだろう。


「普通の人間って接してる時に言葉と本音が同時に流れてくるの。でも、あなたはそれがほぼ一致してる」

「つまり、どういうこと?」

「あなたなら半信半疑でもいいって言ってるの、一々説明させないで」

 半信半疑って、それでも半分なんだ……


「そう、因みに普段は九十九・九パーセント」

 ——疑ってるんだ……


「まあ、信じるも疑うも関係なく答えは明かされるけど」

 悲しそうに彼女は呟いた。先程の舞台上よりも一段と小さく見える。

 僕には到底感じることも出来ない苦しみを背負っているのだろう。


「それで……あの永眠姫は?」

 それって廻神のことだよね……

「えーっと、もう帰ったんじゃ——」

 噂をすれば影、頭上から岩が降ってくる。

「無事、着地~!」

 僕が全然無事じゃないんだけど。

 只今ただいま廻神が僕を下敷きにしている。重たい……


「大、丈夫?」

 ツンツンしていた深水も突然の衝撃に優しい声音で確認する。

 一方加害者廻神は気にも留めず眠りこける。

「廻神、起きてっ!」

 押して座らせようとしながら呼び掛けるも、柔らかい身体を生かし、二つ折りになって再び夢の中へと引き込まれそうになる。


「うにゅ?」

 やっと目が開いた。

「誰、この女?」

 僕の時と変わらず初対面の相手に遠慮する訳もなく。それどころか警戒を剝き出しにして威嚇の構えを取る。僕の場合は完全になめられて飯を要求されたんだけど。

 

 双方火花が散りそうな程に睨み合い、対峙している。

 こういう状況を修羅場というんだったっけ。

 残念ながらラブコメティックなものである筈もなく、どちらかというと阿修羅と帝釈天の争いの方に近い。


「じゃあ話も済んだようだし、私は帰るわ」

 素っ気ない態度のまま彼女は足早に去った。

 他にも超能力者がいるのか気になる所だけど、現時点では彼女と協調、悪くとも不可侵にしておく必要がありそうだ。

 その考えで良い筈なんだけど、どうもしっくりこない。

 どうせ彼女には魂胆が見透かされるというか、聞き取られてしまう。

 なら最初から無駄な策は捨てて、感情に任せるしかない。

 そう方針を決めたのはいいのだけど……


「——どうやって、会おう……」

 廻神が無関心に欠伸あくびをした。




 私は正直嫌がらせでしかないこの力に心底うんざりしていた。

 無差別に本心が聞こえるというのは、実に気持ちが悪く、最初の内は頭がおかしくなりそうだった。

 今日も廊下を歩いていると黒い声が入ってくる。


「それでさ~その後その友達がさ~——」

「超ウケる~」

(何言ってんのこいつ。まあ、適当に反応すればいいか)


「あの、今度の休日空いてる?」

「あ、ごめん。家の用事があるんだ~」

(部活も無いし暇だけど、面倒だから適当に言っとこ。第一こいつ微塵も興味ないし)


「すみません、僕の所為で……」

「大丈夫、失敗は成功の基ってうし、頑張ろう!」

(全く何でこんな所でミスするかなぁ。ホント使えない)


 慣れてきた現在でも時折気分が悪くなる。

 知らない方が良いことも世には沢山あるのだと身を以て学習した。

 考え事をするために人気のない場所まで来た。

 そろそろ結論を出さなければいけない。

 題目は「他の能力者とどう接するか」

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